プラスの氣の循環は自分から

 真氣光を実践されている方から、「周りの人に親切にできるようになった」というお話を伺いました。
相手の喜ぶ笑顔を見て、自分自身も嬉しくなる。
これこそが「いいとこ探し」の本質だと感じます。

 周りの人に何かをしてあげられるということは、実はとても大切なことです。
ですから、ハイゲンキを使って家族に氣をお分けすることも、素晴らしい「いいとこ探し」の実践になります。
また、物理的な行動だけでなく、精神的な面でも周りの人に貢献できることがあるものです。
笑顔を交わす、話を聞く、感謝の言葉を伝える。
こうした日常の小さな行為も、実は大きなプラスの氣、つまり光のエネルギーを生み出すということです。

 このことは理屈ではよくわかっていることですが、実践となると難しいものです。
私自身のお話をしますと、育児のストレスも多いことでしょうが多分に私の至らなさが原因で、妻の機嫌が悪くなることがあります。
機嫌が悪いとマイナスの氣の影響が家族全体に及びますから、私も息子も、その影響を受けてしまうわけです。
だからといって、本人に「機嫌を良くして」と言っても、それは解決にはなりません。
逆に火に油を注ぐ結果になることは明白です。
では、どうすればよいのか。
答えは簡単です。
真氣光の力もいただきながら、私が相手の機嫌が良くなることをするしかないというわけです。

 時間があればゆっくりしてもらうし、ストレスが取れるようなことはどんどんやってもらったらいいのです。
さらには私自身が「どうやったら喜んでもらえるのか」を真剣に研究する必要があるということです。
自分では色々なことをしてあげているつもりなのですが、本人にとってはそれが当たり前のことになっているようなのです。
私の考えが浅はかだということですが、これがなかなか難しいです。
なぜか相手に対して頭にくることが出て来たりします。
でも今年は、この研究に真剣に取り組む必要がありそうです。

 相手が何を望んでいるのか、何をすれば本当に喜んでくれるのか。
それを観察し、理解しようとする姿勢こそが大切ですね。
時には言葉での感謝、時には静かに話を聞くこと、時には具体的な手助け。
相手に合わせた「親切」の形があるはずです。

 周りの人に親切にするという行為は、単に相手を喜ばせるだけではなく、その笑顔を見て自分も幸せになる。
この循環が、プラスの氣を呼び込み、マイナスの氣を遠ざけます。
ハイゲンキを使いながら、日々プラスの氣の積み重ね、それが家族全体、そして周りの環境全体を明るく変えていくはずです。
新年にあたり、失敗ばかりですが、私自身に強く意識させている次第です。

中川雅仁の『今週の氣づき』一陽来復の季節

 年末もだいぶ押し迫ってきました。
先週の日曜日にメンバーズの集い一日目を熊本センターから開催しました。
たくさんの方に参加いただき、ありがとうございました。
ところで、12月22日は冬至ですね。
冬至といえば日が一番短くなる日ですが、ここから太陽が活発化すると考え、昔から「一陽来復」といって運気が上昇に転じる日とされてきました。
この運気を呼び込むために、昔の人々は柚子湯で体を清め、かぼちゃ(なんきん)など「ん」のつく食べ物を食べて運を呼び込む縁起担ぎをしてきたということです。

 皆さんの調子はいかがでしょうか? プラスの氣の応援が増えて絶好調の人もいるでしょうし、逆にプラスの氣の影響でマイナスの氣が浮き上がり一時的に調子を落としている人もいるかもしれません。
よく好転反応と言いますが、良くなる前の一見マイナス的な現象です。
でも真氣光のエネルギーを受け続けることでマイナスは必ずプラスに変わりますから、しっかりと氣の充電をしていただきたいと思います。

 マイナスの氣は、何か付け入る隙を見つけて、そこをきっかけに大きく影響を与えてくるものです。
逆に言えば、その隙となるところに気がつければ、その先の人生もマイナスの氣に付け入られない、素晴らしい人生に変わり易くなるでしょう。
ですから、一見マイナス的な現象から何かヒントをもらう気持ちが大事になります。
また、それが分からなくても、何かマイナスの氣の影響だと意識して、真氣光を受けることでも、エネルギーが届きやすくなり、氣づきのチャンスになります。

