今月の対談「いい人いい話いい氣づき」

2004年5月 「宗像 恒次」さん

宗像 恒次(むなかたつねつぐ(むなかた つねつぐ)さん

1948年大阪府豊中市生まれ。東京大学大学院修了。保健学博士、社会学修士。筑波大学大学院教授人間総合科学研究科、ヘルスカウンセリング学会会長。『ストレス解消学』(小学館ライブラリー)『本当の自分をみつける本ーイイコ症候群からの脱却』(PHP研究所)『子供達は成長したがっているー小・中・高教師のためのカウンセリング対話法』(広英社)『男をやめる-人生をもっと豊かに生きるために』(ワニブックス)など、著書多数。毎日新聞に「リレーエッセー 夫の言い分」(毎週金曜日掲載)連載中。

『“want”で生きる 愛の氣が満ちてきます』

気づきがないと本当の解決にはならない

中川:
はじめまして。帯津先生や村上和男先生と一緒に、心と体の関係を研究されているユニークな先生がおられるとお聞きして、ぜひお話をお聞きしたくてお邪魔しました。
宗像:
ありがとうございます。ユニークかどうかはお話をしてみてご判断ください(笑)。中川先生は、氣功の方がご専門とか。
中川:
私の父が始めたことなのですが、5日間の氣の合宿をやっていまして、いろいろと気づきを得ることで、生き方が変わっていって、その結果として幸せになるということをお伝えしています。ですから、いわゆるよく言われている
氣功とは違うかもしれませんが。
宗像:
気づきですか。それなら私のテーマと同じだ。私は、氣功という話をお聞きしていたので、昨日も中国氣功の本を出してきて、勉強をしてきました(笑)。でも、気づきなんてことはどこにも書いてありません。そうですか、気づきですね。それは楽しみになってきました。
中川:
中国の氣功ですか。私の父は、いろいろと鍛錬をしなければならない中国の氣功を見て、自分にはあんな気の長い修行はできないと、独自の氣功を作り上げました。だれでも氣が出せると言い出して、氣の合宿を始めた人です。ですから、せっかく勉強していただいたのですが、あまり役に立たないかもしれません(笑)。私は、氣というのは、決して特別なものではなくて、日常生活の中で、自分が生き方や人間関係を見直していくことから意識しないと、本当のところはわからないんじゃないかと、そんな気がするんですね。氣功というと、難病が治るということで注目されましたが、それは結果であって、それ以前に、生き方というものがあるのではないでしょうか。そんな気持ちでやっています。
宗像:
氣功で、気づきについてお話をされる方は珍しいですね。
氣功の教室に参加したり、スポーツをする人の中には、感情認知困難の強い方がけっこういます。自分の感情を認識することに困難性があって、感情がわからないために気づきが起こってきません。
たとえば、親の仲が悪くて、強いストレスを感じているとき、そのストレスをそのまま脳に伝えると、脳は混乱を起こします。そこで、その防衛手段として、より強い刺激を与えます。その刺激が、氣功だったり、スポーツだったり、マッサージだったりするわけです。自動車を運転しているときには、ほとんど前を見ることに集中しますね。脳に入る情報を制限するわけです。ですから、多くの氣功やスポーツ、マッサージは、ある意味、ストレスをごまかす手段になっていて、一時的にはごまかせますので、気分が良くなったような気持ちになるわけです。
でも、そこには気づきがないから、本当に解決にはなりません。
中川:
父のころから、うるさいほど、気づきの大切さを言ってきました。私は、脳の科学的なメカニズムは知りませんが、気づきこそ、本当の解決につながるというのは科学的にも言えることなのですね。
宗像:
専門用語では、ゲートコントロールと呼んでいます。メントールキャンディーをなめると、嫌なことも一時的に忘れることができますよね。現代人は、メントールキャンディーとか激辛とか映画とか運動とかアロマセラピーとか、刺激を送り込んで、嫌な刺激をブロックしています。メントールキャンディは、ストレスがあるときにはすーっとして気持ちいいけど、ストレスのない時になめると、おいしいと感じないですよ。最近は、少々の刺激ではごまかせないので、抜毛とか、リストカットをしたりする人が増えてきています。だんだんと刺激もエスカレートしてきますね。
中川:
世の中、経済的には豊かになったのに、聞くに耐えないような凄惨な事件や事故が増えていますね。これも、刺激が足りないからですか。
宗像:
たとえば、50歳以上の人は、食うのがやっとだったから、お父さん、お母さんの愛情関係まで問うことはなかった。自分が生きるのに精一杯だったからです。しかし、食べることのできた30歳代より若い人たちは、両親が本当に愛し合っているかどうかをとても重視しています。心の中で、父親と母親の関係を問いかけ続けています。
彼らは、自分が存在している意味を常に考えています。両親が愛し合ってなければ、自分は生まれてくる意味がないとか、望まれていなかったのではないかなどの気持ちがいつも心の中にあって、元気がなかったり、生きる力がない、自分が好きではないという自己否定感の強い子どもがものすごく多くなっています。自分はだめだ。生まれる意味がない。自信がない。自分で自分を痛めつけている人もたくさんいます。
食べ物を食べても、生きる力はつきません。ベースは、お父さん、お母さんが愛し合って、本当に自分の誕生を歓迎してくれていること。生まれてきても、自分の生き方で生きることを認めてくれて、ああしろこうしろとは言われない環境なら生きる力はつきます。
また、何かあっても助けてくれないと、本当に私は望まれて生まれてきているのだろうかと、力がなくなっていきます。そんな子は、体がかちかちですね。不登校を起こしているような子もそうですが、体が硬くて、肩こりがあるという場合がほとんどです。あまりひどいからそのことすら気がつかない。

<後略>

(2004年3月3日 筑波大学大学院東京キャンパスにて 構成 小原田泰久)

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