(73)勝つか、負けるか

 私が真氣光のエネルギー(氣)を送っていると、氣を受けている人の口を借りて、既に亡くなっている人が苦しみを訴えるようにして出てくることがあります。
その日はセッションだったのですが、私は、すっかり疲れてしまったというA子さんに氣を送っていたのです。
A子さんは、氣を受けるうちに苦しそうな顔になり、武士のような口調になって話し始めました。
「負けるわけにはいかない」という言葉から、どうもその魂は戦い続けているようなのです。
昔は、戦に勝つか負けるかで、大きく運命が変わってしまいました。
戦っている本人ばかりではなく、一族皆が、負けてしまっては、たいへんなことになるわけです。
自分の為というよりは、周りの人の為に絶対に負けるわけにはいかなかったのでしょう。
その強い気持ちが、大きな苦しみとなり、体が無くなった後、魂の光を失い、マイナスの氣となって暗いところに行くことになってしまったようです。
「もう、戦いは終わった」と伝えても、なかなかそれを受け入れられませんでした。
しかし、私が氣を送っていると、その魂はだんだん楽になるのと同時に、心に余裕が出てきたのか、人の話を聞けるようになり、最後には「光が見えて来た」と言って逝かれたのでした。
 セッションの後、私は氣を受けていたA子さんに、少し話を聞いてみました。
彼女は、仕事で相当なストレスを抱えていたようです。
辛い仕事でも負けてはいけないと、心を奮い立たせるようにしてきたと言います。
何事も適当にはできず、どちらかというと完璧にしないと気がすまない性格なのですが、自分自身の目標が高すぎるのか、いつも自分が出来なかった反省や、悪い所ばかりが頭に残ってしまうそうです。
そのようですから、周りの人にも、つい完璧を求めてしまい、出来ない人を咎めてしまったり、いろいろな人に対して不満をたくさん抱えていたようなのです。
家の掃除もしたいのだけれど、疲れてしまって全く手につかないと言います。
 目標を掲げて全力で努力することは、とても良いことですが、それだけでは疲れてしまいます。
全力で向かう時はもちろん、力を抜く時や、楽しめる時もあり、そのようなバランスつまり適度な加減が必要です。
また氣の観点から、いつも0か100のどちらかではなく、10でも半分でも、出来た分だけプラスの氣になるのです。
 思うようにできない人は、マイナスの氣の影響があるかもしれません。
しっかりと真氣光を受けることと一緒に、自分の出来たところに着目しながら、少しずつ上を目指して努力していただきたいと思います。
(中川 雅仁)
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