今日の東京は少し寒いのか?私は、家の仕事部屋でこの原稿を書こうと取り組みましたが、なかなか部屋が暖まらず筆も進みません。さらには我が家の暖房器具は温風が出るエアコンタイプですが、部屋が非常に乾燥します。ふと、温湿度計を見ると湿度31パーセント(壊れているのだろうか?)、その表示を見てから何か加湿出来るものはないかと探してみたり、何か喉を潤せるものを探してみたりしています。そういえば最近のセッションでは、風邪をひいて喉が痛いとか咳が出るという人が増えているようです。
昨年の今頃は日本でもSARS騒動がありましたが、今年は鳥インフルエンザの記事が新聞紙上を賑わせています。先日新聞の報道で『山口県で発生した鳥インフルエンザのウイルス解析結旺は、韓国や香港、ベトナムで見つかったウイルスと同型だが、香港のウイルスとは違う系統のものだと分かった。』とありました。インフルエンザウイルスというのは遺伝子の突然変異を起こしやすく、同じ型でも系統の違うものが出来てしまうとか。つまり、どんどん相手が変わってしまうのですから、それに対抗できる薬の開発がなかなか追いつかない。だから発想を変えて、私達の免疫力自体を上げることが重要だと教えてくれているようです。
「風邪は万病のもと」「身体には、くれぐれもお氣を付けて。」と言います。ことわざ辞典を調べてみると、中国の古典に「風邪は百病の本」があり、言い換えたものとありました。さらにはその後に「馬鹿は風邪をひかあ」とか「風邪を人にうつせば治る」を、俗言や軽口として紹介しています。よく先代は、「風邪とは邪氣(マイナスの氣)がくっついてくるからかかり、良い氣を付けて浄化することを昔の人は知っていた」と言っていました。確かにマイナスの氣の影響で風邪をひくとすると辻褄が合います。「馬鹿」とは悩むことなく生きられる人を例えて使った言葉だと思いますが、そういう人はマイナスの心に支配されませんから、外からマイナスの氣を引きつけてしまうこともありません。また風邪は人にうつると、本人からマイナスの氣が少なくなりますから、「治る」ことになります。
日頃から真氣光を受けることが、生活の中で集まるマイナスの氣を浄化してくれます。もし風邪をひいてしまった人も、真氣光の氣でプラスの方向に浄化することで、同じようなマイナスの氣に引きつけられることなく、結旺として免疫力が徐々に上がるのでしょう。ですからこの季節、ハイゲンキのみならず甘氣飴にヘルシー氣サポートシリーズ等々、真氣光でがっちりと「お氣をつけて」みてください。
(30)罰を与える
ある日の会長セッションで、Aさんが腰の痛みを訴えるので、私は一生懸命氣を送っていたのでした。するとAさんが、まったく別の女性の口調になって苦しそうに話を始めたのです。内容は次のようなものでした。その女性の魂さんはキリスト教を信仰していたのですが、当時あったキリスト教への弾圧により、「本当の事を言え」と役人からの厳しい拷問にあったらしいのです。今まで私は、氣を送っていて“隠れキリシタン”といわれる魂に、何度か会ったことがあります。彼らは皆、神を信じていたのですが、肉体に加えられる苦痛によって自分自身の心に光を失い、神の存在を信じ切れなくなることで神という光も見失っていたのでした。
彼女もまた同じような深い苦しみに陥っていたようだったので、「私は過去に、隠れキリシタンの人に会ったことがあります。」と、彼女に話しかけました。すると彼女は、「その人たちは、どうなったのですか。」と尋ねるのです。真氣光で皆、光の方に逝かれたので、私は「皆さん、神様からの光によって天国に行きました。」と答えると、彼女は急に泣き崩れ「私は踏み絵を踏んだのです。神様は私に罰を与えた。だから姿を現わしてはくれない。本当の事を言っても言わなくても罰を受ける。」と言ったのです。彼女は役人から拷問を受け、さんざん思い悩んだあげく踏み絵を踏んだようなのです。その後悔も手伝って暗く苦しいところに永い間、閉じこめられていたのでしょう。私は「神様からの光が、きっと届きます」と一生懸命氣を送りました。
