右足親指の爪が黒ずんでおかしいと思っているうちに痛くなってきましたが、我慢して歩いていました。
ウォーキングの帰りに、ふと氣スポットチタンシールがあることを思い出して、痛い爪の部分に貼ってみたところ、痛みが消えてしまいました。
そして毎日、寝る前にミニローラーヘッドでコロコロしていたら、あるとき古い爪がポロッと取れて、下から新しい綺麗な爪が出て来て、不思議なことがあるものだとびっくり。
氣スポットチタンシールはすごくよく効くので、切らしちゃいけないなと思いました。
(千葉県 Sさん)
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ひとくち歳時記「小暑」&「七夕」
「小暑(しょうしょ)」は二十四節気のひとつで、今年は7月7日です。
梅雨明けが近く、この日から暑気に入り、暑さが厳しくなり始めます。
梅雨明け前の集中豪雨に見舞われることが多い一方、蓮の花が咲き、鷹の子の巣立ちが始まる頃でもあります。
7月7日は「七夕(たなばた)」でもあります。
笹飾りとお供え物をして、夜空の星に祈りを捧げる日です。
五節句のひとつで、昔は「シチセキ」と呼ばれていました。
天の川の両岸にある牽牛星と織女星がこの日、年に一度だけ会えるという中国の「星伝説」と、五色の短冊に歌や字を書いて飾りつけ、書道や裁縫の上達を願う中国伝来の「乞巧奠(きっこうでん)」の行事と、日本古来の「棚機女(たなばたつめ)」の伝説が結びついて、宮中で行われたことが始まりだと言われています。
(本社 加藤)
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氣配り画像 7月の氣の出る待ち受け画像配信
ボストンとリオに行って来ます
今日から私は、アメリカ・ボストンと、ブラジル・リオデジャネイロに行って来ます。
アメリカには、20年以上前から毎年、セミナーに行っていたのですが、今回はそれに付け足して、ブラジルまで足をのばすことになりました。
昨年「ぜひ、リオに来て貰えないか」という話が持ち上がり、私も興味がありましたので、お受けした次第です。
先代は、1988年日系移民80周年という年に、在ブラジル北海道協会の依頼に応えて、ブラジルはサンパウロに行っています。
翌年も行っていますから、2年に渡って、ブラジル移民のために、ハイゲンキの治療指導会を開催しているのです。
そこで出会ったのが故セルソ・インファント・ビエイラというブラジル人医師でしたが、その方が沖ヨガを習得していたことから先代は沖ヨガ下田道場に行くことになり、現在まで続く龍村先生との真氣光研修講座開催ということに繋がるのです。
本当に縁とは不思議なものです。
ブラジルは世界最大の日系人居住地であり、1908年以降の約100年間で13万人の日本人が移住し、現在は約160万人(ブラジルの総人口の約0.8%)の日系人が住むということです。
この移民政策の背景にあったのは、日露戦争だったようです。
日本は勝利したけれど賠償金を得られず経済は困窮し農村の貧しさが深刻化したところに、アメリカなどの国が日本人移民を制限したことから、政府は国策としてブラジルへの移民を推奨したと言います。
当時、日本人の多くは、永住ではなく「遠い国だけれどお金を得て日本に戻ろう」と考えていたようですが、その後第二次世界大戦に突入し、日本は敗戦国になってしまいました。
祖国の惨状を知るにつれ、日本に戻っても仕事があるとは思えず、「もうこれはブラジルで生きていくしかない」という覚悟が生まれたのだそうです。
移民の方々はたいへんな苦労をされたと聞いています。
以前に、私が氣を送っていると、「日本に帰りたい」と言う魂が出てきたことがありました。
辛い、苦しい生活の中、遠い異国の地で故郷を思いながら亡くなった方です。
日本に居る親戚や友人を懐かしむばかりではなく、畑や田んぼ、山々などの風景さえもが愛おしいようでした。
私は、一生懸命に氣を送りながら、「もう自由です。光のほうに行ってください」と言うと、喜びの涙を流しながら消えていかれました。
いつの時代も戦争は、膨大な悲劇を生むものです。
私は、今ある自由と平和に感謝すると共に、今回も縁ある皆様に、たくさんの真氣光を届けたいと思っています。
