今月の対談「いい人いい話いい氣づき」

2012年10月 「柴田 保之」さん

柴田 保之(しばた やすゆき)さん

1958 年大分県生まれ。1987 年東京大学大学院教育学研究科単位取得退学。 同年より、國學院大學に勤務し、現在、人間開発学部初等教育学科教授。専門は、重度・重複障害児の教育に関する実践的研究。障害の重い子にも内的な言語があることに気づかされ、障害児教育の根本的な問い直しを続けている。 http://www2.kokugakuin.ac.jp/~yshibata/ 著書「みんな言葉を持っていた―障害が重い人たちの心の世界―」(オクムラ書店)

『障害の重い人たちの心の世界に耳を傾ける』

心の中で、豊かで潤いの ある美しい世界を紡ぎ出す人たち

中川:
柴田先生のことは、私どもの会員の神原康弥君の お母さんから紹介していただきました。康弥君は、幼いころに、突然の発作を起こし、体が不自由になり、言葉も話せなくなりました。しかし、お母さんに手を添えてもらうことで字が書けるようになり、自分の意思を表現したり、詩を書くこともできるようになりました。 先生に出あって、ずいぶんと励まされ、勇気をもらったとおっしゃっていました。康 弥君と知り合ったのはいつごろのことですか。
柴田:
年くらい前でしょうか。康弥君が小学校の低学年でしたから。
中川:
先生は、重度の障害 をもつ人たちにも言葉があるということで、障害者や家族の方々の相談に乗ったり、パソコンの文字盤を使って、彼らに心のうちを表現させてあげたりしておられます。 脳に問題があって、重度の肉体的な障害をもっている人は、自分の意思表示がないので、言葉もないと思われていましたが、実際には言葉もあるし、すばらしい感性をもっていると、先生は言われています。どういうことがきっかけでそう思われたのですか。
柴田:
私の恩師はとてもユ ニークな人で、障害をもった人には深い感性、研ぎ澄まされた感覚があると常々おっしゃっていました。彼らは健常者と呼ばれる私たちよりもずっと偉い存在だということもおっしゃっていて、言葉がないとは一切おっしゃっていませんでした。しかし、私たちは時代の流れもあって、言葉のある障害者とない障害者があると考えていました。重度の障害のある人の中には、言葉をもっている人もいるだろし、いない人もいるだろうとは思って接していました。言葉の理解の ある人とない人という具合に分けて考えていたわけで す。
しかし、長年、彼らと接しているうちに、どうもそうではない、だれもが言葉をもっているのではと思うようになってきました。
私たちは、一般に障害のある人に質問して 、「ハイ」と「イイエ」を答えられるかどうかで、言葉があるかないかを判断しています。たとえば、まばたきで質問に「ハイ」「イイエ」の返答ができれば、この子には言葉があると判断するわけです。でも、まばたきもできないし、自由に体が動かせなかったり、不随意運動が激しい人は、言葉を理 解していても、返答ができませんから、言葉がないとみなされてしまうのです。
中川:
そうですか。康弥君の場合、お母さんは知的な遅れはないと確信していたようですが、「ハイ」「イイエ」の返答ができなかったので、コミュニケーションはできないと、外からは見られていたわけですね。
柴田:
そうですね。でも、少し考えてみればわかりますが、目の前の人が、私たちにわかるような表現をしない からと言って、どうして言語がないと結論づけることができるのでしょうか。表現すべき内容はもっているのだけれども、表現するのに必要な運動を起こすことに障害があるだけだと考える方が自然なのではないでしょうか。
中川:
先生の本には、重度の障害をもった方のすばらしい詩が紹介されています。本来なら、それらが外に出ることはなかったわけですね。先生がコミュニケーションをとる方法を考え出されて、実際にコミュニケーションすることで、それが表に出て、読ませていただくと、すごく心にしみる言葉が並んでいます。彼らは、外に表現できない中で、ずっと詩を作っていたということですよね。
柴田:
15年ほど前から、パソコンとスイッチを使ってコミュニケーションをしてきたのですが、最初は、ゆっくりと一文字ずつを綴っていくくらいで、長い文章にはなりませんでした。しかし、彼らの短い文章の中に、とても深い表現があることには気づいていました。援助の方法も進歩して、より速くたくさんのコミュニケーションができるようになったとき、彼らの使う言葉があまりにも美しいので、「詩を作ったことがありますか」とたずねたら 、「ハイ」と答え 、「 今 、書けますか」とお願いすると、すらすらとよどむことなく 詩がつづられてきたのです。 最初に詩を聞き取れるようになったときには驚きました。発表をする機会もないのに、一生懸命に自分の頭の中に美しい世界を作り出しているのだなと感激しました。彼らの置かれた状況としては、非常に殺伐としたものです。にもかかわらず、ちゃんとした豊かで潤いのある世界を作り上げているのです。現実のつらさから逃避するためだけではなく、彼らにとっては、厳しい現実に再び向かい合うために、心を見つ めてもう一度自分を見つめ直すための大切なひとときだと感じました。
東日本大震災のとき、「故郷 (ふるさと)」という歌が、こんなにも心に染みるものだとは思わなかったと感じた方も多いと思います。素朴な歌詞が、一人ひとりの望郷の念を掻き立てたのではないでしょうか。つらい出来事があったからこそ、そういう気持ちになったのだと思い
ます。つらいときの詩の意味というのは大きいのでしょうね。
中川:
私が想像するに、これまで自分の思いを伝えられなかった人が、やっとわかってくれる人がいて、それを外に伝えてくれるとわかったとき、自分のつらさや愚痴のようなものが最初に出ると思ってしまいました。しかし、最初の言葉として、みなさんが、お母さんやまわりの人への感謝の気持ちを言っているのには驚きました。
柴田:
そうなんですね。お母さんが一生懸命に世話をしていることに、彼らはすごく感謝していますし、その気持ちを伝えてきますね。付き合いが長くなると愚痴も出てきますけどね(笑)。愚痴と言っても、自分たちは言葉がわかっているのに、なぜそのことをわかっても らえないのかといったことですけどね。

(後略)

(2012年8月8日 國學院大學 たまプラーザキャンパスにて 構成 小原田泰久)

著書の紹介

「みんな言葉を持っていた ―障害が重い人たちの心の世界―」(オクムラ書店)

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