(1)氣を受ける際のポイント

身体の調子が悪いから真氣光をやっている人、心の病で真氣光をやっている人、人生が好転しないから真氣光をやっている人、いろいろな動機があります。一生懸命に氣中継器ハイゲンキを使ってくれた人の貴重な体験談は、これまでの22年間でかなりの数に上り、そのお話を聞くと「不可能は無い」と勇気が湧いてきます。これら数多くの話から共通する、ハイゲンキで氣を受ける際の基本的なポイントをまとめてみました。
まず、自分の直面した一見マイナスな出来事を何とかしたくてハイゲンキを使う場合、「ハイゲンキを信じられた」から「使えた」わけで、簡単なようでなかなかそれは難しいものです。目に見えるものでもなく、科学的に証明できるものでもない氣のエネルギー、さらにはハイゲンキの値段は安い物ではありません。単純に「ハイゲンキを信じて、エネルギーを取り込もう」と思うことが、真氣光のエネルギーに同調できるためのスイッチになっているのです。そして、そのスイッチを入れるためには、体験後に「ハイゲンキで氣を受けると良さそうだ」という自分自身の感覚を信じられるか?ということだと思います。現代は情報社会ですから、いろいろな情報が周りに溢れ自分の感覚に従うという習慣が減っています。また魂としては良さを感じられても、周りのマイナスの氣の影響が強いとそれに邪魔され、良さが感じ難くなるものです。しかし、そうであっても氣の充電が進めば、それも次第に姿を消していきますので、いつかは「良さそうだ」という感覚が出てくるでしょう。やはり自分を信じ、その感覚に素直に従えるかということなのです。
また真氣光のエネルギーは自分の魂に入り、その光を増やすとともに周波数を上げ、知らないうちにプラスの方向へ意識を変えていきます。それと同時にいろいろなマイナスの氣も光を得て離れていくのです。ですから自分の悩みが直ぐに解決できなくても気長に使うということ、例えば腰痛の人が腰を治したくてハイゲンキを使っていても、いろいろ周りに良いところが現れ、腰痛が取れるのは最後になることもあるわけです。
最後にハイゲンキは意識してよく使うということです。魂にエネルギーを充電し、より高い宇宙意識に波動を合わせようとすることが、いろいろな面で生活を改善してくれます。私たちは健康だったり、楽しいことがあると心を奪われてハイゲンキをする時間を忘れてしまいます。私は、ポケットにいつもホワイトセラミックヘッドを入れていますが、ちょっとした時間にも意識を集中して、できるだけ氣の充電をするよう心がけていただくと良いでしょう。

(2)氣中継器と氣グッズ

今 回は真氣光の原点とも言うべき氣中継器と氣グッズについて、ポイントごとにおさらいしたいと思います。①『真氣光は宇宙からの高次元エネルギーですから、その特殊な波動を受けるにはそれを受信するための特別な道具が必要になります。テレビの電波を受けるにはテレビが必要なように、真氣光というエネルギーを受けて利用するには氣中継器や氣グッズが必要なのです。それらは“氣入れ”という調整をすることにより、はじめて真氣光のエネルギーが取り出せるようになります。』私は特殊な波動と言いましたが、時代とともにソース(源)を別にするいろいろな波動の集合になってきているのですが、氣入れをすることで全ての波動を一斉にオンの状態にさせます。 ② 『氣中継器とは、私たちの本質である魂に真氣光のエネルギーを注入する装置で、氣グッズはいろいろな用途ごとにそれを補うものです。』ここで「補う」としたのは、ハイゲンキなど氣中継器を持っている人と持っていない人とでは、氣グッズの効果がずいぶん違うことがあるからです。日頃からハイゲンキなどでしっかり氣の充電をされている人、さらにはその家族などには、魂の中に光の粒のように真氣光のエネルギーが入り込んでいるものです。ですから氣グッズのエネルギー量は氣中継器に比べると小さいのですが、氣グッズを使う際に意識することで、魂に充電されていた光と共鳴して、相乗的に作用し大きなエネルギー量になることがあり、それがいつもと違う効果を引き出すのです。 ③ 『氣中継器は、宇宙からエネルギーを集める中継器本体と私たちの魂にエネルギーが
入りやすいように工夫された各種のヘッドから構成されており、コードで接続しなくてもコードレス電話のように本体に集まったエネルギーがヘッドに分配される仕組みです。』体験談で「ヘッドは何も変わらないのにハイゲンキ用パワーシート(正会員継続2 年目に無料進呈)を貼ったら効果が違う」という話をよく聞きますが、原理を知ると納得できます。 ④ 『中継器本体には、家庭や会社・団体にエネルギーが広く行き渡るハイゲンキと、特定の個人にエネルギーを集めるパーソナルHG があります。ヘッドは、使用する際に意識することでエネルギー
の吸収量が上がります。その使い方や用途に応じていろいろな種類があり、どのヘッドも中継器本体に接続できます。』実際にはヘッドを手に取って使用していなくても対象となる人とその先祖などに常にエネルギーが届くということが氣中継器の最大の特徴です。さらには対象となる光の入り口が多いハイゲンキは、その家の大黒柱ならぬ光の柱とも言えるのです。