 先代が1988年12月23日の夜に夢を見て氣が出せるようになったのも、冬至の直後です。
まさに「一陽来復」、運気が上昇に転じる時期に大きな転機が訪れたと言えるでしょう。
今年のメンバーズの集いは20日大阪、最終日が21日東京と続きます。
冬至を迎えるこの時期に、たくさんの方が時を同じくして意識を合わせることで、宇宙から強いエネルギーが集まってきます。
参加される皆さんを通してそのエネルギーが周りへと広がり、氣の環境を浄化していくのです。

 メンバーズの集いに併せて、皆さんの「いいとこ探し」をお寄せください。
一年を振り返って良かったこと、悪い出来事からも何かに気づければ、それは「いいとこ探し」になりますし、どんなに悪い出来事でも、それを知らせていただくことで受け取る側から何かヒントが貰えるかもしれません。
そういう意味では、どんな話でも良いのですのでお便りをお待ちしています。
より強い光にしたいと思います。

 

一年の経験すべてが宝物

 子どもの成長は早いものですが、老化ばかりが気になる大人だって、魂は大きく成長しているはずです。
特に一見悪いことがあったとしても、それは魂を成長させるための貴重な経験だったのかもしれません。
今年一年を振り返ってみると、嬉しかったこと、悲しかったこと、腹が立ったこと、落ち込んだこと、様々なことがあったと思います。
でも、そのすべてが、今の自分を形作っている大切な経験なのです。

 私たちは、良いことがあった時には素直に喜べるのですが、悪いことがあった時には、「なぜ自分ばかりこんな目に」と思ってしまいがちです。
しかし、一見マイナスに思えた出来事の中にも、意味や学びがあったことに氣づくことが大切です。
例えば、人間関係のトラブルがあったとしても、それによって相手の気持ちを考えるようになったり、自分の至らなさに気づかされたりすることがあるでしょう。

 私の父である先代は、「すべてのことには意味がある」とよく言っていました。
良いことも悪いことも、すべては魂を成長させるための学びの機会なのだと。
確かに、辛い経験をした時こそ、人は深く考え、自分を見つめ直すものです。
順風満帆な時には気づかなかった大切なことに、困難な状況の中で初めて気づくということも少なくありません。

 マイナスの氣の影響が強いと、悪い出来事ばかりに目が向き、「自分は不幸だ」と思い込んでしまいます。
しかし、真氣光のエネルギーを受けることで、その見方が変わってきます。
同じ出来事でも、「これは自分を成長させるためのチャンスだ」「この経験があったから今の自分がある」と、プラスの側面を見出せるようになってくるわけです。

 今月は真氣光メンバーズの集いが開催され、たくさんの氣を受けられますから、一年を振り返ってみるとよいのです。
良かったことはもちろんですが、辛かったこと、悲しかったことからも、何か学べたことはなかったでしょうか。
あの時の失敗があったから、今はこうして気をつけられるようになったとか、あの人との出会いがあったから、新しい視点を持てるようになったとか、そんな風に、一つひとつの経験を宝物として捉え直してみるのです。

 今年経験したすべてのことは、魂を磨くための宝物です。
良いことも悪いことも含めて、すべてに意味があったのです。
これからも、真氣光のエネルギーの応援を受けながら、日々の経験を大切にし、そこから学び続ける姿勢を持ち続けたいものです。
一つひとつの経験を宝物として受け止め、感謝の気持ちで新しい年を迎えられることこそが、魂を輝かせていく上で大切なことなのだと、今年最後の月を迎えて改めて思う次第です。

 

脳も一生成長し続ける

 最近、人の名前がなかなか出てこなくなってきました。
「あの人、えーっと」と言いながら、肝心の名前がなかなか思い出せないのです。
こんなことが増えてくると、「もう年だから仕方ない」と思ってしまいがちですが、この考えるところが良いと聞いているので、いつまでも「えーっと」とやっています。

 私の母は認知症でした。だんだんと記憶が失われていく母を見ていて、脳の衰えというものを身近に感じてきましたので、日頃から注意したいと考えています。

 そんな中、先日「筋肉は90歳を過ぎても鍛えると強くなるといわれますが、脳も同じだ」という記事を読みました。
90歳からでも鍛えると強くなる。
なぜなら、脳には「可塑性」という特性があるからだそうです。

