お彼岸の食べ物と言えば、「ぼたもち」、「おはぎ」ですが、その違いについては諸説紛々で定説はありません。
よく言われるのは小豆餡(あずきあん)、の様子を春の彼岸の頃に咲く牡丹(ぼたん)の花に見立てて「牡丹餅」すなわち「ぼたもち」、そして秋の彼岸の頃に咲く萩の花に見立てて「御萩」すなわち「おはぎ」という説です。
また、小豆餡の違いとする説があり、小豆をつぶしただけの「つぶし餡」をまぶしたものが「ぼたもち」で、漉(こ)し餡を塗りつけたものが「おはぎ」というものです。
いずれにしてもお彼岸に食べるようになったのは、小豆の赤色には、災難が身に降りかからないようにするおまじないの効果があると信じられていて、古くから邪気を払う食べ物としての信仰が、先祖供養と結びついたからと言われています。
また「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように、春の彼岸は農作業が始まる時期で、秋の彼岸は収穫の時期にあたるので、春には収穫をもたらす山の神などを迎えるために、秋には収穫を感謝して作ったとも言われています。
昔はどこの家庭でも作っていたほど身近なものでしたが、今は作らないので「棚からぼたもち」(予期せぬ幸運)ということわざも若い人にはピンと来ないものになってしまったようです。
(本社 加藤)
[menu][次へ]
カテゴリー: その他いろいろ
ホワイトデーですか?
昨日の夕方のこと、用あってデパートに行きましたら、会社帰りのサラリーマンの男性3人がハンカチ売り場の前で固まっておりました。
「ん~」、「そうですね~」、「確かにエコバックもありですかね・・・」たまに発せられる会話をつなげ、私なりに推測してみました。
年齢の関係から同期ではなく同じ部署の所属長を含む男性陣、三人寄れば文殊の知恵と言いますが、どうやらバレンタインデーのお返しで、何か買わなければならないのですが、なかなか決まらないという感じです。
暗く悩んでいる風でもないのですが、売り場の前で会議中です。
どんなものが女性達に良いのか?ダイエットブームだから食べる物よりは使える物の方が良いだろう。
あれこれいろいろ考え、辿り着いた先がここだった、私も痛いほど気持ちがわかります。
男性は女性に比べて(注:私だけかもしれませんが)、特にこのようなプレゼントものを買うのが苦手というか下手なのだと思います。
どこに難しさがあるかを考えると、もらう相手の心の状態を推測しなければならないという、一種曖昧なところだと思うのです。
これが家電製品のように、製品の仕様を比較してまとめられた機能表から、どの機能が良いからこれを選ぶというのと訳が違う、それが困難にさせている点です。
相手が使っているところなどを想像して、「良さそうだ」という曖昧なところには、機能ばかりではない雰囲気、つまりある種の氣を感じる必要があるのです。
人を思うということは、氣が届くということ、恨みや怒りではマイナスの氣が届いてしまい良くありませんが、喜んでもらえるようになどプラスの心であれば、プラスの氣が届きます。
自分が発している氣と同じものが同調して集まって来るのですから、自分にも良い氣が集まることになるものです。
この方々の職場は、さぞかし良い職場であろうと思って見ていたのでした。
まだ、しばらくは時間が掛かりそうでしたので、結果がどうなったのかはわかりませんが、この三人の男性は偉いと思います。
「義理を感じて」ということかもしれませんが、普通なら「面倒だ」とか「適当に」と思ってしまうところでしょう。
心の余裕がなければ、なかなかできないことです。
以前聞いた話には
「宇宙から応援は来ていますが、自分のことだけしか考えていない人には、ひらめきは起こらない。自分のことだけで、他に余裕が無くなっている、そのような人にはひらめきのエネルギーを入れるのは難しい。」
三人の方々、良い買い物ができたことでしょう。
[menu][次へ]
春は縁が広がるシーズン
私が行きつけの近所の蕎麦屋ですが、先日も妻とのディナーにでかけました。
蕎麦の前にちょっとビールのつまみを頼んで待っていると、オーダーしていないワサビのおひたしが出てきたのです。
「?」二人で顔を見合わせていると、お店の店員さんが「私、卒業するので今週一杯なんです。いつも来てくれているので、お礼に」とのこと。
「えーっ辞めちゃうの」。
その蕎麦屋ではローテンションを組んで3~4人のアルバイトが日にちを変えて一人で店を切り盛りするかたちです。