この出張の様子は、月刊ハイゲンキ8月号でもご紹介しますので、お楽しみに…。
(中川 雅仁)
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アロマオイルをいろいろに活用
私が最近愛用している氣グッズは、シンキコーマッサージオイルアロマです。
特に、首肩の凝りがひどく頭も重くなると、オイルを塗って、ローラーへッドでコロコロします。
するとだいぶ楽になります。
首は、頭に血液や酸素を運ぶ大事なところでもあり、体を司る神経も通っています。
また、首の後ろの方には、風邪の予防になるツボもありますので、良いことづくしです(^^)v。
たまに人に頼まれてマッサージをする事がありますが、その時は、普通のオイルではなく、モイスチャーミルクアロマを首周りに使用します。
サラッとしているので、衣類を着たままでもよく、アロマの香りでリラックスされ、凝りもやわらぎ頭痛がなくなったと喜ばれます。
疲れた方には、アロマオイルを使って研修講座で習ったペアハンドヒーリングのマッサージをすると気持ちよく休まれる事が多いです。
一緒に氣も送らせて頂いています。
有難うございます。
(佐賀県 Mさん)
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スポットチタンシールを全身に貼りました
5月に熱中症にかかり、しばらくお医者さんから薬をもらって静養しました。
その後、だいぶ体も回復したと思い、畑で作業を始めたのですが、翌日から体中がだるくてあちこち痛くなり、「まだ無理なのかな?」とも思いましたが、前に買ったスポットチタンシールがあったのを思い出し、あるだけ全身に貼ってみました。
普段は一度にこんなにたくさん貼ることはありませんが、背に腹は代えられず、少しでも楽になりたい一心で試してみたのです。
これがかつてないほど凄く効き、とても楽になりました。
たくさん貼ってみたのがよかったのかな?使い方次第でこんなに違うものなのですね。
これからもスポットチタンシールを愛用していくつもりです。
(愛知県 朝が大好きさん)
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家族4人で研修講座遠隔真氣光をやってみた
それぞれに問題を抱えている息子たちと自分のために、研修講座遠隔真氣光を申し込んでみました。
三男は、体調を崩して休職中に、社長から別の仕事を回してもらい、喫茶店で働かせてもらっています。
それがこの度、夜にやる串揚げ店の店長にと推薦され、悩んだ挙句、店の近くに居を構えやっていく決心をしました。
その上、私にまで仕事の声がかかり、79歳にしてパートとして働かせていただくことに。
友人からは、「その年で雇ってもらえるなんてすごいことだよ」と言われます。
この社長、実は私の昔のお店のアルバイト1期生。
不思議なご縁でまたご一緒させてもらうことになりました。
しかも息子と一緒ですから、私からすればまるで夢のようなお話です。
遠隔を受けた他の息子たちにもいいことが起きました。
研修講座遠隔の後押しをいただいているんだろうなと思っています。
(愛知県 Mさん)
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氣プレートシートの偉力
会長セッションで、ご先祖の強力な勧めがあり、氣プレートシートを購入し、毎日いろいろ試しています。
会社環境の急変で、睡眠薬を服用している息子の枕の下に敷いたところ、薬いらずで眠れるようになり、あきらめつつあった結婚に対しても、10年ぶりに婚活パーティーに参加する変化が。
そして、いいお相手と出会いお付き合いが始まったようです。
猫カフェのような美容院にプレートを持ってゆくと、猫が私に集中して寄ってきたり、毎月の我が家で開く気功の集まりでは、テーブルの下に置いて試したのですが、今までになく皆さんに氣が届いたようで、これまでになく大いに盛り上がり皆さん感動しきりでした。
これだけの優れものですから、ご先祖さんもお勧めしてくるはずです。
6/27までセール期間ですから、迷っている方には是非お勧めしたいです。
(愛知県 がんこさん)
