氣の環境も格差社会

私 は今週火曜日まで、初めての研修講座開催場所となった、熊本・阿蘇の地におりました。天気にも恵まれ大自然を眼前に、今回も、いいとこ探しや講義・行法の中で、いろいろな感動がありました。熊本や大分、鹿児島など近隣の九州地方を中心に60 人を越える方々に参加していただいて、それぞれの持つ氣の高まりが、さらに他の人の氣を高める、波動の相乗効果を感じました。真氣光のエネルギーも、より一層高まったようです。受講生の皆様ありがとうございました。私は、そんな感動を胸に最終日夜の便で羽田に向かったのですが、機内では久しぶりのテレビということでNHKニュースを見ていたのです。その時初めて東京・秋葉原で起きた17 人が死傷した無差別殺傷事件を知りました。講座期間中の平和な心が一転、現実の世界に引き戻されるような感覚を味わったのでした。 近 年、耳を疑うような事件が頻繁にテレビや新聞に登場します。世の中、格差社会と言われていますが、氣の環境においてもプラスの氣とマイナスの氣に大きな格差がついて、二極分化してしまったようです。そして強烈なマイナスの氣が時々噴出して報道されることで、さらに強いマイナスの氣を作る結果となっているようです。 今 回犠牲になられた方やご家族・関係者の方々も、どんなに辛く、悲しく、無念だったことでしょう。なぜ犠牲にならなければならなかったのか、理不尽な思いは強く残るかもしれません。どうしてこんな事件が起きたのか、もう二度と起きないようにするには、どんな方法があるのか。私たち生きているものが真剣に考え、行動に移していく必要があります。そうして誰もが「良い時代になった」と思える時が来たときに初めて、多くの魂が自ら納得し光の世界に行くことができるのです。そういう意味では私たちには、やらなければならない課題が満載ですが、物質的には豊かになったのに、この心を豊かにするための対策は遅々として進まないのが現実です。むしろ効率化の名のもとに、人と人の触れ合いの時間つまり良い氣の交流の時間がどんどん減ってしまっているのです。このような現実では「浮かばれな
い」魂たちは、どうすることもできません。過去からの積み残しが大きなマイナスの氣となって、この社会にのしかかるのです。真氣光の光は、それを受ける人の魂に浸透し、縁を持つ周りのマイナスの氣に光を与えます。それが自ら光と
なって、私たちを「見守る」という形で逆に助けてくれるのです。このような時代だから、真氣光という氣を少しでも多くの人に知ってもらいたい・・・そんな事を考えながら今日も氣を送らせていただきます。

米国でのセミナー報告

このニュース、先週はお休みでしたので、お久しぶりでございます。前回はこれからニューヨークに出発しますという話だったと思いますが、あちらでのセミナーも真氣光レッスンも無事に終了でき、私は28日に帰国しました。真氣光レッスンでお話ししましたが、こちらの午後2時はあちらでは真夜中の1時でしたから、少々たいへんでした。私たちがセミナーをしていたところは、ニューヨークから2時間ばかり郊外に行った、山の中にある自然溢れる所でした。小川が流れ、池があり、畑で野菜なども作っていて、森に囲まれた谷あいの広い敷地内(端から端まで歩いて2〜30分はありそう)に宿舎が点在しているのですが、インターネットが通じる建物は敷地の入り口にあり、私の部屋がある建物は一番奥の山の中腹にあったのです。真氣光レッスンが終わって、ベッドのある部屋に帰ろうと思ったのですが、道にも建物にも電気が灯らなくなった真夜中の2時過ぎには、外は何も見えない状態になっていました。周りは鬱蒼とした森ですから、何が出てくるかわかりません。私は、お化けなどには強いのですが、真っ暗な状態には慣れておらず、久々に怖いという感じを覚えました。結局明け方まで、その建物で暇つぶしをして、外が明るくなってから戻ることができ、少し寝られたのでした。東京では灯りが無くなるということがありません。その時は月も出ておらず、本当に光のありがたさがよくわかりました。動くに動けないのですから、暗いところにいなければならない、少しでも光を求める魂達の気持がわかったような気がします。セミナーでは40名ほどの受講生に真氣光を体験してもらいましたが、今回のご縁は、ネイティブ・アメリカン(インディアン)の魂が強く関係していたようです。氣に反応して「神から預かったこの土地を白人に奪われた」と魂さんが出てきて涙した若い女性の体験談に、いいとこ探しではいろいろな方が感じられたようで、たくさんの発表が相次ぎました。彼女の口を借りて出てきた魂さんは最初恨みがあったようでしたが「この大地は人間のものではない、自然を大切にして欲しい」とメッセージを遺して最後は光の世界に逝かれたのです。私が数年前にコロラドでセミナーをやったときにも似たような魂さんが出てきたことがありましたが、アメリカ先住民の苦しみは、日本の武士の苦しみとはまた別ですが、同じように辛く悲しいものがあります。今私たちが幸せに暮らせるのも、このような先祖が居てくれたおかげです。「人々の魂に安らぎを与える真氣光」まだまだ地球上のたくさんの人に知って欲しいのです。