やがて彼女にだんだん光が届いてきたらしく、穏やかな表情になって「光が見えてきた。神は罰を与えなかった。人間だけが罰を与えるのですね。」と言うのです。私はその言葉にハッとしました。確かに考えてみると、一見悪いことは起こるかもしれませんが、それは神が罰を与えているのではなく、何とか気づいて欲しいとメッセージを与えているのです。人だけが他に対して罰を与えるのですが、他の生き物には見られません。強い者が弱い者へ、罰を与えて気づかせるということですが、強い罰が相手に恐怖や深い憎悪を与えます。それはマイナスの氣を呼び込み、その人の心に深い傷となるのです。最近の報道をみると、体罰によって幼い子が亡くなる事件が相次いでいます。自分自身にあるマイナスの心のはけ口に、軽々しく罰を与える例がたくさんあるようです。罰を与える人・受ける人、両者のマイナスの心に、少しでも多くの真氣光が届くことを願っています。
(29)自由と平等
ある日の会長セッションでの出来事です。Aさんが頭が痛いというので、みんなでハイゲンキをしていると、してあげていたBさんのお腹が急に痛くなってきたのです。結局Bさんの方が苦しそうなので、皆で二人を囲むことになりました。私も一緒に氣を送らせてもらいました。しばらくすると、Bさんは隣に寝ているAさんを叩き始めたのです。どうしたのかと思っていると、Bさんが「こいつの先祖に、苦しめられたんだ。」と、叩くのをやめて、話を始めたのです。「俺は悔しいんだ。一生懸命、精魂込めて大事に育てた米を、こいつの先祖は全部持って行きやがった。もともと、人は皆平等じゃないか。だけど生まれたところがちょっと違うだけで、俺達みたいな者は、こんなひどい目に遭うんだ。」そう言って拳を床に叩きつけるのです。私は氣を送りながら、昔の不平等なくらしの事を思いました。武士の子は武士に、地主の子は地主、小作人の子は小作人に、生まれでほとんどすべてが決まる時代です。一生懸命やっても、何も変わらないんです。さぞ辛かったろうなぁと思いました。この人達が辛い中を生きてくれたからこそ、私達はそんな制度の過ちに気づき、少しづつ世の中が変わって来たのです。今、私達が何不自由なく生きられるのは、この人達のお陰だなぁと、しみじみ思いながら私は一生懸命氣を送りました。光が届いてきたのでしょうか。「俺達は土の奥底でずっと苦しんでいた。そこに一筋の光が差し込んで来たんだ。ああ、ありがたい。本当にありがたい。こいつが土地に埋めてくれた石から、光が差し込んで来たんだ。やっと俺達がこんなに辛いっていうことを、わかってもらえた。」Aさんが以前土地の四隅に埋めた水晶から、真氣光が届いていたのです。そしてハイゲンキをしてくれている周りの皆にたくさんの光をもらって、どんどん楽になっているのです。魂は永遠です。死んで終わりではありません。私は、その人に言いました。「あなたには、まだまだ出来ることがあるんです。」すると「地位も名誉も金も無い、こんな俺にできることがあるのか?」と尋ねます。私は「こんなに苦労したあなただから、同じように苦労している人の気持ちがよくわかり、本当の意味で力になれると思います。」と答えました。「そうか、出来ることがあるのか。・・・ありがとう、ありがとう。」と、光の世界に旅立って行きました。まだまだこの地球上には、自由や平等が十分ではなく陰で泣いている人がたくさんいます。その魂は、苦しんでいる人たちの強い力になってくれることでしょう。折しも選挙シーズンが始まりました。当時の人にとっては、考えられないほど羨ましいことでしょう。私も本社での会議の前に、不在者投票に行って来ようかと考えているところです。
(28)いいとこ探し
私は、「いいとこ探しをしましょう」と、よく言っています。日常生活の中でラッキーなことを見つけるのは、コツをつかむと案外できるものですが、いいとこ探しの対象が不幸な出来事だったり、身近な人だったり、自分に肉体的、精神的苦痛を与える人だったりすると途端に難しくなるものです。その出来事や相手側が一方的に悪いと、自分を振り返り見つめ直す材料にすることを、すっかり忘れてしまうのです。以前、このことについて考えさせられる二つの体験がありましたので紹介します。真氣光を送っていると、氣を受けている人とは全く違った人格の魂が出てくることがあります。両方とも、すでに身体をなくした魂の話です。
