今月の対談「いい人いい話いい氣づき」

2013年8月 「宮田 太郎」さん

宮田 太郎(みやた たろう)さん

1959年東京都多摩市生まれ。玉川大学農学部卒。1986年に関東で国内最大級の鎌倉街道や古代東海道跡を発見。以来、全国や近隣国で古街道跡や山城、古代祭祀遺跡や古墳、古代都市遺跡、など未知の遺跡を数多く発見。独自の“古街道学”を考古学と歴史地理学の視点で考案。未知の遺跡や身近な歴史を地域活性に活かす歴史系総合プロデューサー。総務省地域力創造アドバイザー。歴史古街道団・団長。歴史ライフ総合研究所・代表。著書に、「新視点・日本の歴史」(中世編・共著 新人物往来社)「鎌倉街道伝説」(ネット武蔵野)他がある。

『古街道を通して古代の人たちからのメッセージを聞く』

土器に夢中になり、将来は考古学者になりたいと思った少年時代

中川:
実は、ずっと、歴史を研究されている方にお話をお聞きしたいなと思っていたんですね。氣をやっていると、ご先祖様と私たちは、非常に大きな影響を与え合っていることがわかってきましたし、もっと歴史のことを知らないといけないなと思っていました。でも、目に見えない世界のこともわかっておられる方でないと、なかなか氣のことを理解していただけないし、さて、いい方はいないかと、探していましたところ、宮田さんはUFOにも関心をもっておられたことがあるとお聞きして、そういう研究者の方だったら、ぜひお会いしてお話をうかがいたいと思って、対談をお願いした次第です。
宮田:
ありがとうございます。私の祖父は、東洋医学とかちょっと変わった治療をやっていた人で、その影響を受けたのか、私も未知の世界には早くから興味がありました。UFOに夢中になっていたのは、中学生から大学入学くらいまでのころですかね。当時は、UFOという言葉もなくて、空飛ぶ円盤と言っており、「円盤太郎」などとあだ名されました。作家の小松左京さんや星新一さんらが、日本空飛ぶ円盤研究会というのを作っていましてね。私は、その最年少の会員でしたよ。でも、やっぱり考古学の方が好きだということで、UFOからは足を洗った形になりました。
中川:
考古学ですか。私は、年号を覚えるのが不得手で、どうしても歴史が好きになれませんでした。でも、学校で習う歴史と考古学とは違いますよね。
宮田:
私も年号を覚えるのは嫌いだったですよ。だけど、小さいころから、土器を拾ったり掘り出したりするのが大好きでした。私はずっと東京の多摩市に住んでいましたが、子どものころは多摩丘陵が開発される前で、どこへ行っても土器片に出会えました。学校が終わると土器を拾いに行く毎日で、畑の横に土器が埋もれているようなスポットを見つけてはそれを掘り出し家に持ち帰って接着剤でくっつけて形を作っていくのが楽しみで、大きくなったら考古学者になりたいとずっと思っていました。小学校4年の時に、両親が僕の誕生日にトロイの遺跡を発見したシュリーマンの本「夢を掘り当てた人」を買ってくれましてね。数人が大型の土器を肩に乗せて高く掲げている表紙の写真は今でも覚えていますよ。それを読んで、考古学者への憧れがどんどんと膨らんでいきました。
中川:
そうですか。土器から、古代の人のエネルギーを感じておられたのだと思いますね。でも、土器というのは、そんなにゴロゴロと落ちているものなのですか。
宮田:
今でも、毎日のように拾っていますよ(笑)。みなさん、気がつかないけど、あちこちにあります。だいたい、人間が生活をしてきたところは、その痕跡が地面に残っているものです。でも、地面を見ながら歩いている人はいませんから、気づかずに生活しているだけです。
中川:
そうですよね。意識しないと目に入らないですからね。歴史フットパスという活動をされているということですが。
宮田:
フットパスというのは「歩くことを楽しむ小径」というような意味で、イギリスから入ってきた地域活性や観光の新しい方法でもあります。昔から生活のために使われてきた何気ない小路や裏道、産業や信仰などによって育まれてきた街道を歩きながら、地域の人と交流していくというものですが、私の場合は、歴史ストーリーや歴史ロマン、遺跡の魅力などをテーマに歩きます。どんな小さな山里でも、人間の営みが行われてきたところであれば、そこには古い道があり、そこで暮らしてきた人たちの生きた証があり、人間ドラマの数々が眠っています。それを探り、味わい、楽しみながら道を歩くことの価値は大きなものです。もちろん一片の土器片からも古代人の息吹やメッセージを感じとることもあります。歴史フットパスに参加すると、みなさん、次第に土の上に転がる昔のものが気になって下ばかり見て歩くようになり、はたからみると妙な集団に見えることもあるようです(笑)。
日本の歴史ツアーの多くは、江戸時代を時代背景とする史跡巡りや旧街道歩きが多いのですが、私は「古街道(こかいどう)」がテーマで、縄文時代の初めから戦国時代まで約8000年に渡る時代の道と歴史をテーマにしています。
中川会長がお生まれになった北海道は本当に歴史的にも素晴らしい地域ですね。アイヌ以前の文化の痕跡をたくさん見ることができます。
中川:
そうですか。道をたどっていくと、大昔に戻っていくというわけですね。そんなこと考えてもみませんでした。
宮田:
「道」を調査していると、次々と「未知」の遺跡にあたるんですね。それで、いくつもの研究会を作り、また発掘調査や探索ウォーク、講演などで紹介してきました。朝日カルチャーセンターほかでの講師もいつの間にか30年目になりますね。
中川:
道を発掘するというのは、どうやってやるのですか?
宮田:
道は人が歩くとそこだけが固まりますよね。人が歩かなくなると、そこに柔らかな土が積もっていきます。地面を掘っていくと、急に固い層にぶつかることがあります。さらに掘るとまた柔らかくなります。さらに、その周囲には、土器などの遺物や生活の痕跡が出てきたりして、そこが道だということが特定されます。縄文時代の道だと、場所によっては2メートルくらい掘らないと出ないし、別のところでは30センチ掘れば出てくるところもあります。

(後略)

(2013年5月28日 東京 日比谷松本楼にて 構成 小原田泰久)

著書の紹介

「鎌倉街道伝説」 宮田太郎 著
この本の購入は下記へお申し込み下さい。
「歴史ライフ総合研究所」
Tel&Fax:042-719-6336 
E-mail:kokaido@r3.dion.ne.jp

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