価値観は変わる

 台風の影響が心配されるところですが、明日から海の日を含めて3連休ですね。
皆さん、何か予定はありますでしょうか?
私は18日から21日まで北海道で開催される真氣光研修講座のため、今日のうちに開催地新篠津村に到着する予定です。
今回は、どんな講座になるのでしょう。
 ところで私は、自身の1992年研修講座の受講がきっかけとなり、いろいろな事が変わったのですが、その中でも何が大事で何が大事でないかという物事の重み付け、つまり価値観が大きく変わりました。
それまでは、あまり気に掛けていなかった心の在り方を注意するようになったのです。
しかし、まだまだ洗心の指標の中にある、「心から無くすべき感情」に照らし合わせ反省するところが多いものです。
 先日、ある会社が、20~69歳の既婚男女863名を対象に、夫婦の価値観に関するアンケート調査を行った結果が新聞に出ておりました。
『「あなたとあなたの奥様・旦那様は、価値観が一致していると思いますか?」という質問に対して、70.0%が「非常に一致している」もしくは「まぁまぁ一致している」と回答した』ということです。
さらにその回答を、夫婦仲が円満の家庭と非円満の家庭に分けて見てみたところ、円満の家庭は、79.9%が「一致している」と回答したのに対し、夫婦非円満の家庭は、81.9%が「一致していない」と回答したそうです。
 円満な家庭だと思っている我が家でも、私と妻の価値観は微妙なところでズレていて、それが思わぬハプニングに繋がることもあります。
その人が生きて来た過去が大きく反映されるものですから、全く価値観が一致するということは難しいと考えたほうがいいでしょう。
ですから相手の価値観を認め、互いに思いやれることが大切なことなのですが、ここにマイナスの氣が強く影響を与えると、それが頭ではわかっていたとしても出来なくなってしまうことがあるのです。
マイナスの氣の中には、遙か遠い先祖から続く、その家の人々の人生を邪魔したいと願うものもあります。
自分ばかりではなく先祖も苦しめられて来たマイナスの氣ですが、今を前向きに生きようとする人が放つ光のような氣が、それを解決するのです。
 真氣光のエネルギーは、それを応援するように働きます。
真氣光を受けることによって、自分自身の氣のエネルギーが高まり、心に余裕が出てきます。
マイナスの氣の影響が少しずつ少なくなりますので、相手を認められたり思いやれる心が出てくるのです。
価値観の相違から人間関係が悪くなるのは、夫婦ばかりではありません。
そういう意味ではいろいろな人に真氣光をお薦めしたいのです。
(中川 雅仁)
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何事もないことが有難い

 今週月曜日のことです。
10時からセッションが入っておりましたので、少々気が急いていたのでしょうか?朝一番に行った銀行に財布を忘れてきてしまいました。
忘れたというよりは、落としてきた?ようなのですが、銀行の待合椅子の上にあったというのです。
私は、銀行から家に電話が来るまで財布のことには全く気がつかず、電話が来た時には「本当に私の財布ですか?」なんてトンチンカンな返答をしていたのです。
よく調べると、やはり財布がないことがわかり、丁重にお礼を言って後で取りに伺ったのでした。
そんな体験をしていたところに、水曜日には大分で体験会とセッションがありました。
スタッフの八木君が「カードを無くしたと思って慌てて失効手続きをしたところ、銀行のATMに置いてきていたということが後で分かった」という話を、会員の皆さんに話しておりました。
どちらも大事な物の紛失です、共時性でしょうか。
聞くと、彼と同じ日に、同じ名前の銀行です。
私は、落としていた事に全く気がつかなかったのですが、彼は気がついたばかりに大変だったという話です。
どちらにも言えることは、もっと氣を付けましょうということでしょう。
大いに反省です。
 私の場合は、まったく気がついていなかったのですから心臓をドキドキさせることもなく、有難いことに良い方々のおかげで幸いにして事無きを得たのですが、もしかしたら、このような事は多々あるのかもしれないと再確認したのです。
