視点を変えて見てみよう

 愛知での真氣光研修講座に参加していただいた皆さん、楽しい一時を、ありがとうございました。
今日から私は、安曇野での研修講座を開催しています。
できるだけ研修講座は休日で開催しようということから、今年の4月と5月との間は三日間ということになりました。
1990年の初開催から今回の安曇野でちょうど、270回の開催ということになります。
毎回、同じようなスケジュールで行っていますが、私自身もいつも何か発見があり(何かないかな…と探してもいるのですが)、つまり参加者の皆さんを通して私も気づかせてもらっているという、ありがたいことになっているのです。
4月の研修も、いろいろありましたが、一人の方が氣づきの時間(いいとこ探し)で「思い込みを変える」というようなことを話してくれました。
私もその話から「視点を変えて見る」ことの大切さを思いつきましたので、今週のニュースはその話にしたいと思います。
 私たちは、「自分にはコレが一番良い」「コレはこんなもんだ」と思い込んでいることがあります。
何かの都合でいつもとは違う方を選択しなければならない時には、抵抗を感じるものです。
私などは、デパートでズボンを買おうとしたところ、20年程着たことがなかったデニムを薦められ「私には似合わないし必要ない」と言ったのですが、「ぜひ着てみて下さい」という店員の強い薦めで買ってみたら、これが最高に着心地の良い物でボロボロになるまで持っていたことがあります。
また私の妻は、よく行くカフェに入ったのだけれど混んでいて、いつもなら絶対に座らない通路側のテーブルに案内されたというのです。
でも座ってみると、そこでいろいろなことに気がつけたと言います。
 このような自分の思い込みで何気なく繰り返してしまっていることは、人の話に耳を傾けることで気がつきやすくなるものです。
さらには、毎日同じことの繰り返しで何の変化もなく「こんなことをして、いったい何になるのだろう」と思うようなことでも、自ら視点を変えて見てみることがとても大切です。
この場合は、それができることによって、また違った思いもよらないことが見えてくることがあり、それに気づくことで、ただの繰り返しと思っていた事も、確かに自分の中で何かが変わり培われていることが分かるのです。
だからたとえ同じことの繰り返しでも決して無駄なことなどなく、そのことに意識を向けて、もっと良くしたいと努力工夫することで、さらに思いもよらない氣づきがあるのです。
だから、何気ない毎日も決して同じ事の繰り返しだけではないのです。
あなたの視点がどこに向いているかがポイントなのです。
(中川 雅仁)
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心・魂と体に意識を向けた生き方の工夫と努力

 私は、愛知県は豊田市の笹戸温泉に来ています。
もう少し行くと岐阜県という川沿いの山の中です。
今日から愛知での真氣光研修講座がはじまります。
愛知開催は5回目になりますが、ここは初めての開催場所でもあり、また新たな氣づきがたくさんありそうで、少々ワクワクしながら皆さんをお待ちしているところです。
 私自身21年前の今頃の季節でしたが、何もわからず研修講座を受講しました。
それによって世界が大きく広がりましたが、その経験から言えることは、この講座は、氣(魂)、心、体、三つの側面から、人として良い方向に変わっていく大きなきっかけになるものだということです。
決して氣だけを集中的に受けるのではなく、また精神性を高める勉強だけでも、体の面だけの健康講座でもありません。
なぜ、この三つの側面からのアプローチが大切なのでしょうか。
 誰にでも肉体の寿命というものがあります。
それを早めるか遅くするかは、その人の生き方にかかっています。
しかし、その寿命が短いのが悪くて、長いのが良いとは単純には言えないものです。
生きる目的は何かと考えた時に、魂の成長が最大の目的であるならば寿命の長さではなく、どれだけ魂を成長させることができたかが、その人の人生の良し悪しになるのではないかと思います。
しかし、ここで重要な事は、人は生きて気づき、魂を成長させることができるのであって、肉体を失っては魂の成長ができなくなってしまうということなのです。
だからできるだけ体も心も大切にして、生きる努力をしなければなりません。
どちらか片方に偏ってはいけないのです。
人はどんどん進化して、肉体をどのようにすれば長く維持することができるかという知恵をたくさん得ています。
だからそれと同時に、どのようにすれば心・魂が成長し、人として本当の意味での人生を全うする生き方ができるのかを知ってほしいと思うのです。
魂が成長し、心のエネルギーが増えるということ、そして今まで見えなかったもの、感じなかった心の広がりを体感し、実感していくことが重要なのです。
心・魂と体、これらの自分自身に意識を向け、生きる努力をして欲しいのです。
真氣光研修講座は、それを学べるところなのです。
 すべての研修スケジュールが終わった時に「社会奉仕の誓い」を皆で唱和します。
「・・・ただ今からの私は、生活を即修業の場として、全てのご縁を師とし、最上の生き方の工夫と努力をしながら・・・広く社会に、寄与させていただくことを誓います」氣(魂)・心・体について「最上の生き方の工夫と努力」が、ここからまた始まるのです。
(中川 雅仁)
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マイナスの感情を観てみる

