毎月第一週には、中川雅仁が撮影した写真に自筆の一言を入れた氣の出る画像(氣配り画像)を配信しています。
(ご質問、ご要望などがありましたら、各センターのスタッフへお問い合せ下さい。)
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真氣光ニュース vol.1105
(75)やめろ、光を増やすな!
私は、月に一度のペースで全国の真氣光の会員を中心に、いろいろな人に氣を送っています。
その中には、氣を受けると反応して、その人に影響を与えている魂が、その人の口を使って話し始めることがあります。
自分の苦しみを少しでも分かってほしい、ラクにしてほしいと、氣を受ける人の体を辛くさせることもあります。
私は、苦しみを訴える魂に氣が届くと穏やかになり「光が見えて来た」と消えていくことから、どうやったら早くラクにできるのか?セッションの後も潤沢な氣が届くようにするにはどうすればよいか?と、「氣が出るモノ」を少しでも強力にしようと改良してきました。
そうしているうちに、「やめろ、これ以上、光を増やすな」と真氣光の光を嫌がる魂が出てくるようになったのです。
マイナスの氣の中には、「いつまでもその人から離れたくない」「その家系を恨んでいて不幸にしたい」…等と奥の方に潜む魂もあります。
氣を受ける人に真氣光のエネルギーが浸透していくと、彼らには、思うようにならなくなる、あるいは光に吸収されてしまうという危機感が出るのです。
また彼らは、極端に光が増えているから危機感を持つのです。
私の氣を受けるセッションだけなら、その時にしか光が入りませんから、月に一回…せいぜい増やしても2、3回でしょう。
しかし、先代は白髭の老人によって、氣中継器ハイゲンキに加え、いろいろな氣グッズの作り方と、それらを足し合わせて使うと良いと教えられました。
私もこの原理を利用して高密度化することで氣グッズを改良してきました。
このような真氣光のシステムでは、簡単に10倍…100倍…にすることが可能になるのです。
マイナスの氣にとっては、光が極端に増えること、さらには各種プレート類やプレートブースターなどの氣グッズのように、24時間途切れることなく真氣光のエネルギーが向かって来るもの、それが最も嫌なのです。
ところで、嫌がるマイナスの氣が画策することによって、一見悪い反応つまり好転反応が出ることがあります。
ここで注意したいことは、マイナスの氣は脅かされると思うからこそ必死で抵抗するわけで、真氣光のエネルギーが来ること、そしてそれによって味方のマイナスの氣がパタパタとプラスの氣に変わって行かれては困るのです。
好転反応の最中は、気持ちもネガティブになりがちですが、そこでマイナスの氣を集めることになっては、事態は長引くばかりで、形勢を逆転したいマイナスの氣の思う壺です。
こちらはどんどん強気で行くしかありません。
影よりも光が強いのです。
気持ちをしっかり持って、確実に真氣光を取り入れることなのです。
郷土の気質について気づかされた
北海道小樽市朝里川温泉・かんぽの宿での真氣光研修講座に参加させて頂きました。
今回は熊本、宮崎、東京、京都、上海など多方面からの参加者もいらっしゃってくださいました。
今回の研修で、今まで考えたこともなかった「北海道気質」について氣づきがありました。
北海道は今年開拓151年を迎えます。
私の爺さんの親が北海道に開拓者として入植しました。
私の父、そして母も第二次世界大戦中に生まれ、戦後の農地改革で農地を失い、両親を若くに亡くし、長男、次男が大学に通う最中に徴兵されたり、父の幼少時代は過酷な時代だったそうです。
母から聞いた話によると父とお見合いの話があった時に、親戚からは家柄が良いと聞いていたけれども、父は地質調査のボーリングをしており、山奥でさく井(せい)をしていたそうです。
そんなことを思い出しながら『寒さに耐えて我慢強く生きる』、『協調性がなければ生きていけない』という気質を感じました。
そして、参加者の皆さんにたくさんの氣を送って頂き、グループ発表もとても楽しく意味のある研修になりました。
皆様どこかでまたお会いできることを楽しみにしております。
(北海道 Hさん)
研修の翌朝
通勤の地下鉄で、大変小柄な女子高生と一緒になります。
重そうなカバンを背負い、手すりにつかまってホラー映画の主人公さながらにガックリとうなだれ、髪で顔は見えません。
初めて見かけた時は、その車両に乗り込むのを一瞬ためらう程でした。
小樽の研修の翌朝も、乗っていました。
今迄は、寝不足なんだろうなと思っていましたが、氣を送ってみることにしました。
「この子に、たくさんの光が届きますように。魂が益々輝きますように…」すると突然、彼女が顔を上げ目が合ったので、こちらが驚いてしまいました。
そして、キョロキョロッと辺りを見回し、また彼女はうなだれたのでした(笑)。
(北海道 Mさん)
母も私も変わった
今年3月、人生初、母子で研修講座に参加しました。
私は、元々コミュニケーションが苦手で絶対浮くだろうと思っていたら色んな方と対話が出来(皆様がお声かけ下さり)むしろ孤立する間が無い程楽しい時間を過ごせました。
途中、2日目に私、最終日には母が不調を来たしましたが、それは浄化作用だとスタッフさんにも会員さんにも教えて頂き、グループ発表の際には前の緊張が嘘のように皆様の前で発表が出来、充実した日々を送れました。
研修後、すぐに母が自治会の役員に抜擢され、私もやりたい事が見つかって今それに向かって日々奮闘中です!
