「皆さんに宜しくお伝えください」ということでした

 札幌センターのスタッフ大沢賀仁さんが、4/12火曜日午後10時50分に亡くなりました。
大沢さんは昨年6月、急性骨髄性白血病と診断され、休職して治療に専念しておりました。
月刊ハイゲンキの巻末にあるスタッフ便りに、真氣光的に病気を捉えた前向きな闘病生活の様子を毎月寄稿してくれていましたので、知っておられた方も多かったことでしょう。
昨年12月骨髄移植をして、かなり体に負担があったことだろうと思われます。
2月下旬には病気が進行し、大きな決断を迫られることになったようです。
先月10日、月刊ハイゲンキ宛に最後のメッセージをもらっておりましたので、掲載させていただきます。
 「私の癌は強力でまた大幅に増え始めました。
治る可能性のとても低い再移植治療を受けるか?緩和ケアを受けながら人生の最期を迎えるか?の選択を迫られ、私は後者を選びました。
今までの治療で蓄積されたダメージ、現在の私の体力と気力、再移植治療の過酷さ等を熟考しての結論です。
死とは、体から離れて生きることと信じているので死に対する恐怖はなく解放感や充実感を感じています。
お陰様で学び多き幸せな今生でした。
余命は1カ月との見立てです。
皆さん、たくさんの応援本当にありがとうございました。
今生はお先に失礼させて頂きます。
またいつかお会いしましょう。」
 最後は、残された時間を、できるだけ家族と共に過ごす時間として大事にしたいということでしたが、私にも貴重な時間を分けて貰い、今までのお礼を伝えられました。
その時の彼は、会員の皆さんや仕事のこと、周りに対する「感謝」の言葉に溢れており、しっかりと覚悟を決めて、あちらの世界に飛躍する準備をしているように私には見えました。
 大沢さんは、1997年5月にエスエーエスに入社し、当時あった仙台センターにて2002年8月まで勤務、その後、札幌センターに異動、東北や北海道の各地を気功体験会で回ってくれていましたので、地方の方にもお世話になっているかもしれません。
私宛の最後のメールには
「…応援して下さっていた会員さんたちに何卒宜しくお伝え下さい。
19年間大変お世話になりました。
心の底から御礼申し上げます。」
と、ありました。
私も、いろいろな懐かしい思い出があります。
そんな彼に、もう会えないというのは本当に寂しいことですが、仕方がありません。
人がいつ生まれ、いつ死ぬかということは神様にしかわからないことです。
誰だって、いつか体を失う時がやって来ますが、その時に輝きを増して旅立てるかどうか、残された側は良い氣をお送りできるかどうかです。
彼もあちらに行って、さらに違う役割を担っていることでしょう。
4/17日曜日13時~14時半、私は札幌で無料体験会を予定していましたが、急遽予定を変更して「大沢さんを偲ぶ会」を開催することにしました。
年度初めのお忙しい時期とは思いますが、お集まりいただければ幸いです。
なお、毎月の真氣光レッスンと同様にライブ配信で中継しますので、当日札幌センターに来られない方はパソコンやスマホで視聴してください。
(中川 雅仁)
(4月17日10時、15時からの真氣光セッションは、通常通り行います。)
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(71)居心地が良くて離れたくない

 私たちは、毎日、いろいろとやらなければならないことがあるものです。
時には、それがストレスになるということがあるかもしれません。
しかし、それを一生懸命やっていることで、少しずつ魂が持つ見えない光のようなエネルギー(氣)を強めることができるのです。
一見良くないことが出てきても、逃げることなく前向きに、乗り越えようとすることです。
 私は、適度なストレスは私たちのためになるものだと考えています。
以前に、それに関係する魂に、遭遇!?したことがありましたので少し説明しましょう。
会長セッションで、ある人(Aさん)に真氣光を送っていたところ、影響を与えていると思われる魂が、Aさんの口を借りて出てきたことがありました。
その魂の話によると、氣を受けているAさんが「好きなように毎日を生活しているから、居心地がとっても良く、どうしても離れたくない」と言うのです。
もう自分は死んでいるのは分かっているのだけれど、自分が夢見てきた快適な生活が、Aさんと一緒に居ると過ごせる、というのです。
私が、「どんなことなのか」と聞くと、「何の心配やストレスもない、自分のペースを決して崩さない、誰にも氣を使わない、時間に遅れても平気、毎日が自分の思うとおり、遊んで暮らすような生活だ」と言うのです。