 会長セッションで、皆さんの「氣になること」を書いていただくと、一見マイナスの出来事に直面している話を聞くことが度々あります。
自分の思い通りにならないことや、予期せぬ出来事が起きるなど、それらがいろいろな悩みにも繋がります。
 世の中は常に自分の思い通り、期待通りにはならないものです。
しかし、そのようなときこそ、いろいろな学び、氣づきがあるものなのです。
思い通りにならなかった時、期待通りにならなかった時、それはそれで受け入れ、引きずらずに次に進むというのが一般的かもしれませんが、ここで大切なのは、その時自分にはどのような感情が湧いてきて、どのような行動をとったかということです。
多くの場合、落胆、怒り、咎め、憤りなど様々なマイナスの感情が湧いてくることがありますが、「なぜ、そのような気持ちになるのか」等それに意識を向けられることによって、マイナスの感情をもたらしていたマイナスの氣にも光が届くことで、その体験は意味のあるものになり、人として成長できるのです。
 また、予期せぬ出来事が起きた時、良くも悪くも大きく感情が動いてしまい、その後の行動に少なからず影響を与えてしまうことが、誰にでもあるものです。
それが良いことなら、さほど問題は残さないかもしれませんが、逆の悪いこと、そして悪い感情はとても尾を引いてしまい、辛いものです。
しかし物事には必ず表と裏があり、悪いことの裏にも良いことが隠れていることが多いのです。
それは何かと少しでも考えられれば悪いと思っていたことが実はそうではなく、そのことに気づけば、その悪い感情も次第に消えて行くのです。
 悪い感情をもたらしているのは周りに存在する見えないマイナスの氣ですから、消えて行くようになるのには人それぞれで、時間がかかることもあります。
しかし、影響を与えていたマイナスの氣たちが、徐々に消えて行くことで、さまざまな氣づきが起こり、自分の中の感情も変化していくのです。
だから感情そのもののコントロールは難しくても、理性的に頭で考えることによって、よい方向へと変わることは出来るのです。
自分の感情がどうしようもなく苦しい時は、感情のまま行動することなく、いつもよりも増して頭でしっかりと考え、行動していくことをしていかなければいけません。
一見マイナスの出来事は悩みを作りますが、それを生かすも殺すも自分次第なのです。
真氣光のエネルギーが力を貸してくれますので、それを大きな氣づきに変えていきたいものです。
(中川 雅仁)
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自分自身の意志と努力

