聞けることで良い氣が届く

昨日から、つくばみらい市での真氣光研修講座が始まりました。この時期は、夏休み期間中ですから子どもを連れて家族で受講という方、休みが取りやすいこともあって、毎年来ることに決めているという方が多いのも8月の研修の特長かもしれません。そうは言っても、中には真氣光を知ってまだ何日も経っていないけれど、たまたま休みが取れる日程だったので来ましたという方もおられました。ですから私は他の月と同じように、氣のことについては基礎的なことから順番に講義をしています。今日は、何か良かったことを自分で探して発表する、第一回目の「いいとこ探し」があり、時間が足りなくなるくらい、いろいろな話が出ました。氣の観点からみると、発表できることはプラスの氣を出すことになり、それによって周りからプラスの氣が同調して集まるので、自分が変われるきっかけにできるのです。ところで、この「いいとこ探し」で見逃しがちで大事なことに、“聞いている側の姿勢”が上げられます。言われていることを否定しないで、まず聞くということ、耳を傾け、その中の良い点を探そうとすることです。「自分には関係のない話だ、興味がない、間違っている」と思ってしまうと聞けなくなってしまいますが、そうなると話している側、聞いている側との間に良い氣の交換が無くなってしまいます。また、聞けないにも理由があって、マイナスの氣の影響を受けて聞けなくなっているということもありますから、自分をよく観察してみるという姿勢が重要です。ですから、話す、聞く、両方が学びになるということを良く頭に入れておくことが大切なのです。
ところで、「いいとこ探し」は、何も特別にこのような形をとらなくても、一家団欒の中でもできることです。皆が集まるときが最も効果を出しやすいですから、一番自然に皆が集まれる、食事の時間などが最適でしょう。今は、食事の時間もばらばらになりがちで、皆が集まることが少なくなっているようで危惧されますが、良い氣の交流の時間だと捉えて、まず自分から良いことを口に出してみることです。
この時期、お盆などで帰省したり、家族や親戚の方などと集まる機会も多くなることでしょう。皆さんは、日頃から真氣光を受けていますから、氣も高くなっていることと思います。良い氣をお分けするにも、まず波長を合わせること、つまり耳を傾けようとすることで壁が取り除かれたり、敷居が低くなり、ただ聞いて差し上げることで、良い氣が自然と相手の方にも伝わって行くのです。昔から話し上手は聞き上手と言う言葉があるように、さらに聞き上手になって「いいとこ探し」をしてみてはいかがでしょうか。

氣の環境に光を与える真氣光

7月に北海道洞爺湖でサミットが開かれ、各国の首脳が環境問題について話されている頃、私は東北大学大学院環境科学研究科教授の石田先生を訪ねて、お話しを伺っておりました。詳しくは今月中旬にお届けする月刊ハイゲンキの巻頭対談のページでご紹介しますが、先生の研究テーマは自然から学ぶネイチャーテックにより、自然と調和した真に良い物をつくり、人類が直面している環境問題を乗り越えて行こうというものです。お話の中で、日本人の先祖から受け継がれた思想の中には、今の環境問題を乗り越えるうえで重要な要素がたくさんあることを教えていただき、さらに「我々がやらねば世界は駄目になる」との先生の思いが強く伝わってきたのでした。私は、環境対策は欧州が進んでいるとばかり思っていましたが、日本の技術は随分と先を行っているようです。
一方、目に見えない氣の観点から環境をとらえていたのが先代でした。遺された言葉の中に「真氣光は病気治しが目的ではありません。環境を浄化し全てのものが良いエネルギーの中で生活できるようにすることが本当の目的なのです。・・・」という一節があります。先代が言っていた「環境」とはまさしく「氣の環境」のことで、光を失ってしまった魂達がマイナスの氣となって次から次へとのしかかり、その影響を強く受けてしまうために、人の意識や身体の状態がマイナス方向に傾いてしまうという現象が多くなるのです。最近、信じられないような事件が相次いでいますが、そのようなマイナスの氣の影響を強く受けると、自我の欲求を満足させる方向にばかり氣を取られます。嫌なことの原因を全て他のせいにしてしまうので、氣づくということが出来ず、つまり自ら魂を輝かせることが出来なくなるのです。私たちの周りには、音楽や芸術・宗教、心が穏やかになる、いろいろなプラスの氣があります。「浄化する」とは、マイナスの氣に光を与えプラスの氣に変わっていただくということですが、それらではもはや追いつかないところまで来ているのです。真氣光というエネルギーは強力に魂の中に光を注ぎ、自然に氣づきを促すという特長がありますが、そのような今までにない強力な光が必要になっている時代といえるでしょう。
今月は広島・長崎の原爆死没者慰霊式、終戦記念日を迎えての平和記念式典、さらにはお盆などでお墓参りをされる方も多いと思います。しっかりと真氣光を受け、洗心に心がけることで、ご先祖様からさらにご縁のある魂たちに、たくさんの光が届くのです。