苦しいことや辛いことがある魂は、私が真氣光を送ることで楽になり、光の良さを理解して「光の方へ行く」と、より高い次元に進んで行くのですが、その魂は特に辛いこともないようで、なかなか動こうとしません。
しかし、だんだんに真氣光のエネルギーが浸透したのか、「もっとやらなければいけないことがあった」と言い遺して消えていきました。
 確かにAさんは、会長セッションにも遅れてやって来ていましたので、私はセッションの後に「氷山の一角」の話をしたのです。
簡潔に言うと「影響を与えていた魂は、居なくなったけれど、これは氷山の一角のようなもので、同じような魂は出てこないだけで水面下にたくさん存在していると考えられる。
だから、今の体験(魂の話)からヒントを得て、自分の生活を見直し、気づいたところから自分で変えていこうとしないといけない。
それをすることで、自分の魂に光が増え、本当の意味で影響を受けなくなる」ということです。
 私たちは、過度なストレスが加わると、身も心もボロボロになってしまいますが、適度なストレスは魂の光を増やします。
ときに真氣光のエネルギーは、過度なストレスも適度にしてくれるのです。
(中川 雅仁)
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光の絆を大切にしよう

 私の家のまわりでは、ちょうど今日あたり、桜の花が満開です。
たくさんの人が、お花見で春を満喫しているようです。
私は今朝も今シーズン何度目かのお花見散歩に行ってきました。
ところで桜の木には、平均して一体どれくらいの数の花が付いているのでしょうか。
一つひとつの花びらも綺麗ですが、木全体を眺めても、それぞれに特長があり見事に調和がとれていて美しいものです。
モノによって色が違って見えるというのは、太陽からの光がモノに当って反射される時、その表面で或る波長の光は反射し、或る波長の光は吸収されるという特性が物体の種類によって異なるからだということです。
たまたまのように、桜の花びらの場合は、淡いピンクという綺麗な色合いで、何とも可愛らしく目に映るということなのでしょう。
私達は、直接あるいは何かに反射して目に入ってくる光を見ているのですから、どんなものも光を発しているというわけです。
 ここまでは目に見える光の話ですが、私は20年以上に渡って、氣という目には見えない光に関わってきました。
誰もが持っている生命エネルギーのような氣は、その人から放たれる目に見えない光です。
明るい・暗い心と言いますが、心の状態によって氣の光も、明るくなったり暗くなったりするのです。
この氣の特筆すべき事は、意識することによって、その光に方向性を持たせることができるということです。
例えば、「あの人が好き」という場合、「好き」という心に応じた氣の光が、意識している人に向いていくのです。
 私は、一人ひとりが氣の光を持っているのと併せて、家族や会社・団体など人同士が複数集まったグループにも全体の氣の光があると考えています。
そして私達は、誰かの光が弱くなった時に、自分の氣の光をそちらに向けて発し届けることで、自分が所属するグループ全体の光を弱めることなく、逆に補い合うことでより強くできるようになっているのです。
家族の中で誰かが病気になった時には、その家族を思い看病したり、職場では新人さんに対して心くばりをするなど、温かい心で人を気遣ったり思いやりの心を持つことで、そこに見えない氣の光を向け、絆をつくることができるのです。
 誰もが光の絆の中に生まれ、支え、支えられて、さらに違う光の絆を作りながら魂を成長させていくのですが、真氣光という宇宙からのエネルギーを利用することで、大きくそれが促されます。
それぞれが自分の置かれた場所で、見えない光の絆を大切にし、自分自身の光を強めていきたいものです。
(中川 雅仁)
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赤ちゃんは光の存在

 月曜日に私は、福岡・志賀島での真氣光研修講座を終え、夜の飛行機で東京に戻りました。
この日は振替休日で連休だったこともあるでしょうか、機内は満席で、通路を隔てた隣には赤ちゃん連れの若いお母さんが座っていました。
赤ちゃんは抱かれているのですが、私の顔を見て笑うのです。
何が可笑しいのか?顔の作りがヘンなのか?何か違うものが見えるのか?知らないうちに、もっと笑わせたいと、こちらも「変顔」になっていたのです。
赤ちゃんに笑われると、どんな人も微笑んでしまい、幸せな気持ちになるものです。
研修講座でもたくさんの笑顔に接し、私は幸せな気分を味わっていた後だったので、さらにその日は良い日になりました。
