今やるべきことに集中しよう

 あれもこれも、やることがある時には、いろいろなことが気になって、なかなか仕事がはかどらない時があります。
そういう時に限って、あちらこちらからメールがやって来て、それも気になり、よりいっそう集中できなくなるのです。
私は、できるだけ早めに寝て、まだ誰も起きていない早朝を利用して仕事をするようにしていますが、そうはいかない時も多いものです。
このようなことは、忙しい時には忙しくなるようなことが舞い込んで来る、つまり同じ氣が集まるという波動の同調作用ですから、ある程度仕方がないことですので、それでイライラしてもはじまりません。
マイナスの氣をさらに集めることがないように注意して、例えば不平不満や愚痴などを言うことなく、淡々とこなしていけばよいのです。
しかし、マイナスの氣の影響を強く受けると、集中できなくなるということがあるもので、そのような時に私は、「今やるべきこと、できることに集中しよう」と、気合いを入れるように自分に言い聞かせています。
 物理的にたくさんの仕事量が舞い込んで来るような場合には仕方がないこともありますが、「集中できない、気が散る」ということにマイナスの氣が大きく影響を与えていることもあるので、注意が必要です。
例えば先祖の代から、その人を恨んでいるようなマイナスの氣が存在していて、物事が上手く順調に進み、その人が幸せになることを邪魔しようと画策しているような場合です。
何も考えられない、ボーッとするなどをはじめ、集中できないことで考えがまとまらずに、行動できなくさせられたり、失敗させられたりすることがあるものです。
ピンチに陥った時、たいへんな時には、焦りが出て集中できなくなります。
誰かに言われたことが頭から離れなくなったり、悩み事が多い時にも、取り越し苦労と言いますが、まだ起きるかどうか分からないことが頭から離れなくなって集中できないこともあるでしょう。
マイナスの氣は、周りの人をも使って、より多くのマイナスの氣が集まるようにして、その人を不幸に導こうとするのです。
 ですから日頃から真氣光のエネルギーを受けるとともに、マイナスの氣に負けないよう、今やるべきこと、できること、しなければいけないことを整理して、順番に、集中して効率良くやれるようにするのです。
それしか他に手はありません。
そして、今やるべきことがわからなくなってしまったら、一度心を落ち着かせて考えてみるのです。
その時に、音氣などで氣が受けられると、マイナスの氣の影響が消えやすくなるでしょう。
そうしたマイナスの氣に負けない一つひとつの積み重ねが、大きな飛躍に繋がることになるのです。
(中川 雅仁)
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真氣光プレートブースターの値上げとミニ版発売のお知らせ

 昨年、私は「絶望を希望に変える氣の力」という本を出版しました。
真氣光のエネルギーが高まることによって、真氣光の初期の頃には想像もつかなかった、恨みをもっているような魂達がマイナスの氣となって、先祖ばかりではなく、生きている私たちにも強い影響を与えていることがわかったからです。
これは、初期の頃には無視していられるようなものだった真氣光のエネルギーが、だんだん強さを増してきて、無視できなくなってきたということです。
マイナスの氣は、自分達の恨みが邪魔されるとの危機感から潜んでいられなくなり、氣を受ける人の反応から、それがわかるようになったのです。
この真氣光のエネルギーを高めることに、大きな牽引役となったのが、2015年の真氣光プレートブースターの発売と、それを多くの皆さんが理解し購入して下さったということが上げられます。
 その真氣光プレートブースターですが、私の意図と製作工場との最初の話し合いで、どういうわけか誤認があり、内部に封入するSAS三連マークを刻印したエッチングプレートの枚数が違っていたのです。
本来なら6枚のところを一枚足りない5枚になって最初から作られ、値段も決められていたことが、先日判明しました。
つまりSAS三連マークが本来の私の設計21.7万個から3万6千個余り少ない状態です。