これから米国に行ってきます

私は、今日(22日の木曜日)、夕方の便で成田を出発、米国はニューヨークに行ってきます。(成田エクスプレスの中で少々揺れながら原稿を作っています)毎年恒例になりましたが、研修講座の専任講師龍村修先生のお姉さんで先代の時代からニューヨークで真氣光を広めてくださっている龍村和子さん、さらには同じようにボストンで広めてくださっている桑原先生と、米国で沖道ヨガ&真氣光のセミナーを企画しており、それに参加するためです。今年で13回ほどになるでしょうか。昨年もバハマ、メキシコなどを回り本紙や月刊ハイゲンキでもレポートしましたが、今回は、ニューヨーク近郊での3泊4日のセミナーと半日ほどのワークショップが主な目的です。
先代の時代から真氣光と米国との縁は深く、ハイゲンキ発明のきっかけとなったのも、先代が米国に行ってエイズが流行っているので皮膚を過度に接触させるものは受け入れられないと知ったことでした。その後、夢で白髭の翁からハイゲンキ先端のピラミッド構造など今のハイゲンキの核心部分を教えてもらうことになったのです。さらには、‘90 年から真氣光研修講座を開催することができたのも、米国でたまたま知り合った人から、既に亡くなっていた沖先生の直筆ノートをいただき、先代がその内容に共感し、そんなことから当時下田にあった沖ヨガ道場で龍村先生にお会いしたことがきっかけなのです。
米国は、日本に比べると全世界の縮図のように多種多様な人が居ますが、その中で巡り会うご縁というものの不思議さを感じます。しかし氣の観点から考えると頷けるものがあります。「人がもともと放っている氣は波動的な性質をもっていますから、似たものは引き合います。類似なもの同士の中からは強く共鳴するものを探すのは難しいけれど、多種多様な中では少しでも似たものを見つけるのは比較的容易だ」ということでしょう。さらには多様な中での関係は、似ている中にも異質な要素をたくさん持っているわけですから、それから影響を受け、お互いに吸収・変化しやすいというわけです。
私自身、毎回日本では味わえない、いろいろな学びがあるのですが、今回もどんな人と出会えるのか楽しみです。インターネット回線がうまくつながれば今週の真氣光レッスンで、その辺りのお話しができるかもしれません。28日には帰国しますが、来週の本紙はお休みです。詳しくは、また月刊ハイゲンキのカラーページなども使って、報告したいと思います。