 ところで言葉も分からない赤ちゃんが何故笑うのか?何に反応して笑うのか?という研究は、あまり進んでいないようです。
研究対象が、大人の思う通りにならない赤ちゃんですから、研究しようにも思うように進まないのかもしれません。
そんな中でロンドン大学の先生が、ネット経由で世界中1000人以上の赤ちゃんを持つ親から「いつ、どこで、なぜ赤ん坊が笑ったか」というアンケートを集めて分析するという研究をしています。
 調査結果によると、
『赤ん坊が初めて「笑顔」を作るのは生後6週間ごろで、声を上げて笑うようになるのは、歩いたり話したりする以前から。
世界的にも「いないいないばあ」や「くすぐり」は有効。
ただし、赤ん坊が笑うのは「他の誰かと一緒にいる時」「他の誰かが笑っている時」が多く、オモチャなどが見え隠れするだけでは笑いにくく、大人が見え隠れすると笑うようになる。
くすぐられて笑っている赤ん坊は、肉体的反応だけで笑っているのではなく、「大人が自分をくすぐっている」ということで笑いを得ていると考えられる。
赤ん坊は誰かが転ぶところを見るよりも、自分が転んだ時の方が笑いやすい傾向にある。
周りの人が悲しい・不愉快・びっくりしている時よりも、周りの人が幸せな時の方が笑いやすいという傾向にあることがわかっています』
とありました。
 このことから分かることは、赤ちゃんは氣に敏感で、周りのプラスの氣を感じているということです。
そしてもう一つ、人は生まれるということで、その家族に多くの喜びや希望をもたらします。
それは物理的なことばかりではなく、人は誰もが氣という見えない光を持っていますから、家族や、父方・母方の家系の御先祖までにも見えない多くの光をもたらしているのです。
つまり私達は、この世に光を持って生まれて来て、それを意識していなくても、いろいろな人に光を送っているということです。
真氣光を受けることで、それがより一層促されるのです。
(中川 雅仁)
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音氣で氣を受けるという瞑想法

 私は、昨日から真氣光研修講座(3/18~21)開催のために福岡県の志賀島に来ています。
今日はあいにく曇り空ですが、窓の外に広がる海は穏やかで、行き交う船の景色を眺めていると、ゆったりとした気持ちになります。
今回の研修講座参加者は、氣中継器ハイゲンキはお持ちですが、研修は初めて受講するという方も多いようです。
研修初日の私の講義の時間には、まずハイゲンキで氣を受けてもらうということをやっています。
研修講座には、いろいろな講義や行法がありますが、真氣光をたっぷりと受けてもらうことが基本だからです。
間もなく皆さんのお手元に届く月刊ハイゲンキ4月号の真氣光教室のページでは、「氣中継器ハイゲンキを活用する」と題して何回かに分けて説明する予定ですが、真氣光を受けるにはいろいろな方法があります。
真氣光歴の古い人から初めての人まで、やってくれている人が最も多いのが、音氣で氣を受けるということではないでしょうか。
真氣光を長くやっていると、それが当たり前のようになっていますが、一般的に言えばこれは一種の瞑想法です。
そんなことで今日は、音氣で氣を受けるということにスポットを当ててみましょう。
 今では瞑想は、心が安らぐ、集中力が高くなる、気に病むことが減る、生活の質が向上するなどの理由から、主婦からビジネスマンまで、いろいろな人の間で一般的になったようです。
音氣を利用するという瞑想法は、音と一緒に真氣光のエネルギーを取り入れられるので、よい効果を引き出し易くなります。
音氣活用のポイントを幾つか上げてみましょう。
①「朝7時、夜10時から15分の真氣光タイムなど定期的に」していると氣が入りやすくなり「疲れた時など5分間でも」効果が出やすくなります。
②「身も心も自由にリラックスして」出てくるものに注意を向けよう。
心に浮かんだことにも意味があるので、そこから氣づきのヒントとなることもあります。
③「光を意識する」ことで氣を受けやすくなります。
いろいろな光をイメージしてみよう。
④今日一日を振り返り、あるいは両親や友人など日頃の「感謝の気持ち」を思い浮かべてみよう。
⑤自分のマイナスの部分に影響を与えている「マイナスの氣に光を送る」よう意識してみよう。
⑥自分を応援してくれる「プラスの氣の存在」を意識してみよう。
⑦マイナスの感情の「気持ちの切り替えに」利用しよう。
⑧自分の体や心、呼吸などに注意を向けてみよう。
⑨他の氣グッズやヘッドなどと組み合わせてみよう。
⑩自然の中や気になる所等いろいろな場所で受けてみよう
・・・
