ひとくち歳時記「花火」

 夏の夜空を彩る花火は、夏祭りには欠かせないものです。
1543年の鉄砲伝来と同時に火薬の製法技術が伝わり、その技術が研究されて、鑑賞目的の花火が生まれたと言われています。
初めて花火を見た日本の権力者は、徳川家康だという説もあります。
1732年に起きた大飢饉の死者を慰霊するため、翌年に八代将軍徳川吉宗は隅田川で水神祭を行い、花火を打ち上げました。
これが今の隅田川花火大会の原型とされる「両国川開き納涼花火」の始まりです。
両国橋下流の花火を花火製造の元祖「鍵屋」が、上流の花火を分家の「玉屋」が打ち上げました。
この競演によって「かぎやー」、「たまやー」という掛け声が生まれました。
(本社 加藤)
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ひとくち歳時記「処暑」

 「処暑(しょしょ)」は二十四節気のひとつで、今年は8月23日です。
「処暑」とは、暑さが終わるという意味です。
日中はまだまだ暑いですが、朝夕は心地よい風を感じ、暑さのピークは過ぎたかなと思える頃です。
夕暮れ時には夏に別れを告げる虫たちが鳴き始め、秋の気配を感じさせる頃です。
処暑には台風が発生しやすいため、「台風の特異日」と言われています。
因みに、「雨の特異日」は9月15日、「晴れの特異日」は11月3日と言われています。
日本では、台風のことを「台風○号」のように、その年の1月1日から発生順に番号を付けて呼びますが、海外では動物や植物、山や川など自然の名前が多いです。
また夏バテの時期でもありますので、夏バテ防止のため、食事や部屋の温度調節などにも注意が必要です。
(本社 加藤)
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ひとくち歳時記「大暑」

 「大暑」は二十四節気のひとつで、今年は7月22日です。
「大暑」は一年で最も気温が高い時期という意味ですが、実際の暑さのピークは8月になってからです。
そもそも二十四節気は中国から伝わったものなので、日本の気候とはズレが生じるためです。
「大暑」の日に食べると良いとされているのは「天ぷら」です。
それで「大暑」の日は、あまり知られていませんが「天ぷらの日」と制定されています。
それは夏バテ防止や疲労回復には、天ぷらが最適だという意味が込められています。
そういう意味では、土用の丑の日に食べられる「うなぎ」や「う」のつく食べ物として「梅干し」や「うどん」も良いとされています。
また「大暑」から1か月間は、「打ち水大作戦」と銘打って、全国で一斉に打ち水をしましょうという強化月間となっています。
しかもこの打ち水をするにあたっては、水道水を使わないで、雨水や風呂の残り湯を使うように呼び掛けています。
打ち水をすると気化熱(水が地面の熱を奪うこと)で涼しい風が吹き込んで気温が下がるという科学的根拠があります。
(本社 加藤)
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ひとくち歳時記「夏至」

 「夏至」は二十四節気のひとつで、今年は6月21日です。
夏至は一年で最も日が長く夜が最も短い日で、夏の盛りに向け日に日に暑さが増していきますが、梅雨の真っ只中にあたるため、長雨が続いて太陽はなかなか顔を出しません。
田んぼでは根づいた稲がすくすく育ち、恵みの雨にカエルたちは大合唱し、エサとなる虫を追って元気に飛び回ります。
また夏至の日に、照明を消してロウソクの灯をともすキャンドルナイトの輪が広がっています。
ロウソクの多くはパラフィンという石油素材ですが、日本で昔から作られてきた和ロウソクは、櫨(はぜ)の実や米ぬかなど天然の植物から採れる蝋(ろう)でできていて、嫌な匂いがしません。
電気を消して天然の火をともし、揺らいでは静かに燃え続ける炎を眺めながら夏至の夜を過ごしてみるのもいいかもしれません。
(本社 加藤)
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ひとくち歳時記「芒種」

 「芒種(ぼうしゅ)」は二十四節気の一つで、6月6日頃です。
「芒」(のぎ)とは稲などの先にある突起の部分で、「芒種」とはそうした穀物の種を蒔く頃のことです。
麦の刈り入れが終わり、田植えシーズンが本格化します。
田植機が登場するまでは、数本ずつ束ねた苗をひとつひとつ手で植えていました。
田の神さまに豊作を祈り、花笠姿の早乙女が田植えをする習わしが今も続いています。
天候は梅雨入りの時期となり、梅が実って旬を迎えます。
梅酒用には熟す前の青梅を使います。
梅干し用には黄色く熟した梅を使います。
農家は多忙を極める季節となります。
(本社 加藤)
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ひとくち歳時記『小満』