真氣光ビギナーズ(3)真氣光と洗心

先代の時代には、工学博士の故・関英男先生が、洗心の指標について真氣光研修講座で講義をしてくださっていました。
私もプラスの氣・マイナスの氣を集める心の持ち方ということで、よくお話ししています。「強く、明るく、正しく、我を折り、よろしからぬ欲を捨て、皆仲良く相和して、感謝の生活」という、いつも持つべき正しい心をできるだけ持つようにして、「憎しみ、妬み、そねみ、うらやみ、呪い、怒り、不平、不満、疑い、迷い、心配心、咎めの心、いらいら、せかせか」という心から無くすべき感情はできるだけ少なくしましょうというものです。
例えば「笑う門には福来たる」という言葉に代表されるように、プラスの心にはプラスの氣が集まり、マイナスの心にはマイナスの氣が集まります。
できるだけプラスの氣に同調して生きようということですが、生きていくということは、いろいろなことがあるものです。
私は、自分がマイナスの心になっているのがわかったら、まず真氣光を受けて下さいとお話ししています。
そうすると、徐々にマイナスの心が減って来るのです。
 私には、氣を受けていると、真氣光の源である宇宙から、教えてくれる存在があります。
彼らが言うことには、
「たくさんのエネルギーを受けてもらえるようになり、私達は喜んでいます。
体の不調が出ている人もいるでしょう。
安定してくれば、益々多くのエネルギーを送れると思います。
人には心が有るので、たいへんになるのでしょう。
私達のエネルギーに焦点を合わせてください。
そうすれば効率よく送れる。
あなたたちは、自分の心を客観的に見ることが苦手のよう。
感情に流されるので、嬉しいことがないといけないのでは?そんなにマイナスではないのに、嬉しいことに基準を合わせるので、それ以外の時に不満になるのでは?だから常に楽しくなければ満足できないのでは?それと魂の成長とは、あまり関係がない。
嬉しい、楽しいに関わらず、チューニングをこちらにあわせてくれれば、こちらは送りやすいのです。
逆に言えば、プラスの気持ちと真氣光の受けやすさとは関係がないのです。
辛い気持ちでも良いのです。
シンプルに真氣光のエネルギーを欲しいと思いさえすれば良いのです。
受け手の条件にとらわれないのですから、強い光です。
いつでもどんなところでも、あなた達の気持ちに関わらず送ります。
信じてくれれば、それで良いのです。」
ということです。
どんなにマイナスの状態であっても、人は氣づくことによって、大きく魂の輝きが増すのです。
それを促してくれるのが真氣光です。
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真氣光ビギナーズ(4)真氣光の進化