 脳の可塑性とは、新しい経験や学習に適応して、構造や機能を変化させる能力のことです。
新しいことに挑戦すると、脳はそれに合わせて新しい神経回路をつくります。
そして、くり返し使うことでその回路はどんどん太く、しっかりしたものになるというのです。

 そう考えると、自分の物差しで「もう年だから」と決めつけてしまうところに、問題があることになります。

 毎月開催している真氣光研修講座では、ヨガの龍村先生が、左右の手で別の動きをさせて脳を活性化させるという方法を教えてくれています。
例えば、右手でキツネを作りながら左手でウサギを、それを交互に入れ替えるといった動きです。
最初は難しいのですが、これこそが脳の新しい神経回路をつくる訓練になるというわけです。

 私はいつも皆さんに「真氣光のエネルギーを受けて、自分の氣が高まってくると、心の余裕が生まれやすくなります」と言っています。
脳の働きも、氣の状態と深く関係しているはずです。

 マイナスの氣の影響を受けると、「もう無理だ」「年だから」という思い込みが強くなり、新しいことに挑戦する意欲が失われてしまいます。
逆に、真氣光のエネルギーを取り入れることで、プラスの氣の応援が増えてくると、自然と前向きな気持ちになり、「良い興味」を持てることに出会えるようになるものです。

 さらに、マイナスの氣が遠ざかることで、今まで「難しそう」と思っていたことにも、トライできるようになってきます。
挑戦することへの抵抗感が減り、失敗を恐れずに新しいことに取り組めるようになるのです。

 これからは、真氣光のエネルギーの応援を受けながら、心の余裕を持って新しいことに挑戦していきたいものです。
脳は何歳になっても成長し続けます。
真氣光を上手に使いながら、一生成長し続ける人生を送っていきましょう。

時間の質を高めよう

 ウチの息子ですが、最近は踏切に興味があります。
何時間でもそこに止まろうとするので、こちらは非常に大変です。
散歩の途中にそれがあるものですから、時間が倍かかってしまい、早く踏切と縁が無くなるように祈るばかりです。
こんなふうに、子どもにかかる時間が多くなっているものですから、もっと自分の時間が欲しいと思っていたら、ある記事を見ました。

 それによると、自由時間は多すぎても幸福度が下がるというのです。
一日の中で自由時間が2時間未満だとストレスや疲労感が増すものの、幸福度が最も高いのは2~5時間の自由時間を持つ人だというのです。
そして、5時間を超えると、かえってストレスが増加し、幸福度が低下し始めるというのですから驚きです。
私は、自分の物差しで「時間が足りない」と決めつけていたところに、問題があったのだと気づきました。

 なぜ自由時間が多すぎると不幸せになるのでしょうか。
それは、時間があるあまり、ダラダラとテレビを見てしまったり、ネットやSNSを目的もなくスクロールするなど、「非生産的な活動」に費やされてしまうからだということです。
たしかに、後になって「あの時間は何だったんだろう」と虚しい気持ちになることがあるものです。

 マイナスの氣の影響を受けると、ダラダラした時間が多くなってしまったり、どんどん無駄な時間を作らされたりします。
逆に、真氣光のエネルギーを受けて、自分の氣が高まってくると、時間の使い方にもメリハリが出てくるものです。
プラスの氣の応援が受けやすくなり、自然と充実した時間の過ごし方ができるようになり、悦びや楽しみの時間に巡り会えるようにもなります。

 2時間あれば十分だと思えば、それなら何とかなりそうです。

 仕事も効率を上げて早めに切り上げて、ダラダラした時間を少なくしていくこと。
そして、生まれた自由時間は、運動や勉強、家族との触れ合いなど、目的を持って使うことが大切だということでしょう。
息子との踏切での時間も、見方を変えれば、子どもの興味や好奇心に寄り添う貴重な時間なのかもしれません。
「時間がない」と焦るのではなく、「今この瞬間を大切にする」という視点を持てれば、同じ時間でも感じ方が変わってくるはずです。

 私も、普段から真氣光のエネルギーをさらに充電して、マイナスの氣を遠ざけ、もっと充実した時間にしようと思います。
そして、限られた自由時間を、自分が豊かになるような時間につくり変えていく。
皆さんも、真氣光を上手に使いながら、時間の質を高めていただきたいと思います。