道具

先週のこと、ビルの地下にある、一段高くなったところに車を止めるタイプの自走式駐車場でのことでした。私は重い鞄を手にして慌てて車から降りた為に、車輪ガイドにつまずいて大きくバランスを崩し、派手に転んでしました。コンクリートの壁に腕を強くこすりつけたために、1cmほど皮膚が切れて流血の惨事(?)、久しぶりです、血が出たのは。頭も強く打ったのですが、持っていた鞄も床に叩き付けるような具合でしたので、私は咄嗟に自分の身体よりも鞄の中のパソコンが気になってしまいました。私にとってこのパソコンは、いろいろなものが詰め込まれているとても大事な道具です。お金には換えられないデータに加え、この原稿を始めメールや原稿の修正を入れると月に10,000文字を打ち込み、いろいろな写真の取り込み編集から、研修講座でのスライドショーDVDや気配り画像の作成、さらには真氣光レッスンの映像配信を、この道具が一手に引き受けてくれているわけです。私は皆さんに氣を送るのが一番の仕事ですが、こいつが無いと他の仕事は全くといっていいほど出来ないということになります。もはやこうなると、私の手の一部ですから、不思議なほど愛情のようなものが湧いていて、道具を服従させる・道具に使われるという感覚よりは「手伝ってくれ、一緒に頑張ろう」という感じに近いのです。ですから転んで身体はかなり痛かったのですが、「大丈夫か、おい」とばかりにまずパソコンを開いて電源を入れたのでした。薄暗いところで宇宙の画像がディスプレイに表示された時には(これは私のパソコンの起動画面です)、何やら眩しいほどで「無事だったか」と胸を撫で下ろしました。
これもパソコンでネット検索すると「道具とは、生活のために用いられる様々な物品のことである。石器のように、切る、叩く、などして他に直接作用するものから始まり、近代のスイッチのように何かに間接的に作用するものまで広く発展している。道具は文化の重要な側面の一つで、人類は道具を作り、使いこなし、さらに発展させる能力を持ち、ここから複雑な文明を形作ってきた。」と、あります。
私にとっては同じように、ハイゲンキも今の時代にあった道具だと思うのです。これを使わないと、どうやって自分に光を取り入れたらよいのか、他の魂に光を送ったらよいのか、わかりません。道具は、人間には出来ないことをやってくれます。ですから「本当に有難い」と、心から感謝できることで道具の氣も高まり、高い仕事の質として返してくれるのだと思うのです。日々活躍してくれるハイゲンキという道具にも感謝の氣を送りたいものです。