 小満(しょうまん)は二十四節気の一つで、毎年5月21日頃もしくは小満から次の節気の芒種(ぼうしゅ)(6月5日頃)までの期間を指します。
小満は、あらゆる命が満ちていく時期で、太陽を浴び万物がすくすくと育つ季節です。
梅雨を前に、麦は金色の穂を揺らし、収穫の時期を今か今かと待ち、田んぼは田植えの準備に追われます。
さらに育ち盛りの蚕には常に桑の葉を与えて世話をせねばならず、農家は「猫の手も借りたい」ほどの忙しさとなります。
それを乗り越えてきたのは近所同士で助け合う「結(ゆ)い」の関係です。
困った時はお互いさまという助け合いの精神は、今なお日本に根づいているようです。
(本社 加藤)
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ひとくち歳時記「お花見」

 今やお花見と言えば、ソメイヨシノがほとんどですが、実は比較的新しい品種で江戸時代にエドヒガン桜とオオシマ桜の交配でつくられたものです。
それ以前は桜と言えば、山あいにほんのりと咲く山桜のことでした。
花は一重で紅を帯びています。
吉野山の山桜が特に有名で和歌に多く詠まれました。
ソメイヨシノは、日本全国に広く見られる樹木となり、春の一時期にある地域で一斉に咲き競い、わずか2週間足らずで散るため、日本人の季節感を形成する重要な風物となりました。
可憐な花の美しさが開花期間の短さ、散り際の豪華さによりいっそう印象づけられ、しばしば人の命の儚(はかな)さになぞられてきました。
そして古来より、桜は人を狂わせるとも言われてきました。
お花見の席では持参の花見弁当を楽しむのが 伝統的です。
また花を見ながら飲む酒は風流に花見酒と呼ばれますが、陰陽道では、桜の陰と宴会の陽が対になっていると解釈されています。
歴史的にお花見で有名なのが、豊臣秀吉が催した「醍醐の花見」で約1,300人を従え、豪華絢爛なしつらえと歌や踊りの派手なものでした。
しかし、「花より団子」という人も多いことでしょう。
(本社 加藤)
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ひとくち歳時記「雨水」

 2月19日は二十四節気の「雨水(うすい)」です。
空から降るものが雪から雨に変わる頃をさし、氷雪が解けて雨水になるという意味が込められています。
雨水の頃に耳にするのが「三寒四温(さんかんしおん)」です。
「春一番」が吹いた後に、冷たい北風が吹くことが多いですが、この頃急に寒さがぶり返すことも多いです。
この時期は1週間程度の周期で温帯低気圧が日本列島を通過します。
「寒い日3日、暖かい日4日」を繰り返しながら冬が遠ざかっていくことから、「三寒四温」というようになりました。
山の雪がゆっくり解け出して田畑や人を潤す雪解けの水が、「雪汁(ゆきしる)」です。
時に出水を伴うほどの奔流となるものを「雪代(ゆきしろ)」といい、雪汁で川や海が濁るさまを「雪濁り(ゆきにごり)」と言います。
ともあれ、ここかしこに春の訪れを感じるようになります。
そろそろ春支度を始める頃です。
(本社 加藤)
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ひとくち歳時記「節分」

 2月3日は「節分」です。昔は、季節の変わり目にあたる立春、立夏、立秋、立冬の前日がすべて節分とされていました。
1年の節目にあたる春の節分に重きが置かれ始めたのは室町時代からと言われています。
季節の変わり目には悪鬼が出てくると言われ、豆が「魔滅」の音に通じることから「鬼は外、福は内」の掛け声で豆まきをする習わしが始まったようです。
数え年で自分の歳の数の豆を食べると、健康になると言われています。
節分の夜に、その年の縁起のいい方角、恵方(今年は南南東)に向かって太巻きを丸かぶりすると、福が来ると言われています。
決まりは、太巻きを一本食べ終わるまで、口をきいてはいけないことです。その太巻きは、恵方巻(えほうまき)、丸かぶり寿司などと呼ばれています。
七福神にちなんで縁起を担ぎ、かんぴょう、きゅうり、しいたけ、だて巻き、うなぎ、でんぶなど七種の具を入れて巻きます。
スーパーやコンビニなどでは1か月以上前から予約を承りますと宣伝していますのでたくさん売れていることでしょう。
(本社 加藤)
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ひとくち歳時記「小雪」

 「小雪(しょうせつ)」は二十四節気のひとつで、今年は11月23日です。
北国から雪の便りが届く頃ですが、まだ本格的な冬の訪れではありません。
日射しが弱くなり、紅葉が散り始める頃で、イチョウや柑橘類は黄色く色づいてきます。
またこの頃、それまでの寒さが打って変わって暖かな日射しに包まれた陽気になる時があります。
そんな日を「小春日和(こはるびより)」と言いますが、何日か暖かい日が続くと、春の花が勘違いして咲き出すこともあります。
小春日和の早咲きは、帰り花、忘れ花、狂い咲きなどと言われます。
因みに小春日和を、北アメリカでは「インディアン・サマー(インディアンの夏)」、ロシアでは「バービエ・レータ(婦人の夏)」と呼ばれています。
(本社 加藤)
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