 私の家の近所には学校が多いので、朝は通学の子どもたちをよく目にします。
入学式も終わり、新小学生もお父さんやお母さんに連れられて登校しています。
昨日、急ぎ足のお母さんに抱っこされた泣き顔の新小学生が前からやって来ました。
後ろからは、お父さんが「お友達はみんな歩いているよ、歩いてみたら・・・」そう言いながら歩いています。
お母さんは少々険しい顔をしていましたので、私が推測するには、どうやらこの小学生の娘の言動で、その子の両親までもが険悪になってしまったようなのです。
入学式から日が経っていませんから、こんなこともあるでしょう。
女の子も、これから少しずつ一人で考え行動できるようになると思います。
私は「3人とも早めに気持ちを切り換えて良い日にして欲しいなぁ」と思いながら、通り過ぎた朝の一コマだったのです。
 些細なことですが、これは氣の観点から考えると、とても大事なことなのです。
大人でも、たいへんな状況になった時に、どうしようもなくなって誰かにどうにかして欲しいと思うことがあるものです。
魂のエネルギーの状態は常に変化しています。
自分がどんなに幸せで、今の生活に満足し、感謝の日々を送っていたとしても、自分の思いとは別にいろいろな感情が湧いてきて、魂の状態は変化するものです。
なぜならそれは、人はいろいろな見えないエネルギー・マイナスの氣の影響を受けて生きているからです。
そしてその影響を受けずに生きていくのは不可能なことなのです。
さらに、そのマイナスの氣から学び気づくことで、魂は成長するのです。
だから自分が今の生活、人生に満足し幸せであることと、魂の成長とはあまり関係がないのです。
人は今どんな状況に置かれていても、そこで魂を成長させる努力をしなくてはいけません。
 そのためには自分自身の魂というものを、よく理解し、常に向上し成長するために何かをしなくてはいけないのです。
そして、その努力したことの効果や結果を、努力する前に期待したり、自ら決めてもいけません。
ましてや自分自身のことを、人に決めてもらったり、答えを要求してもいけないのです。
自分で気づき、感じることなのです。
自分の魂は自分自身の何ものでもなく、自分以外にはどうすることもできないからです。
だから常に自分自身の意思で、自分の努力で魂を成長させることが重要です。
決して他の誰か、何かに、自らの魂を委ねてはいけません。
必ず自分の意思を持つこと、そうでなければせっかくの努力は全て他のもののエネルギーによって使われてしまうからです。
私たちにはハイゲンキがありますので、それを十分に利用し、自ら気づいていくことなのです。
(中川 雅仁)
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スピリチュアルエナジー・真氣光

 今年からFMラジオの番組が始まり、3ヶ月が過ぎました。
毎回反省ばかりで、お聞きぐるしい点もあるかとは思いますが、宜しくお付き合い下さい。
ところで今度の日曜日4/7分の番組収録にあたり、この日は何の日だろうと調べてみると、「世界保健デー」つまり世界保健機構WHOが1948年の4月7日に設立されたことがわかりました。
さらに公益社団法人日本WHO協会のホームページを開くと、健康の定義のページが出てきました。
ラジオでも紹介したのですが、健康は肉体的、精神的、社会的に満たされた状態・・・という一文です。
ここに1998年「スピリチュアル」という言葉を追加しては…という話になった経緯が出ていました。
WHO執行理事会で総会提案とすることが採択されて大きく報道されたのですが、その後のWHO総会では、現行の健康定義は適切に機能しており審議の緊急性が他案件に比べて低いなどの理由で、審議入りしないまま採択も見送りとなり、そのままになっているそうです。
このスピリチュアルという言葉、どのように説明しているのかと、もう一度よく協会のページを読むと、以下のように書いてありました。
「mental も spiritual も同じく精神的と訳してしまいそうになるのは、宗教に希薄な国民性のためかも知れません。ともあれ、どう翻訳すべきかを考えてみることも、私たちが「健康とは何か」を考えるヒントのひとつになるかも知れません」
 スピリチュアルはスピリット(霊、魂)の形容詞ですから、霊的とか霊性などと訳すのでしょうが「…精神的ばかりではなくて霊的にも満たされた状態」というのが難解です。
私はこの魂や霊といった存在は心を伴った氣のエネルギーのことだと考えています。
科学がどんどん進めば、霊とか魂とか氣のことも解明が進むでしょう。
この宇宙において物質的な終わりはあってもエネルギーとしての終わりはありません。
だから体に終わりはあっても心・魂としての終わりはないのです。
それを考えた時、体だけではなく、心・魂のエネルギーの大切さにも目を向けなければなりません。
すでに心の大切さについてはわかっている人も多いとは思いますが、もう一歩進んで、魂については正しい理解がされていないのが現状です。
しかし、今最も必要なのはこの魂のエネルギーを増やし、人として進化することであり、見えないエネルギーのなかでマイナスの氣の影響を少なくして、プラスの氣をもっと使いこなすということです。
それには、魂に直接届く真氣光のエネルギーを利用するのがとても有効なのです。
(中川 雅仁)
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思い込みによる行動パターンに気づく

