もの凄く低い確率

よく考えると、もの凄く低い確率で物事が起こる場面に出くわすことがあります。そういうときには、私は少しぐらいマイナスの出来事でも「珍しい」ということを優先に考え「いいとこ探し」の良い出来事の一つと捉えることにしています。先日、妻と戸外テラス席のあるレストランでランチをいただきました。そこに雀が1羽飛んできて欄干にとまりチョンチョンと走って(?)来たかと思ったら、ちょうど私の目の前で糞をして、こちらをチラッと見てから飛んで行ったのです。食べることに忙しかった妻は気がつかなかったらしく、たった今こんなことがあったと話をしたところ、「運(ウン)が付く」つながりで彼女が以前にカラスに受けた仕打を話し始めました。話はこうです。「妻が朝、バルコニーのガラス戸を開けたところ、カラスが飛んで来て、いきなり目の前で大量の糞をした。すぐにカラスは飛び去り、彼女は『きれいに始末しなければ』と気が重くなりながら、用事があったので出かけた。ところが、その日は夕方から激しい豪雨になり、横殴りの雨のおかげで、翌朝見るとすっかり綺麗になっていた」というのです。もの凄く低い確率で起こったことを自慢しあうサイトがあるのですが、その中では例えば、テストで二択の問題を20/20個はずしたという人もいれば、彼女と誕生日が一緒で今日が誕生日だった人等々いろいろです。一般に宝くじに当たるような良い出来事は神計らいと感じられるけれど、もの凄く低い確率で悪いことが目の前に現れると、「とっても運が悪い」「神も仏も無い」と思ってしまいます。しかし自然界においては、数字では計り知れない出来事が容易に起こるのです。プラスやマイナスの氣が作用するという氣の観点から考えると、確率的には非常に希に起こる良いこと・悪いこと、どちらもあっけなく現象となることは不思議ではありません。不運な出来事は、マイナスの氣の影響で出てきた現象かもしれませんが、そのことで「なんて運が無いのだ」と悲嘆していては、同調によってマイナスの氣が集まる結果になります。少しでもプラスな出来事として心に残すことで、良い方向に切り替わるきっかけになるのです。前述の私に起こったことは軽い出来事で、実際に大きなマイナスの出来事がやってくるとなかなか余裕は持てませんが、少々の出来事ならその偶然性に着目して、興味深い話・面白かった話になるものです。毎日忙しい生活をしていると、ついつい一生懸命仕事をこなすだけで、繰り返されることが同じになり、心に残ることが無くなってしまいます。しかし、ちょっとしたことでも確率を考えてみると、心に残る出来事になるのかもしれません。