森林浴の季節ですね

新緑の季節です。私は北海道育ちですから、子どもの頃には当たり前のように身近にあった木々ですが、東京のようなコンクリートだらけの街では、一本の木でも有難いと思えます。私には、家の近所を散歩するときに目を癒してくれる、お気に入りの木があります。その木も会うたびに良い木を送ってくれているような気がしますし、少し時間があるときには明治神宮や新宿御苑などにも足をのばして、プチ森林浴として自然が放つ良いエネルギーをいただき気持のリフレッシュをしています。
森林浴という言葉が生まれたのは‘82年だそうですが、最近は「森林セラピー」という言葉も登場し「森に入ると気持が安らぐ」という現象を科学的に解明する技術が開発され、木々が持つリラックス効果などが明らかになりつつあるようです。独立行政法人森林総合研究所と千葉大が中心となり05〜06年に全国24カ所で行った実験では、森林で座って景色を眺めた後は代表的なストレスホルモンである唾液中のコルチゾール濃度が、都市にいる場合と比べ13%低かったという報告があるようです。また日本医科大の研究でも、免疫能を示すナチュラル・キラー細胞(NK)活性が38%、一ヶ月後も10%の向上があったという報告があるようです。
真氣光研修講座の中でも朝の青空教室と称して龍村先生の指導で、近くの公園などにある木を対象にして「木との氣の交流」を行っています。木に触れたり感じたり、木を強く意識することで木からの氣を感じるというものです。ふだんの生活の中でも木々は目にしているのですが、感じようとする気持ちが木からの氣の波長に合い、特別な感覚を覚える人もいるようです。私は、木や花々などの植物や、綺麗な景色の場所など自然の中には、まだまだ科学では分からないたくさんのプラスの氣があるのだと思います。そして氣というものは波動的な性質があるので、こちらが意識を向けて波長を合わせようとすることが大事だと思うのです。
真氣光も、ハイゲンキや氣グッズから「氣を受けよう」と、波長を合わせようとする気持が大切で、それにより氣の吸収力はグーンと上がるのだと思います。ところで「ハイゲンキから氣を受けよう」と言いましたが、ハイゲンキも氣グッズも真氣光のエネルギーを中継するものであり発生器ではないのですから、もう少し厳密に言えば、意識を向ける先は「ハイゲンキのさらに向こう側」つまり遙か遠くの宇宙ということになります。そろそろ皆さんのお手元に届く今月号の月刊ハイゲンキ「真氣光教室」では、その当たりにふれてみました。お楽しみに。

自分の光をふやすこと

皆さん、ゴールデンウイークはいかがでしたでしょうか。新聞によりますと4/24 ~5/6 の鉄道、空の便の利用状況は、長期の休みが取りにくかったことから、前年に比べ利用者が数%ほど減ったようです。私は研修講座最終日の6 日、皆さんを送り出した後、研修講座の片付けを終えた夕方、会場があるつくばみらい市から常磐自動車道を通って都内まで戻りました。昨年に比べると車の量も少ないようで、途中の渋滞もなくスムーズに帰ることができました。 と ころで今回の研修受講者の皆さんも、しっかりと真氣光のエネルギーを吸収されたようです。一人ひとりが、より強い光を発する魂となり自宅に戻って、いろいろなマイナスの出来事にも立ち向かっていかれることでしょう。またそれができることによって一層マイナスの氣に光が届くことになるばかりか、その人自身をより強くしてくれるのです。私は会長になったばかりの頃、そのことへの理解が足りませんでした。受講者の魂に光を送ることよりも「少しでもマイナスの氣を取ってあげたい」という発想が抜けなかったのだと思います。 研 修ばかりではなく真氣光の氣グッズもそうですが、受講をしたりグッズを使うことは、その人の魂に光が入ることで、周りにあるマイナスの氣に同調しないようになるばかりか、それらを光に変えるものです。例えば、引っ越したら土地に霊的なものを感じるようになったと相談を受けたことがあります。私は水晶選定をして差し上げましたが、その土地を直接私が浄化するのではなく、「○○家へ」と刻印した水晶が、それを使う人やそのご先祖に光を送り、彼らの魂が輝くことで、そこに越していかなければならなかった原因となるマイナスの氣にまで光が届くようになるわけです。直接悪さをしている霊的なものは限られているものですが、それに繋がる先祖を遡れば限りないほど、たくさんの光を待っている魂がいるのです。縁のない私が一時的な氣を送ることでは納得してもらえない場合があり、じわじわと限りなく光を送り続ける必要があるわけです。 受 講生の皆さんはあちらこちらから来ておられますが、帰宅して確実にその場、その土地に光が灯ることと思います。仮に私が、浄化のためにその場所に行ったとしても、光が届くのはほんの少しです。それは、縁を深めその場に同調できるようにするのは大変なことだからなのです。そのようなわけで、皆さんのお蔭でたくさんのマイナスの氣がプラスに変わり、ハイゲンキが中継する真氣光のエネルギーはもとより研修講座に集まる光も、先月の岡山に続き今回、さらには来月の阿蘇での研修講座へと毎回のように強まっていくのです。