一人の魂さんは、若そうな漁師さんでした。雇われ漁師というのでしょうか、自分の船ではなく他人の船に乗っていたのです。ある時、その船は大シケに遭い転覆してしまったのです。日頃から船長に対して強いマイナスの感情を抱いていた彼は、その船を早く降りずに、その日も乗ってしまったことを後悔していました。「その船に乗りさえしなければ死ななかったのに」と、ずっとそのことが頭から離れなかったのです。まだまだやりたいことがあったでしょう。私もただひたすら氣を送るしかありませんでした。しかし、真氣光を受けているうちに彼は思い出したのです。海に自分の身体が沈んで行く時、下から一生懸命自分の身体を押し上げようとしていたのは船長だったということを・・・。それに気がついた瞬間に、彼は光の世界に消えていったのでした。
もう一人は、お百姓さんです。地主から土地を借りて米を作っていましたが、ある年、大飢饉にみまわれました。しかし地主の年貢の取り立ては厳しく、結局一家は生活を苦に心中しなければならなくなるのです。しかし死んでも苦しさから逃れられません。こんな風になったのもあの地主のせいだと、地主を恨んだのです。しかし、苦しさは募るばかりで、代々その家を恨み続けてきたのでした。私は話を聞いても、氣を送ることしかできずに送り続けました。すると、彼は思い出したのです。以前、同じように大変な時に、米を分けてくれたことがあったと…。彼は恨んでいた地主にも何か理由があったのかもしれないと言いながら、光の世界に旅立ちました。
真氣光の氣は、氣づきの氣です。死んでしまった魂にとっても、生きている我々にとっても、マイナスの場面に直面した時に、難しくなる〈いいとこ探し〉ですが、真氣光が氣づきを促してくれるものなのです。
(7)短気は損気
真氣光研修講座が23日に終わり、研修所での残り仕事を終えて24日の朝、久しぶりに東京に戻りました。東京がずいぶん涼しいのにはびっくりしています。ところで今回の研修講座では、実は受講生の皆さんにはわからないところで、私に少々イライラ・セカセカというマイナスさんが出ました。受講したことがある方はご存じだと思いますが、いつも最終日の前日に懇親会行法というものを行います。それが始まる直前の話です。数年前より、講座中の受講生の写真をスタッフに撮ってもらい、私がそれを編集してスライドショーなるビデオテープを作り、懇親会で観てもらうということをしています。イキイキとした受講生の顔が印象的で、作っていてもとても楽しいものです。ただ当日2~3時間ほどしか制作時間がない中、妻と二人でパソコンを使い、写真を選んで加工して順番に並べたり、音楽とミックスしてテープにダビングするというたくさんの行程があるので大忙しとなるのです。何もトラブルが発生しないことを祈るばかりです。ところが急にパソコンが動かなくなったり、音が出なくなったりということもあって毎回ハラハラドキドキするのです。今回は、前半順調にいっていましたので、少々余裕を出して休憩したのがいけなかったようです。途中で時計を見ると時間が迫っていて焦ってしまいました。時間までに何とかテープにダビングができたので、きちんと写っているか確かめようとテープを再生して最後まで観たところで、テープが巻き戻らないのです。「何だ、こんちくしょう。」遅いビデオデッキの動作にイライラしていた私の氣に、ビデオデッキとテープが反応したのでしょう。巻き戻そうとテープを出したり入れたり、一生懸命あらゆることをやってみるのですが一向に巻き戻りません。妻が隣で観ていて、「もう一回ダビングしたら」と一言。『あなたの言うとおり』私は15分の時間が惜しくて慌てたあまりに、テープに怒りをぶつけていたのです。懇親会が始まるので私はもう行かなければならなかったのですが、テープが必要なのは30分後。結局ダビングの仕方をゆっくりしっかり説明して、後は全て妻にお任せしました。
ことわざに「短気は損気」というのがあります。何事にも短気を起こすと損になるという意味。江戸前期より常用され続け現代に至っていると辞典には書いてあります。 自分がマイナスの心になり、そのような氣を出すからマイナスの氣が周りから集まってきて、結局は損になる。昔の人は経験的に氣がわかっていたのですね。皆さんも気をつけて…。
