今月の対談「いい人いい話いい氣づき」

2023年11月「竹本 良」さん

竹本 良(たけもと・りょう)さん

1957年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。UFO研究家。科学問題研究家。聖パウロ国際大学サイキックパワー開発研究科主任教授。年末恒例の『ビートたけしの超常現象Xファイル』(テレビ朝日系)ではコメンテーターを務める。著書に『宇宙人革命』(青林堂)、『テロとUFOー世界貿易センタービル「あの瞬間」に現れた謎のUFO』(徳間書店)などがある。

『U F O 、宇宙人を知ることで見えない世界の謎が解ける』

子どものころから数々の神秘体験。UFOは大学から

中川:
最近、ネットニュースでUFOや宇宙人に関する記事がよく流れてきます。NASAが本格的にUFOや宇宙人の研究をしているという話だったり、宇宙人からのメッセージが届く可能性があるとアメリカの大学が発表したとか、メキシコでは宇宙人の遺体が公開されたり。今まではオカルトだとまともには議論されなかったことですが、何か様子が変わってきた気がします。だれか専門家にお話を聞きたいと思っていたところ、そう言えば竹本さんがいるとひらめきました。竹本さんは、阿久津淳さんというペンネームで、ハイゲンキマガジンの創刊当初に連載をしてくださっていました。 今では、テレビのU F O番組にもよく出られていてUFOのことをお聞きするには最適な方だと思い、対談を依頼した次第です。
竹本:
ありがとうございます。ハイゲンキには、初代の編集長の木上さんとのご縁で原稿を書かせてもらっていました。30年近く前になりますかね。先代の会長が亡くなって、真氣光が新しい会長のもとでどう変わっていくのか、とても気になっていましたが、いい形で発展されていて、今回、会長にお会いできるのを楽しみにしていました。
中川:
竹本さんが連載していたころ、私はまだ父の会社には入っていなくて、真氣光を懐疑的に見ていました(笑)。それでもハイゲンキマガジンは家にあったので毎号目を通していて、竹本さんの記事はとても興味をもって読ませていただきました。あのころは異能の科学者ということで、目に見えない世界を研究していた人たちを紹介してくださっていました。私もエンジニアでしたから、氣のような怪しげな世界に科学的にアプローチしている人たちがいたということに関心をもちました。 
竹本さんは、もともと目に見えない世界のことはお好きだったのですか。
竹本:
いろいろな神秘的な体験をしたのがきっかけだったですかね。 最初は小学生のときでした。江の島に遠足に行ったときのことです。小田急線の特急に乗っていて外を見たら、この場所知っていると思いました。初めて来たところなのにです。いわゆるデジャヴュですね。 変な夢もたくさん見ました。どうしてそんなことがあるのかと神秘の世界、無意識の世界に興味が出てきました。 中学校のときにはラップ音の現象があったり、子どものころからけっこう不思議な現象に囲まれていましたね。でも、学校ではそんなことは教えてくれません。余計に興味が膨らみましたね。 高校でグリークラブ(男性合唱団)に入りました。練習でハモったときに細胞がわななくという体験をしました。
中川:
細胞がわななくんですか。
竹本:
体がぼわーっとなるんですね。とても気持ちがいい。さらに、ミサ曲を歌っていたとき、先生が途中で止めました。その瞬間、頭のてっぺんから何かが突き抜けていくような感覚がありました。ハモったときには何倍もの快感でした。 これは何だろうと知りたくなりました。当時はヒッピーの町だった下北沢の古書店へ行ったら、神秘の世界の本がたくさん置いてあって、チャクラとかクンダリーニといったことも知るわけです。「これかもしれない」と思い、ずいぶんとその手の本を読んで勉強するようになりました。
中川:
U F Oのこともそのころからですか。
竹本:
U F Oは大学に入ってからですね。あるとき、友だちから「変な人が大学の構内を歩いている」という話を聞かされました。その人は卒業しているのによく大学へやって来るのだそうです。着流しに下駄という格好で歩いていて、学生たちに「U F O あるって知っている?」「宇宙人いるって知っている?」と話しかけているって言うんですね。気持ち悪いでしょう(笑)。でも、私は彼にとても興味をもって、友だちに会わせてほしいと頼みました。その先輩というのが、後に日本UFO党という政党を立ち上げた森脇十と九く男おさんでした。 森脇さんの部屋へ行ったときはびっくりしました。3畳間にUFOに関する本がびっしりとありました。全部、英語の本です。国連の資料なんかもありました。 私はUFOのことがアメリカではこんなにも研究されているのに、日本ではまったく翻訳もされていないことを知り、その情報はもっと世に知らせないといけないと思いました。
中川:
そこからUFOの研究が始まったわけですね。
竹本:
そのころ森脇さんは大手の会社を辞めてUFO研究に人生を捧げていました。そんな先輩がいるのに、のほほんとしていていいのかと勉強をし始めました。 森脇さんと一緒に、テレビ局や新聞社などいろいろなメディアに資料をもっていきました。けっこう真剣に聞いてくれたところもあって、NHKのニュースでは5分くらい流してくれたこともありました。動いていれば少しは成果が出るものです。

東京。目黒区の会議室で 構成/小原田泰久

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