今月の対談「いい人いい話いい氣づき」

2019年7月「金菱 清」さん

金菱 清(かねびし きよし)さん

1975年大阪生まれ。関西学院大学社会学研究科博士後期課程単位取得退学。社会学博士。現在、東北学院大学教養学部地域構想学科教授。専攻は環境社会学・災害社会学。
著書に『生きられた法の社会学』(新曜社)『呼び覚まされる霊性の震災学』(編著 新曜社)『私の夢まで、会いに来てくれた』(編著 朝日新聞出版)『3・11霊性に抱かれて』(編著 新曜社)など多数。

『東日本大震災から8年。 死者とともに生きるご遺族たち』

また幽霊らしき人が手をあげたら乗せると答えるタクシー運転手

中川:
『3.11霊性に抱かれて‒魂といのちの生かされ方』(新曜社)を読ませていただきました。この本は、先生のゼミの学生さんたちが東日本大震災の被災地を回って取材してまとめたものですよね。それも、幽霊を乗せたタクシー運転手とか、死をしっかりと受け止めている猟師町の話、生者と死者とのつなぎ役になろうとする宗教者の葛藤、手紙や電話を介して死者と対話をすることで癒されていくご遺族の心情など、この世的なことばかりではなく、あの世のことも視野に入れた調査ということで、私もとても興味深く読ませていただきました。
先生のご専門はどう説明すればいいのでしょうか?
金菱:
環境社会学、災害社会学が専門で、大学では地域構想学科の教授をやっております。
地域構想学科と言ってもよくわからないかと思いますが、「人と自然」「健康と福祉」「社会と産業」といった視点で、地域の問題、その解決策について考えていく学科です。設置されて15年くらいになります。
私のゼミでは、全員がフィールドワークに出て、地域の人たちの生の声を聞いて、資料を読むだけではわからないことを感じ取って、それをまとめて論文にしています。それを一般の人が見られる本の形にしているんです。
中川:
本を読んでいると、非常に生々しいし、迫力あるし、学生さんたちは本当にがんばったんだなということが伝わってきます。
金菱:
飛び込み営業をやるようなものですからね(笑)。みんな苦労していますよ。毎日『もう辞めたい』と暗い顔をしている子もいますが、自分なりに工夫して、いろいろと聞き出してきます。
中川:
テーマが「霊性」じゃないですか。2016年に出された『呼び覚まされる霊性の震災学』(新曜社)には、タクシードライバーが遭遇した幽霊の話がありますが、そういう話はなかなか聞き出せなかったのではないかと思いますが。
金菱:
最初は、運転手さんにいきなり『幽霊を乗せたことありますか?』とゼミ生が聞くわけです。運転手さんも面食らうし、中には怒り出す人もいました。この調査をしたのは女子学生でしたが、失敗を何度も繰り返し、『もう辞めたい』とべそをかきながら、それでも何とか聞き出せないかと工夫していました。
彼女はタクシーが止まっている駅のロータリーでギターの弾き語りをしたり、一緒に釣りに行ったりすることで運転手さんと仲良くなって、彼らが誰にも話したことのない幽霊の話を聞き出すことができました。たとえ誰かに話してもバカにされるだけで、自分の中に封印していた話でした。
中川:
真夏なのに厚着をした人を乗せたというのが共通していましたよね。ある女性が津波で大きな被害を受けたところに行ってほしいと言うので、「あそこはさら地になっていますけど」と言うと、「私は死んだのですか?」と震えた声で答えて、運転手さんが「えっ」と思ってルームミラー越しに後ろを見ると姿が消えてしまったといった話がいくつも出てきます。
金菱:
運転手さんも最初は幽霊だと思わないで乗せるわけです。だから、料金メーターを実車にして出発します。だれかを乗せて走ったという記録は残っているわけです。
でも途中でいなくなってしまう。だれが料金を支払うの?ということになります。全部、運転手さんが負担しているんですね。運転手さんも幽霊を乗せたなんて言えませんから(笑)。どの運転手さんもすごく冷静に対処していて、夢や妄想だとは考えられません。そう考えると、すごくリアルな話じゃないですか。
中川:
それに運転手さんは、最初はぞっとするんだけど、また幽霊らしき人が手をあげたとしたら乗せるって言っていますよね。
金菱:
そこが面白いところですよね。フィールドワークをする上でひとつだけ約束事があって、それは「ブラックスワン(黒い白鳥)を探そう」ということです。
ホワイトスワン(白い白鳥)を見つけても、「そりゃそうだね」で終わってしまいますが、黒い白鳥を一羽でも見つければ、白鳥は白いものだという固定概念が変わります。
被災地で幽霊が出ると知ったある有名な宗教学者は、不成仏霊だから供養して彼岸へ送らないといけないとコメントしていました。これは当たり前の考え方、つまりはホワイトスワンです。
でも、学生たちが現地でタクシー運転手に話を聞くと、次にそういうことがあっても乗せるという証言が出てくるわけです。「怖い」とか「不気味」といったこれまでの幽霊に対する見方とは違いますよね。それこそブラックスワンであって、生きている人と幽霊との新しい関係性が見えてきます。話を聞いていて温かみを感じるじゃないですか。
学者だと、既存の考え方に当てはめてしまうので、こういう証言を引き出すことはできないと思います。学生だからこそ、運転手さんの素直な感想を聞き出せたのではないでしょうか。
フィールドワークにはそういうアプローチが大切だと、私は考えています。

<後略>

2019年4月16日 東北学院大学泉キャンパスにて 構成/小原田泰久

著書の紹介

左:3.11霊性に抱かれて: 魂といのちの生かされ方
金菱 清 (編集) 新曜社
右:私の夢まで、会いに来てくれた — 3.11 亡き人とのそれから
金菱清(ゼミナール) (編集) 朝日新聞出版

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