小さい店ですが、お客さんが多い時はたいへんです。
それでも彼女は気が利いて、明るく、清々しく・・・そのことをいつも妻と話していたんです。
これまで何回も会いましたが、話したことはなかったので、まさか女子大生でそれも4年生、就職を控えていたとは、まったく分かりませんでした。
3月は卒業のシーズンですね。
別れがあって出会いがある。
昔は、何だかワクワクするような感覚があったのですが、しばらく何だか寂しい感じだけが残っていました。
妻はそんな私を見て、それは年をとったということで、“おじさん”になった証拠だと言います。
話は変わりますが、今週日曜の会長セミナーを最後に仙台センターが閉所になりました。
仙台センターは狭いので、真氣光の時間にも横になる空間もないほどでしたが、たくさんの皆さんが集まってくれたこと、本当にありがとうございました。
仙台では、今後も毎月の私の真氣光セッションとスタッフによる気功体験会で月に2回はお邪魔します。
ですから皆さんとはお別れということではないですが、センターの建物とはお別れになるわけで、‘95年の開所以来、いろいろなドラマを見てきたであろう建物にも、感謝の氣を送らせていただきました。
月刊ハイゲンキにも書きましたように、今回の閉所は人員の都合によるものですが、諸事情が解消し良い場所が見つかれば又再開できると、私は一時閉所の気持ちですが、やはり何となく寂しい。
強くないアルコールの酔いとそんな気持ちも重なったので、蕎麦屋の彼女の話は、私の心にジーンと来ていたのかもしれません。
妻によれば「今日のあなたは“おじさん、みょうに黄昏れるの巻”」だということで、笑っておりました。
会えなくなることで縁が薄れるというわけでもありません。
さらにはまた違う出会いもある。
そうやってご縁は広がるものでしょう。
だから黄昏れもまた良しということです。
真氣光を受けていると、そんなふうに、いろいろな応援が感じられるのです。
[menu][次へ]
川柳
ホワイトを
使い始めて
湯たんぽ要らず
20代の娘は冷え性と鼻水で困っていました。日頃氣の充電は行っていますが、なかなか体調は改善されませんで年末もつらそうでした.
それで眉間にホワイトセラミックヘッドを当てていますと「気持ちいいわー今までとなにか違うね」と言ってうとうとし始めました。それから貸してあげるともう返してくれません。数日後には朝の鼻グシュグシュがなくなり、毎晩の湯たんぽも必要としなくなっていて、本人も指摘されて「そういえば変わってるわ」というぐらい自然に変わっていました。我が家での体験談でした。
(福岡センター 河地)
気が向く・氣を向ける
毎年の友人との年賀状ですが「今年は会おう」と書いていてもなかなかお互いに時間が取れなくて先延ばしになり、気が向かないわけではないのですが、もう何年にも渡って実現しないことがあります。気が向くという言葉を辞書で調べると「ある事をしたい気になる」、つまり、意識がそちらに向いて、それがとてもしたい気になるということで、さらに「えぃ」と決心しないと行動できない、ただ考えているだけではいつまでも行動できないものです。先日、ある人が「何年間もずっとそのままになっていた倉庫を片付けました」と言っていましたが、「掃除は良いことなので、やろう」と思ってから随分時間がかかったとか…。
私たちは良いことをただ待っているだけでは、守護霊さんのようなプラスの氣の存在も応援の手だてが無いのです。たとえばある方の体験で「前日やっていた問題が入試問題にそのまま出ました」という人がいました。前日も勉強した、つまり努力できたから、それに向けて守護霊さんのような存在は応援できたのです。私たちは考えているだけでは、魂の輝きにならず、思うように成長できないものです。どんなに簡単なことでも、思っているだけとやってみるのは大違いです。やってみられることで、またその時の体を通しての体験から、違う氣づきにもつながるというものです。
私は、特にマイナスの氣が関係しているときには、行動になかなか移せないものだと思います。マイナスの氣にとっては、行動されるとその方の魂の光が大きく増え自分の居場所が無くなるので、何とかそれを阻止しようということが起こるわけです。やらなければならないことが意識に上ってから気が向き、決心して行動する。真氣光を受けていると応援が受けやすいのですが、これは、行動に移す前段階にも言えることです。気が向くような状態になるまで、意識して氣を向けていく、真氣光を受けながら実現に向けて必死になって考えてみることです。