(59)ご縁のある方々に光が届く

私が真氣光を送っていると、氣を受けている人の口を借りて、全く別の魂が話し始めることがあります。ある時、私の真氣光セッションで、ホワイトセラミックヘッドを握りながら、氣を受けていた人から出てきた魂がいました。どうも心臓が悪くなって、随分前に亡くなった人のようでした。真氣光が受けている人ばかりではなく、多くの人たちに光を与えることがわかる興味深い話なので紹介しましょう。 最初、氣を受けていた人は胸を抑えて苦しそうにしていたのですが、そのうちに楽になってきたらしく、次のように話しを始めたのです。「真っ暗な中で苦しんでいたが、この光のおかげだ。これがどんなに多くの人を助けているか、わかるか?」そう言って、目を閉じたままホワイトセラミックヘッドを握っている手をゆっくり上にあげるのです。そしてさらに話を続けました。「人だから人を救える、分かってもらえるんだ。例えば、人以外の動物や物になど、分かって欲しいと思う者はいない。死んだら、誰でもいいから分かって欲しいと思うだろう。特に家族や周りの近い人に分かって欲しいんだ。それが人ってもんだろう。この光で光になれる、こんな幸せはないよ。どんな一生を送っても最後は光になれる。ありがとう。本当に自分の力じゃ、どうにもならないこと、それが叶うんだ。こんなありがたいことはない、待つだけだ。ただ巡り会うのを待っているだけだ。でも、もう大丈夫だ、これで大丈夫だ。」そう言って光の世界に旅立って行ったようでした。 私 たちの周りには、どんな人にも、「ご縁」というもので繋がった、たくさんの目に見えない魂たちが存在します。中には辛く苦しい人もいて、何とか早く少しでも楽になれないか、気づいてもらえないかと、時には長い時間をかけて待っているのです。私 は「真氣光は魂に光が入るものです」とお話ししています。自分の病気を治したいと思って買ったハイゲンキも、それを使うということは、その人を輝かせるばかりか、周りに光を放ち始めます。そして周りの先祖や家族など、生きている、生きていないに関わらず、多くの人に光を与えることになります。たまたまのようにして皆さんが巡り会ったハイゲンキは、もしかすると「ただ待つだけだ」と、今か今かと光を待ちわびる、たくさんの魂たちの切なる願いの結果かもしれません。自分だけで生きているのではありません。「そんなこともあるかもしれない」と頭の片隅において、ハイゲンキを使っていただけたら幸いです。

夏の冷えに腹巻きを

先日6日には九州北部の梅雨明けが発表されましたが、これも温暖化の影響でしょうか、平年より12日、昨年より17日早いということです。各地でも今年一番の暑さを記録するなど、軒並み30度を超す7月下旬から8月下旬並みの暑い1日になり、熱中症で病院に運ばれる人も相次いだとのことです。私は涼しい東北・北海道にいましたが、外気温と冷房中の建物や乗り物との温度差を強く感じました。最近は腹回りに脂肪が付いた影響でしょうか、車や列車、飛行機に乗っていると冷房の影響を受けて、他は何でもないのですが、お腹の皮膚表面だけが冷たいと感じることがあるのです。今では身体も丈夫になったのですが、私は小さい頃、お腹が冷えるとすぐ痛くなったりしたものでした。ですから、大人になってしばらく忘れていたのですが、もともと「冷え」という言葉には敏感だったように思うのです。
そんなところに先日、妻が熱心に見ているテレビで「夏の冷え」なる番組を放送しておりました。内容を要約すると、「長時間の冷房や、冷たい飲み物の過剰摂取により夏にこそ冷えが作られ、それはまさに現代病。冷え症外来に来る患者のおよそ2割が男性だ」とのことなのです。私のようなケースも当てはまるのかと、つい引き込まれて見ていたのでした。そうするとさらに、「”冷え”は万病の元である」と。氣の観点からも、マイナスの氣の影響を強く受けると冷えを感じやすくなるもので、まさしく氣不足は万病の元でもあります。さらに番組では、冷え改善のポイントは「お腹」にあると言うのです。「冷え症を患っている人は、冷えてる部分のみを温めるだけに終わりがち。お腹には五臓六腑から
心臓と肺を除いた三臓六腑があり、これらは食物をエネルギーに変え、全身に送るという重要な役割を果たしている。その為、お腹が冷えてしまうと全身の機能が衰え、体の疲労や倦怠感が起きてしまう。ここを温める事で手も足も全身が温まる。」ということで結論は、冷え対策として腹巻きを奨めておりました。私も小さい頃は、母によく腹巻きをさせられておりました。昔からあるものには、深い理由があるものですね。妻は、昔からヘルシー氣サポート腰用を「腹巻き」代わりに愛用しています。私の場合、時々お腹が冷たいかなと感じる程度で、どちらかというと暑がり、身体の不調も特にないのですが、だんだん老眼にもなってきたこの頃、過信は危険です。ヘルシー氣サポート腰用は、今月末まで謝恩セール対象になっています。これを機会に私もお世話になろうかと話していたのでした。

よく笑ってますか?