前回(2/6発行)、真氣光の源となる宇宙から「・・・あなたたちは、自分の心を客観的に見ることが苦手のよう。感情に流されるので、嬉しいことがないといけないのでは?・・・」と教えてもらったという話を書きましたが、今月真氣光に新しい波動が加わりましたので、もう少し説明したいと思います。
 例えば、私たちは嫌な人がいたり嫌なことがあると、何とか回避したいと、まず思ってしまうものです。また嫌なことが、辛くストレスになり体に悪いと理由を付けて取り除きたくなったり、自分は何も変わらないで、何も変えないで、それも良いことだとこじつけていたりします。
 私たちの周りの人や物事、起きる現象は、すべて「その人の魂をより強くする」という理由があって存在しているのですが、周りに存在するマイナスの魂の影響を多く受けてしまうと自分の心を客観的に見ることができなくなり、嫌だと思う心が先行し、ストレスだと感じやすくなるのでしょう。
 嫌だと感じるのはどうしてか?それを変えるには、自分がどうすればよいか?昔にも似たような事があったなど、自分の小さい頃からの課題がそこに隠れているかもしれません。自分の心の中をもっと分析してみる必要があるでしょう。そして自分が解決しようと行動したことでプラスに変わったというように結果に出すということが重要で、体に出ている現象などもプラスに向いていくことがあるものです。氣づきが出て、その人の魂の強さとなり、そうなれば、そこに来ている魂も本来の場所に行くことができるのです。見過ごさないということ、解決して欲しいと周りの霊的な存在も思っているものです。
 私はたくさんの魂たちに会ってきましたが、彼らは苦しみや恨みなどマイナスの感情はあっても、光が欲しい早く楽になりたいと必ず思うもので、それは魂の通り道なのです。それを分かって、生きているうちに強い魂になっていればよいわけで、そうすることで、死んでから行きたいところに行けるということになります。
 生きているときに、たまたまストレスが無く幸せだからといって、死んで楽になれるというものでもありません。ただ楽しいだけでは駄目なのです。時には難問が立ちはだかることもあるでしょう。越えられないハードルは与えられないのですから、それは、その人が以前よりも成長できた証ともとれます。真氣光を受け氣づいて行動できることでエネルギーが増えて、たとえ周りが何も変わらなくても“幸せと感じられる心が湧き上がる”のです。表面的には辛くても一生懸命に生き、人の為に何かできるのです。真氣光が進化し、それがより顕著になったのです。
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真氣光ビギナーズ(5)見えない氣の世界

 先代の時代からSASでは「氣」の文字を使っています。
「氣」の語源には、いろいろな説がありますが、先代が、よく言っていたのは、「氣」は「米」と「气」から成り、米からフワフワと立ち上るエネルギー(米のオーラとも言える)を「气」の部分が表わすという説です。
何かはっきりしないけれど、確かに存在するエネルギーのようなものに氣という文字を使ったというのです。
つまり氣とは、科学では測定できないし目には見えないけれど、宇宙に存在する多種多様なエネルギーの総称です。
 人や動・植物、物、土地などあらゆるものが、それぞれの氣を持っています。
私たちのまわりにも、私たちの体の中にも、氣は満ちています。
さらには、念力や呪い、祈りや祈祷など、見えないエネルギーとして氣を使った歴史が、日本ばかりではなく、世界の国々に存在します。
ですから氣にはいろいろな種類があるのですが、科学が発達した現代の世の中では、科学的に証明できないものは軽視されがちです。
しかし先代は、このような時代だからこそ、目に見えない氣というものが、とても重要になると言って、この文字を大事にしたのです。
 私はサラリーマン時代、氣の世界を知りませんでした。
グループの責任者として仕事をしていましたが、部下の失敗、上司とのトラブル、仕事の遅れ、自分自身の体の不調など、なかなか改善しませんでした。
目に見える物理的なことを軽視して良いということではないのですが、見えない世界に原因があるのかもしれないと真氣光を受けるようになってはじめて好転したのです。
私自身、これまでの「プラスの氣」としての真氣光を上手く利用できるようになった歴史をふり返ると、そこには私の周りにある「マイナスの氣」をよく知ることでもあったわけです。
一言で言えば「周りのせいではなく自分のせい」、マイナスの氣に足を取られることなく、真氣光で自分自身のエネルギーを高めることでした。
 真氣光を受けることで、私たちの周りに一見マイナスな現象を起こす「マイナスの氣」は、簡単なものから薄皮を剥がすように消えていきます。
最初は分かりやすい形で表面に現れ消えていくのですが、だんだん分かりにくくなり、周りの人やモノを使って私たちを巧妙にマイナスの心に傾けようとするものです。
人のことは分かっても自分のことはわかりにくく、ついその影響を受けてしまうのが私たちです。
しかし、見える世界にばかり氣をとられることなく、マイナスの氣を意識できたとき、真氣光のエネルギーは届きやすくなります。
氣の世界を深く知るとは、どんなマイナスの氣にも負けない強い心を持てるようになることだと思うのです。
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真氣光ビギナーズ(6) 蔓延するマイナスの氣