等々、日によって変えたり、組み合わせたりして試してみて下さい。
(中川 雅仁)
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震災から5年

 5年前の3月11日も金曜日でした。
あの日私は、午後2時から始まる仙台での会長セッションのために、真氣光ニュースをお昼までに書き終えていたのです。
あの大地震があったのは、セッションが始まって暫くしてからのことです。
私達は2階に居ましたが、突然建物が大きく縦に揺れたのを思い出します。
今まで経験したことがない地震でした。
揺れが収まってから、皆さんと無事に建物の外に避難し、早々に解散したのでした。
私と2名のスタッフは交通手段もなく、私達が東京の家に帰宅できたのはそれから2日後のことでした。
雪がちらつく寒い日でしたが、セッションを行った会場で、暖を取らせて貰い、毛布を借りたり、炊き出しを受けることができて、本当に有難かったです。
 今週に入り新聞やテレビでは特集も組まれ、この大震災の津波の被害と、原発事故にまつわる記事や番組が多く報道されています。
犠牲になった方々へ、ご冥福をお祈りするとともに、今生きる人のために、どんな取り組みがなされているかに目を向ける必要があります。
たくさんの方々の死と環境の犠牲を無駄にするわけにはいきません。
 特に原子力発電所の事故については、その後いろいろな事が分かってきて問題山積ですが、少しずつ事故処理の取り組みがなされてきています。
前代未聞のたいへんな事故でしたが、もし全ての原子炉が同時に爆発を起こしていたら、どうなっていたのか?福島第一原子力発電所の故吉田所長が「髪の毛一筋の幸運」という言葉を遺しています。
事態が“最悪の最悪”にならずに済んだのは、何か大きな力に守られていたのではと感じるのは、私だけではないでしょう。
 当時私は、度重なる余震と原発事故の影響を鑑み、急遽その月開催の真氣光研修講座を中止し、代わりに遠隔真氣光の無料イベント「震災に向け心を合わせて真氣光」を4日間に渡って開催しました。
さらには、それまで研修は毎月つくばの研修施設で開催していましたが、いろいろな場所での開催にしようということで、まず翌月に安曇野の施設で開催しました。
それから、縁が広がるように、あちらこちらの施設で開催できるようになり現在のようになったのです。
 安曇野という地名は、大昔にここにやって来た安曇族に由来があるそうです。
さらにその昔、彼らは大陸から福岡地方に上陸して日本の各地に渡ったとの話もあります。
今月、研修講座は、福岡県の志賀島で開催します。
今日の夜の真氣光タイムばかりではなく志賀島からも、東日本大震災で犠牲になった多くの方々に、さらには被災した方々が一日も早く心穏やかに生活できるよう、光を届けたいと思うのです。
(中川 雅仁)
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明るく素直に感謝の気持ちを伝える

 先日、私は会社の帰りに総菜でも買おうと、デパ地下に立ち寄ったのです。
本日最後の追い込み時間なのでしょう。
どこの売り場も活気があり、店員の皆さんが良い声を出しています。
私は、お腹が空いていることもあったからか、誘われるまま、あっちでも、こっちでもいろいろ買ってしまって、結局その日のうちには食べられないほどに・・・。
野菜を育てた人、物を作る人、運ぶ人、売る人、いろいろな人が、これらの総菜には関わっていますから、もったいないことはできません。
「お金を払って買ったから自分のもの、捨ててしまっても構わない」ということにはなりません。
感謝の気持ちをもって次の日にもいただいたのでした(笑)。
最近は、窓口で切符を買うこともありません、改札にも人はいませんし、誰とも何もしゃべらなくても、出張に行けたり、出勤できたりします。
新幹線や飛行機、途中で立ち寄ったカフェやスーパー、デパ地下でも、私はできるだけ会う人と言葉を交わそうと思うのですが、あちらも忙しそうですから氣を使ってしまいます。
せいぜい挨拶がわりに、できるだけ明るく「ありがとう」と言うようにしています。
そんなことから今月の氣配り画像は、「明るく素直に感謝の気持ちを伝える」という言葉を入れてみました。
感謝の気持ちを伝えるというのは、とても基本的なことなのですが、強力なプラスの氣を送れる方法です。
習慣にしてしまうと、何も難しいことはありません。
「良い氣を自分から発するから、良い気が周りから集まる」という法則を実践するには最もチャレンジしやすいことかもしれません。
しかし、これが自分の身近な人となると、とても難しくなるものです。