そのようなことから、8/26の販売から、この真氣光プレートブースターは、32,400円値上げさせていただき、新しい価格を税込み550,800円とします。
これまで購入して下さった方々の中で、本来の真氣光プレートブースターにしたいという方には、差額(送料は当社負担)で再調整&再氣入れさせていただきます。
 この従来からのものが、既に300台近い数が世の中に出たことで、刻印の数が若干少ないものでもブースターとしてのパワーを持たせることができることがわかりました。
これを真氣光プレートブースターミニという、直系約7cm、高さ14cmの円筒形状にハイゲンキ10台分のSASマークを刻印したエッチングプレートを封入した製品にしようと(価格も含め)検討しています。
従来のブースターに比べて、真氣光のエネルギーが届く範囲は小さくなりますが、エッチングプレートを使用した氣グッズ、特に真氣光プレート類の上に置いていただくことで、より強くプレートに刻印した方々、さらにはその方々に影響を与えている名前も分からない魂達に真氣光のエネルギーが届けられます。
これらについては、明日の真氣光レッスンで詳しく説明させていただこうと思います。
(中川 雅仁)
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センターでの研修講座から思い出したこと

 初めての東京センターでの真氣光研修講座でしたが、参加者皆さんの氣の高まりのお蔭で、私を含めスタッフや、センターという場の氣が、一段とパワーアップしたように感じます。
皆さん、ありがとうございました。
いつもセンターを利用して頂いている方には、休業になりましたのでご不便をおかけしました事、お詫び申し上げます。
先代の時代には、センターで研修講座を開催するなど、考えもしなかったことだと思います。
真氣光に関しても、いろいろな試みをしながら、時代に合わせて変化させていくことが、大事だと考えています。
 ところで、研修講座のはじめに先代のビデオを観ていただいているのですが、私はいつも感心してしまうシーンがあるのです。
先代が、氣を送れるようになった経緯について話しているのですが、ある日突然、夢の中で白髭の老人から「できるから、やれ」と言われ、恐る恐るやってみたと言っているところです。
私なら、皆さんの前でやれるのか?ちょっと勇気がありません。
しかし、先代がやっていなかったら、一体どうなっていたのでしょう。
 先代は何事も「習うよりは慣れよ」という人でした。
私がエスエーエスに入社したのは’93年10月、先代が亡くなったのは’95年12月ですから、この2年余りの間にも「今日からこの仕事をしなさい」と、突然新しい仕事を与えられた社員がいました。
そして私にも、先代が急逝しましたので、右も左もわからない状態で会長という職が回って来ました。
よく考えれば、手取り足取り教えて貰っていたら、そうしなければいけないものだという固定観念が強くなり、自分で考えることが疎かになって、今のようなことにはならなかったでしょう。
氣の送り方は習いましたが、その後は、自分で掴めとばかりに先代が亡くなったのは、ありがたいことだったのです。
 自分で考え行動できることで、魂のエネルギーは大きく光を増します。
マイナスの氣は、それを阻むように失敗させようとしますが、それを乗り越えたときには、より一層強い光を放てるようになるものです。
先代には小さい頃から「失敗を許容してくれる懐の深さ」を感じていました。
失敗して初めて分かること、どんな先生よりも大事な学びが得られるということもあるものです。
だからといって、ただ闇雲にやれば良いというものでもありません。
特に自分以外の人が関係するときには計画性が重要です。
しかし、新しいことへのチャレンジ無くして広がりはありません。
それにはやはり、失敗を恐れない勇気と、周りのサポートが、とても大事なことだと思うのです。
(中川 雅仁)
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お盆ですから研修に合わせて氣を送ろう

 お盆の帰省ラッシュの始まりですね。
私の乗った今朝始発の新幹線ですが、通路まで人で溢れていました。
ところで皆さんは、お墓参りには行かれますか?