選挙戦が大詰めです。私は投票日には仕事ですから、この原稿を早めに終えて期日前投票に行って来ようと思っています。
ところで選挙のように誰かが当選すれば、必ず誰かは落選するというものには、マイナスの氣が関係してしまうものです。
このように勝負がはっきりしていて、当選すれば雲の上、落選すれば次の機会まで収入も無くなるのでは、その差が大きく、当事者ばかりではなくその人を応援する人まで巻き込み、マイナスの氣が蔓延することがあるのです。
 よく「念」と言いますが、人の強い意志や思いなど心から発する見えないエネルギーというものがあり、それも氣の一種と考えられます。
人が持つマイナスの感情からは、生命エネルギーを下げるように働くマイナスの氣が発せられ、逆にプラスの感情からはプラスの氣が発せられるのです。
発せられた氣は、自分自身の生命エネルギーを下げたり上げたりするばかりではなく、まわりの人や動植物にまで影響を及ぼします。
 真氣光では、故関英男博士が提唱していた「洗心の指標」というものを利用しています。
どのような心の状態がプラスなのかマイナスなのかを分類したもので、自分がどちらに位置しやすいかを知る物差しなのです。
ところで、この洗心の指標の「心からなくすべき感情」の項目は、「憎しみ・妬み・嫉み・羨み・呪い・・・」と続きます。
「ねたみ、そねみ、うらやみ」とは、よく嫉妬という言葉で使われますが、なぜ敢えて3つも並べられたのか、お気づきでしょうか。
これは我々にとって十分に注意しなければならないものだからだと、私は思うのです。
 今年2月の放射線医学総合研究所のプレス発表によると、「妬みや他人の不幸を喜ぶ感情に関する脳内のメカニズムが明らかに」と題して「妬みに関する脳活動が強い人ほど“他人の不幸は蜜の味”と感じやすいことが脳科学的に証明された」ということです。
つまり心地よく感じてしまうから、どんどん歯止めが利かなくなりエスカレートしてしまう危険性があるということです。
学校や職場でのいじめ、インターネット上での匿名掲示板における誹謗中傷などの氾濫などなど、妬みというマイナスの氣は、強いマイナスのエネルギーとなって社会に蔓延しやすいわけです。
前述の研究からも、妬みという感情は、小さいうちに気がつくことが肝心です。
また、そのようなマイナスの感情に影響されない自分をつくる道具として、日頃から真氣光を利用していただきたいと思うのです。
(中川 雅仁)
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(7)性格も変わる?真氣光

真氣光を始めようと思われるきっかけの一つに、心配性、いろいろなことが気になる、イライラする、怒りっぽいなど、自分や周りの人の性格を変えたいという人が多いように思います。
性格は変わらないと思っている方がいらっしゃいますが、氣を利用するとそれが可能になるから不思議です。
マイナス思考の性格も、幼少期からいろいろな体験をしているうちに、だんだん形成されているはずです。
ですから、知らないうちにマイナスの氣の影響を受け、それがどんどん溜まっていくと考えられますが、それが真氣光を受けることで、マイナスの氣が消えて本来のその人自身に戻るのでしょう。
 今年8月に米国で発表された「楽天的な態度の人は心臓病の発生率や総死亡率が低い」という論文によりますと、楽天的態度を点数化し、楽天家と悲観家のグループに分けて比較すると、楽天家は悲観家に比べ心筋梗塞などの心臓病の発生率が9%低く、がんなども含めた総死亡率も14%低かったということです。
 最近ではいろいろな研究が進み、心の持ち方や性格が、ストレスと非常に密接な関係があること、それが病気や死亡率にも影響を与えていることが解ってきています。
それで、性格を変えたい、気持ちを楽にしたいなど、心の勉強をする方が増えてきているのだと思います。
昔から心を楽にする方法は重要だと考えられており、それが宗教というかたちで今日まで伝わってきているのだと思うのですが、現在では仏さまや神さまにお参りし、その結果として病気がなおるとか、商売が繁昌するとか、何らかの利益を得るためのものを連想するようで人々の宗教離れが進んでいるようです。
 ところで、真氣光の本質は宇宙からのエネルギーであり、それは一人ひとりに最適な氣づきを促します。
ですから宗教とも違い、心の持ち方を説くものではありません。
洗心の指標というものを参考にしていますが、これも一般的な道しるべであり、決して「こうあらねばならぬ」というものではないのです。
人によって、また時と場合によっては、それに反してしまうこともあるでしょうし、そのほうが結果として良いこともあります。
例えば、いつも心配ばかりする人には心配は不必要なものだけれど、全く自分を省みない人にとっては少々心配するほうが良ということもあるでしょう。
真氣光という宇宙からのサポートが、その人に丁度良い氣づきを与えてくれるのですから、心の持ち方はあえて説きません。
しかし、宇宙からのエネルギー真氣光がその人の性格をも変え、最善の方向に引っ張ってくれるということなのです。
(中川 雅仁)
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(8)氣の環境を浄化する