いつも顔を合わす家族、仲の良い友達、職場の人や上司など、敢えて口にしなくてもいいという甘えがあったり、いつもして貰うことが当たり前になっていることがあるのです。
さらには、相手の嫌な部分が少しでも頭の片隅にある場合などは、感謝すべきところなのに、素直に感謝の言葉など出て来なくなるものです。
素直な気持ちというのは本来の自分自身の魂の気持ちであり、素直になれない自分を感じる時には、マイナスの氣の影響を受けている結果だと考えるとよいでしょう。
マイナスの氣は、自分が辛いので、その気持ちを分かって欲しくて、その人が不幸なままでいてほしいのです。
良い氣とは無縁になってほしい、つまり感謝の気持ちなど伝えてもらうと困るという訳です。
ですから、そのような時こそ、明るく素直に感謝の気持ちを伝えるということが大事です。
どうしても難しい時には、「何故できないのか?」とマイナスの氣に意識を向け真氣光を受けることなのです。
(中川 雅仁)
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かつてはプラスの氣だった

 いろいろな人に氣を送っていると、御先祖と思われる魂が「私はこの家を守っている」と、その人の口を借りて出てくることがあります。
そして、そのような魂の中には、「…こうあらねばならぬ」というこだわりがあって、私から見ると少々辛そうな人も多いのです。
かつてはプラスの氣として、その人を守護霊のように見守る存在だったものが、真氣光を受ける人の魂のエネルギーが急激に高まることによって、今ではマイナスの氣になっているということがあるのです。
 私は、「どんな人も体の中に氣のエネルギーを持っていて、自分以外の周りにもいろいろな氣のエネルギーが存在しています」と、よくお話ししています。
周りの氣には、自分と比べて高いエネルギーを持つプラスの氣と、低い状態のマイナスの氣があります。
今現在の「自分」を基準にしているわけですから、厳密に言えば、他の人にとってのプラスの氣・マイナスの氣とは違います。
ですから、ある人にとってはプラスの氣の存在も、ある人にとってはマイナスの氣になることもあるので、あまり他の人と比べても仕方がないということになります。
そしてもう一つ、自分がどんどんエネルギーが高まる方向に変わっている人は、プラスの氣・マイナスの氣という存在も変わっていく必要があるということです。
マイナスの氣の場合は、見えない光のような氣のエネルギーをすぐに恵みの光と感じる魂もあれば、最初は変わりたくないと光に抵抗する魂もありますが、どちらも明るい方に気持ちが変わって行くものです。
そして同じように、プラスの氣という存在の中にも、変わらなければならないということがあるのです。
しかし、前述の御先祖のように、何かポリシーみたいなものがあって人を導いてきたという自負がある魂は、「これはこうあるべき、こうあらねばならぬ」と、自分の価値観を押しつけたくなるようなのです。
これは、ある時期まで必要なことなのですが、あるところから重荷になるものです。
生きている私達の親子関係にも似ているところがありますが、プラスの氣という魂も、こだわりを捨ててプラスの方向に変わって行かなければなりません。
そうしないと、氣のエネルギーは高い方から低い方へ移動しますから、生きている人から光を貰うマイナスの氣になってしまうということなのです。
何か思い込んでいること、こだわりが強いこと、頭で考えて理解はするけれど、どうもそうできないなど・・・そのような時には、かつてプラスの氣だったマイナスの氣の影響を受けているかもしれません。
よく自分自身を観察してみることです。
(中川 雅仁)
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おかげさまで Shinkiko 30 周年キャンペーン

 私は、熱海での真氣光研修講座を終えた日に東京でのセッションを行い、その後一日おきに下関、沖縄と回って来ました。
明日からは熊本、大阪、広島と行く予定です。
自分で予定を作っているのですが、先週末には「予定を少し入れすぎたかな」と思っていました。
しかし、あちらこちらの会場で、たくさんの喜んで下さる方々がいらっしゃって、逆に良い氣をいただきますから、いつしかそんな気持ちもすっかりどこかに消えていました。
私の場合、このようなときに活躍するのが、自分に氣を取り入れるためのハイゲンキです。
具体的には、ホワイトセラミックヘッド2個をコの字状に連結したヘッドと、ミニローラーヘッドCをアームハンドルに取り付けた、背中をコロコロするタイプのヘッドです。