つまり自分では全く認識せずに、周りの皆さん、その中にはプラスの氣もあり、それらのお蔭で何とか何事もなく過ごせているのではないかということです。
 私たちの周りには、どんな人にもプラスの氣とマイナスの氣が存在しています。
マイナスの氣は、自分の辛い気持ちを分かって欲しいということから、生きている人の邪魔をしたり、良くない現象を起こしたりします。
その影響で、ちょっとした隙に一見良くない出来事が起きるのですが、それを何とかしようとプラスの氣の応援があるものです。
「一見」と言ったのは、その良くない事から、気づくことがあったり、そこから学べることがあると、それはとても良いことに繋がるということだからです。
毎日が当たり前のように何事もなく過ぎていくのは、その蔭には、周りの人やプラスの氣のかなりの応援の結果ということです。
真氣光を受けることで、確実にその応援が強くなります。
何かがないとなかなか気がつけないことですが、感謝の気持ちを忘れずに過ごすことが大事ですね。
(中川 雅仁)
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苦手意識をプラスに変えよう

 最近、私はスポーツのニュースから目が離せません。
1日には男子テニスの錦織圭選手がウィンブルドン選手権を左脚の怪我のため棄権しました。
クレー(赤土)コートが苦手とも言われる錦織選手、昨年からクレーでの戦い方を変え実力が上がって来ていただけに残念です。
昨日はカナダ女子サッカーW杯に出場中の「なでしこジャパン」がイングランドに勝ちました。
日本にとってイングランドは、優勝した前回大会で唯一敗れた相手、過去2分け2敗の対戦成績で未勝利とのことでしたが、苦手なチームを見事に克服した決勝進出でした。
 アスリートは誰もが、自分の限界との戦いです。
自分の欠点や問題点、苦手な部分を徹底的に克服するためにいろいろな練習を繰り返しますが、私たちはその姿に、感動したり、勇気をもらったり、大いに勉強させられるものです。
 この自分自身に向き合うということですが、日々の生活の中に置かれている私たちの場合には、自分以外の周りとの関係の中でいろいろな問題が生じるものですから、なかなかそれが出来ないものです。
例えば「あの人は苦手」「これは苦手」…人や物、事柄という自分以外の対象に意識が行ってしまい、自分を省みることが無くなってしまうのです。
 また、苦手なことがあるということは、自分自身のマイナスの部分が分かっているということですが、まだそれには気がついていなくて、「ただ何となく毎日が過ぎる」「良くなっていることがわからない」「良くも悪くもない・変化がない」「何に気づいたら良いのか分からない」という人がいます。
そのような人も、苦手ということが隠れているかもしれず、それをプラスに変えられると、その先にはとても大きな成長があるものです。
 苦手意識にはマイナスの氣が強く関係していることがあります。
マイナスの氣は、変わりたくない・変われないという意識を持っているものですから、その影響を受けると、苦手なことから逃れたくなったり、諦めてしまったり、努力が出来なくなるのです。
苦手なことを克服するのは、たいへんなことで相当なエネルギーが必要です。
楽しい・嬉しい事などでプラスの氣を取り入れながら、チャレンジしてください。
 また、真氣光を受けることで、魂に光のような氣のエネルギーが入り、それが影響を与えているマイナスの氣に届き浄化されていきますから、苦手意識が少なくなったり、苦手な事が早く克服できるようになるものです。
強い真氣光のエネルギーが中継される氣グッズが利用できるようになりましたから、それらを上手く利用して、苦手意識をプラスに変えていきましょう。
(中川 雅仁)
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真氣光レッスンの質問から

 先週の日曜日、大阪から真氣光レッスンを開催しました。
映像も配信していますので全国のSASばかりではなく、携帯やパソコンで観た方もいたでしょうか?
