今月の対談「いい人いい話いい氣づき」

2014年4月 「松崎 運之助」さん

松崎 運之助(まつざき みちのすけ)さん

1945年旧満州生まれ。長崎市立高校(定時制)をへて明治大学第二文学部を卒業後、江戸川区立小松川第二中学校夜間部、足立区立第四中学校夜間部などに勤務。2006年3月に教職員を退職した。山田洋次監督作品の映画「学校」のモデルであり原案者。著書に『夜間中学があります!』(かもがわ出版)、『母からの贈りもの』(教育史料出版会)『学校』(晩声社)「ハッピーアワー」(ひとなる書房)などがある。

『母親の深い愛、夜間中学校の生徒たちから学んだこと』

予期せぬことばかり起こる夜間中学校の授業。だからこそ学びになる

中川:
松崎先生は、長年、夜間中学校の教員をやっておられたそうですが、夜間中学校というのがあるとは知りませんでした。夜間の高校というのは全国にありますけどね。
松崎:
夜間中学校は、全国に35校あります。東京には8校ですね。ぼくは、東京の下町、江戸川区の小松川第二中学校、足立区の第九中学校、第四中学校の夜間部で教員をしていました。
中川:
夜間中学校というと、どのような生徒さんが来られているのですか。
松崎:
実にいろいろな方が来られています。ぼくが勤めていた学校だと、生徒が80人くらい。10クラスにわけて勉強していますから、1クラス7~8人ですね。貧困や病気や学校嫌いなど、さまざまな理由で長期間学校を休み、義務教育を修了できなかった人、障がいがあって就学を断られた人、中学校の卒業証書はもっているけれども、掛け算の九九や「あいうえお」が満足にできない人、在日朝鮮人の方、タイやフィリピンから来られている人など、事情も国籍もさまざまです。年齢も、16歳の若者から80歳くらいのおじいちゃん、おばあちゃんまで、本当にバラエティに富んでいます。
いずれも、基礎教育から切り捨てられ、文字と言葉を奪われ、生活を脅かされてきた人たちです。学びたくても行くところがない人たちが集まってきているところです。
中川:
そうですか。どんな授業が行われているか、ちょっと、想像もつかないですね。
松崎:
めちゃくちゃ楽しいですよ。普通の学校だと、教師は授業の準備をしていって、それに沿って授業を進めるのですが、そんなのは通用しませんからね。
あるとき、教育委員会から視察の方々が見えましてね。みなさん、背広にネクタイ姿で教室に入ってくるわけですよ。生徒の皆さんは、いつもと違う雰囲気に緊張しています。そんなところへパートが長引いてしまったおばちゃんの生徒が遅れて入ってきます。そのおばちゃんは、焼き芋を抱えている。「今日、給料が出たの。駅を出たら焼き芋を焼いているおっちゃんがいたの。おいしそうだったし、みんなも寒い中やってきているので、みんなの分を買ってきた」なんて、うれしそうに言うわけですよ。普通の学校では、授業中に飲食するというのは許されていませんが、ぼくは、寒いのでみんなに食べさせたいとか、給料が出たうれしさを分かち合いたいという気持ちが大事だと思うから、みんなで焼き芋をいただくことにしました。教育委員会の人にも、「どうぞ」なんて渡したりして。すっかり、緊張感がほぐれて、いつもの雰囲気になるんですね。教育委員会の人たちは、目を白黒させていましたよ(笑)。
毎日、予期せぬことが起こります。予期せぬことが起こるからドラマなんですね。
中川:
視察中に焼き芋ですか。教育委員会の方もさぞかしびっくりされたでしょう(笑)。でも、先生は、どうして夜間中学校の教師になろうと思われたのですか。
松崎:
ぼくは、終戦の年に生まれたのですが、貧しい中、長崎のバラック小屋でおふくろに育てられました。中学校を出てから造船所で働き、18歳になって定時制高校に行きました。大学へ行きたかったので、東京の大学の夜間部へ入り、昼間は町工場で働きながら、夜は大学へ通うという生活をしていました。教員免許を取ろうと思いましたが、そのためには3週間の教育実習が必要でした。私にとって、昼間の仕事は大切だったので、昼間の実習には行けません。その稼ぎを、体調を崩していたおふくろや弟や妹の生活費として仕送りしていましたから。
それで、大学に相談したら、8校の公立の夜間中学校があって、そこで実習をすればいいということを教えてくれました。それだったら、昼働きながら夜に実習ができるということで、夜間中学校で教育実習をすることにしたのです。それがきっかけですね。
中川:
夜間中学校のことは、そのときはご存知なかったんですね。行ってみていかがでした。ずいぶんと驚かれたんじゃないですか。
松崎:
びっくりですよ(笑)。中学校だから中学校の勉強をすると思っているじゃないですか。私は国語が担当ですから、「走れメロス」とか、一生懸命準備をして出かけて行きました。ところが、ここがあなたの教室ですよと、指導の先生に連れて行かれて、生徒の皆さんが何をやっているのか見ると、ひらがなの勉強なんですよ。どうして中学生でひらがなやっているのかと、まずは驚きました。こんな調子じゃ、ぼくの用意した「走れメロス」にたどりつくのにどれくらいかかるかと途方に暮れてしまいました(笑)。
ぼくは、いっぱい教材研究してきましたから、それをやりたいわけですよ。でも、生徒の皆さんは、最初こそ、あいさつするぼくを見てニコッとしてくれましたが、あとは下を向いてひたすら字の練習ですよ。ぼくには、ひらがなをどう教えればいいかわからないし、一人一人違うことをやっているし、だれもぼくの方を見てくれないし、イライラしてきました。皆さん、自分のことだけを夢中になってやっているわけですよ。

(後略)

(2014年2月19日 SAS東京センターにて 構成 小原田泰久)

著書の紹介

『学校』 松崎 運之助 著 (晩声社)
「ハッピーアワー」 松崎 運之助 著 (ひとなる書房)

この対談の続きは会員専用の月刊誌『月刊ハイゲンキ』でご覧いただけます。
月刊誌会員登録はこちら
この対談の続きは会員専用の月刊誌『月刊ハイゲンキ』でご覧いただけます。
月刊誌会員登録はこちら