ひとくち歳時記「葵祭」

 「葵祭(あおいまつり)」は、京都三大祭り(祇園祭、時代祭、葵祭)のひとつで、平安時代から続いています。
6世紀の中頃、凶作に見舞われ飢餓疫病が続いた時、賀茂神の祟りを鎮めるため、4月吉日に五穀豊穣を祈ったのが始まりと伝えられています。
5月15日に、平安時代の装束をつけた総勢500人以上が行列で進む姿は、まるで大絵巻のようです。
「葵祭」の名前の由来は、祭りの日に、内裏神殿の御簾をはじめ、御所車(牛車)、勅使・供奉者の衣冠などにいたるまで、すべて葵の葉と桂の小枝で飾ったことによります。
現在でも参加者は葵をつけ、家々にも葵を掛ける風習があります。
(本社 加藤)
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ひとくち歳時記「母の日」

 「母の日」は5月の第2日曜日(今年は10日)で、日ごろの感謝を込めて、母親にカーネーションなどの贈り物をする日。
アメリカのアンナ・ジャーヴィスという女性が、母の命日に教会で「亡き母を偲ぶ」を花言葉にもつ白いカーネーションを霊前に供えて母親を偲んだことが始まりとも言われています。
日本には教会を通して伝わりましたが、「母の日」が盛んになったのは戦後のことです。
面と向かってはなかなか言えない「ありがとう」を赤いカーネーションなどと一緒に贈れるチャンスの日です。
(本社 加藤)
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ひとくち歳時記「春眠暁を覚えず」

 「春眠(しゅんみん)暁(あかつき)を覚(おぼ)えず」という言葉は、「朝が暖かくなり、つい寝坊してしまった」いうニュアンスで使われていますが、本来はちょっと違います。
もともとは中国、唐の時代の詩人、孟浩然(もうこうねん)が書いた詩の一節で、「夜明けが早く、いつのまにか朝が訪れるなんて、つくづく春だなあ」という意味です。
長い冬を越え、朝の訪れが早まる春。
目覚めると鳥が鳴き、日が降り注ぐ、陽気に包まれた季節の喜びに満ちてきます。
(本社 加藤)
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ひとくち歳時記「款冬華さく」

 季節には、太陽暦の1年を四等分した「春夏秋冬」の他に、二十四等分した「二十四節気(にじゅうしせっき)」と七十二等分した「七十二候(しちじゅうにこう)」があります。
新暦の1月20日~1月24日頃は「七十二候」では「款冬華さく(ふきのとうはなさく)」と言います。
蕗(ふき)の花が咲き始める頃です。
凍てつく地の下で、春の支度が着々と進みます。
正月の祝い納めの日として、昔は仕事を休む習わしがあったのが、1月20日の「二十日正月(はつかしょうがつ)」で、新年の家事などで働き通しだった女性が体を休めに里帰りする慣習がありました。
またお地蔵さまの縁日は、毎月24日で、その年の初めの縁日にあたる1月24日は「初地蔵」と呼ばれ、巣鴨のとげぬき地蔵は、参拝の人出で大賑わいとなります。
(本社 加藤)
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ひとくち歳時記「忘年会」

 江戸時代の頃から庶民の間で「忘年会」のような宴があり、一年間の労をねぎらい、杯を酌み交わしたようです。
しかし、武士階級では主君への忠誠を誓うものとして「新年会」のほうを大事にし、「忘年会」は行われませんでした。
鎌倉時代には「年忘れ」という行事がありましたが、それは厳かに連歌を詠うもので、現在の「忘年会」とは異なるものでした。
現在のような「忘年会」になったのは明治時代に入ってからで、公務員や学生を中心に「忘年会」が開かれていたことが記録されています。
「忘年会」という言葉が文献に初めて出てきたのは、夏目漱石の小説『吾輩は猫である』です。
飲み過ぎに注意して、一年間の苦労を忘れて、快く新年を迎えましょう。
(本社 加藤)
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真氣光の一寸先はサプライズ

 7月にハイゲンキ3型本体とホワイトセラミックヘッドダブルを衝動買いした方がいたのを思い出した。
2本買いは本人も「勢いで!」っと言っていたが、ハイゲンキ3型本体はいずれ購入するつもりだったらしい。
ちょっとその後の経過が気になったので突然お電話をかけてみた。
どうやらホワイトセラミックヘッド2本の購入は、衝動買いではなくお母様やご家族に当ててあげたい思いがあって購入されたそうだ。
また私の「何か変わったことありました?」という質問に、「息子が電撃入籍をしました!」と何ともおめでたいお話。
なんでも数ヶ月前に出張先で出会って「理想の人に出会えた!!」と話がパンダよろしくトントンとまとまったらしい。
これまで一切そういう素振りもなかったので、ジュットコースターばりの急展開に家族一同びっくらこいたそうだ。
それでも「素敵な出会いに感謝です」と喜びのお言葉。
いやー予想外の展開で、誰もが幸せな気分になれましたね。
ほんと真氣光って一寸先はサプライーーーズ!!
(名古屋センター 松本)
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ひとくち歳時記「10月31日はハロウィン」

