真氣光を受けた帰りは決まって、涙もろくなります。帰り道、夕方、大きな樹木に囲まれ広くて気持ちのいい五橋公園に立ち寄って、ベンチに一人佇んで天を仰ぐと、夕暮れの青空を目にしながら、何故か涙が頬を伝って、ありがとう、ありがとうと、感謝の気持ちで涙が流れるの。
私は親を許せない気持ちがどこかにありましたが、いつしか感謝の気持ちを持てるようになり分かち合えるようになりました。小さな事でも、喜んで感謝できる自分がいること、いろんな辛かった事、いろんな思いが走馬灯のように巡って、でも、今こうやって感謝の気持ちでいる自分がいる事。生きてて良かったと愛おしくなります。
真氣光に出合えていろんな事、助けていただきました。感謝
(宮城県 国保紀代子さん)
研修後良いことがありました
7月の北海道研修講座でお世話になりました。
私は昨年3月役場を定年退職しました。公務員という職業柄、制約やしがらみが多く、自分のやりたいことも出来ないことが多かったので、退職後は、ルンルンの生活で、先ずは日本一の桜並木「二十間道路」に関する講演、そして来年三月発売予定の二十間道路を被写体とした写真集の発行準備で多忙な毎日です。
講座を受けた理由は、そんな退職後の生活が充実したものとなるようにとの願いでしたが、講演の依頼がトントン拍子で入るなど、良いことが目に見えて多くなりました。特に受講終了の二日後には、四月から仕事を探していた二女の就職が直ぐに決まり、娘も大喜びです。職場となった札幌市の大きな病院へ、ルンルンで通っています。(研修会場で水晶を2個購入、そこに娘二人の名前も彫って頂きました)
また、受講中にハイゲンキを勧められ、家族の為にもと、思いきって手に入れたのですが、研修終了二日後に即効で嬉しいことがあるなんて、今更ながら真氣光のパワーの凄さに驚き、また感謝する日々です。この分だと写真集も真氣光の光のお蔭で良い物が出来ると、今から自分ながらに大変楽しみにしております。(北海道 谷岡 隆さん)
(13)真氣光は宇宙からの応援です
私は、これまで何回か先代の夢を見たことがあります。
ニコニコしながら、いつものように何食わぬ顔をして会社に戻って来たのです。
私は、少し変ですが、やはり亡くなっていなかったのかと思いながら嬉しい気持の反面、どこかで困ったと思っているのです。
今頃出てきてもらっても会社では使えないとか、訳の分からないことを言われても困るなぁとか・・・そんなことをしきりに考えている奇妙な夢なのです。(笑)
先代は‘95年12月に亡くなりましたが、その時私は35才の誕生日を迎えるところでした。
突然、会社も真氣光も引き継ぐことになったのです。
私が以前の会社を辞めてエスエーエスに入社したのが‘93年10月でしたから、わずか2年2ヶ月の間しか先代とは一緒に仕事をしていません。
それも先代は海外も含め忙しく各地を飛び回っておりましたので月に数日しか顔を見ることがなかったわけで、真氣光研修講座には参加しており「氣を中継できる」のはわかっておりましたが、氣や真氣光のこと、会社の運営など、殆ど教えてもらったことは無かったもので、当時何もわからないというのが実情でした。
そんな状況の中で、会社と真氣光の代表として、よくやってこられたものだと考えてみると、会員の皆様や社員など支えてくれた周りの人たちの存在と、ハイゲンキをはじめとする真氣光があったからなのです。
決して順調に事が運んできたのではなく、いろいろな問題や一見マイナスな出来事に直面しながら、何とか乗り越えてきたという感じでしょうか。
どんなにたいへんな時も真氣光のエネルギーが応援してくれていると感じられたから、やってこられたと言ってもいいでしょう。
真氣光のエネルギーは氣づきを促す作用があります。
それによって、体が良くなったり、心が変わったり、人生が好転するような結果が生じるのです。
ついつい結果の方を重視しがちですが、その人にその時に丁度良い氣づきをもたらしくれるのです。
それが意識や生活を変えてくれたことで、先代が目の前に居なくても私も少しずつ成長できたということでしょう。
今日は広島に原爆が投下された日です。
長崎にも、東京にも、あちらこちらに戦争によって苦しめられた魂たちが、日本ばかりではなく世界中にたくさん存在します。
