蕎麦屋の役割

 私が会長になって間もない頃だったから、もう3年ほど前になるだろうか。
北海道の道東を旅行したことがある。
小さな町だったが、蕎麦屋があったので入ってみた。
私は父に似てか、蕎麦が大好物である。
店に入って、メニューをみると、見事に蕎麦しかない。
蕎麦屋に入ったのだから当たり前といえば当たり前だが、我が家の近所の蕎麦屋は、ご飯ものがあったり、うどんもあったり、ある程度メニューのバリエーションがある。
 一方、この蕎麦屋は、ざる、もり、天ぷら、蕎麦掻き等々、確かに蕎麦の食べ方の種類は多いが、「こんな小さな町でよく蕎麦だけでやっているなあ」と、感心してしまうほどだ。
食べてみて、蕎麦の旨さに「なるほど」と思った。
ご主人によると、その店は老舗らしく昔から変わることなく、素材から蕎麦の旨さを引き出すよう今もなお追求しているらしい。
食べながら、こういう店があるから飽食の時代にも蕎麦が無くならないのだと、嬉しくなった。
 私は別にラーメンやうどん等、たくさんの麺類をやっている店が悪いと言っているのではない。
例えば、蕎麦を知らない人は蕎麦屋が何か分からないから、入りにくいかもしれない。
その点、ファミリーレストランなら、メニューなどで目について蕎麦を知らなくても食べる機会ができるかもしれない。
それぞれに皆、役割があるのだと感じたのだ。
 ふと私は、うちの会社もこの蕎麦屋のような役割かもしれないと思った。
似たような健康法や波動グッズがたくさんある中で、この会社が無くなれば、真氣光という蕎麦の旨さを広める店は地球上のどこにも存在しなくなる。
うちの場合、たった一軒しかない会社だから、その役割も大きい。
徹底的に蕎麦の旨さに絞り、つまり真氣光の良さをしっかり把握し、十分に引き出せるよう一生懸命努力をしなければならないのだ。
その時蕎麦を食べながら、会長である私から始まるのだから、まず真氣光という氣をしっかり受けなければと感じた。
(中川雅仁)

(9)真氣光はエネルギー

「真氣光は高次元からの光です」という言葉を、どこかで見たことがある人も多いと思います。これは先代がよく言っていたものですが、真氣光を簡単に言うと、目に見えない〈光〉、つまり電気や磁気・熱などと同じように、エネルギーの一種なのです。ただ、このエネルギーは、受けていると自然に魂に充電されて、いろいろな氣づきが出てきて、考え方が自然に変わるというものなのです。真氣光をどんどん勉強していくと、いろいろなことが絡まって「真氣光って何?」と分からなくなったり、ある特別な考え方や思想・人が発する愛や感謝といったプラスの思い等と混同する方がいらっしゃいます。しかし、そうではありません。真氣光のエネルギーは人が源ではなく宇宙からのものであり、それを受けていくうちに、自我の少ない宇宙的な視野に基づく意識(無邪気)やプラスの思いに自然に変わるのです。真氣光研修講座では、氣づきのきっかけとしていろいろな先生方の講義を用意していますが、真氣光は氣づきのエネルギーですから、講義が聞けなくても氣づきは得られるのです。わかりやすい例で言えば、研修講座の途中で熱が出て寝込み、講義が全く聞けなくても、調子が良くなってたくさんの氣づきを得て、いいとこ探しでそれを発表される方がいます。つまり、真氣光は考え方や思想ではなく、エネルギーだということです。特別な考え方を受け入れ、それを採用しなくても、真氣光を何らかのカタチで受けることにより、自然に気持ちが変わっていくのです。ですから、逆に研修講座に参加して真氣光的なたくさんの考え方を習得したからといって、それで終わりというわけにはいきません。生きているのですから、その人にあった氣づきがまだまだ湧いてくるはずです。便利な真氣光というエネルギーを、日々の生活に活用してください。

(8)まずは胃上げだ!

