「気にする」と「気になる」

 私は真氣光セッションと称して、集まっていただいた皆さんに私が氣を送るということをしています。
ひと月の間に全国のエスエーエスを回るようにしていますので、だいたい北海道から沖縄までを一巡するのです。
男性女性、若い人からお年寄りまで、いろいろな方にお会いするわけですが、どこに行っても最初に「何か気になること」について書いてもらったり、話を聞くようにしています。
そして時にはその「気になること」から、そこを「気にして」つまりそれを掘り下げ意識して氣を受けてもらうようにしています。
 ところで「気にすること」と「気になること」は違っています。
「気にすること」は自分が意識して気を向けていることで、これはしばしば忘れてしまうことがありますし、その対象となるものが、どんどん変わっていくことはとても自然なことです。
しかし、「気になること」は、ふと気になったり、いつまでも気になっていたり、気にしないでおこうと思っても気になったりと、自分の意思でもなく、意識でもないので、決して忘れ去ってしまうことはないのです。
つまり、その人に影響を与えている、目には見えない「氣のせい」なのです。
それは私たちにプラスの影響を与えるプラスの氣もあるでしょうし、逆にマイナスの氣の場合もあります。
 つまり、もし気になることを根本的に解決したければ、その事に影響を与えている氣、つまり何ものかを変えなければならないということです。
それが時として時間のかかることだったり、とてもわかりにくいことだったり、日々の生活の中ではどうすることもできないことかもしれません。
なぜならそれは見えないものからのメッセージということがあるからです。
でもそれは特別なことではなく、全ての人が多かれ少なかれその影響を受けています。
そして、少しでもそれを理解することで、現状が良い方向に変わっていく可能性があるということなのです。
私たちは、真氣光を受け、気になることに目を向け意識することで効率良く気づいて、自分自身を変えていけます。
その気づきとは、もしかすると今の自分自身にとっては、とても身近で実践的で少々難しく、億劫なことかもしれません。
しかし、もしもそれを素直に受け止め実践することができたなら、よりよく生きるために、一度きりで止めること無く続けていくことが大切です。
なぜなら、生きている限り無限大に好転していくことができるからなのです。
(中川 雅仁)
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