柔軟な心で学び続ける

 2歳になった息子は、隙を見ては私のスマホを触ろうとします。
そのたびに何とか取り上げているのですが、トンデモないところを触ったりして、あらぬところに電話がかかってしまったこともあります。
興味津々なんでしょうね。
いつも「使えないよ」と諭している私ですが、先日は、「え、そんな使い方があるんだ」と、逆にビックリしてしまいました。
画面を指で触っているうちに、私が知らなかった機能が表示されたのです。
いつも決まり切った使い方をしている私の発想では、とうてい辿り着くことはできなかったであろう息子独自の使い方に、教えられた次第です。

 私は普段、真氣光について皆さんに説明する立場にあります。
しかし、私の父である先代は「先生になってはいけない」とよく言っていました。
真氣光は宇宙意識とも繋がる、宇宙からのエネルギーです。
「ちょっと勉強したと思っているだろうが、おまえたちはまだまだだ、謙虚に学ぶ姿勢が大事だ」ということでしょう。
確かに、自分が正しいと思い込んでしまうと、それ以外の視点が見えなくなってしまいます。
「私はこう思う」「これが正解だ」と決めつけてしまうと、相手の話を聞く姿勢も失われてしまうものです。

 マイナスの氣の影響が強いと、自分の考えに固執してしまい、柔軟性を失ってしまうのです。

 それには、頑固にならず、柔軟なものの考え方が大事です。
自分の考えが本当に正しいと言えるのか、もしかすると相手の言い分の方が正しいのではないか、自分の考え方には盲点があるのではないかと、常に問いかけてみることが必要でしょう。
例えば、真氣光の説明をしている時でも、「この説明で本当に伝わっているだろうか」「もっと良い表現があるのではないか」と自問自答することがあります。
長年やっているから大丈夫だと思い込むのではなく、常に相手の立場に立って考え直してみる姿勢が大切だと思うのです。

 真氣光のエネルギーを受けて、自分の氣が高まってくると、このような柔軟な心の余裕が生まれやすくなります。
マイナスの氣が光に変わることで、頑固さや思い込みが和らぐのです。
そして、プラスの氣が増えてくると、相手の話に耳を傾け、新しい視点に目が向くようになってきます。

 息子のスマホの使い方一つとっても、私には思いもよらない発見がありました。
「教える」立場にあると思っていても、実は「教えられる」ことが多いようです。
これからも、真氣光のエネルギーの応援を受けながら、自分の正しさを常に疑い、省察する姿勢を持ち続けたいと思います。
謙虚に学び続ける姿勢こそが、人生を豊かにしていく上でも、大切なことなのだと今回の件で思い出させてもらった次第です。

いま、プラスの氣を引き寄せよう

 息子との散歩の途中、キラキラ光る川面に鳥たちが日向ぼっこをしています。
そんな光景を目にする何気ない瞬間でも、心を穏やかにしてくれる時間になるものです。
落ち着いた気持ちになれると、日常の小さな出来事も違って感じられます。
これは、自分がプラスの氣を発しているから、周りからもそれに応じたプラスの氣が集まってくるという、氣の性質によるものです。

 真氣光研修講座では「洗心の為の指標」として、心の状態を大きく二つに分けて説明しています。
「プラスの氣を引き寄せる心」―強く・明るく・正しく・我を折り・宜しからぬ欲を捨て・皆仲良く相和して・感謝の生活。
「マイナスの氣を引き寄せやすい心」―憎しみ・妬み・嫉み・羨み・呪い・怒り・不平・不満・疑い・心配心・咎めの心・いらいら・せかせかする心。
マイナスの氣を引き寄せてしまう心は、過去への後悔や未来への不安がきっかけとなって起きる感情です。
つまり、できるだけ「今」に意識を向ける、特に良いのは体を使って今できる行動に集中できるとよいわけです。

 とはいえ、瞬間瞬間に集中していくのは修行僧ではないので難しいものです。
研修講座では、いろいろな「誓いのことば」を唱和していますが、例えば目覚めの誓いでは「ただいま私は、目覚めさせていただきました。
……私は今日一日、あらゆることに全力を出しきって、生きることを誓います」というように、今日という「今」に絞っています。
一日という単位なら、イメージしやすく実践的です。