先代がハイゲンキの作り方を白い髭のお爺さんに教えられた後、いろいろ使っているうちに教えられたツボがあります。それは通称〈胃上げのツボ〉というポイントです。これは、ここにハイゲンキを当てて氣を入れると、お腹がゴロゴロ鳴り出して、たちどころに胃下垂の人の胃が上がったことから付けられたのです。胃が上がるだけではなく氣が充電されるのですから、毎日の生活には欠かせないツボだということが、その後ハイゲンキを使ううちに分かってきたのです。先代は胃下垂の人ばかりでなくアトピーの人、精神病の人等、どんな病気の人が来ても胃上げのツボにハイゲンキを当てていました。もともと氣はどこからでも入るものですが、人によって、とってもここに当てると気持ちがいいとか、入り易いような気がするというポイントがあります。そういう気持ちになるという事は、そこは確かに氣が入り易いツボなのです。ですから、厳密に言うと、人によって皆、氣の入り易いところが違うということになり、何も知らない初めての人にしてさしあげる際には、とっても不便になってしまいます。先代が教えてもらった〈胃上げのツボ〉とは、どんな人も例外無くここから氣を入れれば、どんどん入るというツボだったのです。氣が身体の中に入るということは、内部の生命エネルギー(魂)に氣が充電されるということで、心がリラックスして身体本来の力が戻ると同時に、内臓のバランスも整い始めます。ですから、胃上げのツボは胃下垂の人の為だけにあるのではなく、ストレス社会に生きている我々であればどんな人にも必要なのです。ただ、慣れてきたら自分にあったポイントを見つけてみるのも良いでしょう。もっともリラックスして氣が入り易い感じがするというところを探してみるのです。それがその人本来の、胃上げのツボと同じように作用する氣入れのポイントなのです。

(7)真氣光を効果的に受けるには?

真氣光を受けるうちに自分が自然に変われるのですが、真氣光を受けるとはどういう事か、どういう理屈なのか? 私が今のところ感じていることを、まずお話しましょう。真氣光は宇宙に無尽蔵に存在するエネルギーです。それがハイゲンキや氣グッズから中継され、私達の命である魂に充電されると、だんだん光を帯びてきます。そして、それに応じて次々にその波動に同調する光(つまり真氣光)のエネルギーが周り(宇宙)から連鎖反応的に入ってくるのです。一連のこの現象には、すぐ同調できる人、そうでない人と個人的に差が生じますが、どんな人も真氣光のエネルギーを受けられるようになるのです。真氣光を効果的に受けるには、大きなポイントが二つあります。まず、最初のきっかけとなる真氣光を中継するものですが、エネルギー量の大きい方が良い事になります。グッズよりはハイゲンキの方が、一つの氣グッズよりは、いろいろ組み合わせる方が効果的です。ですから各地の真氣光センターでは、ベッドに寝ると、ハイゲンキ以外にも、ゲルママット、タオル、枕、アイマスク、音氣、ピラミッドなど、たくさんのエネルギーが入るようにしています。また、同調しやすい心の状態(意識)にする事も重要な点です。自分でハイゲンキをする場合は、できるだけ気持ちが良いように、いろいろ工夫してください。ハイゲンキをしながら無理な姿勢で身体に負担を掛けたり、たくさんのツボにこだわりすぎたり、あれこれ考え事をするよりは、やっているうちに眠たくなってしまう位の方がよいでしょう。人にしてさし上げる場合は、良かれと思いあれこれ意見するよりも、ウンウンと聞いてあげて、まずすっきりさせてあげることも重要です。

(6)自分が変わると周りが変わる

先週はイラクへの爆撃が始まり、「私と一緒に皆さんも氣を送ってください」と、お願いしました。お便りをいただいた皆様、そして協力していただいた皆様、本当にありがとうございました。一部の人達のエゴのぶつかり合いは終わっておらず、まだまだ解決には遠いという感じですが、これからも変わることなく平和を祈る気持ちを持っていきたいものです。真氣光では、まず自分が変わること、自分の発する波動(氣)を変えることをお伝えしています。相手を非難したり咎めたりする心をもつことは、マイナスの氣を発することになり、それが相手にマイナスの氣をもたらすばかりでなく、自分にもさらに多くのマイナスの氣をもたらします。一方、相手の喜びや希望に満ちた顔を思い、願う心(自分のエゴを捨てる心)は、プラスの氣をもたらすのです。自分の身体の調子が悪かったりすると、どうしても人の幸せなど考える余裕がありません。また、どうしても嫌いな人がいたりすると、その人の幸せなど祈れません。しかし、少しでもそれができれば、事態が変わるのです。いろいろな状況があるでしょうが、それを可能にするエネルギーが真氣光です。まず真氣光を受けて自然に自分が変われると、次に周りが変わっていくのです。ちなみに、今日はクリスマスイブです。最近のクリスマスというと商業的な側面ばかりがクローズアップされますが、誰かに喜んでもらおうと思い、食事を作ったりプレゼントをあげることは幸せな気分にさせるものです。プレゼントをもらった人も幸せですが、あげた人も実は良い氣に包まれるのです。楽しいクリスマスを!