(27)もう笑えない
月刊ハイゲンキの8月号はもうお手元に届いたでしょうか。今月号の対談は神津先生で「毎日の生活の中で『笑い』発見!笑いの種は、自分の心の中にある」というタイトルが付けられています。先生は身の回りにある「笑い」を見つけることが重要とお話してくださいました。私はその話を聞きながら、毎月の真氣光研修講座でやっている“いいとこ探し”と一緒の考え方だなと思いました。最初は見つけにくくても、見つけようと努力していくうちに、いろいろな発見があるものです。どんなところにも“いいとこ”があるように、どんなところにも笑いが隠れているのですね。つまり発見できるかできないかは自分の心が決めているようです。
以前私がAさんに真氣光を送っていた時のこと、Aさんの口を借りて「もう笑えない」という魂さんが出てきたことがありました。Aさんは明るい人でしたから、私はすぐにご本人ではないと思い、氣を送ることに専念したのです。出てきた魂は、『自分は、交通事故で右半身に重症を負ってしまい、特に顔の右半分が傷ついて整形手術でやっと普通の顔を取り戻した。事故のショックと何故自分がこんな目に遭わなければならなかったのかという憤りで、心に深い傷を負ってしまった。病院でいろいろな処置をして何とか身体は元どおりになったが、すっかり笑うことができなくなり、結局生きる希望が見えなくなって自らの命を絶ってしまった。そして分かってくれそうなAさんのところに来た。』と言うのです。今ではそうは見えませんが、何年も前にはAさんにも笑えない時代があったようです。
しかしその後Aさんには、笑える事が多くなったようです。一方Aさんにくっついている魂は「えへら、えへら笑うのが気にくわない」とAさんの前歯を虫歯にして変色させ、口を開けて笑えないようにしたと言うのです。でもAさんは、そんな事はおかまいなしに、よく笑う生活をするようになりました。さらには真氣光を受けるようになり、ますます光が届いたのでしょう。ついにくっついていた魂が浮き出てきたという訳です。最後にその魂は「私は、自分の事だけしか考えていなかった。たくさんの人が励ましてくれたり、力を尽くしてくれたり、周りにいるたくさんの人達がいろいろな事をしてくれていたのに全く目に入らず、笑うこともできなくなっていた。でも、この人は笑いを絶やさなかった。」と言い、光の世界に逝かれました。笑顔は自分ばかりでなく周りにも光を与えます。誰でも、たいへんな時には笑えないものですが、“いいところ”を探す努力と真氣光が少し目先を変えてくれ、笑いを運んでくれるようになるのです。
(6)人を呪わば穴二つ
「人を呪わば穴二つ」ということわざがあります。これは、人に危害を加えたら自分も害を受けるものだというたとえでしょう。このことわざですが、氣の性質をよく表している表現なので、私は氣を説明する時に使うことがあります。ことわざ辞典で調べると次のように書いてありました。「幕末の河鍋暁斎の『狂斎百図』という絵に、人を呪い殺すために藁人形に釘を打ちつける丑の刻参りをした女に対して、傍らの魔神が二つの穴を指し示しているようすが描かれている。昔はふつう穴を掘って埋葬する土葬だったので、呪いを受けて死んだ者が入る穴が一つと、そして呪った者自身が入る穴がもう一つというわけである。この墓穴説は江戸中期の平元正信のことわざ解義書がすでに述べている。」
氣は電波のように発信すると、それと似たような氣が同調するように集まってくる性質があります。だから、呪いというマイナスの氣を出すと、それを出した人のところにマイナスの氣が集まって来て、その人もそれにより死んでしまうということなのです。科学が進んだ今の時代では非科学的と一笑に付されてしまうかもしれませんが、昔の人は経験的に氣の事を分かっていて、呪いという氣の効果を認めるだけではなく、さらにはそれを簡単に使わないよう戒めたのだと思います。