先日「幼少期の墓参りが、その後の人生に影響?頻度が多いほど既婚率が高い結果に」というタイトルの記事に目が行きました。
これは全国優良石材店の会が、5月2~9日、15~29歳の男女1000人を対象にインターネットで行った調査で、内容は
『はじめてお墓参りに行った時期、最も多かったのは「3歳以下の時」で50.1%。次いで「幼稚園生の時」(29.4%)、「小学校低学年」(18.4%)となり、10歳までに1度はお墓参りを経験し、小学校高学年以降を回答した人は全体の1.8%。また、小学校低学年頃までのお墓参りの頻度と既婚率の関係を見ると、最も既婚率が高いのは「月に1度以上」の人で34.6%。以降「年に2~3回」(22.7%)、「年1回程度」(20.4%)と続き、「数年に1回程度/行ったことがない」は14.3%だった。これについて静岡大学教職大学院の伊田勝憲准教授は「乳幼児期にお墓参りを経験していることが、子どもにとって自分自身が大切にされることと、お墓参りを通して先祖が大事にされていることが実体験と重なり、時間的に限りのある『命』を持つものすべてに関心が高まるからではないかと思います」と分析している』
というものです。
 私は、特定の宗教を信仰している日本人は少ないけれど、お墓参りばかりではなく神社の初詣など、神や仏を信じないというのではなく、むしろ信じられる人が多いばかりか、近年ますます増えていると考えています。
目には見えないものの総称を、私は氣と言っていますが、氣というものを含めて物事を見られるということが、人生をとても豊かにするものです。
 先祖に対して、感謝などの心が向けられると、見えない光のようなプラスの氣が届きます。
それを受け、先祖からまたプラスの氣の応援があるものですから、身の周りにプラスの氣を増やしたいものです。
また、自分と一緒に、先祖をイメージして氣を受けることでも光を送る事ができるのが真氣光の特長ですから、これもたくさんの人に活用してほしいのです。
 13日から東京センターで、2泊3日の真氣光研修講座を開催します。
月刊ハイゲンキ5月号巻頭の「真氣光だより」でもご案内しましたが、初めて期間を一日短縮したセンターで開催する研修講座です。
お盆の時期でもあります。
研修講座に意識を合わせていただくのも良いでしょうし、直接参加できない方は遠隔真氣光を申し込んでいただくことでも、たくさんの氣が受けられます。
「ちょっと気になる」という方は、先祖の思いを感じているのかもしれませんので、ぜひどうぞ!
(中川 雅仁)
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先祖に光を送ろう

 今月は、故郷に帰省したり、お墓参りに行かれる方もいらっしゃるでしょうから、氣配り画像には、「先祖に光を送ろう」と入れました。
光とは、目には見えない光のことで、プラスの氣という意味です。
真氣光の氣のエネルギーは、強力なプラスの氣ですから、これを送ろうという意味でもありますし、また心などでプラスの氣を作り出すこともできますので、これを送ろうという意味もあります。
 私たちは、体を失っても、心を伴った氣のエネルギー、つまり魂として存在します。
そして亡くなった時、心がマイナスの方に傾いていると、見えない光のような氣を失い、暗いところで自由にならなくなり、自分の力だけではどうすることもできなくなります。
私たちは、知らないうちに、このような魂達の影響を受け、同じような辛さや苦しみを感じていることがあります。
また、先祖の中には、私たちよりもたくさんの氣を持っている、守護霊のような存在もあります。
どのような人も、このような魂によって、見守られていますが、魂の光が多ければ多い程、出来ることが増えますし、そのような存在が多い程、私たちはより良い方向に変わりやすくなるのです。
 既に氣中継器ハイゲンキなどで、真氣光を受けている方は、自分をとおして先祖にも光が送られているのですが、それを意識できることで、より一層届きやすくなります。
自分にとって近い縁の人、例えば亡くなっている両親、祖父母などをイメージして、真氣光を受ける時に自分と一緒に氣の光を受けるようにすることで、その方々が先ず明るくなることでしょう。
たくさんの先祖達は、ずっと繋がっていますので、氣の光が多いところから少ないところへ、順に光が届いて行くのです。
