これからも夫にたくさん氣を送ろう♡

先日から、首から肩が張る感じがしたので、両肩に氣スポットプチシールを貼っていました。
すると、右肩は大丈夫なのに、左肩はかぶれて、かゆみが出るのです。
何かマイナスさんが左肩にいるようです。
夜10時の氣の時間の時に何気なく、夫の左肩にホワイトセラミックヘッドをあててみました。
すると、私の左肩が楽になる感じがしました。
私の左肩の違和感の原因は夫のようです。
夫は左利きなので、なるほどです。
夫は最近、仕事だけではなく、他の用事もあって、全く休めていません。
それが、気になっていたのですが、夫の痛みを分け合っていたとは?夫婦の氣は、繋がっているとは聞いていても、なかなか実感は、しづらいことです。
でも、夫に氣をあてることで、私も楽になれるのなら、これからも夫にたくさん氣を送ろうと思いました♡
(大阪府 言の葉さん)

今、本当の私になれた

長い年月、働けなかった私が去年の3月から、仕事に行けるようになり、もう一年以上になります。
つい先日、後から入ってきたパートの人(私と同じ年の)、とにかく私の事が氣にいらないようで無視をされたり咎められたりしますが、なぜか全く氣にならないのです。
そしてそんな感じでも、そこで働けていることがありがたく感謝ができる私です。
長い間、働けていなかった私は本当の私ではなく、今、本当の私になれた事も、とてもありがたく嬉しいです。
(大阪府 Tさん)

8月の氣の出る待ち受け画像

毎月第一週には、中川雅仁が撮影した写真に自筆の一言を入れた氣の出る画像(氣配り画像)を配信しています。
(ご質問、ご要望などがありましたら、各センターのスタッフへお問い合せ下さい。)

大サイズ640×853


中サイズ240×320


小サイズ120×160


サイズ720×1280

(75)やめろ、光を増やすな!

 

 私は、月に一度のペースで全国の真氣光の会員を中心に、いろいろな人に氣を送っています。
その中には、氣を受けると反応して、その人に影響を与えている魂が、その人の口を使って話し始めることがあります。
自分の苦しみを少しでも分かってほしい、ラクにしてほしいと、氣を受ける人の体を辛くさせることもあります。

 私は、苦しみを訴える魂に氣が届くと穏やかになり「光が見えて来た」と消えていくことから、どうやったら早くラクにできるのか?セッションの後も潤沢な氣が届くようにするにはどうすればよいか?と、「氣が出るモノ」を少しでも強力にしようと改良してきました。
そうしているうちに、「やめろ、これ以上、光を増やすな」と真氣光の光を嫌がる魂が出てくるようになったのです。
マイナスの氣の中には、「いつまでもその人から離れたくない」「その家系を恨んでいて不幸にしたい」…等と奥の方に潜む魂もあります。
氣を受ける人に真氣光のエネルギーが浸透していくと、彼らには、思うようにならなくなる、あるいは光に吸収されてしまうという危機感が出るのです。
また彼らは、極端に光が増えているから危機感を持つのです。
私の氣を受けるセッションだけなら、その時にしか光が入りませんから、月に一回…せいぜい増やしても2、3回でしょう。
しかし、先代は白髭の老人によって、氣中継器ハイゲンキに加え、いろいろな氣グッズの作り方と、それらを足し合わせて使うと良いと教えられました。
私もこの原理を利用して高密度化することで氣グッズを改良してきました。
このような真氣光のシステムでは、簡単に10倍…100倍…にすることが可能になるのです。
マイナスの氣にとっては、光が極端に増えること、さらには各種プレート類やプレートブースターなどの氣グッズのように、24時間途切れることなく真氣光のエネルギーが向かって来るもの、それが最も嫌なのです。

 ところで、嫌がるマイナスの氣が画策することによって、一見悪い反応つまり好転反応が出ることがあります。
ここで注意したいことは、マイナスの氣は脅かされると思うからこそ必死で抵抗するわけで、真氣光のエネルギーが来ること、そしてそれによって味方のマイナスの氣がパタパタとプラスの氣に変わって行かれては困るのです。

