先日久しぶりに車で出かけたら、妻が「ドライブの思い出って何かある?」と聞くのです。「うーん、どんな話しをすればよいわけ?」と答えると、ラジオのテーマで聴取者から話を聞いていたというのです。その時の話が面白かったらしく、ラジオで紹介されていた話をいろいろ説明してくれました。『箱根で力一杯踏ん張ってアクセルを踏んだけど車の調子が悪く35km/hしかスピードが出ず、後ろは大渋滞、隣で主人に「もっとしっかりアクセルを踏め」と怒鳴られて、ハンドルを握りながら泣き出してしまった』という話など、今となっては笑えるのですが、実際にその時には冷や汗ものだったという話です。ドライブに関する話であれば何でもよいことになりますから、彼や彼女とドライブをして、とても印象に残った風景に出合ったなど、楽しかった話がたくさん出てきてもよいでしょうが、妻によると実際にはそうではなくて、一つを除いて残りは全て苦労話だったようです。私の場合はどうだろう?と考えてみると、今となって思い出されるのは、妻とのデートよりは「学生時代スキーの帰り道に大雪で前が見えず道路じゃないところを走ってしまった」などの失敗談です。今だから笑って話せるけれど、その時は必死で、今にも泣きそうになったことばかりです。以前にこんな話を読んだことがあります。「身体を危険から守らなければならないので、もともとヒトの脳は良くないことの方を良く覚えている」というものです。確かに良くない話ならたくさんありますから、私には妙に納得できる話なのです。良くない出来事つまり一見マイナスの出来事は、それをそのまま嫌なこと辛いこととして心に残しておくと、思い出す度にマイナスの氣の影響を受けますので、良い結果をもたらしません。そういう意味では、過去の辛い話を笑い話として話せることは素晴らしいのかもしれません。そんなことを考えながら妻の話を聞いていたのです。「ところで、あなたのドライブの思いでは?」と私が聞くと、しばらく考えて彼女が話したのは、これまで私がスピード違反でお巡りさんに捕まった話でした。どうも彼女がウトウトと眠って目を離すとすかさず、私はスピードを出しすぎて運悪く(?)捕まると言うのです。私としては、あまり面白い話ではありませんが、彼女がウトウトとするということは私も眠たくなっていたかもしれないということで、その時に「運良く」お巡りさんに捕まえていただいたということは、未然に事故を防げたということでしょう。妻は笑っていますが、私には少々苦い体験ですが有難いことだったのです。