 また、自分自身の体調や心の状態が、先祖と繋がっていることもありますから、何か不調を感じた時に、「自分と同じような先祖がいたかもしれない」などと、マイナスの氣を意識して氣が受けられることで、そのような先祖に光が送られやすくなるものです。
 さらには、氣グッズを利用して、いつも光を送り続けられるというのが、真氣光の特長です。
例えば、真氣光プレートや大判プレートなどに、先祖や家族の名前を刻印することで、つねに氣の光が送られるようになりますのでオススメです。
 これまで、真氣光を利用して先祖に光を送る話をしましたが、感謝などの心はプラスの氣のエネルギーを持っています。
家族の皆が集まったら、和気あいあいと、亡くなった方や先祖に感謝ができれば、たくさんの光が送れることでしょう。
(中川 雅仁)
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無理と思う前に

 以前、バラエティ番組を見ていたら、お笑い芸人の「お付き合いしてください」という言葉に、ある若い女優さんが「む~り~」と言っていました。
明らかに無理がありますので、周りも大笑いでした。
私にとっては、「若い女性の間では無理という言葉は、よく使われる言葉なんだなぁ」と、勉強になった一コマでした。
 このような状況では、ヘンに氣を持たせてしまうのもいけませんから、駄目なものはダメと、はっきり「無理です」というのは当然のことかもしれません。
しかし、無理という言葉が頭に浮かぶのは、そういう時ばかりではありません。
本当は無理でもないのにマイナスの氣によって「無理かもしれないなぁ」と思わされるパターンです。
 私はサラリーマン時代、仕事のスケジュールを上司と相談して決めている時、上司の言う基本方針には従うつもりでも、頭のどこかでは、「もしかしたら無理かも」と考えていたことがありました。
そのような時は、必ず出来ないという結果になったものです。
今、考えてみれば当然のことです。
私たちの意識には、それに同調するように影響を与えている見えない氣というものが存在します。
私はその時、既にマイナスの氣の影響を受けていたのでしょう。
マイナスの氣は、私たちが自分で考え行動すると氣のエネルギーが増えるので、それを阻むように影響を与えます。
辛い、苦しい等の気持ちを持ったマイナスの氣は、自分の気持ちをわかって欲しい、その人にも同じような気持ちを味わわせたいと、出来ない方向に引っ張るのです。
 逆に考えれば私たちは、自分の限界を越える時、そこに影響を与えていたマイナスの氣が消え、大きく氣のエネルギーが増えるのです。
ですから「もう無理」「最悪だ」「もう駄目だ」「何て不運なんだ」等と、意識がマイナスの方向に傾くような時にこそ、プラスの気持ちに気分を変えて、プラスの氣を味方につけなければならないものです。
「断わられたところから始まる」とは先代の言葉ですが人に分かって貰おうとする時、渋滞に巻き込まれてイライラしそうな時、嫌な人の話を聞いている時、仕事が辛い時、苦境に陥っている時…意味があって、そのような環境に置かれているということであり、もしかしたら気持ちを変えるための練習かもしれません。
一見マイナスな状況を笑っちゃう、楽しめるぐらいになれたら最高です。
真氣光を続けることでも、マイナスの氣が少しずつプラスに変わり応援してくれるようになりますので無理な事が減っていくのですが、自分から積極的にマイナスの氣の影響に気がついて、それに負けない強い心を持てるように努力してみることなのです。
(中川 雅仁)
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(50)情は人の為ならず

 昨日から、北海道は小樽での真氣光研修講座が始まりました。
施設がある朝里川温泉は、私も昔何回かスキーに来たことがあるところですから、懐かしさが湧いてきて、いつもと少し違う感じがしています。
きょう二日目の朝には、この研修初めての「いいとこ探し」(氣づきの時間)をしました。
皆さん、たくさん良いお話をしてくれましたが、その中に、「こちらの施設は老人ホームが併設されていて、入所者の方とお話する機会がありました。
自分がお話をさせていただいたのですが、その方から感謝され、かえってこちらのほうが嬉しくなりました」という発表がありました。
 「情は人の為ならず」ということわざがあります。
「へたに人に情けをかけて助けるのはその人の為にならない、自立を妨げる」と、近年誤解釈されているのですが、本来の意味は「情をかけるのは人の為ではなく自分の為であり、他人のためを思った行動は、その人にとってだけではなく、まわりまわって自分にも返ってくる」という意味ですから、まさしく氣の性質を現す言葉といえます。