 例えば、朝起きて窓を開け、新鮮な空気を深く吸い込む。
好きな飲み物をゆっくり味わう時間を作る。
家族や同僚に「ありがとう」と声をかけてみる。
そんな小さなことの一つひとつが、プラスの氣を引き寄せる行動になります。

 さらに、誰かの良いところを見つけて伝える「いいとこ探し」ができれば最高です。
家族の何気ない優しさを言葉にする。
職場の同僚や店員さんの笑顔に「ありがとう」と返す。
こうした行動は、相手だけでなく自分自身にもプラスの氣をもたらしてくれます。

 今、病気で大変な状況の人、家族の介護で余裕がない人もいるかもしれません。
しかし、自分の気持ちが明るくなれば、それは周りの人にも良い影響を与えます。

 なかなか行動を起こせないという人も、真氣光にはいろいろな氣グッズがあり、これらを使っている時は、プラスの氣を引き寄せる行動になります。
プラスの氣は、どんな人にも必ず存在していて、一生懸命応援しようとしてくれています。
今この瞬間のプラスの氣を引き寄せる行動が、さらなるプラスの氣を呼び、ますます明るい日々へと導いてくれるはずです。

 

雑談ができるということ

 妻が美容院に行って来ました。
帰って来るなり、「この髪、どう」と、聞くものですから、私は「いいんじゃない」と答えました。
妻に「どこがいい」と聞かれ、私は咄嗟にどう言って良いのか分からなくて、「さっぱりしたんじゃない」と答えてしまったんです。
そりゃ髪を切ったんだから、当然サッパリしているはずですよね。
自分で言ってて、何やら可笑しくなりました。

 私にとっては、どうでも良いことなんですが、当人にとったら、そこがポイントのようなのです。
そこがわからないのが私の欠点だと、改めて気づかされました。

 先日、「奥さんの機嫌をよくするには……」という記事を読んだところ、どうも私は雑談が苦手だということがわかりました。
雑談が苦手な人は、日常の小さな出来事を「どうでもいいこと」として軽く見てしまう傾向があるというのです。

 確かに私は、仕事や大きな目標など、重要だと思うことを優先して生きてきました。
しかし、妻の髪型の話や日々の些細な出来事は、私にとっては小さなことでも、妻にとっては大切なことなのです。
自分の物差しで「小さいこと」と決めつけてしまうところに、問題があったのだと気づきました。

 私は、とりとめがなかったり、結論が出なかったりする雑談を「どうでもいい話」と思いがちで、雑談そのものを楽しめていませんでした。
「その話は前に聞いた」「またその話?」「解決策は」「いつまでその問題で悩んでいるの?」そんな言葉が次から次に浮かんできて、問題があるなら解決したくなりますし、目標にするならゴールを決めたくなるのです。
問題解決に向かわない、ゴールに向かわないなら、聞く気がなくなってしまっていたというわけです。

 私はいつも皆さんに「真氣光のエネルギーを受けて、自分の氣が高まってくると、心の余裕が生まれやすくなります」と言っています。
楽しい気持ちからはプラスの氣が出て、自分の氣が高まるばかりではなく、周りの氣も変わります。
それには、やわらかい話、雑談ができることも大事ということですね。
雑談を通じて、相手の話に耳を傾け、その小さな喜びや関心事を大切にすることで、お互いの絆も深まっていくのですから。

 これからは、妻の話を「小さいこと」と思ったときには、「妻にとっては小さいことだろうか?」という観点、相手の好きな話を聞ける姿勢を心がけたいと思います。
そして、真氣光のエネルギーの力も、ますますお借りして、心の余裕を持って雑談を楽しめるようになりたいものです。

笑いが氣を高める

 先週の記事にも書いた息子ですが、泣いている時に私が「変顔」を連発すると、泣き止んで笑い出すこともしばしばです。
そんなことをしている自分も、他人の目で見たら滑稽な姿だと思いますが、親バカがよくやっているものです。

 この「笑いをつくる」という行為は、実はとても大切なことだと思うのです。
氣を高めるには、自分からプラスの氣を出すことが必要です。
そうすることで波動の同調作用により、周りからもプラスの氣が集まってくるという、氣の性質があるからです。
笑いは、まさにプラスの氣を生み出す源というわけです。

 毎月開催している真氣光研修講座では、「笑いの行法」というものをやっています。
皆で手をつないで、最初は無理矢理にでも笑おうとします。
「ハッハッハッ」と声を出しているうちに、だんだんその場の空気が楽しくなってきて、気がつけば本当に笑ってしまっているという行法です。