そこでの質問で、「会長が月刊ハイゲンキで、マイナスの氣が層状になっていると言っていますが、もう少し詳しく聞きたい」というものがありました。
これはいろいろな事に繋がっているので本紙でも取り上げたいと思います。
 最近なかなか変われない、良くならない、進歩が感じられない、と悩んでいる人もいるのではないでしょうか?その原因の一つは、どんな人にもあることですが、マイナスの氣が一つではなく層状になっていて深く堆積していることにあります。
一つのマイナスの氣が光に変わって消えて行っても、その次のマイナスの氣が浮き上がって来るので、ある時良くなったと思っても良さが感じられず、強いマイナスの氣の影響により「まだ悪い」という気持ちが強くなってしまうのです。
 私は、真氣光によって出てくる反応をいろいろ見てきた経験から、私たちに影響を与えているマイナスの氣は、一つではなく多種多様なものが層状に積み重なっていると考えています。
一つには、生まれてから今までの体験の中で自分の心が引き寄せたマイナスの氣というものがあるでしょう。
洗心の指標にある「心から無くすべき感情」に代表されるマイナスの気持ちを持ってしまうことで、それに波動が合って外から集めてしまうマイナスの氣です。
一つマイナスの氣が来ると、波動の同調作用で同じようなものが集まりやすくなります。
そういうものがグループになって層状になるのです。
もう一つは、先祖が受けているマイナスの氣が、家系というものに残っていて、その影響があることでマイナスの体験が生じ、似たようなマイナスの氣を集めやすくなるということがあります。
これも先祖代々積み重なって来ていることが考えられます。
 このような層状・グループ化されたマイナスの氣への対処法は、自らマイナスの感情を少なくして、マイナスの氣を寄せ集めないようにしながら、真氣光を受け一つひとつ着実に光に変えていくことしかありません。
マイナスの現象に直面してなかなか進歩が見出せない時には、本当に今がこれまでで最悪の状態なのか?悪いことにも意味があって、そこから何か学びはないか? 小さなことでもいいから「いいこと」を探せないか?マイナスの言葉だけでも変えられないか?さらには、どうしてもマイナスの感情に引っ張られる時には、そのマイナスの氣の傾向を知って、それをヒントに真氣光を受けながら自分を変えようと努力することです。
マイナスの氣は、必ず光に変わるのです。
(中川 雅仁)
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父の日に氣を送ろう

 私は日曜日に愛知での真氣光研修講座を終え、また日々の雑用に追われております。
受講生の皆さん、ありがとうございました。
先日新聞を読んでいると『「父の日」に欲しいプレゼント・・・』という見出しに目が行きました。
この週末の21日は父の日なんですね。
記事の内容は、日本生命保険が実施したアンケート結果で、父親が欲しいプレゼント・子どもや妻が考えているプレゼントは何かというものでした。
双方とも「食事」「酒類」が一、二番を占めるのですが、父親が三番目に上げたのは「手紙・メール」で、子どもや妻が考えているプレゼントでは1.0%にすぎず、大きな開きが出たというものでした。
一文でも心のこもったものを貰うのは、どんな場合も嬉しいものです。
送る側としては、手紙やメールではプレゼントのうちに入らないと考えているかもしれません。
 ところで、ネットショップの会社が実施したアンケートでは、父の日に感謝の気持ちを伝えたいですか?との問いに、感謝の気持ちを伝えたいが約60%、「伝えたくない」も4割いることがわかりました。
その理由とは・・・1番が「恥ずかしいから」37.9%。
2番目は、「お父さんのことを好きでないから」、次いで「面倒だから」という回答。
お父さんは、お母さんと比べると接する時間が少ないことで、娘や息子さんとなかなか深い話をする機会がなくなり、このような結果になったのかもしれません。
 今回の研修講座でも、お母さんやお父さんに氣を送りたいという方がたくさんいらっしゃいました。
ある人は、当時は分からなかったけど、亡くなったお父さんも寂しかったんだ、辛かったんだと感じられて涙が溢れたということです。
氣の観点から言えば、どんな人にとっても必ずいてくれる、切っても切れない縁で結ばれている父母は、とても大事な存在です。
家族は一つの光のような氣のエネルギーをもっていて、個々の光が弱まっても総量を下げないように相互に助け合うようになっているのです。
その中心、一家の大黒柱であるお父さんの役割は大きいことでしょう。
逆に代々、家に恨みを持つようなマイナスの氣が、その家族の光を弱めようと、絆を切るように隙を突いてくるということもあるものです。