このことわざですが、辞典によると、古くは『平治物語』からはじまり、江戸時代、さらには今日にいたるまで常用されてきたとあります。
『平治物語』では、敵軍に追いつめられた時に命を救ってくれた鵜飼を、二十数年後に成功した頼朝が真先に捜し出し、受けた恩に報いたくだりに使われており、「見返りを期待していない鵜飼の無償の情に対する、言わば純粋な恩返し」を表現していると書いてありました。
これは、「自分が良い氣をお分けできると、そちらからまた良い氣が返って来て、もっと幸せを感じられる」ということを、昔から人は体験的に掴んでいたということでしょう。
そして真氣光研修講座は、この「良い氣をお分けできる人」という気功師の養成を目的に始まった講座なのです。
 ところで「なんか最近調子が悪いなぁ」「運がない」「いいことが無い」と感じることはないでしょうか。
氣の観点から言えば、マイナスの氣の影響を受けている状態です。
そのような時こそ、プラスの氣を自分から出せるようにすることで、プラスの氣が集まりやすくなり、目の前のマイナス現象から抜け出しやすくなるということに繋がります。
自分から周りへ、プラスのほうへ向かう為に何かできないか?ちょっとしたことでも良いのです。
何かができることで、氣の流れが変わるものです。
さらに真氣光を利用できることで、さらにそのチャンスは広がるのです。
(中川 雅仁)
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ルーティンと氣の話

 先日、「会長は気功の時間、何かある時には、どうしているんですか」という質問がありました。
気功の時間とは、朝7時、夜10時から20分間の先代が始めた真氣光タイムのことです。
先代は、あの世に逝っても責任を持ってやっているでしょうから、私も最初は氣を受け、そしてその後、皆さんに氣を送っています。
しかし、ゆっくり出来ない時、特に10時の真氣光の時間では移動時間だったり、時にはレストランで遅めの夕食などという時があります。
そのような時には意識を「氣を送る」ということに向けられるよう、片手だけでも掌を広げて氣を送るイメージをします。
習慣化されているので、それが私の中ではスイッチが入るということになるのです。
 イチロー選手がバッターボックスに入るときにバットを持ってとるポーズに似ているかもしれません。
一時期ラグビーの五郎丸選手のポーズで有名になりましたが、ルーティンということになるのでしょう。
このルーティン、頭というよりは体が覚えてしまうということでしょう。
楽器の練習をする時、弾けない部分を何回も練習した記憶はないでしょうか?何回もやっているうちに、難無く弾けるようになるものです。
人によっては、毎日仕事をする時にも、あれをやってからこれをやる、するとリズムに乗ってスムーズになり、それが習慣化しているということがあるかもしれません。
アスリートなどでは、ここ一番という時には相当なプレッシャーがかかることでしょうが、練習と同じことをすれば、心が落ち着き平常心を保ったままプレーすることができるということになり、マイナスの氣の影響を受けにくくする工夫と言えるでしょう。
しかし、あれをしなければこれが出来ないなど、あまりにルーティンにしばられ過ぎるのも問題です。
さらには、明らかにマイナスの氣によるルーティンというのもありますので、もう少し説明しましょう。
 ある人の話ですが、ご主人のちょっとした言葉にムッとして、返した言葉で、さらにご主人が怒り出してよく喧嘩になるということでした。
このような場合、その人を不幸の方向に引っ張りたいマイナスの氣が、ご主人を使って、幸せに向かう邪魔をするのです。
そのような手にのらないよう練習する必要があります。
本番に備えて練習が大事というアスリートですが、私たちの場合は毎日が本番であり練習です。
喧嘩ばかりではなく、飲み過ぎる、食べ過ぎる、掃除が面倒…等々、マイナスの氣によるルーティンは、いろいろな所に隠れています。
氣を受けながら、マイナスの氣による「いつもの手」つまりルーティンに気がついて、マイナスの氣による誘導に負けないようにしたいものです。
(中川 雅仁)
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真氣光で更なる飛躍を!