(5)氣を中継するモノーその2

11月5日号のこの講座で、ハイゲンキやグッズというモノが真氣光という氣を中継すること、それには素晴らしい点が3つあり、そのうちの1番目について話をしました。今回は、その続きをします。第2に、いつも一定のエネルギーを受けられる点です。人が氣を中継するという場合、注意しなければならないことがあります。それは人には心があり、それがマイナスになったりプラスになったり、始終変わる可能性があるということです。心から氣が出るのですから、これは人格者でなければ常に良質の氣が中継できないことを意味します。また、人格者という人にも必ず氣づきのためにマイナスの事柄がやってきますから、その時、その人自身がどうやって氣づくのかという問題があります。私は毎日、音氣やハイゲンキを利用しています。なかなか自分のことはわからないものです。気がつかないうちに、ズレてしまう危険性があるからです。自分を常に基準に合わせ、しっかり見つめることが重要でしょう。その基準がハイゲンキやグッズたちです。先代は基準からズレないように、そのようなものを残したとも言えるでしょう。 第3に、視点を変えて宇宙から見た場合、地球に良い波動を早く大量に送れる点です。昔から、宇宙から地球上の人や場所などに向け、良い氣(光)が注がれています。しかし、地球上の全てが聖人や聖地ではありません。その光により、さらにたくさんの人の意識が変われば、よりたくさんのサポートがあるという仕組みです。しかし、出会いやご縁には限界があります。そこで今、普通の人が最も手に入れやすい「モノ」を媒介にすれば、氣の光は地球に早く大量に広がるのです。これらの事を考えると、我々が変わらなければならないこの時期に、何者かが与えてくれた真氣光のグッズたちには、重要な役割があることがわかるのです。

(4)氣を中継するモノーその1

真氣光は、先代が夢で白い髭のお爺さんからハイゲンキの作り方を教えられて始まりました。そして先代は、いろいろなモノからも真氣光の氣を中継するようにできることが分かったのです。これは氣を溜めて放射するものでもなく、電気などで作って発生するものでもありません。どこかわかりませんが、宇宙からハイゲンキや真氣光グッズ等のモノに向かってエネルギーが注がれているのです。それが写真などに光として写ることがあり、先代は神(真)の氣の光(真氣光)と名づけたのです。そしてこの真氣光の氣は、自然に人の魂に作用し氣づきを促進し、マイナスの事柄をプラスに変えてしまうのです。しかし、人が氣を出すのであればなんとなくわかりますが、モノが氣を中継し発光するという点は、普通の常識ある人であれば疑いたくなるようなことです。しかし、良く考えてみると素晴らしい点がたくさんあることに気がつきます。ここでは3つのポイントにまとめてみました。第1に、誰でも簡単に氣を受けられる点です。第2に、いつも一定のエネルギーを受けられる点です。第3に、宇宙から見た場合、地球に良いエネルギーを早く大量に送れる点です。まず第1の点についてですが、ある特殊な人が氣を出し、それを受けるのであれば、毎日のように氣を受けるというわけにはいかないでしょう。グッズを使えることで、毎日の生活の中で良い氣が手軽に利用できるようになっているのです。