父の日をきっかけに、お父さんの事を考えたり意識を向けるということは氣が送られるということです。
さらには真氣光のエネルギーを利用して、お父さんが既に亡くなっている方・生きておられるという方も、お父さんが好きな方・そうでもない方も朝7時、夜10時の真氣光タイムに氣を送ってみていただきたいと思うのです。
目には見えませんが、自分のためにもなる父の日のプレゼントになることでしょう。
(中川 雅仁)
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愛知での研修講座が始まりました

 今週火曜日の夕方、私はアメリカ、カナダの旅から帰国し、翌日水曜日の午後には、愛知での真氣光研修講座のために東京を出発しました。
先週号で書きましたがボストンでは桑原さん、トロントでは平林さんのご縁で、セミナーとセッションができました。
戦後70年という節目の年ということもあってか、どちらの国でも、両親や祖父母の代にヨーロッパで第二次世界大戦に巻き込まれ、その関係から辛く苦しいと訴える魂が浮かび上がっていました。
おかげさまで、たくさんの人達に真氣光を体験してもらえたこと、その人達を通して見えない魂ともいうべき存在にも、多くの光が届いたこと、本当に嬉しく思います。
 ところで、昨日から始まった愛知・三ヶ根山での研修講座ですが、今日の氣づきの時間(いいとこ探し)で、この三ヶ根山の頂にある殉国七士廟について、何人かの方が発表してくれました。
この廟は、A級戦犯となった東条英機ら7人が祀られた墓ですが、研修が始まる前にお参りしてきたという人、たまたま道を間違えて前を通った人、以前からお参りしようと思っていたけれど実現していない人もいたようです。
 ところで私たちは、マイナスの気持ちを抱えたまま体を失うと、自分自身からは気持ちをなかなか変えられません。
苦しい、辛い気持ち、後悔の念、憤りや怒り等々、そのような気持ちは、ずっと続くことになるわけです。
しかし、自らは気持ちを変えられませんが、生きている私たちを通して学んだり、見えない光のようなエネルギー(氣)を貰って気づくということがあるばかりか、輝ける魂になれることで生きている人を見守ったり、力になったり、縁を作ったり等、まだまだ出来る事があるのです。
それを知れば、亡くなった人が生きていた時にどんなことをした人であれ、一般的に言えば供養ということになりますが、生前の苦労を理解しようとすること、その人の気持ちになって思いを向ける、氣を送る事はとても意義のあることになります。
特に真氣光のエネルギーは、強く魂に浸透する光のエネルギーですので、どんなに強いマイナスの思いを持った魂であっても、これを受ける人を通して確実に光が浸透するのです。
 今回も研修講座の開催が、特に戦争で亡くなった人達に、たくさんの光を届けられることでしょう。
それにより、今現在マイナスの思いに囚われて、そこからなかなか前に進めなかった人達に、たくさんの応援となることと思います。
研修講座に参加していない人も、自分を振り返り、それを意識しながら講座に波長を合わせて氣を受けていただくと良いでしょう。
(中川 雅仁)
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どんな時にも希望の種を育てよう

 今週水曜日、私は真氣光のセミナーとセッションのためにボストンとトロントに向けて出発しました。
ボストンでは桑原浩栄さん、トロントでは平林聖さんが、先代の時代から20年以上にも渡って、現地で真氣光を広めて下さっています。
私は、年に一度は、そのご縁でアメリカ・カナダに来させて貰っていますので、セッションには既に真氣光を知って長いという方や、もちろん初めて真氣光を知るという方も多くいらっしゃることでしょう。
私自身、この広い世界に真氣光の光が少しでも広がって欲しいという希望を持って開催していることなのです。
 ところで、今月の氣配り画像には「どんな時にも希望の種を育てよう」という言葉を入れました。
私たちは、希望を持って生きて行くことが難しくなる時がありますし、希望通りにはならないのだから最初から持たない方が楽だという人も、ただ単に特に望みは無いという人もいるでしょう。
私は、氣の観点から「希望」がとても大事であり、どんなたいへんな時にも、平凡な毎日であっても、僅かでも希望を見出せるということは、魂の光が増えることに繋がると考えています。
これまで私は、真氣光を送ることで氣を受ける人の口を借りて出てくる、既に亡くなった魂たちの声を聞いてきました。
彼らは、魂が放つ光のようなエネルギーを失ってしまっていて、暗いところで苦しんでいます。