休みに脳をリフレッシュ

5月に入りました。ゴールデンウィークということもあり街も、いつもと少々賑わい方が違います。私は3日から6日まで真氣光研修講座を予定していますので休日とは無縁なのですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?先日ある雑誌を読んでいたら、神経内科医で作家の米山公啓氏による「リフレッシュ脳で翌週を迎えるにはプチ緊張が必要」という記事に目が行きました。忙しく働いて、休日をただボーッと身も心も緩んだまま過ごしてしまうと、かえって脳の疲れは取れないというのです。例えば数字を使う仕事で普段左脳を酷使している人は音楽を聴くなど右脳を使うと良いなど、異種体験による緊張が必要、つまり普段使っていない脳パーツに刺激を与え、その緊張が緩んだときに脳はより深いリラックス状態に入れるとのことなのです。よく研修講座で龍村先生が、緊張と弛緩のポーズを組み合わせることで深くリラックスできることを、ヨガの実習で教えてくれていますが、脳の場合バランス良くやること、つまりいつもの行動パターンとは違うことというのがポイントのようです。しかし記事を途中まで読みながら、さて私のような仕事の場合は、どうすればよいのだろうと考えてしまいました。誰かと話すことは多いのですが、上司がいるわけではないので緊張ということとは縁遠いですし、右脳も左脳も頭を使っているような気はしません。しかし、計算などということを仕事ですることはあまりないので、強いて上げれば休みには左脳を使うことでしょうか。あまり買い物に行くことはないけれど、頭のトレーニングとしてスーパーに行ったらレジ計算を暗算でやってみるくらいかと、考えていたのでした。しかし記事を読み進むうちに最後に「有難〜い」ことが書いてありました。「自分の考えだけに固執せず、ポジティブに人の意見に耳を傾けることも脳のリフレッシュには効果的だ。・・・時には妻の遠慮なしの小言などに向き合うのも脳にとって大きなプラスとなる週末の過ごし方です」そういう考え方もあるのかと少々衝撃を受けた次第です。私などは、たまの休みだから自分の世界に浸りたいと自分の好きなこと、仕事も趣味の一部のようなものなので、つまり脳の同じ所をいつも使って脳もリフレッシュできなかったかもしれません。小言ばかりではなく今まで苦手だった妻のショッピングのお供や他にもいろいろなことが、いつもは使わない脳の緊張につながり脳全体がリフレッシュするのだと捉えれば前向きにチャレンジできそうです。ただその際、私にとっての救いは記事中にあった、「緊張は短時間でいい」という一文でしょうか。

休みに脳をリフレッシュ

5月に入りました。ゴールデンウィークということもあり街も、いつもと少々賑わい方が違います。私は3日から6日まで真氣光研修講座を予定していますので休日とは無縁なのですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?先日ある雑誌を読んでいたら、神経内科医で作家の米山公啓氏による「リフレッシュ脳で翌週を迎えるにはプチ緊張が必要」という記事に目が行きました。忙しく働いて、休日をただボーッと身も心も緩んだまま過ごしてしまうと、かえって脳の疲れは取れないというのです。例えば数字を使う仕事で普段左脳を酷使している人は音楽を聴くなど右脳を使うと良いなど、異種体験による緊張が必要、つまり普段使っていない脳パーツに刺激を与え、その緊張が緩んだときに脳はより深いリラックス状態に入れるとのことなのです。よく研修講座で龍村先生が、緊張と弛緩のポーズを組み合わせることで深くリラックスできることを、ヨガの実習で教えてくれていますが、脳の場合バランス良くやること、つまりいつもの行動パターンとは違うことというのがポイントのようです。しかし記事を途中まで読みながら、さて私のような仕事の場合は、どうすればよいのだろうと考えてしまいました。誰かと話すことは多いのですが、上司がいるわけではないので緊張ということとは縁遠いですし、右脳も左脳も頭を使っているような気はしません。しかし、計算などということを仕事ですることはあまりないので、強いて上げれば休みには左脳を使うことでしょうか。あまり買い物に行くことはないけれど、頭のトレーニングとしてスーパーに行ったらレジ計算を暗算でやってみるくらいかと、考えていたのでした。しかし記事を読み進むうちに最後に「有難〜い」ことが書いてありました。「自分の考えだけに固執せず、ポジティブに人の意見に耳を傾けることも脳のリフレッシュには効果的だ。・・・時には妻の遠慮なしの小言などに向き合うのも脳にとって大きなプラスとなる週末の過ごし方です」そういう考え方もあるのかと少々衝撃を受けた次第です。私などは、たまの休みだから自分の世界に浸りたいと自分の好きなこと、仕事も趣味の一部のようなものなので、つまり脳の同じ所をいつも使って脳もリフレッシュできなかったかもしれません。小言ばかりではなく今まで苦手だった妻のショッピングのお供や他にもいろいろなことが、いつもは使わない脳の緊張につながり脳全体がリフレッシュするのだと捉えれば前向きにチャレンジできそうです。ただその際、私にとっての救いは記事中