今では呪いというような強いマイナスの心を持つ人は少ないですが、不平不満、咎め、怒り、ねたみなど日常の生活で、ついついマイナスの心を持つことがあります。そのような時には、強くはないですがマイナスの氣に影響されるので、知らず知らずのうちに疲れの元になっていることがあるのです。「私にはストレスはありません」という人も、何らかのマイナスの心がマイナスの氣を集め、それが何年も経つうちに積もり積もって身体のいろいろな症状として現れることも考えられますから、注意したいものです。
また逆に考えると、プラスの氣となる心を持てばプラスの氣が集まるということが言えます。例えば他人の幸せを祈る心を持てば、プラスの氣が集まってきて、その人自身も幸せになれるでしょう。自分が幸せになりたいから他人の幸せを祈るのでは本末転倒ですが、見返りを期待することのないプラスの心をたくさん持ちたいものです。真氣光は高次元からのエネルギーですが、それを受けることにより自然にマイナスの心が少なくなり逆にプラスの心が多くなる不思議な氣です。この真氣光を使って、自分も周りもたくさんの人が幸せになって欲しいと思うのです。
(26) 何の価値もない
最近、左の手足が痛いと訴えるAさんに私が氣を送っていた時の事です。彼女は氣を受けて少々痛みが増したようで、少し苦しそうな表情になったかと思うと、急にすすり泣きを始めたのです。私は直感的に、これは氣を受けているAさんではなく、どなたかご縁のある魂さんが出てきていると思いました。案の定、彼女は泣きながら「私は手も足も動かなくなったんです。私にはもう生きている価値がない。」と話を始めたのです。事故なのか病気なのかはわかりませんが、どうも手足が全く不自由になって亡くなった方のようです。私は氣を送り続けました。その魂さんは「手足が動いているときにはわからなかったけれど、手や足が動くという当たり前の事がとっても有り難いことだったとわかりました。」と言うのです。さらに「自分一人では、何もできなくなったから、いろいろな人にたくさんの事をしてもらいました。だから感謝、感謝…毎日毎日たくさん感謝しています。だけど、動かなくなった手や足はもう元にはもどらない。動くことはないんです。だから、もう誰にも何もしてあげられない。私には何の価値もないんです。生きている希望もない。」と訴えるのです。私は思わず、その方の生きていた時の様子を想像しました。ベッドに寝たきりの状態になって、自分のできることを見失い、すっかり生きる希望を失ってしまったのでしょう。感謝するということは光になるのですが、自分には価値が無いという大きな絶望感が、その方の魂から光を奪っていたのです。私は「もし自分がそうなったら、どうするだろう」と考えると慰める言葉も浮かばず、出てきている魂さんに光が届くよう、ただひたすら氣を送ることしかできませんでした。「・・・」少し沈黙の時間があった後、「あーっ。私にも人の為にできることが一つだけあったんだ。」と言うではありませんか。真氣光の光がAさんを通して、その魂さんに届いたのでしょう。「手も足も動かない、こんな私にも悲しむ人の話を聞いてあげることはできたんだ。アドバイスできることは何もなかったけど、『聞いてくれてありがとう』って言われた。」と言うのです。真氣光が、忘れていた記憶の中から氣づきをもたらしたのです。「どんな人だって生きていれば誰かの為にできることがあるのです。だから生きている限り希望を失って欲しくない。」最後に、そう言ってその魂さんは逝かれたのでした。“人の話を聞かせていただく”ということさえも喜びにでき、そしてそれは本当に強い光になるのですね。
(5)氣は心
昨日テレビでニュースを見ていたら、「そごうと西武百貨店、経営統合後初のお中元商戦の出陣式」というのが目に入りました。早いもので今年も約半分が過ぎ、お中元の季節になったのですね。デパートでは、どこも商品を充実させて顧客獲得作戦を展開しているようです。この不況の中ですから、私達消費者は財布の紐も閉め気味にならざるを得ません。お中元選びも「氣は心」というところでしょうか。