彼らがどうしたら救われるのかと言えば、私たちが気づくことによって魂のエネルギーを増やし、その光が縁のあるところから周りに少しずつ届くことによってであり、それを促してくれるのが宇宙から送られてくる真氣光のエネルギーなのです。
(中川 雅仁)
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ホワイトセラミックヘッドローラータイプ発売キャンペーン
研修を受講してよかった
ハイゲンキのお蔭で前向きな気持ちに
3回目の研修を受講して
阿蘇での研修講座から1ヶ月が過ぎ、身体が急に楽になりました。
阿蘇で3回目の受講でしたが、今回は凄かったようで、研修が終わっても浄化が続きました。
元々気管支炎でしたので風邪のようなセキ、タンが続き、お腹からずーっと引き上げている感じで、その時はいいとこ探しで「辛くて真氣光を止めようかと思っていたが続けて良かった」と発表していた方の気持ちが分かりました。
私は以前からペプチミン5カプセルとバイオを飲み続けているので、この間も沢山飲み続けていたら良くなりました。
今回の研修講座を受講してたくさんの浄化が出来たのでしょうか…。
気分が良くなって元気になりました。
来年も参加したいと思っています。
(Tさん)
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氣ホログラムシールのお蔭
8月の氣の出る待ち受け画像配信
気づきが人を変え光を増やす
連日猛暑続きですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は、北海道での真氣光研修講座を終え連休明けに東京に戻りました。
北海道も暑かったのですが、やはり東京は違いますね。
今回の受講生の皆さん、ありがとうございました。
今年で2回目の北海道開催ですが、今回は私にとっても、より深い氣づきがあった研修講座になりました。
講座では私が皆さんに真氣光を送る時間が一日に4回あるのですが、真氣光は中継するものですから氣を送っている私も真氣光を受けているわけで、いろいろとその影響がありました。
2,3度でしたが頭がクラッとして目が回ったような感覚になったのです。
気持ちが悪いこともなく、すぐに収まりますので、ちょっとおかしな感覚です。
昔、私は先代から氣を受けているときに目が回り、椅子に座っていられなくなったことがありましたが、あの感覚のような・・・、何か深いところにあったマイナスの氣が消えていくのだろうと思いました。
私はよく真氣光は氣づきのエネルギーだと言っていますが、氣を受けることで何かに氣づきやすくなったり、時には身体に変調があり何かに気づきなさいと促されることもあります。
私は大学卒業まで札幌に居ましたが、就職とともに東京に移りました。
サラリーマンを10年ほど経験するうちに根本にあった心配性がストレス源となり調子を崩して真氣光を体験するようになったのです。
今ではすいぶん心配性は消えてしまいましたが、それは母から受け継いだものかもしれないと思ったのです。
母の家は樺太で小さな事業をやっていましたが、終戦とともにロシアに攻められ、幸運にも家族は誰も欠けることなく北海道に移ることが出来たのです。
祖父はシベリアに抑留されたのですが、言葉ができたことで有り難いことに人より早く日本に帰ることが出来たと聞いています。
小さいときにそんな経験をしていますから母はもともと心配性で、そんなところに父と結婚したものですから、真氣光を始めるまでの父の波瀾万丈な人生に付き合って、「明日はどうなるのだろう」などと不安や一種の恐怖などマイナスの氣を相当に貯め込んでいたはずです。
そんな母の影響を多分に私も受けていたようです。
それは母ばかりではなく、過去にいろいろな事情で北海道に渡らなければならなかった人たちの共通の苦しみかもしれません。
それに比べ私は何と恵まれていることか。
気づくことで人は変わり、魂のエネルギーを増やします。
それを促すのが真氣光のエネルギーで、周りの身近なところから氣の環境を変えていくことになるのです。
今回の研修でもたくさんの光が受講生の皆さんを通して北海道の地に眠る人たちに届いたことでしょう。
(中川 雅仁)
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