5日に真氣光メンバーズの集いを開催しました。
東京の会場や全国のセンターで、683名の皆様に当日の遠隔真氣光にお申し込みいただきました。
たくさんの方々に参加いただくことで、より多くの真氣光のエネルギーを集めることができました、ありがとうございました。
メンバーズの集いは‘95年先代が亡くなった翌年に、先代を偲ぶ会として始まり、今日12月11日は先代の命日にあたります。
 先代は、‘86年ハイゲンキの発明に始まって、各種氣グッズの開発、誰でも氣が出せるようになる研修講座開講と、亡くなるまでの10年ほどの間に今の真氣光のベースとなることを確立しています。
数々の偉業の中で、先代が遺した言葉「真氣光は病気治しが目的ではありません。環境を浄化し全てのものが良いエネルギーの中で生活できるようにすることが本当の目的なのです。・・・」が、各地のセンターで使っている真氣光DVDの中にメッセージ映像として収録されています。
見たことがある方も多いことと思います。
 私たちの周りにある全てのものには目に見える部分と、見えない氣という部分があり、環境というものも氣の観点から捉えていたのが先代でした。
どんな人も必ず死を迎えるのですが、体を失うときにエネルギー不足に陥る魂が増えています。
そのような魂たちは、苦しみのなか自分自身ではどうすることもできず、生きている人からエネルギーをもらうしかありません。
それらがマイナスの氣となって、生きている人たちに次から次へとのしかかり、その影響を強く受けてしまうために、人々の意識や身体の状態がマイナス方向に傾きやすくなることが多くなっているのです。
つまり先代が言いたかったことは、このような今の地球における氣の環境を、真氣光を使い宇宙からエネルギーを取り込むことによって解決しようということなのです。
 私たち誰でもが、体を持って生きるということは、知らず知らずのうちに他の縁ある魂にエネルギーを分けています。
縁ある魂とは、自分自身の生きている家族や先祖ばかりではなく、家族の友人、先祖の知人、さらにはその土地に生まれた縁、日本に生まれた縁等々、数限りなく存在します。
氣中継器ハイゲンキを使うということは、自分自身の魂の中にエネルギーを取り入れるということであり、増えたエネルギーは自身の魂の光を増やすばかりではなく、周りに存在する縁ある魂にもたくさんの光を届けるということに繋がります。私たち一人ひとりが、自分の置かれた状況で氣中継器を使うことが、氣の環境を浄化するということなのです。
(中川 雅仁)
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(9)意識を使って効果的に氣を受ける