ところで昔から使われるこの言葉、ことわざ辞典で調べてみました。「わずかな物でも自分の誠意は示したいということ。また、それが相手に通じるということ。」とありました。さらに「あまりことわざらしい形ではないが、江戸中期の『尾張俗諺』に収められている京都方面のことわざを集めた「京師通諺」にあるから、少なくとも当時はことわざとして認定されていたと思われる。」と載っていました。江戸時代から人々の中に氣の言葉は浸透していたようです。もう少し、私なりの解釈を加えてみましょう。氣は特別なものではなく、どんな人も持っている心から発せられるエネルギーです。何か物を差し上げる時に、何にしようかと一生懸命その方の事を考えたときに、その心から発せられる氣が相手に伝わるというものです。心から氣が発せられるのですから、これは物をあげるときばかりではありません。毎日の生活の中で眠っている時以外は、私達はいろいろな心の状態を持っています。仕事をしている時、話している時、何かを心で感じて、知らないうちに氣を発しているのです。ところで心の状態というものは、大きく分けるとプラスとマイナスの方向があります。他の人を思う心、楽しくウキウキした状態はプラスの氣を発し周りを幸せにします。そのような人をたくさんつくるために、先代は真氣光を教えられたのでしょう。
また氣グッズの作り方が、まさしく「氣は心」の原理なのです。私は氣グッズがメーカーで作られSASに入ってくると、氣入れ室に入れて氣入れをします。「この氣グッズを使う人に、真氣光の光が届くように」と強く思い氣を入れるのです。すると私の心が宇宙の何処かに届き、氣を発する物つまり氣グッズに変わるのです。このように作られた氣グッズは、それを贈る人のプラスの氣も増幅します。ですから、お中元に限らず、贈り物には最適なのかもしれません。
(25) 学校が嫌い!
今年の2月から4回にわたり月刊ハイゲンキで不登校の特集をしました。ちょうどそのころだったと思います。その日の会長セッションも終わりに近付いたところで、「ちょっと頭が痛いんです」とAさんが私に訴えました。Aさんは学校の先生です。今年から生徒指導という役をすることになったということで、「これも意味があるのでしょうね」と前回のセッションで私に話してくださったのでした。私はそんな事を思い出しながら、そのまま少し氣を送っていたのです。すると突然「やだ、やだ」と言い始めました。これはAさんじゃないと思い、その後の言葉に耳を傾けたのです。苦しそうな顔をしながら「あんな学校、誰も行かなくなればいい」と言います。どうもAさんの口を通して出て来ているのは、学校に行くことが嫌になり、悩み苦しんで亡くなった子供の魂だったらしいのです。自分を苦しめた学校や先生に、恨みの気持ちを持っているのです。後からわかったことですが、その学校は伝統のある女子校で、昔から変わることのない規律がとても厳しく、生徒の中にはずいぶん窮屈な思いをしている子も多いとの事です。たぶんその子も、そのような規律について行けず先生を通して学校というものがすっかり嫌いになってしまったのでしょう。いろいろ自分が苦しんだから、皆が自分と同じように学校が嫌いになって行かなくなるように、先生と生徒の関係が悪くなるマイナスの方向にいろいろと画策していたらしいのです。しばらく氣を送りましたが、なかなか軽くならず出てくる言葉は暗くて重い言葉ばかりです。その子一人がAさんの口を通して出てきているのですが、私にはその背後にたくさんの悩み苦しんだ子供達が居るような気がしました。私がより集中して氣を送り続けると、真氣光の光が届き始めたのでしょう。だんだんと出てくる言葉が変わり始めたのです。「でも、こんな先生もいるんだね。この先生は一生懸命生徒の話を聞いていたよ。」「だんだん軽くなってきた。自分が辛かったから、みんなが学校に行かないようにしたけど、それは間違っていたんだね。私も光になって苦しんでいる子を助けられるよ。」辛い体験をしたからこそ、苦しんでいるたくさんの子供達の本当の力になれることでしょう。Aさんがこのセッションの前日、一日を費やして生徒の話を聞いてあげていたことを後から聞きました。Aさんは「話を聞いている時には何の意味があるのかわからなかった」と言っていましたが、その行動が、影に光が届くきっかけになったのです。「私の学校は女子校だから生徒は将来お母さんになり、生まれる子は次の世代を担うことになる」と何気なく言われたAさんの言葉に、私達大人は子供達を通して未来に光を送っている事を、あらためて氣づかせていただきました。