サミットが近いからでしょうか?街中にパトカーと警察官が溢れています。昨日などは用があって秋葉原に出かけたところ、大事件があったばかりだからでしょうか、1 時間ほどの間にたくさんのおまわりさんに会いました。何となく緊張の氣、重々しい氣が溢れていました。妻が美容院に行って話を聞いてきたのですが、若い男性の美容師さんが駅で職務質問をされて、急いでいた帰りの電車に乗り遅れ、かなり怒っていたようです。一方おばさんの美容師さんは呼び止められたことがないとか…、妻曰く「おばさんに質問したら、面白い人が多いから、警察官も笑えることがあるかも」、警察官に笑いながら話しかけられることはありませんから、「疑われている」という不快感が、受け手に面白くない心境を作るのだと思います。私は職務質問で呼び止められたことはありませんが、似たようなことでよくあるのは、飛行機に乗る際の空港での荷物検査です。私の鞄にはパワーユニットの部品、ホワイトセラミックヘッド、パソコン関係機器等々いろいろなものが入っているので、よく引っかかるのです。急いでいることがあるものですから、「申し訳ありません、もう一度機械を通しても良いですか」と聞かれると、こちらも「またか」とばかりにムッとなりがちです。
よく考えると検査員は仕事とはいえ、かわいそうなもので、誰も笑って検査を受けている人はいません。不快感はマイナスの氣を増やします。そのような場に少しでもプラスの氣を増やすために「笑」は重要です。私も気持ちよく検査が受けられるよう、笑顔を忘れないようにしようと思った次第です。
話 は変わりますが、ネット上のアンケートで「あなたはよく笑いますか」という質問に「わたしはよく笑います・わたしはあまり笑いません」二者択一で答えるアンケート調査の結果がありました。驚いたことに2,764 人の答えは81.8%の人が「よく笑う」で、「日本人は、それはもうよく笑う」と結論づけていました。よく笑うという女性85.1%に対し男性は73.1%と、やはり男性の方に笑いが少なく、さらには年齢別に見ると60 歳以上と45 ~49 歳で50 %程になっており、男性は私の年代に笑いが少ないのです。仕事疲れでしょうか?一方一番多いのは若い女性で実に9 割ほどにのぼるのです。アンケートの回答の中には愛想笑い、苦笑い、失笑などいろいろあるかもしれません。しかし、暗い出来事が多いこの頃です。笑う門には福来たる、自分のためにも回りのためにも、気持ちの良い、明るい笑顔を心がけたいと思うのです。

氣クリスタルシールで真氣光のお裾分け

「真氣光は、名称も宗教のようだし、機械から氣が出るのも怪しいようで、説明するにもどうしたらよいものかと困ってしまいます」という話を聞くことがあります。こちらが上手く説明できたと思っても、頭だけではなかなか分かってもらえないもので、やはり何か真氣光を体験してもらえることで一気に理解が深まるということが多々あります。先日、「上手く真氣光を分かってもらえる方法だなぁ」と、ある方の体験談に感心しましたのでご紹介します。
Aさんはいつもハイゲンキをすることで、以前にはあった身体の不調も今ではすっかりよくなったそうです。ところが周りのお友達は、だんだん年齢の影響もあり、あちらこちらが痛くなったり調子が悪くなる人が多くなって来たというのです。それでAさんは、いつもご自分が愛用している、氣クリスタルシールを少し多めに持っているそうです。ある時、お友達が膝痛で辛そうにしているので、たまたま持っていたシールを貼ってあげたところ、その時には分かりませんでしたが、その後だんだん痛みが消えて随分軽くなり「あの絆創膏はどこに売っているの?」ということになって、Aさんはその方にセンターを紹介してくれたそうです。私がAさんの話を聞いて素晴らしいと思ったのは、まず簡単・手軽な方法で氣を体験してもらえたということです。また、ハイゲンキヘッドやスティックヘッドで当ててあげるのも良いですが、初めての人では氣の浸透に時間を要することがあるので症状が改善するには少し時間がかかるかもしれません。その点、Aさんの使った氣クリスタルシールは、貼っているうちに絆創膏面にある水晶+チタンの特殊チップから真氣光エネルギーが徐々に皮膚を通して浸透してきて、時間の経過とともにマイナスの氣が浄化され、症状の軽減を認識しやすくするのかもしれません。良い体験の後には、お友達も聞いてくれやすいので、痛くなった膝が楽になった理由など、氣についていろいろ説明してあげられるとよいでしょう。真氣光は奥が深いので、痛みをとるばかりではなく、日頃受けているストレスや、家族やご先祖のことまで、いろいろな氣づきを与えてくれます。しかし最初から難しい話は逆効果です。まずは辛いところが軽くなったなどの身体で感じる良い反応が、興味を持てるきっかけになるものです。相手の体験や反応を見ながら徐々に氣のことを理解してもらうことが大切で、先代や見えない応援団もそうやって少しずつ教えてくれるのだと思います。