(3)真氣光と氣づきのシステム

真氣光の氣は、強力なプラスの氣で、それは氣づきのエネルギーと言ってもよいものです。人は誰でも生きている間に、思うように行かない事や困難な事、大変な問題や病気などが目の前に立ちふさがります。一見マイナスなそれらの出来事を通して、実は私達は成長させられるのです。しかし、実際にそのような場面に出くわすと、どうして良いか分からなくなり、悩み苦しみ心配するものです。例えば、失恋したときなど、時間が解決してくれるとよく言ったものですが、だんだん気にならなくなり、問題を乗り越えた最後には、あれもいい経験だった(実は有り難いことだった)と思えるのです。簡単に言えば、これが氣づきのシステムですが、心が不平不満や悩みといったマイナスの氣を出す状態から、いつしか氣づきというものによって、感謝というプラスの氣を出す状態に変化するのです。しかし、時が解決してくれると、ゆっくり待っているだけの時間が、私達には無くなってきました。今やどんどん効率よく氣づき・成長することが望まれているのです。また、氣づきは教えられて得られるものではありません。自分の心から沸き上がってくるものです。他人からどんなに慰めてもらっても、気が晴れなかった体験があるでしょう。氣づきはある時ひらめきとしてやってくる、宇宙からのメッセージでもあるのです。マイナスの感情が心を占領している間はなかなかキャッチできませんが、ハイゲンキやグッズで真氣光を受け、少しでもマイナスの感情を取り除き、気にならなくすることにより、容易に得られるのです。

(2)氣の種類と真氣光

「見る事も触る事も出来ないけど、何らかの作用のあるものが氣である」という話を前回しましたので、今回はもう少し詳しくお話しましょう。 氣にはプラスとマイナス、言い換えれば陰と陽とがあります。(これは善いもの、悪いものということではありません。マイナスも実は素晴らしいということは、後程説明します)。どんなモノにも空間にも氣がありますから、いろいろな場所や建物にも氣が存在しています。また、生きていれば、どんな人からも氣が出ています。ただし、人の場合は、心の変化によって出てくる氣がプラスになったりマイナスになったりします。そして、その発している氣に同調して、似たような氣が周りから集まってきます。心配ごとがある人は、一つ心配すると、次から次ぎに心配の種がやってきます。何かでちょっと腹が立ったのに、大喧嘩になってしまうこともあります。試験で「これは勉強してなかったかな」と思った瞬間に、「どうしよう」と不安がよぎり、頭の中が真っ白になって、出来るはずの問題も出来なかったという経験があるかもしれません。短い時間ならよいのですが、長い時間知らないうちに受けたストレスがマイナスの氣となり、自然に身体の中に溜まってしまうことがよくあります。そのマイナスの氣がまたマイナスを呼び、雪だるまのように増えていき、それがいろいろな病気や事故等の原因になることもあります。こういう場合、誰か(又は何か)から心が「ほっ」とするような強力なプラスの氣をもらえば、そのピンチから逃れられるのですが、自分一人で立ち向かうと、時間をかけない限りなかなか逃れられないものです。先代が夢で教えられた真氣光ですが、強力なプラスの氣です。自然に人の心の中にあるマイナスの氣を洗い流し、だんだん気にならなくしてくれるのです。

(1)氣のはなし

氣(気)という言葉は、例えば雰囲気、空気、湿気、殺気、運気などに使われています。昔から日本人は「何か解らない、見る事も触れることもできないけれど、確かに存在するもの」を氣と呼んでいたようです。空気や湿気等、その一部は今の科学では計測できるようになり、良く解るようになりましたが、雰囲気や殺気、運気などのように、まだまだ良く解らないものがたくさん有ります。実は、人の感知能力は素晴らしく、機械では計測できないものをたくさん感じているのです。今の科学信仰の世の中では、計測できないものは除いてしまい、無視しがちです。ところが、そのなんだか解らない、科学では議論できない部分の氣がとても重要なのです。例えば、偶然誰かにあったとか、知らない人が何人か集まると、同じ誕生月の人がいるとか。どんな科学信奉者でも不思議な事、確率的には考えられない(つまり偶然おきた)良い事や悪い事を体験しているはずです。人・動物・植物・モノ、さらには会社や学校等の団体からも、全てのものから氣という目に見えない波動が出ています。それらがミックスされ、我々の心に感じられたり、知らないうちに影響されたりしているのです。知らないうちに引き寄せられたり、引き寄せたり、それが「氣のせい」なのです。実は、氣は身体の健康のことばかりではなく、生活の全てに結びついているのです。そして、最も重要なことは、この氣は、良くも、悪くも、人がある程度、自由に変えられるということです。占いに凝っている人は、「運気はどうにもならないではないか」と言われるかもしれません。私は、この運というものでさえ、変えられると思っています。