(熊本県 青い鳥さん)
私の魂の学びのためにある
5月、定期健診でCTを撮り悪性リンパ腫の再発を告げられた。
一時は頭が真っ白になりかけたが、すぐに冷静に返り、乗ってきた自転車で病院を後にした。
3年前、抗がん剤で8クールの治療を受け、毎日元気に過ごしていたのに・・・。
5年前に乳がん、3年前に悪性リンパ腫、そして今年の悪性リンパ腫の再発である。
何故再発したのだろう・・・思い当たることがすぐわかった。
実はこの一年、過去の暮らしで一緒に生活を共にした、亡くなった姑や、夫の言葉や行動・いやなことを思い出し、許せない思いで悶々としてきた。
仏壇に手を合わせたくなかった。
そしてこの結末である。
しかし、気持ちが変わった。
姑や夫たちの厳しい仕打ちがあったからこそ、私は今がある。
そして息子の病気でご縁ができた真氣光だったが、実は私の魂の学びのためで、息子を通して与えられたご縁だったということに気づいた。
これから抗がん剤治療は6クール。
そのうち1クールだけ終わったけれど心が軽くなり、結構楽しい入院生活をおくっている。
会長様には、その時その時、言葉を頂いておりましたが、私自身その時には気づくことが出来ていませんでした。
書面にて感謝申し上げます。
(福岡県 Sさん)
真氣光ニュース vol.1104
お世話になった人
北海道での真氣光研修講座には、道外あちらこちらからも多くの皆さんに参加していただき、ありがとうございました。
お陰様で、より深いところに光が届いた講座となりました。
北海道は明治以降の開拓ですから歴史は浅いのですが、極寒・不毛の地があり、訳あって移住することになった人が多く、その分たくさんの苦悩があったことをひしひしと感じさせられました。
私の先祖も、明治初期に富山から札幌は丘珠に入ったのですが、そのような先祖のお蔭で今の自分が居ることを再認識しました。
今の私たちがどんなに恵まれているか…講座を終え翌日早朝から、そんなことを考えながらお墓参りに行って来ました。
ところで講座中に私は、受講生とのランチタイムでの会話から、札幌で一浪していた時のことを思い出していました。
新聞奨学生として店の2階の3畳間で一人暮らしをして、たいへんだったけれど多くのことを学べた貴重な一年でした。
その時に、ホッと一息つける珈琲店が又隣にあったのです。
ご夫婦二人でやっていた小さな店でしたが、当時そこのカウンターに座って、いろいろな話ができたことで、癒され、エネルギーチャージができたのです。
スマホよりも話ができる、今はそんな珈琲店が少なくなったように思います。
その店は、私が大学に受かって新聞店を出る時に、少し郊外の新店舗に引越をしてしまいました。
移転場所は聞いていて、いつか行こうと思っていたのですが、なかなか機会が無いままになっていたのです。
そんなことを思い出し、お墓参りの後、札幌で半日時間をつくり、行ってみたのです。
40年ぶりですから、店があるかどうかも分かりませんでしたが、路地を曲がると看板が見えるではありませんか。
恐る恐る入ってみると、客はおらず、マスターがカウンターに座って本を読んでおり、奥さんが珈琲を焙煎していました。
40年ぶりにお店に来た人は今までいなかったようで(笑)、私も変わらないご夫婦の姿が懐かしく昔の話に花が咲き楽しい時間を過ごせました。
未だ現役のマスターは75歳、もはや札幌では最高齢の焙煎士のようです。
私は、小さい時から周りの人…恩師をはじめ良い人達に恵まれてきたと、真氣光を始めてから、つくづく思えるようになりました。
研修講座での石井光先生による内観法の講義に合わせて考えてみると、私の場合、いろいろな人に「していただいた」ことが多く、本当に感謝に堪えないと思うと同時に、それによるプラスの氣の影響で、何か温かいものがしみじみと感じられます。
そして、お世話になった人に、少しでものご恩返しと感謝の気持ちを持ちながら、自分もまた誰かのためになれる人になりたいと思うのです。
研修10回目で安らかな母
母はここ一年ほどあまり言葉を発せず、認知症の父の事もあり、研修講座の参加を諦めてました。
しかし、久々の会長セッションで「今日の日を楽しみにしていました」という母の文字。
父をショートステイに預けるには私一人では手に負えず、数十年関わって貰えなかった兄の協力のもとに参加が叶いました。
ひどい好転反応も出ずによく眠れていたのが、当たり前ではなく、感謝です。
毎回マイカーで参加でしたが、主人がどうしても行けなくて、JRで移動。
それもスムーズで車内では”素の母”と感じる会話ができたほどです。
母が回復し、私もすっかり元気になりずっとずっと願ってきた事が現実になりました。
今回は、道外からも多く来られ、ひと味違うワンランク高い北海道研修と感じました。
グループ発表も素晴らしい発想と役者揃いで大ウケでした(笑笑)。
参加にあたり協力してくれた家族をはじめ、先生やスタッフ、受講生の皆さんありがとうございました。
(北海道 Nさん)