為せば成る・・・

日曜日、初めての地方開催「岡山」での真氣光研修講座を無事に終え、いろいろな事を思い出しては何だか嬉しいような気持ちで東京に戻りました。参加者の皆さんのお蔭です、ありがとうございました。ゴールデンウィークには次の研修講座がありますので、週末のセッション以外は原稿書き中心の仕事です。どちらかというと月末にいろいろな仕事が集中する傾向にあり、工夫しているつもりなのですが、なかなか上手くは行きません。しかし昔に比べると少しずつ出来ることも増えてきているように思います。たとえば私は、この真氣光ニュースと月刊ハイゲンキの記事などを合計すると少なくとも月に8000 字は書かなければならず、特にハイゲンキ誌の原稿は月末に集中するのですが、(内容の事は横に置いておいても)自分の中では案外何とかなっているということです。書くには題材が必要なのですが、私の場合まだ氣を知らない時代には、題材・話題というものが生活の中に無く、書くこともそうですが人と話すこともあまりありませんでした。その結果あまり人と関わらないようにしようという意識が強かったように思います。それが今ではすっかり変わってしまったというわけです。しかし、ただ何となく書けているわけではなく、毎回「書こう」というそれなりに強い意思力があり(苦労もあるわけですが)、それが文字になっていくように思うのです。やはり意識の力、氣というものは凄いですね。 話 は変わりますが、米沢藩主、上杉鷹山が「為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり」という言葉を遺しています。『「やろう」と強い意思を持って行動することで、「成る」という結果が得られる。願いの成就は勝手にやってくるものではなく、自らの力で作り上げるもの、思い通りの結果が得られていないのは、自分自身が実現に向けた努力をしていないからだ』ということでしょうか。私たちの強い意志と行動は、魂の輝きになります。
それは邪魔をしようとするマイナスの氣に光を与え、それを浄化し取り除く結果になります。その分だけ私たちの守護霊のような存在のプラスの氣は、力を貸してくれやすくなるのでしょう。 一 生懸命に努力してもできないこともありますし、失敗もあるでしょう。初めての事は不安もありますし、最初の感覚で「駄目だ・・・」という事もあるかもしれません。しかしその時に、為せば成る・・・の精神で何か出来ると、その途中経過も大きな学び、魂の輝きにできるわけです。真氣光のエネルギーも力を貸してくれています。そう考えると、一番の失敗は考えるだけで何もしないことかもしれません。

