真氣光の不思議な力

女子寮のお掃除の仕事をしています。
3階から10階までの各掃除機の紙パックを替える時、8階の掃除機だけが硬くてなかなか開きません。
これまでは寮母さんに頼んで開けてもらっていました。
そこで朝出勤してきたときに、真氣光プチプレートを掃除機に両面テープで貼り付けて、しばらく置いていたら、簡単に開き、驚きました。
(大阪府 Tさん)

暑さに負けないよう「真氣光」

 突然、夏がやってきたという感じで、毎日暑い日が続いております。
私なども、マスクをつけて外を歩いていると、頭がボーッとしてきましたので、木陰で少し休みながら、熱中症にならないよう普段より水を多く飲むようにしました。
このような気温の中でも、道路工事や駐車場で誘導してくれたり、建築現場や配達に従事するなど、外で働かなくてはいけない方々には本当にご苦労様という気持ち「感謝の心」が湧いてきます。
 このような環境に置かれると、体も思うように動き難くなってしまいます。
また体ばかりではなく意識が散漫になるので、思わぬ不注意により、仕事でトラブルになってしまったり怪我をすることもありますから、普段よりも「氣をつけて」、適度なところでの休憩も必要です。
 さらには、暑いことで冷房の風に当たり過ぎたり、冷たい物を多く摂ったりと、普段より過剰に摂取するものが増えてしまうと、体もそれを異変と捉えて生活のリズムが崩れてしまいますので、これも自分をよく見て調節することが大事です。
そのようなことで、マイナスな外的要因が多い時は、マイナスの氣の影響を受け易くなりますので、生活の中で真氣光をしっかりと受けていただきたいと思います。
 私たちの周りには、氣のエネルギーが高いプラスの氣と、低いマイナスの氣が存在しています。
マイナスの氣の中には、辛い・苦しいなどの気持ちを抱えたまま身体を失った魂があります。
遠い昔には、冷房もありませんでしたが、働かなくてはならなかったり、体を動かさなければいけなかったりして、苦しい気持ちを抱えたまま亡くなった人がいます。
そのような人がマイナスの氣になって、悪気はないのですが辛い気持ちを分かって欲しくて、暑くて辛いと感じる私たちに影響を与えることがあるのです。
そのような影響を受けると、さらに心や体が辛く苦しい状態になるわけです。
 さらには、自分がうまくいかないまま亡くなったことで、いま生きている人もうまくいかないように邪魔したいマイナスの氣も存在していて、私たちの足を引っ張るために隙を伺っていることがあります。
暑いことから気が弛んだ、ちょっとした隙に、悪い出来事を引き起こすように仕向けたりするのです。
 暑い中で、イライラや怒りが出たり、不平不満や体の心配、氣を受けるのが面倒な気持ち…などが出て来たら、それはマイナスの氣の影響かもしれません。
このような時だからこそ、毎日の生活の中でしっかりと真氣光を受けるようにして、マイナスの氣に負けないようにしていただきたいと思います。

思いきって研修に参加してよかった

真氣光に出合って13年。
5年で自分の腹痛が良くなり、その数年後には一番の目的だった母の40年あまりの双極性障害も薬が全く必要がなくなって普通に生活が出来るまでになりました。
真氣光を始めた目的はここまででしたが、先週開催された愛知研修に従姉妹と参加しました。
歴史ある実家の古い所にも光が届いたようで宗教に関わっていた父方の祖母と父が、より良い方向に向かえる展望が見えてきました。
辛い時期は必死に氣を受けていたのに、楽になると真剣味が減ってしまったにも関わらず真氣光が浸透していたと思います。
今後は病気直しだけではなく、いいとこ探しを心がけていこうと思います。
家族の協力のもとに今があり、感謝しています。
(北海道 Sさん)

受講後、愛と調和の世界に移行

購入したハイゲンキミニPタイプが届きました。
愛知の真氣光研修講座受講後、同じ日常に戻ったつもりですけれど、空気や日の光、風などが優しく感じられ、人の対応も変わり、何だか次元が変わった?という疑問がふつふつと湧いています。
氣の時間が衝撃的、「なにからなにまでつくりもの、でも私を信じてくれたなら、すべてが本物になる」というメッセージが。
たしか村上春樹、「これかー」と思っています。
時間の止まっている魂さんに真氣光の光で、本当の自分に気づき、光の存在に還って活躍してもらいたいなーと、思います。
愛と調和の世界への移行が宇宙の意識なのかもしれませんね。
(愛知県 ブンさん)

救済をしないことの真の救済

先日センターに伺い、足の痛みから自分にとって重大な気づきがありました。
2年前の乳がん治療の際、沢山の方々と見えない存在達から命を助けて頂き、その時から私は「助けて頂いたこの命を今度は人様や魂さんのために役立てねば」との思いで、人から相談があれば話を聞き魂さんを光へ送る手助けをしていました。
が、真氣光を実践する者として、人の為とか人の助けになればという思いの本質を間違えていたようです。
それは自分の我でした。
人は皆一人ひとり魂の成長を続けている存在。
私がしていた行為はその方達の魂の成長を妨げていたのです。
助けようなぞと私は大変失礼で出過ぎたことをしてしまっていたのです。
自分を救えるのは自分自身です。
気づきは自分で得るもの。
魂の成長のためには自分の足でしっかり真氣光の道を歩くしかありません。
私も最初は息子の病気治しが目的で真氣光を始めて頼っていましたが、今は依存でなく自立して真氣光を続けていると思えますし、真氣光は確かに自分を高めてくれるものでした(過去の自分との比較)。
気づきのあと、これから私の進むべき方向が見えました。
(福岡県 Mさん)