 東京地方は桜が咲いて良い季節になってきました。
私は、湘南での研修講座を水曜日に終え、明日から沖縄・九州に向かうので、今日は鞄の整理をしているところです。
 今回の研修講座には、89才から27才まで、老若男女26名の方が参加して下さいました。
その中には、真氣光を昔からやってくれている方たちばかりではなく、真氣光を知って間もない方たちもいらっしゃいました。
そのどちらの方たちにも、いろいろな一見マイナスの出来事で、たいへんな状況の方がいらっしゃいました。
ですから「研修に行こう」と思い切って決心し、来て下さったのだと思います。
その決心が、今後の毎日の生活を変え、やがては大きくその人を変えることに繋がるのです。
毎回のことですが、研修講座最後の氣中継証・履修証の授与式では、私もそのことを思いながら応援の氣を送るのです。
 私たちには、マイナスなことや、なかなか良くならないこと、気になっていても変われないことがあるものです。
そのようなことを少しでも良くしたいと思うなら、今の生活・考え方を変えることです。
私たちの知らないうちに身についてしまった、思い込みによる行動パターンを変えることが大切なのです。
人は外からの変化によって、仕方なく強制的に変えられることはあっても、自分の内的欲求だけではなかなか変われないものです。
しかし、この内的欲求、理想を実現したいと思う気持ちは誰にでもあるのです。
そして、その内的欲求と現実とのギャップに嫌気がさし、いろいろな不具合が起きてくるのです。
これを改善するには、まず思い込みによる行動パターンに氣づき、理想や目標に近づくために工夫をすることです。
なぜなら工夫とは良くなるために考え、それを実行に移すことだからです。
 真氣光研修講座は、この思い込みによる行動パターンに気づける場であり、理想や目標に近づけるよう何を実行すれば良いのか、そのヒントを得るのに最適な場です。
4日間という短い期間ですが、実際に生活を変えることで、考え方が変わります。
マイナスの氣の強い影響によって変われないことも、強い真氣光のエネルギーを集中的に受けることで、氣づきが促されるのです。
 少しでも何か良くなりたいと思う方は、まず研修講座の受講を「決心」することをお薦めします。
また、いろいろな不具合によって気づかなければならない状況が起きる前に、一年に一回など、自分を氣づきの場に定期的に置くことも大切なことだと思います。
ぜひ真氣光研修講座を利用していただきたいと思います。
(中川 雅仁)
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目標も進化していく

 「今回のこのニュースが800号です」と先週報告させていただいたのですが、妻との話の中で、何号記念という記事を次に書けるのはいつだろうか?という話になりました。
「900号?1000号?」今まであまり先々のことを考えて書いてきた訳ではなかったので、ちょっと試算してみました。
1年で48号ですから1000号の時はと考えると、2017年5月頃になりそうです。
このニュースは、まだ続けていると思いますが、いつまでが目標ですかと聞かれれば少々困ります。
実は特別に目標など無いからです。
「続けられるだけ、ちょうど良い時まで」という答えになってしまいますが、それまで読者の皆さんにはお付き合いいただきたく、あらためて宜しくお願いしたいと思います。
 ところで、この目標というもの、夢や志を持って生きる上では、とても大事なものです。
それが無理だと諦めてしまったり、湧き上がってくる思いに蓋をしてしまわないためにも、まずは日々の小さな目標を立てることです。
そして目標に向けて実行するのですが、出来ないこともあるでしょう。
その時にはなぜ出来なかったかを考え、さらにそれを実行するための目標を立てること、目標のハードルを下げることで、より確実に実行できるのです。
 ですから目標は変わって、どんどん進化していくことがあります。
その際、例えば「自分はこんなもんだろう」と自分の限界を予め決めてはいけないし、行動する前に答えを出してもいけません。
なぜなら、そうすることで努力ができなくなってしまい、結果何の進歩もなくなってしまうからです。
目標を定めるということと、答えを出してしまうことでは、大きな違いがあります。
目標とは、今よりも良くなるために設定するもので、それに向けてどうすればそれが達成できるかを考え行動するのですが、答えを出してしまうということは、今の現時点での自分の能力・気力・氣のエネルギーの状態で決めてしまうことなので進歩が望めないということです。
 また目標を決め、「こうあるべき、こうしなければならない」と思い込み過ぎることで自らの行動が制限されてしまい、それがだんだんと何かをできなかったことへの言い訳になってしまうことがありますので注意が必要です。
初めは良いエネルギーを持って行っていたことも、やがて表向きはそのままでも決してプラスになっていないことがあるのです。
ですから常にそうすること、そう思うことは今の自分にとってどのように働いているかを見直すということが重要になってくるでしょう。
私たちは日々進化しているのですから、目標も常にチェックして進まなければいけないということなのです。
(中川 雅仁)
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目標も進化していく