 私の父である先代も、いつも話にはオチがあって、落語や漫才のような笑いの部分を大切にしていました。
真面目な話の中にも、必ずどこかでクスッと笑えるような要素を入れていたものです。

 日常の中で笑いを増やすには、自分や周りの失敗を「ネタになる」と思える心の余裕が必要です。
例えば、私は真面目に真氣光の説明をしている最中に、突然鼻がムズムズして、「ハーッ、クション」と大きなクシャミをしてしまったことがあります。
静かな会場に響き渡る音に、一瞬どうしましょうと思いましたが、「これも氣のエネルギーが身体に作用している証拠ですね」と笑い話になり、場の雰囲気が和みました。

 真氣光のエネルギーを受けて、自分の氣が高まってくると、心の余裕が生まれやすくなります。
マイナスの氣の影響が強いと、小さな失敗でも深刻に受け止めてしまいますが、プラスの氣の応援が増えてくると、同じ出来事でも笑いに変えられるようになってくるものです。

 笑いは受け身で待つものではなく、自分から作り出していけるとよいのです。
また、誰かと一緒に笑うことで、その場の氣が高まり、お互いの絆も深まります。

 辛い時こそ、笑いを忘れないでほしいと思います。
ちょっとした笑いが心のゆとりを生み、それが次の一歩を踏み出す力になるのです。
そして、私たちが笑うことは、自分だけでなく、見えない存在たちにもプラスの氣を届けることになります。

 ですから、日常の小さな出来事に笑いを見つけ、失敗もネタに変え、くだらないことでも笑ってみましょう。
そうすることで、周りにプラスの氣が集まり、人生がもっと楽しく、そして豊かになっていくはずです。

気に入るものには理由がある

 まもなく2歳になる息子は、最近は「やさい」の絵本をいつも持ち歩いています。
この絵本には、大根やキャベツなど色々な野菜が載っているのですが、いつも開いているのは、サツマイモのページなのです。
「畑で育ったサツマイモ。」「八百屋さんに並びました。甘いサツマイモですよ」「焼き芋にして、いただきまーす」という3ページの部分がお気に入りで、その中でも最初の畑で収穫しようとしているページが特に好きなようです。
 毎日開いているので、そのページはボロボロになってしまい、私が何ヶ所もテープで補強したため、相当分厚くなってしまいました。
絵本は片手でやっと抱えられるという大きさなのに、散歩の時にも持って行くありさまで、サツマイモが畑でなっているページを開いて持っているので、私は周りの目もあり少々恥ずかしい思いをしています。
なぜ、こんなに気に入っているのでしょうか。
確かに焼き芋は好きですが、それなら3ページ目の焼き芋を美味しそうに女の子が食べているページを開いていても良いはずです。
でも気に入っているのは、畑の中でたくさんの芋が蔓に繋がっているところを収穫している絵なのです。

 気に入るということに、理屈はありません。
これは、この絵からの氣が関係しているのでしょう。
まさしく、氣のせいです。
私はプラスの氣とマイナスの氣があると言っていますが、そのどちらも「気に入る」ということに関係するものです。
できるだけ良い氣のものを気に入るようにしたいものですが、強いマイナスの氣の影響を受けてしまうと、自然に良くない氣のものが気に入ってしまうのです。

 いつもいつもマイナスの氣と波長が合うようになってしまうので、これはマイナスの氣の影響ではないだろうか?と、理屈でも考えてみるなどの注意が必要です。
自分ではわからなくても、他人を通してわかることもあります。
おかしいなと思ったら、真氣光の氣のエネルギーを充電してほしいと思います。
外から氣を取り入れて自分の氣を高めると、自然にマイナスの氣を発するものと縁がなくなっていくものです。

 小さな子供が無邪気に気に入るものの中には、私たち大人が忘れかけている大切な何かが隠れているということも、あるかもしれません。
息子の「気に入る」という純粋な感覚を見ていると、私自身も自分が本当に心地良いと感じるものを大切にしていこうと思わされます。
真氣光のエネルギーの応援を受けながら、プラスの氣を発するものを自然に選べる感覚を磨いていきたいものです。​​​​​​​​​​​​​​​​