見えない応援と前へ進む努力

今日は新宿での「氣のお話と氣の体験」という無料体験会がありました。全く初めての人に交じり、久しぶりでお会いする会員の方の顔も見られました。昨年から始めたこの体験会ですが、初めての方ばかりではなく会員の皆さんにも定着してきたことが嬉しいです。この体験会では、いろいろな事に適用できて奥の深い真氣光というものを、限られた少ない時間で説明するのが難しいので、いつも話の中や終わった後に、できるだけ質問や相談を受けるようにしています。私が普段考えないようなことも飛び出すので、逆に私の勉強にもなっているようです。今回も会員の方からの相談を受けていて、私自身の体験を思い出しましたので、少し紹介したいと思います。
真氣光を始めると、マイナスの氣がプラスの氣に変わりますので、だんだん応援してくれる存在が増えてきて、良いことが多くなります。私も、体調不良で研修講座を受講したサラリーマン時代、つまり真氣光を始めた当初は、良い話や良い事が特に何もしなくても舞い込んでくるという事が多くなりました。何となく運気が好転していくという状態で、当時は「これが氣の力だ」と思い、感心したものです。そして真氣光さえ受けていれば、このように良い状態がずっと続いていくのかと期待したのですが、それは大きな思い違いでした。つまり「マイナスの出来事から氣づく」というように、例えば舞い込んで来た話にのったら、回り道をさせられたなど、一見悪いことも出てきたのです。私がこれらの経験から学んだ事は、真氣光のエネルギーが浸透すればするほど、それを嫌いマイナスの方向に足を引っ張る抵抗勢力も出現するので、自分自身の決心と行動力が必要とされるということなのです。目の前に現れた事が良いのか悪いのか、よく考え、自分で決めて行動するのです。また、何もしないで、ただ氣を受けているだけでは、思うような結果がなかなか得られないということもあるでしょう。真氣光を受けることによって見えない応援団のような存在が、身の回りに増えることは確かなのですが、これらは私たちが何かアクションを起こさないと、助けたくてもなかなか助けられないということなのです。例えば何かを探さなければならないのであれば、一生懸命調べて自分の手足を使って動くのです。それによって、いろいろなところで助け船を出してもらえる機会が増え、ひょんな事から次の手だてがわかったりするものです。真氣光をよく受ける事は忘れてはいけませんが、自分が進むべき道を整理して一歩ずつ進む努力が重要なのです。