後悔している人、恨んでいる人、悲しい・辛い・絶望、忘れられないこだわりがある人…等々、自分自身の現状を受け入れられないことで、その先にある希望を見出せない人達なのです。
私が、真氣光を送ると彼らに光が届き、どんな魂もマイナスの感情だけの状態から、まず自分がどのような状況にあるのかを受け入れるようになるのです。
そして次第に、これからの事に意識が向くようになり、希望を見出して光の世界に消えていきます。
 この世には、希望を見失って亡くなった人はたくさん居て、体を失ってもマイナスの氣として存在しています。
そして彼らの影響を強く受けてしまうと、自分自身の魂の光を失い、また希望が持てなくなるのです。
でも、そのような状態から、まず自分自身の現状を受け入れられるようになること、僅かであっても希望を見出せ、それを育みながら生活できれば,自分自身の魂が光を放ちはじめ、影響を与えていた魂達にも届くことで良い方向に変わって行くことができるのです。
真氣光のエネルギーを利用できることで、さらにそれが加速されることでしょう。
ですから、氣を利用しながら、どんな時にも希望の種を育てるつもりで生活していただければと思うのです。
(中川 雅仁)
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氣が散る

 私は、このニュースや月刊ハイゲンキの原稿などは家で書くようにしています。
会社でできれば良いのですが、いろいろな別の仕事が入って来たりするものですから氣が散って集中できなくなるのです。
ところが家でやっていても、携帯メールや電話、宅配便などの来客ブザー、他にもやらなければならないものが周りにあると、そちらに意識が向いてしまい集中できません。
どうしても駄目な時にはカフェにパソコンを持ち込んで、音氣をイヤホンで聞きながら原稿を書いたりすることもあります。
私の場合、この限られた時間と電話やメールもなく周りから隔絶されるという方法がとても良くて、新幹線や飛行機などの乗り物なども、とても効率が上がるようなのです。
 氣が散ると言いますが、よくできた言葉です。
自分の意志がエネルギー(氣)をもっていて、それが一ヵ所に集中し強くなれば体もそれに反応してついてくるのですが、集中できなくなりバラバラになることで、氣は弱まり体もついて来なくなるということだと思います。
氣を散らすことなく集中できると、脳にある種の共鳴現象がおき、少ないパワーで最大限の効果を発揮できるようになるのでしょう。
野球選手などアスリートの集中力は凄いものです。
観客の声など周りの音に氣が散っていてはまったく使いものになりません。
昔の修行者や剣の達人などもそうでしょうが、人は集中力を手に入れられると、火事場の馬鹿力ではないですが、予想もしない力が発揮できるのかもしれません。
 ところで、マイナスの氣の影響を強く受けると、ボーッとしてしまったり、氣が散りやすくなって、何事にも集中できなくなってしまいます。
また、迷いや心配、不安なことが頭を過ぎったりするのです。
私が氣を送ると氣を受けている人から出てくる魂が言うことには、「自分達の思い通りになる」というのです。
マイナスの氣は、その人の足を引っ張るには、集中させない、氣を散らすのが一番とばかりにあの手この手で邪魔をするわけです。
 一般的に氣を散らさないコツは、「環境音」で気が散る雑音を消す、達成度を確認しやすい「小刻みな目標」、「達成したらおいしいものを食べに行く」などの言い聞かせ、深呼吸をするなどリラックスして「集中エネルギー」を高める、等々いろいろ言われております。
それらに加え真氣光を受けることでも、前述のマイナスの氣の影響を少なくし集中力を上げてくれるのです。
また真氣光のエネルギーを受けようとするとかえって氣が散るような時には、マイナスの氣が抵抗するように働く現象ですので、負けないで氣を受けることに集中することが大切なのです。
(中川 雅仁)
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親孝行は、いつからでもできる

 私は、今週火曜まで安曇野での真氣光研修講座、その後福岡でのセッションと洗心の指標を使いこなそうというセミナーを終えて東京に戻りました。
久しぶりの東京のデパートでは、母の日に向けてのディスプレイが、あちらこちらから私の目に飛び込んできます。
いろいろなプレゼントが溢れているようですが、お母さんへの感謝の言葉だけでも大きなプラスのエネルギーとなりますので、ぜひ皆さんにはお薦めします。
 氣の観点から先代は「先祖供養が大事とは言うけれど、一番近い先祖は両親だ」と、親と子の絆というものを、とても重視していました。