 前号に書きましたが、私は、アメリカ・ボストンから、ブラジル・リオデジャネイロに寄って、ニューヨーク経由で先週金曜日、無事帰国しました。
今回、どちらも20数人の方に、のべ二日にわたって真氣光を受けていただきました。
ボストンでは真氣光初心者の人に加え、10年以上前に研修講座に来てくれた人もいましたので、より深い真氣光の話ができました。
リオでは、全く初めて真氣光を受けるという人が大半でしたが、皆さんが、とても良い印象を持って受け入れてくれたように思います。
ブラジルはキリスト教の国ですから、宗教による固定観念が邪魔をして、人によっては魂のことなど受け入れ難いのでは?と思いましたが、かえって宗教では理解出来なかったことが真氣光の考え方で納得できたという人もいました。
 ボストンからリオには直行便がなく、まずボストンからマイアミに行って、そこで飛行機を乗り換え、リオに飛ぶ予定でした。
しかし私を乗せた飛行機は、ボストンから飛び立つのに時間を要しマイアミで乗り換えるべき飛行機に乗り遅れたため、結局マイアミのホテルで一晩を過ごし、早朝にサンパウロ経由でリオに飛ぶことになりました。
一日弱、遅れてしまうことになりましたが、現地でセミナーとセッションの手配をしてくれていた、桑原先生の弟子でもあるブラジルはり協会のアカシオ先生と、すでに月刊ハイゲンキでも紹介しましたフェルナンド先生が、難無く対処してくれましたので、無事に全ての予定を終了することができました。
 私は、先代の時代にSASの事務所があったマイアミに足止めされたのも、そして予定にはなかったことですが、先代が30年前に訪れたサンパウロに降り立つことになったのも、すごく意味のあることのように思え、行く先々で真氣光の光が届くようにお祈りしてきました。
 ところで、アメリカもブラジルも、国ができて比較的新しい、移民による多民族国家です。
私は、先月のこのニュースで、大昔日本にやって来たと思われる「住んでいた地を追われ新天地を求めた魂の話」を記事にして、3月の志賀島、5月の安曇野、6月の石川での研修講座の繋がりの話をしましたが、今月は北海道の研修があります。
明治になって多くの人が今回の研修開催地・小樽の港に入ったのではないかと思います。
私は、世界中のあちらこちら、移民の国ばかりではなく、日本のどの地にも、新天地を求めての大きな決断と幾多の困難、たくさんの苦しみや悲しみを乗り越えて生きてくれた先祖の思いがあるのだと思います。
お蔭で、今私たちは、平和な時代に生まれて来ることができて、こうして生きています。
真氣光を利用して、更なる飛躍を遂げたいものです。
(中川 雅仁)
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ボストンとリオに行って来ます

 今日から私は、アメリカ・ボストンと、ブラジル・リオデジャネイロに行って来ます。
アメリカには、20年以上前から毎年、セミナーに行っていたのですが、今回はそれに付け足して、ブラジルまで足をのばすことになりました。
昨年「ぜひ、リオに来て貰えないか」という話が持ち上がり、私も興味がありましたので、お受けした次第です。
 先代は、1988年日系移民80周年という年に、在ブラジル北海道協会の依頼に応えて、ブラジルはサンパウロに行っています。
翌年も行っていますから、2年に渡って、ブラジル移民のために、ハイゲンキの治療指導会を開催しているのです。
そこで出会ったのが故セルソ・インファント・ビエイラというブラジル人医師でしたが、その方が沖ヨガを習得していたことから先代は沖ヨガ下田道場に行くことになり、現在まで続く龍村先生との真氣光研修講座開催ということに繋がるのです。
本当に縁とは不思議なものです。
 ブラジルは世界最大の日系人居住地であり、1908年以降の約100年間で13万人の日本人が移住し、現在は約160万人(ブラジルの総人口の約0.8%)の日系人が住むということです。
この移民政策の背景にあったのは、日露戦争だったようです。
日本は勝利したけれど賠償金を得られず経済は困窮し農村の貧しさが深刻化したところに、アメリカなどの国が日本人移民を制限したことから、政府は国策としてブラジルへの移民を推奨したと言います。
当時、日本人の多くは、永住ではなく「遠い国だけれどお金を得て日本に戻ろう」と考えていたようですが、その後第二次世界大戦に突入し、日本は敗戦国になってしまいました。
祖国の惨状を知るにつれ、日本に戻っても仕事があるとは思えず、「もうこれはブラジルで生きていくしかない」という覚悟が生まれたのだそうです。
移民の方々はたいへんな苦労をされたと聞いています。
 以前に、私が氣を送っていると、「日本に帰りたい」と言う魂が出てきたことがありました。
辛い、苦しい生活の中、遠い異国の地で故郷を思いながら亡くなった方です。
日本に居る親戚や友人を懐かしむばかりではなく、畑や田んぼ、山々などの風景さえもが愛おしいようでした。
私は、一生懸命に氣を送りながら、「もう自由です。光のほうに行ってください」と言うと、喜びの涙を流しながら消えていかれました。
いつの時代も戦争は、膨大な悲劇を生むものです。
私は、今ある自由と平和に感謝すると共に、今回も縁ある皆様に、たくさんの真氣光を届けたいと思っています。
この出張の様子は、月刊ハイゲンキ8月号でもご紹介しますので、お楽しみに…。
(中川 雅仁)
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