今月の真氣光研修講座もまた、たくさんの真氣光のエネルギーが集まり、受講生の皆さんが大きく変わられました。
講座でたくさんの効果がでるのは、受講生自身の氣の吸収力が一日一日と上がってくるからということなのです。
氣は波動的な性質により、それを受信する側が、「氣を受けよう、利用しよう、変わろう」と強く思うことで、どんどん吸収力が上がり集まるエネルギーも増えるのです。
つまり私がきっかけとなり、それを受講生の皆さんが受けて増幅させていくのです。
 私が講座に関わって、そろそろ15~6年になります。
初めの頃は、「たくさん氣を送ろう」と必死だったのですが、何年か経つうちに分かったことがあります。
氣を送ることに意識を向け過ぎるのではなく、エネルギーの源に波長を合わせる、つまり送られてくる方に意識を向けるということです。
真氣光の気功師とは、エネルギーの中継者であり、パイプやホースのようにエネルギーという水が入って、出ていくような存在です。
「入って」と「出て」とは全く正反対のことですから、一度に両方を強く意識することはなかなかできません。
私はあるとき、火事場の火を消すこと、つまり出ていく水ばかりに意識が向いていてホースの源がきちんと宇宙のタンクにつながっていないのではないかと、気がつきました。
最初に氣を送る人つまり火の具合に意識を向けて状態を知ったなら、後は宇宙のタンクに直結することに意識を集中してお任せする感じです。
入ってくる方に意識を向けるとは「私も目の前の人と一緒になって氣を受ける」という感覚です。
つまり研修講座では、初めて受講された方、何回も受講されている方そして私、それぞれの真氣光の波動に同調できる状態に応じて集まる「一人ひとりの氣を求める意識の集合」が、研修講座に集まるエネルギーなのです。
 これは普段ハイゲンキで氣を受けるときも同じです。
自分にあるマイナスの部分を最初に意識して、後は宇宙からハイゲンキを通して見えない光のようなものが入ってくるようなイメージです。
氣を送りたいときも、最初に送りたい人を意識して、次にその人と一緒になって光が集まるイメージです。
これは氣グッズを使うときも、気功体験会やセンターを利用するときも同じです。ただ何となく使うよりは、これで真氣光を受けようと意識することで、波動の同調作用によってエネルギーの吸収力が上がるのです。
氣グッズ、センター、研修講座、どれも真氣光を受ける道具のようなものです。
それを上手に意識して使うことで真氣光の吸収力が飛躍的に増え、氣づきや魂の成長に繋がるのです。
(中川 雅仁)
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(10)先祖供養について考える

お彼岸の時期です。
今日から真氣光研修講座が始まり、研修中の四日間集中遠隔真氣光にたくさんのお申し込みがありました。
皆さんお彼岸ということも意識されてのことだと思います。
 私たちは、お彼岸やお盆など御先祖のことを思い、お墓参りや法事・法要を行う習慣があります。
今ではこの習慣もお墓が遠いから、忙しいからなどの理由で、特に都会では行われなくなって来ているようです。
またやっている家でも、昔からやっているから、ただ習慣として等、あまり意識されなくなっているかもしれません。
未だ科学では捉えられませんが、既に亡くなっている私たちの御先祖は、姿形は見えないけれど魂というエネルギー体として心や気持を持って確かに存在しているのです。
そして、既に亡くなっている人と生きている人との間には、エネルギー的な関係があり(私は氣の交流と呼んでいます)、魂の発する光のようなエネルギーを送ったり受けたりしているのです。
 お坊さんがお経を唱えてくれることで、何らかのエネルギーが魂だけの存在になった方々に届きます。
そればかりではなく、例えば「亡くなったお爺ちゃんには、こんな事をしていただいた」と感謝の心を持てたり、親戚や家族が皆仲良くできていたり、それらによって生きている人から発せられる光のようなエネルギーが亡くなっている人の魂にも届き、御先祖は安らかな気持が多くなる…、つまり先祖供養になるのです。
 私たちにご縁のある体を持たない魂は、たくさん存在します。直接の御先祖ではなくても、御先祖が親しくしていたなどの間接的なご縁も含めれば、相当な数に上るでしょう。
ですから、誰かに親切にして差し上げるという行為も、もしかするとその方の御先祖と自分の御先祖は親しかったかもしれず、「親切」によってどちらの御先祖も喜んでおられるということになり、それも先祖供養に繋がることがあります。
また生きている人が、困難なことにも負けずに強く明るく前向きに生きていることが、体を失い嘆き苦しんでいる魂に希望を与えることもあり、それも先祖供養と言えるかもしれません。
 また真氣光という宇宙エネルギーは、魂に浸透するエネルギーです。
特に氣中継器を使うことによって、体を通して使う人の魂に効率良く浸透し、それが周りの魂にもエネルギーを与えることになります。
ですから、それだけでも広い意味での先祖供養と言えるでしょう。
さらに、ハイゲンキのヘッドを体に当てながら氣を送りたい人のことを思うことでエネルギーは届きやすくなります。
それが遠隔で真氣光を送るということで、この氣の受け方はお墓参りに行けない方にもお薦めしたいものです。
(中川 雅仁)
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