氣の環境も格差社会

私 は今週火曜日まで、初めての研修講座開催場所となった、熊本・阿蘇の地におりました。天気にも恵まれ大自然を眼前に、今回も、いいとこ探しや講義・行法の中で、いろいろな感動がありました。熊本や大分、鹿児島など近隣の九州地方を中心に60 人を越える方々に参加していただいて、それぞれの持つ氣の高まりが、さらに他の人の氣を高める、波動の相乗効果を感じました。真氣光のエネルギーも、より一層高まったようです。受講生の皆様ありがとうございました。私は、そんな感動を胸に最終日夜の便で羽田に向かったのですが、機内では久しぶりのテレビということでNHKニュースを見ていたのです。その時初めて東京・秋葉原で起きた17 人が死傷した無差別殺傷事件を知りました。講座期間中の平和な心が一転、現実の世界に引き戻されるような感覚を味わったのでした。 近 年、耳を疑うような事件が頻繁にテレビや新聞に登場します。世の中、格差社会と言われていますが、氣の環境においてもプラスの氣とマイナスの氣に大きな格差がついて、二極分化してしまったようです。そして強烈なマイナスの氣が時々噴出して報道されることで、さらに強いマイナスの氣を作る結果となっているようです。 今 回犠牲になられた方やご家族・関係者の方々も、どんなに辛く、悲しく、無念だったことでしょう。なぜ犠牲にならなければならなかったのか、理不尽な思いは強く残るかもしれません。どうしてこんな事件が起きたのか、もう二度と起きないようにするには、どんな方法があるのか。私たち生きているものが真剣に考え、行動に移していく必要があります。そうして誰もが「良い時代になった」と思える時が来たときに初めて、多くの魂が自ら納得し光の世界に行くことができるのです。そういう意味では私たちには、やらなければならない課題が満載ですが、物質的には豊かになったのに、この心を豊かにするための対策は遅々として進まないのが現実です。むしろ効率化の名のもとに、人と人の触れ合いの時間つまり良い氣の交流の時間がどんどん減ってしまっているのです。このような現実では「浮かばれな
い」魂たちは、どうすることもできません。過去からの積み残しが大きなマイナスの氣となって、この社会にのしかかるのです。真氣光の光は、それを受ける人の魂に浸透し、縁を持つ周りのマイナスの氣に光を与えます。それが自ら光と
なって、私たちを「見守る」という形で逆に助けてくれるのです。このような時代だから、真氣光という氣を少しでも多くの人に知ってもらいたい・・・そんな事を考えながら今日も氣を送らせていただきます。

米国でのセミナー報告

このニュース、先週はお休みでしたので、お久しぶりでございます。前回はこれからニューヨークに出発しますという話だったと思いますが、あちらでのセミナーも真氣光レッスンも無事に終了でき、私は28日に帰国しました。真氣光レッスンでお話ししましたが、こちらの午後2時はあちらでは真夜中の1時でしたから、少々たいへんでした。私たちがセミナーをしていたところは、ニューヨークから2時間ばかり郊外に行った、山の中にある自然溢れる所でした。小川が流れ、池があり、畑で野菜なども作っていて、森に囲まれた谷あいの広い敷地内(端から端まで歩いて2〜30分はありそう)に宿舎が点在しているのですが、インターネットが通じる建物は敷地の入り口にあり、私の部屋がある建物は一番奥の山の中腹にあったのです。真氣光レッスンが終わって、ベッドのある部屋に帰ろうと思ったのですが、道にも建物にも電気が灯らなくなった真夜中の2時過ぎには、外は何も見えない状態になっていました。周りは鬱蒼とした森ですから、何が出てくるかわかりません。私は、お化けなどには強いのですが、真っ暗な状態には慣れておらず、久々に怖いという感じを覚えました。結局明け方まで、その建物で暇つぶしをして、外が明るくなってから戻ることができ、少し寝られたのでした。東京では灯りが無くなるということがありません。その時は月も出ておらず、本当に光のありがたさがよくわかりました。動くに動けないのですから、暗いところにいなければならない、少しでも光を求める魂達の気持がわかったような気がします。セミナーでは40名ほどの受講生に真氣光を体験してもらいましたが、今回のご縁は、ネイティブ・アメリカン(インディアン)の魂が強く関係していたようです。氣に反応して「神から預かったこの土地を白人に奪われた」と魂さんが出てきて涙した若い女性の体験談に、いいとこ探しではいろいろな方が感じられたようで、たくさんの発表が相次ぎました。彼女の口を借りて出てきた魂さんは最初恨みがあったようでしたが「この大地は人間のものではない、自然を大切にして欲しい」とメッセージを遺して最後は光の世界に逝かれたのです。私が数年前にコロラドでセミナーをやったときにも似たような魂さんが出てきたことがありましたが、アメリカ先住民の苦しみは、日本の武士の苦しみとはまた別ですが、同じように辛く悲しいものがあります。今私たちが幸せに暮らせるのも、このような先祖が居てくれたおかげです。「人々の魂に安らぎを与える真氣光」まだまだ地球上のたくさんの人に知って欲しいのです。