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(74)騙されて連れて来られた
今週の私は、日曜日に石川県は羽咋郡志賀町での真氣光研修講座から東京に戻り、名古屋、大阪とセッションで回って来ました。
今では何処に行くのも飛行機や新幹線で、寝ていれば連れて行ってくれますから、ありがたいことです。
ところで、今回の受講生の中には3月の志賀島、5月の安曇野、そしてこの6月の石川と、3つの研修講座を受講された方もいらっしゃいました。
これらの土地は、安曇族という大陸から渡って来た人達に関係が深い所だそうです。
私が真氣光を送ると、既に亡くなっている全く別人格の魂が、氣を受けている人の口を借りて、出てくることがあります。
今回の石川での研修講座でも、大陸をずっと歩いて来たので足が痛くてもう歩けないと言う魂、元もと居た人たちとの争いで傷ついた魂、中には騙されて連れて来られたという魂もいました。
「こいつに騙された、良い所だと言うから来る決心をしたのに、悔しい」と訴えるのですが、どうやら氣を受けている人の先祖に良いように言われたらしいのです。
昔ですから、別の所から違う場所に移動して来て住み着くということは、たいへんなことです。
電車や車、引越のためのトラックがあるわけでもありません。
今のような情報があるわけもなく、まったく見知らぬ土地に行かなければならないのですから、さぞかし「行くべきか止まるべきか」悩んだことでしょう。
悩んだ末に、渡って来ているということですから、それ相応の理由があったはずです。
確かに良いように言われたのかもしれませんが、きっと止まることもできなかったのでしょう。
私は、「そこに止まっていたら、もっとたいへんなことになっていたかもしれなかった。さらには今こうして光に出合い、楽になることができたのも、日本にやって来たからだ」と説明したのです。
最後には彼らも納得しれくれたようで「光が見えて来た」と言い消えて行きました。
時代が変われば移らなければならない理由も変わります。
食べ物を探して、土地を求めて…、上の位の人からの命令によって一族が動かなければならなかった、地位を追われて、戦に敗れて隠れるように…ということや、行き場が無くなって…ということもあったでしょう。
さらには来てはみたけれど、誰も居ないようなところですから、住みやすいはずはありません。
たいへんな苦労が待ち受けていたのだと思います。
日本の各地には、移り住まなければならなかった人の悲しい歴史があるものです。
研修講座を日本の各地で開催していますが、毎月そのような悲しい氣にも真氣光が届き光に変わっているのです。
(中川 雅仁)
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石川研修での不思議
石川県羽咋郡志賀町での研修講座ではお世話になりました。
研修で気づかさせていただいたことの実践など、大きなマイナスさんにも負けないよう、強く日々の生活を過ごしていこうと思っています。
研修では楽しいことがいっぱい、不思議なこともいっぱいありました。
その不思議なことの一つを紹介します。
前回5月の安曇野研修を受講して、更に今回6月の志賀町研修を連続して受講された方が3人おりました。
3日目の夜に、会長から豪華なプレゼントがいただけるうれしい企画がありました。
2人分程用意されていたようでうきうきしながら会長がくじを引く姿を拝見しておりました。
そしたら1人の方が当選、プレゼントがもう1つあるので会長が再度くじを引いたら2人当選して合計3名の当選となりました。
その3人によくよく話を聞いてみると、・・・な・な・なんとその当選した3人は、安曇野と志賀町を連続して受講した3人(娘?)だったのです。
不思議です。
偶然では考えられません。
会長がマジックを使ったのでしょうか。
いいえ、安曇族に特に感謝された3人だったからなのではないかと私は思っています。
最後に、石川研修に参加された18人の兄弟姉妹の皆さ~ん、真氣光の会員の皆さ~ん、真氣光の応援をいただきながら、立ちはだかる壁を乗り越えていきましょう。
(秋田県 バイキングで少食を目指すおじさん)
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