 ハロウィンは万聖節(キリスト教で、すべての聖者に祈りを捧げる日)の前夜をさし、秋の収穫を祈って、悪霊を追い出す祭りのことです。
ヨーロッパでは万聖節の前夜に妖精や魔女たちが空を飛び回ると信じられており、それらを追い払うためのあかりを灯したとも言われています。
移民とともにアメリカに伝わり、カボチャをくり抜いて目鼻口をつけたちょうちんを飾り、夜には仮装した子供たちが近所をまわってお菓子をもらう行事となりました。
近所を訪ねた時に“Trick or treat”(お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ)と声をかけ、家の人は“Happy Halloween”と言ってお菓子を渡す風習があります。
(本社 加藤)
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好奇心が強く熱心な会員さん

 先月正会員になられたY子さんは、とても好奇心が強く何事にも「なんで?どうして?」と知りたくなり、本を読むのも好きなので会長の“氣―こころ、からだ、魂を満たす光のエネルギー”も数回読み返しそうです。
更に真氣光レッスンの会長のお話もインターネットで聴くようにして、真氣光をよく知りたい(いいものだからこそ)と、先日、無料体験会にも都合をやりくりして参加されました。
会長がホワイトボードに描く図などで、話をとてもよく理解でき参加して良かったと、ご家族にも内容をかいつまんでお話しされたそうです。
そしてその後、本を読んだら一層よく理解できたとお話下さいました。
月刊ハイゲンキも全部読まれているそうで、疑問はスタッフなり会長さんにお聞きしたいと言われています。
(沖縄センター 河地)
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今、そしてこれからの自分は変えられる

 今週私は、阿蘇での真氣光研修講座を終え、ここ数日は東京での生活に戻っております。
私は講座中、自分が初めて研修を受けた時のこと、そしてその時、肝に銘じたことをよく思い出します。
当時の私は、サラリーマン生活8年目、上司にも周りの人にも不平不満をたくさん抱えていて、かなりストレスを溜めていました。
それは氣の観点から考えれば、自分ばかりではなく結果的に周りにも迷惑をかけていたということなのですが、当時そんなことは考えてもみないことだったのです。
「調子が悪いのを治してもらう」という気持ちで行った研修で、体調が良くなったことはもちろんですが、「自分が変わることが大事」ということを実感して帰ったのでした。
そして、またサラリーマン生活にもどり、それを心掛けて生活してみて、随分生き方が変わったと思えたのでした。
 人は、何かを他に求め期待する時、いつも同じことの繰り返しだと言って不満に思い、またある時は、安定していない変化にストレスを感じ不満を持ってしまうことがあります。
それは違った見方をすると、ただ自分の思い通りの安定ではなく、また思い通りの変化ではないから、そうなってしまうのではないでしょうか。
でも自分には、現状を何とか良い方に変えたいという思いが心のどこかにあるのです。
しかし、それは周りの環境によって変われるのではないかと期待している状態とも言えます。
それでは、すでに与えられていて、どうすることもできない環境に置かれているとしたらどうでしょう。
とても苦しいことですが、最後には自らが主となって生き、自らが変わらなければ出口はないと気づき、それをやろうとするでしょう。
(マイナスの氣が強く影響している時にも同じようなことがあります)
もし、そう思えないとしたら、その人の人生はたとえ現状を受け入れ努力したものだとしても、満たされない何か心の底が乾いたような、諦めにも似た焦燥感で覆われてしまうかもしれません。
 では、どうすれば今を生きる私たちにとって、良い生き方ができるでしょうか?まず人には、それぞれどうしても変えられないことがあります。
それは過去の自分と、その周りの出来事です。
とてもいやな過去だったとしても、その中から一つでも良いことを思い出し、良かったのだと受け入れ完結させることです。
そして今の自分とこれからの自分は、いかようにでも変われる、変えられるのだということをしっかりと心にとめ、これからは自分が軸となり、他の事柄からは、全てが学びで氣づきを与えてくれるものだという生き方をすることです。
そして真氣光のエネルギーは、それを応援してくれるのです。
(中川 雅仁)
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