しかし、その人にとってそうならないほうが良い場合には、守護霊さんのような存在によって気が向かないようにさせられているということもありますから、全ての出来事に当てはまるというものではありません。プラスかマイナスかは、日頃から真氣光をしっかり受けていくことによって、自然に最適な選択になるでしょう。さらには、真氣光を受けるということについても、何か「気が向かない」とか「忙しい、面倒くさい」という時がありますから注意してください。これはマイナスの氣の影響ですから、そういう時は、よりいっそう氣を受ける必要があるのです。
[menu][次へ]
おすすめ映画 『禅』 ただいま公開中
予告も宣伝も一度も見た事がなかったのに、映画館の看板を見上げ、「禅」の一文字をみた時、引き寄せられるように入館しました。道元禅師の生涯だったのです。亡き主人の法要の時、いつも説法を説いて下さる僧正様は曹洞宗永平寺で修行を積まれた方で、そのお言葉にはいつも聞き入っていました。道元の幼少の頃、亡くなった母の言葉「私はあの世でお浄土にいけるのでしょうか?でも死んでお浄土にいっても意味のない事。何故この世にお浄土はないのでしょう。人々の争い、病や死の苦しみから抜けでる道をそなたに見つけて欲しい」と、その言葉を胸に仏道に入り、様々な師と出逢うなかで「只管打坐(しかんたざ)」の信念を貫き曹洞宗の開祖となられ、54才で入滅される迄の史実に基づいた生涯です。「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり」。この歌のごとく自然と一体であり、他と比べる事なく、共に喜びや悲しみを分ち、人を思いやる心の豊かさ、あるがままの道元禅師の物語を通し、私達が真氣光から学ばせて頂いている事が、どんなに素晴らしい事なのか改めて氣づかさせて頂き、悦びと感謝の心で一杯になりました。また仏教を知らなくても、一つの物語として充分楽しめる大作です。主人公の中村勘太郎も20代と思えないほどの好演で見応えありお薦めです。
(Hさん)
[menu][次へ]
水晶で甥の人生が好転
6、7年も前の事でしょうか。兄が実家のお墓(石川県)に水晶を埋めて帰阪しました。その夜、バイクで出かけ甥が車に撥ね飛ばされ、全身打撲で入院しましたが、検査の結果、不思議に異常なしですぐ職場に復帰しました。水晶を埋めると良くなると思っていた私は「どうしてですか?」と会長に尋ねると「もう暫く様子をみていて」と言う答えを頂きました。その後、彼の職場が経営不振で倒産したのですが、それは家族が好意的に思っていなかった所だったので、皆、落ち込んでいなかったようです。でもなかなか次の職場が決まらず、1年余りアルバイトをしていましたが、現在、本人も周囲も納得出来る企業に就職しています。中途採用なのに待遇も良いようです。去年は結婚もし、今年の7月に子供が産まれる予定。事故も浄化だったのでしょうか?大きく変化する時って、一見マイナスナ事が起きる事もあるのですね。
(大阪センター 平尾)
同志のような存在
日曜日の会長セッション、福岡は雪でした。「今日はキャンセル続出かも・・・」そんな雲行きにも関わらず、皆さん変わらずに集まってくださいました。バスで宮崎・大分から来てくださった方もおられ、本当にありがたいことです。会長セッションとは月に一度、私が集まって来られる方々に氣を送るという日です。一般の方もいらっしゃいますが、会員の方が多いのです。ここで「会員」とは、氣中継器を持っている方で、たいていは「昔はたいへんだった」という方です。どんな人にも生きていく上で、身体のことや人間関係、仕事や家族、一見マイナス的なことが多々ありますが、宇宙からのエネルギーを取り入れ、自分のエネルギーを増やすことで自分ばかりではなく周りをも変えていこうと、日々前向きに取り組んでいる人たちです。真氣光の源となる宇宙は、私ばかりではなく、そのような人たちを一生懸命に応援しています。この日は、さらに大きくプラスの方向に進めるように、私が会員の皆さんのお手伝いを、月に一度各地でさせていただいているという感じなのです。「会員」とは一人ひとりがこのエネルギーを利用して周りのマイナスの氣をプラスに変えている、つまり影に覆われがちなこの地球上で光の灯台のような存在です。ですから私にとっては「同志」と言うような感覚なのです。