 「今回のこのニュースが800号です」と先週報告させていただいたのですが、妻との話の中で、何号記念という記事を次に書けるのはいつだろうか?という話になりました。
「900号?1000号?」今まであまり先々のことを考えて書いてきた訳ではなかったので、ちょっと試算してみました。
1年で48号ですから1000号の時はと考えると、2017年5月頃になりそうです。
このニュースは、まだ続けていると思いますが、いつまでが目標ですかと聞かれれば少々困ります。
実は特別に目標など無いからです。
「続けられるだけ、ちょうど良い時まで」という答えになってしまいますが、それまで読者の皆さんにはお付き合いいただきたく、あらためて宜しくお願いしたいと思います。
 ところで、この目標というもの、夢や志を持って生きる上では、とても大事なものです。
それが無理だと諦めてしまったり、湧き上がってくる思いに蓋をしてしまわないためにも、まずは日々の小さな目標を立てることです。
そして目標に向けて実行するのですが、出来ないこともあるでしょう。
その時にはなぜ出来なかったかを考え、さらにそれを実行するための目標を立てること、目標のハードルを下げることで、より確実に実行できるのです。
 ですから目標は変わって、どんどん進化していくことがあります。
その際、例えば「自分はこんなもんだろう」と自分の限界を予め決めてはいけないし、行動する前に答えを出してもいけません。
なぜなら、そうすることで努力ができなくなってしまい、結果何の進歩もなくなってしまうからです。
目標を定めるということと、答えを出してしまうことでは、大きな違いがあります。
目標とは、今よりも良くなるために設定するもので、それに向けてどうすればそれが達成できるかを考え行動するのですが、答えを出してしまうということは、今の現時点での自分の能力・気力・氣のエネルギーの状態で決めてしまうことなので進歩が望めないということです。
 また目標を決め、「こうあるべき、こうしなければならない」と思い込み過ぎることで自らの行動が制限されてしまい、それがだんだんと何かをできなかったことへの言い訳になってしまうことがありますので注意が必要です。
初めは良いエネルギーを持って行っていたことも、やがて表向きはそのままでも決してプラスになっていないことがあるのです。
ですから常にそうすること、そう思うことは今の自分にとってどのように働いているかを見直すということが重要になってくるでしょう。
私たちは日々進化しているのですから、目標も常にチェックして進まなければいけないということなのです。
(中川雅仁)