「親子の縁を切った」という人がいても、「この両親から生まれて来た」「この子の親だ」という事実は、変わりません。
これは切っても切れない縁なのです。
なぜ、そのような縁で結ばれたか、それには意味があるというわけです。
 私はこれまで、いろいろな人に氣を送り、氣を受けた人の口を借りて出てくるエネルギーを失った魂たちの言葉を聞いてきました。
その中には、憎しみ・妬み・嫉み・羨み・呪い・怒り・・・そのような強いマイナスのエネルギーもあって、その思いを向ける対象に働きかけます。
それらによって、生きている私たちが一番狙われる対象になりやすいのは、切っても切れない絆で結ばれている親子、兄弟など身近な人たちとの人間関係です。
私たちは、本来であれば、お互いに感謝出来ることも、何かの行き違いでマイナス的な発想になり、どんどん相手の気持ちが分からなくなるばかりか、マイナスの感情を抱いてしまうことがあります。
自分がマイナスの氣によって嫌な気持ちにさせられるということもありますし、身近な人が自分に嫌なことをする、つまりマイナスの氣によってさせられているということが多々あるものです。
お母さんが、自分に辛く当たる、分かってくれない…等々、それらはマイナスの氣の影響を受けたことによる一種の反応であり、それが長く続いたり、時には世代を超えて代々続いているということがあるのです。
 真氣光は、これを受ける人の魂に浸透し、影響を与えているかもしれないマイナスの氣に光を与えます。
それによって、身近な人が生きている場合に限らず、既に亡くなっている場合にも、その人自身の感情に許せる気持ちが出てきたり、実際に身近な人の行動や言動が良い方向に変わるということがあります。
次の世代に残さない為にも、マイナスの氣に光が届くということがとても大事です。
ですから母の日に向け、身近な人との間にマイナスの氣の存在を感じたなら、まず真氣光のエネルギーを取り入れていただきたいと思います。
(中川 雅仁)
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今を生きて自らを輝かせる

 私は今週火曜日まで、広島県・宮島で真氣光研修講座を開催しておりました。
参加者29名、地元広島はもとより北海道や沖縄からも集まって下さいました。
今回の研修講座も、参加者の皆さんばかりではなく、広くたくさんのご縁のある魂に真氣光のエネルギーが届いたことを実感しました。
 今回の研修ではサプライズがありました。
歴史ある厳島神社がライトアップされているというので、最後の夜に皆で出かけたのです。
広島での研修講座は3回目の開催になりますが、初めてのことでした。
研修会場から10分ほど歩くと光の中に厳島神社の鳥居が現れ、とても幻想的でした。
「全ての魂がますます光り輝きますように」と皆でお祈りして、3分ほど真氣光を行いました。
 かつて自然豊かなこの地でも戦いがありました。
さらには海の向こうの広島の街には原爆が落ちています。
その時にいろいろな思いを残して亡くなっている、私たちの先祖がいます。
今回の研修講座でも、憎しみ、悲しみ、悔しさ、無念さ、後悔…等々、マイナスの感情から抜けられないまま苦しんでいた魂たちに、たくさんの光が届きました。
 体を失い魂だけの存在になってしまうと、辛い気持ちなどはずっとそのまま続き、生きている私たちから、光のような氣のエネルギーをもらわないと、自分自身では変わることが出来なくなってしまいます。
逆に、体を持って生きている私たちだからこそ、そのような存在に光を分けてあげられるのです。
 しかし、今を生きている私たちも自分の過去の出来事にいつまでも囚われ、マイナスの感情を抱いてしまいます。
さらには、まだ分からない将来のことを見据え、いろいろ考えるのは良いのですが、思い悩み、心配や不安にかられることもしばしばです。
身の周りに起こる一見マイナスな出来事は、そこから学び未来へのバネにできればよいのですが、なかなかそうは出来なくなるのです。
そんな時にも淡々と、希望を持って、明るく生活できれば、氣づき、魂は輝き、より一層エネルギーを増して、自分自身ばかりではなく縁のある所から順番に亡くなっている魂たちにも光が届いて行くのです。
つまり体を持って毎日を生活している私たち一人ひとりが、今というこの時を一生懸命に生き、魂を輝かせることが、とても大切なことなのです。
 真氣光のエネルギーは、それを応援してくれます。
明日から、安曇野での研修講座が始まります。
たくさんの氣が受けられる期間ですので、皆さんも、この事を頭の片隅に入れて、大型連休を有意義に過ごしていただきたいと思います。
(中川 雅仁)
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