二歳半の息子が、時々まったく思い通りに動いてくれません。 ズボンをはかずに逃げ回り、コップの水を飲まずにひっくり返す。 「さっきは素直にやってくれたのに」――そんな瞬間、私の中には小さな苛立ち、つまり「咎め」の気持ちが生まれていました。 真氣光研修講座でお伝えしている「洗心のための指標」のひとつに、この「咎め」があります。 咎めとは、相手や自分の言動を心の中で「だめだ」と裁いてしまうこと。 そして、この咎めは、マイナスの氣を強く引き寄せてしまいます。 相手を変える力にならないばかりか、むしろ自分自身にダメージを与えてしまうのです。 その根っこにあるのは、「相手は自分の思い通りに動くはずだ」という、根拠のない期待です。 ここが大きなポイントです。 私たちが感じる人間関係の不幸の多くは、相手のせいではなく、自分の思い込みそのものから生まれています。 長年連れ添ったご主人が、頼んだことをすぐ忘れてしまう。 お嫁さんが、常識とは違う子育てをしている。 こうした場面で「どうしてこうしてくれないの」と感じるとき、私たちは知らないうちに咎めを抱き、マイナスの氣を引き寄せてしまっています。 この期待を完全になくすことは難しくても、向ける先を変えることはできます。 研修講座で説明している「いいとこ探し」は、まさにこのための視点です。 相手の「できないこと」に苛立つのではなく、相手が確かに持っている「いいところ」だけを見つけて、そこを当てにする。 物忘れの多いご主人も、頼まれた力仕事はいつも黙ってやってくれる。 常識の違うお嫁さんも、子どもへの愛情は誰よりも深いものを持っている。 苦手な部分への期待をすて、いいところだけに目を向ける――それは相手を変えようとするのではなく、自分の「見る場所」を変えることです。 もう一つ大切なのは、咎めとマイナスの氣がつくる悪循環です。 咎めがマイナスの氣を引き寄せるだけでなく、すでにマイナスの氣の影響を受けているときほど、咎めの気持ちが出やすくなります。 心の余裕が失われ、普段なら気にも留めないことに苛立ち、その咎めがさらにマイナスの氣を呼び込んでいく――これが悪循環の正体です。 大切なのは、咎めが出てしまった自分を、さらに咎めないこと。 そんなときこそ真氣光を受けていただきたいと思います。 氣の充電が進むと心に余裕が戻り、氣が変わることで自然と咎めが出にくくなるものです。 家族や友人、周りの人への小さな苛立ちに気づき、真氣光を取り入れる――この積み重ねが、洗心への一歩になるのだと思うのです。 私自身も、このことを肝に銘じながら、発展途上の毎日です。