 好転反応の最中は、気持ちもネガティブになりがちですが、そこでマイナスの氣を集めることになっては、事態は長引くばかりで、形勢を逆転したいマイナスの氣の思う壺です。
こちらはどんどん強気で行くしかありません。
影よりも光が強いのです。
気持ちをしっかり持って、確実に真氣光を取り入れることなのです。

郷土の気質について気づかされた

北海道小樽市朝里川温泉・かんぽの宿での真氣光研修講座に参加させて頂きました。
今回は熊本、宮崎、東京、京都、上海など多方面からの参加者もいらっしゃってくださいました。
今回の研修で、今まで考えたこともなかった「北海道気質」について氣づきがありました。
北海道は今年開拓151年を迎えます。
私の爺さんの親が北海道に開拓者として入植しました。
私の父、そして母も第二次世界大戦中に生まれ、戦後の農地改革で農地を失い、両親を若くに亡くし、長男、次男が大学に通う最中に徴兵されたり、父の幼少時代は過酷な時代だったそうです。
母から聞いた話によると父とお見合いの話があった時に、親戚からは家柄が良いと聞いていたけれども、父は地質調査のボーリングをしており、山奥でさく井(せい)をしていたそうです。
そんなことを思い出しながら『寒さに耐えて我慢強く生きる』、『協調性がなければ生きていけない』という気質を感じました。
そして、参加者の皆さんにたくさんの氣を送って頂き、グループ発表もとても楽しく意味のある研修になりました。
皆様どこかでまたお会いできることを楽しみにしております。
(北海道 Hさん)

研修の翌朝

通勤の地下鉄で、大変小柄な女子高生と一緒になります。
重そうなカバンを背負い、手すりにつかまってホラー映画の主人公さながらにガックリとうなだれ、髪で顔は見えません。
初めて見かけた時は、その車両に乗り込むのを一瞬ためらう程でした。
小樽の研修の翌朝も、乗っていました。
今迄は、寝不足なんだろうなと思っていましたが、氣を送ってみることにしました。
「この子に、たくさんの光が届きますように。魂が益々輝きますように…」すると突然、彼女が顔を上げ目が合ったので、こちらが驚いてしまいました。
そして、キョロキョロッと辺りを見回し、また彼女はうなだれたのでした(笑)。
(北海道 Mさん)

母も私も変わった

今年3月、人生初、母子で研修講座に参加しました。
私は、元々コミュニケーションが苦手で絶対浮くだろうと思っていたら色んな方と対話が出来(皆様がお声かけ下さり)むしろ孤立する間が無い程楽しい時間を過ごせました。
途中、2日目に私、最終日には母が不調を来たしましたが、それは浄化作用だとスタッフさんにも会員さんにも教えて頂き、グループ発表の際には前の緊張が嘘のように皆様の前で発表が出来、充実した日々を送れました。
研修後、すぐに母が自治会の役員に抜擢され、私もやりたい事が見つかって今それに向かって日々奮闘中です!
(熊本県 青い鳥さん)

私の魂の学びのためにある

5月、定期健診でCTを撮り悪性リンパ腫の再発を告げられた。
一時は頭が真っ白になりかけたが、すぐに冷静に返り、乗ってきた自転車で病院を後にした。
3年前、抗がん剤で8クールの治療を受け、毎日元気に過ごしていたのに・・・。
5年前に乳がん、3年前に悪性リンパ腫、そして今年の悪性リンパ腫の再発である。
何故再発したのだろう・・・思い当たることがすぐわかった。
実はこの一年、過去の暮らしで一緒に生活を共にした、亡くなった姑や、夫の言葉や行動・いやなことを思い出し、許せない思いで悶々としてきた。
仏壇に手を合わせたくなかった。
そしてこの結末である。
しかし、気持ちが変わった。
姑や夫たちの厳しい仕打ちがあったからこそ、私は今がある。
そして息子の病気でご縁ができた真氣光だったが、実は私の魂の学びのためで、息子を通して与えられたご縁だったということに気づいた。
これから抗がん剤治療は6クール。
そのうち1クールだけ終わったけれど心が軽くなり、結構楽しい入院生活をおくっている。
会長様には、その時その時、言葉を頂いておりましたが、私自身その時には気づくことが出来ていませんでした。
書面にて感謝申し上げます。
(福岡県 Sさん)