ところで月曜日は、月刊ハイゲンキの取材で両国国技館のそば、墨田区横網(よこあみ)町公園にある東京都慰霊堂に行ってきました。「1923年9月1日に起こった関東大震災の犠牲者5万8千人の慰霊記念堂として竣成。その後’45年3月10日の東京大空襲で約7万7千人が犠牲となり、この堂の納骨堂を拡張して遺骨を奉安し東京都慰霊堂と改め永く諸霊を奉安することになった。」という由来の慰霊堂です。私は、犠牲になったたくさんの人々の魂に多くの光が届くように、さらには二度とこのような不幸な出来事が起こらないようにと、お祈りさせていただきました。宇宙が伝えてくる話には、真氣光という強いエネルギーは日本にしか送れなかったというのです。それは、この国が、二度の原爆、沖縄戦、東京大空襲・・・人類史上これほど悲惨なことは無いという体験をすることで、もう二度と戦争はしないと決めた、地球上で唯一の国だからということなのです。真氣光のエネルギーはどんどん強さを増しています。会員の皆さんの魂に深く強く光が届くことで、どんなマイナスにも揺さぶられることのない魂の輝きとなり、それがご縁のある人を通して周りに届き、そしてこの地球を変えていくのです。
見事な桜並木に感動
先日、静岡県の移動途中に、熱海梅園を見に行ってきました。
熱海駅に満開の梅が咲いていたので、携帯で写真を撮っていたら、桜に見えてきました。
1月なのに桜?と思いましたが、やはり早咲きの桜で、テレビでも紹介されていたそうです。
銀座のバス停の橋から見える川沿いには見事な桜並木で満開でした。
バスで20分程で梅園に辿り着きましたが、紅白の梅が咲き始めていていい香り。
御茶屋さんでゆっくりお茶を飲んでいる方や、ステージの歌を楽しんでいる方もいて賑やかでした。長野の雪景色とは大違いで、天国のようでした。
(東京センター 両角)
念のため
先日の米国大統領の就任式には、オバマ大統領に夢を託す人たちが全米から200万人、厳寒のワシントンに集まったと、テレビや新聞が報じておりました。すごいですね、米国民の熱氣を感じます。その就任式で、大統領が宣誓の一部、「私は合衆国大統領の職務を忠実に遂行し」という文言を間違ったまま復唱してしまったということで、多くの法律専門家は「有効」としたけれど、念のためにやり直したということでした。やり直した分だけ、しっかりと氣が入ると同時に氣が届き、たくさんの応援とともに良いスタートを切って欲しいものです。
私は・・・といえば年初から、あたふた仕事をしておりましたが、念のためにスタッフにちょっと確認しておけばよかったことを言い忘れ、そのことが原因で手痛い失敗をしてしまいました。世の中、不景気だということでマイナスの氣が多くなっているこの頃ですから、忙しくてもより一層「念のために」とか、「念を入れて」「氣を入れて」ということが、マイナスの氣に同調しない心の持ち方だと反省した次第です。
ところで最近は、年のせいなのか?忘れっぽくて、特に咄嗟に言葉が出て来なくて困ります。「んー、あの、その・・・」年のせいにしてはいけないですよね、私より年齢が上のたいていの人はしっかりしているのですから。私の場合仕事上、人の名前がすぐに出て来ないのが困るのです。スタッフに「最近○○さんは元気?」と聞くところを、名前が出て来ないばかりに、「あの、その、えーっと、あそこに住んでる・・・お母さんと一緒に来られた・・・・もと○○の病気だった・・・」結局、話を聞いている人はわけがわかりません。周りの人の邪魔をしてはいけないと思うと、だんだん気軽に聞けなくなる始末。どうも脳が一時休止しているようです。このようなときは「考えた方が良い、思い出そうとすることで脳が活性化する」ということを本で読んだものですから、思い出そうと必死に頑張っているわけです。しかし、これは悪いことばかりではなく、思い出そうとしている間、その人の顔は頭の中にしっかりとイメージしているわけですから、「たくさん氣が送られている」ということになるかもしれません。運動不足が頭に悪影響を与えているようですから、それはそれで対処しようと思います。さて、氣になる人が頭に浮かんだら“念のため”に遠隔真氣光をお薦めします。もう一つ正会員の皆さんは、同居家族はもちろん同居していない2親等までのご家族が別居正会員として登録できますので“念のため”登録されることをお薦めします。少しずつでもしっかりと氣は届いていくでしょう。
