(12)死んだことがわからない

 私は今まで、既に身体を失ってしまった、いろいろな魂さんに遭って来ましたが、その中には自分が「死んだ」と気がついていない方たちがたくさんいました。つまり突然死んでしまったが、生きているときのように意識があること、違う人の身体だが自分のもののように使えていることから、死んだという感覚がないのだと思います。
 もうずいぶん昔のことですが、私が氣を送っていると、最初は頭が痛いとうなされるように訴えていた人が、痛みが薄らいでくると「あれ、ここはどこだ?」と言うのです。事情を聞いてみると、どうやら交通事故で突然亡くなり、わけがわからないまま(当人はそれまでと同じように生きていると思っていた)違う人の身体にいたらしいのです。
 このような場合、その魂は全く無意識に、よくわからないまま違う人の身体に入ってきたということになります。つまり交通事故に遭ったその人が、なんらかの事情であの世に行けないでいるところに、生きている側が波動的に同調した、どこか共通する心を持つ魂を引きつけてしまったと言ったらよいでしょう。
 心がマイナスに傾いて魂に光を失ってしまい、身体が亡くなったのに、あの世に行けない例を今までも数多くお話ししてきました。私がこの時最初に興味をもったのは、心にもマイナスがあったのでしょうが、「死んでも意識のある魂として命は継続する」「あの世の存在を知らない」ところにも原因があったように思います。科学万能の現代では、まるで宗教的なおとぎ話のように「魂」や「あの世」の存在というものが軽視されていますから、この方が特別ではないでしょう。広く一般の人にも、魂の存在が普通に語られることの必要性を感じたのでした。
  さらにもう一つ私が興味をもったのは、身体を失った魂なのに、亡くなる前と変わらずに違う人の身体に存在していたということです。気がつかないくらい心の持ち方が似ていたということでしょう。このようなことはよくあることで、私たちは誰でもマイナスの魂の影響を受けるもののようです。少しでもマイナスの心を減らしていこうと自分自身で努力することで、そのような魂にも気づきを与えます。さらには真氣光の光が、それを加速してくれるのです。