ホワイトセラミックヘッドは、寝る前に心臓のあたりに当てていて、そのまま寝てしまうことも度々あります。
さらには、新幹線や飛行機など、少々重いのですが、乗りながら手に持ったり、足のあたりをコロコロしています。
そして忙しいときには、やはり背中にいろいろなマイナスの氣が溜まってきて、肩が凝ったり、重くなりますので、それを解消するためのアームハンドルに取り付けたミニローラーヘッドCは手離せません。
アームハンドルはカバンに入り難いのですが、けっこうあちらこちらに持ち歩いています。
こうやって考えて見ると、自宅に置いてある古いドライヤー型のヘッドは、殆ど使われていないのです。
使われていないヘッドも通電の有無に関わらず氣を中継してくれていますが、やはりヘッドの役目は体への接触によって、そこから体の中に氣を入れることです。
少々もったいない感じがしますが、コロコロする気持ち良さと手軽にできる点で新しいヘッドの使用頻度が上がってしまいます。
 ところで、そろそろ皆さんのお手元に届く月刊ハイゲンキで紹介しましたが、正会員を対象に、古いハイゲンキ本体やドライヤー型の照射ヘッドを下取りして、新型のハイゲンキ本体や新しいタイプのヘッドにアップグレードしていただけるキャンペーンをすることにしました。
今年は、先代が氣中継器ハイゲンキを開発した’86年から数えて、ちょうど30年目にあたりますので、「おかげさまでShiniko 30周年キャンペーン」としました。
私のように、あまり使わなくなっているヘッドを、家族や親戚など多くの人達の間で効率良く使っていただきたいと思います。
また、古いハイゲンキ本体を通電して使っている方は、電気部品の経年劣化による故障が、どうしても避けられません。
この機会にぜひ、新しいハイゲンキへのアップグレードを検討していただければと思います。
(中川 雅仁)
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目からウロコが落ちる

 昨日2/11から、熱海で第303回真氣光研修講座が始まりました。
今回の研修講座は、海外から来た方や、ベテランの方ばかりではなく初参加の方も多いのが特長です。
今日は、初めての氣づきの時間(いいとこ探し)があり、20年以上真氣光をやっているという方の話も聞けました。
1992年に私が受講した時もそうだったように、初めての方々にとっては、氣の世界を少しずつ垣間見ることができ、その度に「へー、そうなんだ」と思われる方も多いのではないかと思います。
また、何回も受講している方でも、以前に聞いているようなことが、ある時に「あっ、そうか!」と思えるときがあるものです。
「目からウロコが落ちる」とは、このことです。
 この言葉、語源を調べると『キリストの奇跡により盲目の男の目が見えるようになったという、新約聖書の「直ちに彼の目より鱗のごときもの落ちて見ることを得」から生まれた言葉で、本来は誤りを悟り迷いから覚める意味で使われていた。あることをきっかけに、今までわからなかったことが急に理解できるようになることのたとえ』と、あります。
 誰かの一言で、今まで聞いていたり知っているようなことでも、自分の体験とリンクしてハタと気がつくということがあるでしょうし、パーッと目の前の視界が開けてくるという感じの目からウロコ…ということもあるでしょう。
私はそれが「氣づき」というものだと思います。
 氣の観点から考えると、マイナスの氣の影響で、魂に曇りのある状態から、それが昇華され光になって離れていくときに氣づきが起きて、魂の輝きが急激に増えるという現象です。
ですから、ある程度いろいろなことを体験するうちに魂の光が少しずつ増え、マイナスの氣にも光が蓄積されることで、氣づきは起こりやすくなるのです。
さらには真氣光を利用して、外から魂に光を入れることでも起こりやすくなるので、真氣光研修講座では、たくさんの方がこれを体験するのだと思います。
言うなれば、氣づきはマイナスの氣による「迷いから覚める」ことと、捉えても良いでしょう。
 また逆に考えれば、マイナスの氣の影響を受けていると、なかなか気づけないということがあります。
このことから考えると、誰かに気づいて欲しいという場合には、機が熟さないうちに「わかったか」「気づけ」と催促しても良い結果には繋がりません。
無理せず、ゆっくりと時間を掛けて、その人のことを十分に考えてあげる必要があるのです。
さらには、氣グッズを持っていただいたり、遠隔真氣光で氣を送るなど、真氣光のエネルギーを利用することも効果的ですので、ぜひお試しください。
(中川 雅仁)
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