岡山での研修講座から

今月は、つくばみらい市を離れ岡山で真氣光研修講座です。私は昨日水曜日15時の便で一日早く羽田空港から岡山にやって来ました。こちらは小高い山の上、まだ少し桜の花が残っていて、そこにツツジが咲き始めており、日本のエーゲ海と言われるそうですが、眼下には朝日百選に選ばれる絶景が私たちを待っていてくれました。今日は昨晩からの強い雨にもかかわらず、地元岡山を始め四国、中国、関西地区から61人の受講生が無事時間通りに集合し、熱気に包まれる中、一日目のスケジュールを終えたところです。
ところで私はと言えばこちらに来る際、予約していたはずの羽田→岡山の飛行機チケットが、何を間違ったのか次の日の予約になっていてドキリとする一幕がありました。私の場合、交通宿泊関係は全部自分で予約しているので、誰に文句を言えるはずもなく、私のうっかりミスであることは明白です。滅多にこのようなことは無いのですが、カレンダーの読み間違いとしか言いようがありません。結局は飛行機に空席がありましたので無事に乗れたのですが、来月の連休など旅行シーズンであればまず無理だったでしょう。念を入れて日時のチェックをしているつもりでしたが、チェックの仕方を変えた方がよいようで、早速自分なりに対策を立てたのでした。
ところで念とは(1)思い・気持、(2)心くばり・注意ですから、念を入れるとは、まちがいがないよう気を配って物事をする。つまり強く意識することにより自分自身の魂の光が増え、それは自分にとってプラスの氣となり作用することになり、マイナスの氣が邪魔をしようと狙っていたとしても、それを浄化する力を有するものです。真氣光研修講座は参加者とそのご縁のある方々の魂に、たくさんの光が届きます。光が増えることで今まで存在してこられた魂の中には、もう居られなくなって、より次元の高い世界に旅立たなくてはならないものもいます。研修講座は始まる前から、好転反応のように一見マイナスなことが出て来ることがありますと、皆さんに話しているのですが私にも当てはまるわけで「研修講座に行かせたくない」、いつまでも止まっていたい、そのようなマイナスの氣の抵抗ともとれるわけです。念には念を入れるというスタンスを忘れてはいけないということでした。しかし、そんな状況でも事なきを得られたのは、いろいろ守ってくれているプラスの氣のお蔭です。今回たくさんの受講生の皆さんが無事に来られたのも、その大きな力のお蔭であり、感謝するとともに、この4日間期待に応えられるよう精一杯光を送りたいと思ったのでした。

思いがけない出会い

先週の土曜日に、熊本の方々が中心となって、鹿児島で「会長を囲む会」を開催していただきました。私は一年ぶりの鹿児島で、久しぶりにお会いする方もいらして、有意義な一日を過ごさせていただきました。皆様ありがとうございました。ところで帰りの飛行機での出来事です。私はパソコンなどを開いていたものですから、最後のほうになりながら慌てて搭乗したのです。座席を確認して座ろうと思ったら「会長!」と声がかかりました。「あれっ」と隣を見ると東京女子医科大学の助教授(今は同大付属青山自然医療研究所クリニックの所長です)川嶋朗先生がニコニコしながら座っているではありませんか。なんと奇遇なことか、通路を挟んで隣の席だったのです。川嶋先生は皆さんもご存じでしょうか?月刊ハイゲンキ2005年7月号での対談記事でご紹介しましたが、それ以前からハイゲンキ誌では連載をしていただいたり、真氣光を活用した結果を論文にしていただいたりと、ずいぶんお世話になっている方です。川嶋先生は女子医大元教授の阿岸先生の紹介で14年ほど前に生駒での研修講座を受講されています。その阿岸先生は、退官される前に『外気功が下肢閉塞性動脈硬化症(ASO)に及ぼす効果』という論文を出していますが、その研究にたまたま研修講座の卒業生が協力したという繋がりなのです。後で分かったことですが、お二人とも学部は違いますが私と同じ大学出身でした。私は対談の取材からお会いしていなかったので3年ぶりです。先生も鹿児島は一年ぶりとのことで、講演して日帰りとのことでした。私は先日ある会員さんと川嶋先生のことを話していたところだったので、「おうわさをしていました」とお話ししました。先生は一年前に「心もからだも「冷え」が万病のもと 」(集英社新書)という本を出されていますが、その関係で講演を頼まれることも多いようで土曜日もお仕事と、かなりお忙しいようです。お互いに、一年に一回行くか行かないかの場所から同じ飛行機に乗り、たくさんある座席から、通路を隔てたとは言え隣の席を選ぶ確率は、いったいどれぐらいになるのか?ちょっと見当がつきません。奇遇という言葉が日本語としてあるぐらいですから、このような偶然の出会いは、確率論では考えられないぐらいの頻度で、日常の場では起きているのでしょうね。私には見えない力(これも氣の一種でしょうが)働いているとしか思えません。川嶋先生は、お子さんやクリニックの皆さんにお土産をと…大きな荷物を持って「来週は韓国です」と言っておられました。「それでは、また」とお別れしましたが、私は後ろ姿をお見送りしながら、ご活躍をお祈りしたのでした。