(43) 三日坊主

 お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、今週号のこのニュースは799号、来週が800号です。
創刊号が1997年の1月6日ですから、「もうそんなに?」と、いう感じです。
毎週書くということが、最初の頃は何を書いたらよいかわからず、私にとっては少々プレッシャーにもなっていました。
しかし書くことで、いろいろなことに意識を向けられ、自分自身の考えが深まり、とても勉強になりました。
もともと私は、「三日坊主」の人間で、なかなか何かを続けるということができませんでした。
このニュースの場合は、読んでいただける人が居るから続けられているということであり、そういう意味では下手な私の話にお付き合いいただいている読者の皆様に本当に感謝したいと思います。
 「三日坊主」という言葉、ことわざ事典にありました。
「飽きっぽく何をやっても長続きしないこと。出家して仏門に入ってみたものの、わずか三日でやめて還俗してしまうということから。熟語としてとらえてあまり諺としての意識はないようだが江戸前期の俳諧に用いられている」との事。
 良いと思ったことは、その人自身が変わっていけるもの、氣のエネルギーが増えていくもの、つまり魂が輝く方向に進むものです。
続ければ良いということは頭の中ではわかっているのですが、マイナスの氣の影響を受けると、なかなか続けられなくなるのです。
どんな人もマイナスの氣の影響を受けますが、マイナスの氣とは、変わりたくない、変わろうという気持ちになかなかなれない意識を持ったエネルギーです。
それにより知らないうちに「良い事だから続けよう」という前向きな気持ちが薄れたり、何か理由を付けてやめようとしたりしてしまいます。
しかし、そのマイナスの氣に打ち勝って続けられると氣のエネルギーが飛躍的に増えるのです。
 ですから良いと思ったことは、一度きりではなく継続するということが大切なことです。
そして継続していると、続けることが困難な時が出てきますが、そこでやめてしまわず、とにかく続けることです。
その続けようと努力することで何かに気づき、それによってさらに成長できるのです。
つまり良い事を続けるというメリットと、続けることを努力して得られるメリットと、二つのメリットが得られることになるのです。
小さな事でもいいのです。
一度お休みしても、また始めるということでも良いのです。
何か良いと思うことを続け、その努力をしようという気持ちが大切です。
そうすると、知らず知らずのうちに自分が何かよい方向に変わっていることに気づくことでしょう。
(中川 雅仁)
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自分が、より輝く方へ向かおう

 今日から3月に入りました。
進学、就職、転勤などで、不動産屋と引越業者が繁忙期を迎えるそうです。
いろいろなことが変わることで、悩み事も多くなる季節です。
そこで今月の氣配り画像には「自分が、より輝く方へ向かおう」という言葉を入れました。
 自分が、より輝く方へ向かうために大事なことは、まず「今の自分の生活の中で最大の関心事は何か?」と考えてみることです。
それが一生をかけて自分が、また周りの人が成長するために必要なことなら良いのですが、もし客観的に見て、取るに足らないことであれば、少し他に目を向けるようにした方が良いでしょう。
人は、ただ1つの目的や関心事のために生きているのではありませんし、常に自分の行動や思考をそのために費やしているのですから、かなりのエネルギーを使っていることになるのです。
そしてここで重要なのは、それがプラスのエネルギーになるのか、ならないのかということなのです。
つまり魂が成長できるか、できないかということです。
 家族や職場などの人間関係で悩んでいる、自分の先々のことが心配で不安、・・・・等々。
それが明らかにマイナスとわかっていて、やめられないのなら、何か強いマイナスの氣の影響があると考えた方が自然です。
この世にはプラス、マイナス両方の氣のエネルギーが存在していることは言うまでもありませんし、プラスが良いからといって、プラスだけで生きているわけでもありません。
では、どうすれば良いのでしょうか。
全てはプラスになるためにあると考え行動することであり、そうしなければ魂の成長はひどく効率の悪いものになってしまいます。
さらに、どう考えてもマイナスにしかならないことがあるなら、それは関わってはいけないもので、選択の余地などありません。
しかし、そうだと分かっていても、何とか理由を見つけ正当化してしまうことがあるものですが、それは全て苦しい言い訳でしかありません。
自らを強力にプラスへと向かうように修正しなくてはいけません。
既に体を失った魂たちの中には、洗心のための指標「心の中からなくすべき感情」に心を支配された魂が、たくさん存在しています。
それらの影響を受けると、自分自身をコントロールできなくなるのです。
まずは自分自身の心を洗心のための指標を参考にして見つめなおし、この真氣光という強力なプラスのエネルギーの力を借りて、マイナスの心に光を当てて行こうと努力することが、自分が輝く方に向かうということであり、魂の成長に繋がるのです。
(中川 雅仁)
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