いつも光の方へ

 昨日は、広島に原爆が投下されて70年目、私も現地での平和祈念式典の様子を見ながら8時15分にあわせ、原爆で亡くなった方々のご冥福と、世界平和の実現をお祈りしました。
 真氣光を送っていると、既に亡くなった方が、氣を受けている人の口を借りて出てくることがあります。
これまで何回か原爆で亡くなった人が、「光が恐い」と言って出て来たことがありました。
一瞬の光で、たいへんな目にあったのだろうと想像できます。
真氣光も亡くなられた人達には、強い光として認識されるようで、最初は生きている時に見たものと同じ光のように感じられ、すごく怖くなるのでしょう。
しかし、その光を感じるうちに、次第に楽になっていき、この光は違うものだと分かり、最後には光の方に進むと言って消えていかれたのです。
 私は、すべてのものには氣があると考えています。
そして氣は、目には見えないけれど光のようなものだと考えると分かりやすいと、体験会などでは解説しています。
氣の世界は、目には見えないけれど光の世界とも言えるでしょう。
全てのものは、明るい感じがするプラスの氣と、暗い感じのマイナスの氣に分かれています。
物にも、言葉にも、意識にも、事柄にも、光のようなものがあれば、影のようなものもある。
そしてその境界は、絶対的なものではなく、自分自身の視点が変わると、どんどんプラスの氣もマイナスの氣も変わって行くものなのでしょう。
 私たち自身は光を持った存在ですが、暗い影が覆おうとします。
そして、ついつい暗い方に意識を引っ張られるのです。
研修講座では「いいとこ探し」と言っておりますが、日頃からマイナスの氣の方を選ばない、チャンネルを合わせないということが大事です。
また、光に影は付きものです。
光が強くなれば、浮かび上がる影もまた濃くなるということがあります。
しかし、その影に氣をとられることなく、光の方を見つめていく、影から学ぶということができれば、より強い光になれるでしょう。
言うなれば、影は光を強めるために存在しているとも言えるのです。
 私たちには、調子の良い時もあれば、悪い時もあるでしょう。
良いことが見つけられない、希望が見出せない時には、真氣光という宇宙からの光を利用しながら、それを信じて光となることを見つけようとしていくことです。
私はたくさんの魂達に光を送って来て、教えて貰いました。
真っ暗に見えていても、僅かな光でも良いから探そう、光の方を見つけようとすることで、厚く覆っている影の隙間から光が見えてくるということです。
真氣光という光を信じ、光の方に向かおうとする人達には、必ず宇宙からの応援の光があるのです。
(中川 雅仁)
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