無理と思う前に

 以前、バラエティ番組を見ていたら、お笑い芸人の「お付き合いしてください」という言葉に、ある若い女優さんが「む~り~」と言っていました。
明らかに無理がありますので、周りも大笑いでした。
私にとっては、「若い女性の間では無理という言葉は、よく使われる言葉なんだなぁ」と、勉強になった一コマでした。
 このような状況では、ヘンに氣を持たせてしまうのもいけませんから、駄目なものはダメと、はっきり「無理です」というのは当然のことかもしれません。
しかし、無理という言葉が頭に浮かぶのは、そういう時ばかりではありません。
本当は無理でもないのにマイナスの氣によって「無理かもしれないなぁ」と思わされるパターンです。
 私はサラリーマン時代、仕事のスケジュールを上司と相談して決めている時、上司の言う基本方針には従うつもりでも、頭のどこかでは、「もしかしたら無理かも」と考えていたことがありました。
そのような時は、必ず出来ないという結果になったものです。
今、考えてみれば当然のことです。
私たちの意識には、それに同調するように影響を与えている見えない氣というものが存在します。
私はその時、既にマイナスの氣の影響を受けていたのでしょう。
マイナスの氣は、私たちが自分で考え行動すると氣のエネルギーが増えるので、それを阻むように影響を与えます。
辛い、苦しい等の気持ちを持ったマイナスの氣は、自分の気持ちをわかって欲しい、その人にも同じような気持ちを味わわせたいと、出来ない方向に引っ張るのです。
 逆に考えれば私たちは、自分の限界を越える時、そこに影響を与えていたマイナスの氣が消え、大きく氣のエネルギーが増えるのです。
ですから「もう無理」「最悪だ」「もう駄目だ」「何て不運なんだ」等と、意識がマイナスの方向に傾くような時にこそ、プラスの気持ちに気分を変えて、プラスの氣を味方につけなければならないものです。
「断わられたところから始まる」とは先代の言葉ですが人に分かって貰おうとする時、渋滞に巻き込まれてイライラしそうな時、嫌な人の話を聞いている時、仕事が辛い時、苦境に陥っている時…意味があって、そのような環境に置かれているということであり、もしかしたら気持ちを変えるための練習かもしれません。
一見マイナスな状況を笑っちゃう、楽しめるぐらいになれたら最高です。
真氣光を続けることでも、マイナスの氣が少しずつプラスに変わり応援してくれるようになりますので無理な事が減っていくのですが、自分から積極的にマイナスの氣の影響に気がついて、それに負けない強い心を持てるように努力してみることなのです。
(中川 雅仁)
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(50)情は人の為ならず

 昨日から、北海道は小樽での真氣光研修講座が始まりました。
施設がある朝里川温泉は、私も昔何回かスキーに来たことがあるところですから、懐かしさが湧いてきて、いつもと少し違う感じがしています。
きょう二日目の朝には、この研修初めての「いいとこ探し」(氣づきの時間)をしました。
皆さん、たくさん良いお話をしてくれましたが、その中に、「こちらの施設は老人ホームが併設されていて、入所者の方とお話する機会がありました。
自分がお話をさせていただいたのですが、その方から感謝され、かえってこちらのほうが嬉しくなりました」という発表がありました。
 「情は人の為ならず」ということわざがあります。
「へたに人に情けをかけて助けるのはその人の為にならない、自立を妨げる」と、近年誤解釈されているのですが、本来の意味は「情をかけるのは人の為ではなく自分の為であり、他人のためを思った行動は、その人にとってだけではなく、まわりまわって自分にも返ってくる」という意味ですから、まさしく氣の性質を現す言葉といえます。
このことわざですが、辞典によると、古くは『平治物語』からはじまり、江戸時代、さらには今日にいたるまで常用されてきたとあります。
『平治物語』では、敵軍に追いつめられた時に命を救ってくれた鵜飼を、二十数年後に成功した頼朝が真先に捜し出し、受けた恩に報いたくだりに使われており、「見返りを期待していない鵜飼の無償の情に対する、言わば純粋な恩返し」を表現していると書いてありました。
これは、「自分が良い氣をお分けできると、そちらからまた良い氣が返って来て、もっと幸せを感じられる」ということを、昔から人は体験的に掴んでいたということでしょう。
そして真氣光研修講座は、この「良い氣をお分けできる人」という気功師の養成を目的に始まった講座なのです。
 ところで「なんか最近調子が悪いなぁ」「運がない」「いいことが無い」と感じることはないでしょうか。
氣の観点から言えば、マイナスの氣の影響を受けている状態です。
そのような時こそ、プラスの氣を自分から出せるようにすることで、プラスの氣が集まりやすくなり、目の前のマイナス現象から抜け出しやすくなるということに繋がります。
自分から周りへ、プラスのほうへ向かう為に何かできないか?ちょっとしたことでも良いのです。
何かができることで、氣の流れが変わるものです。
さらに真氣光を利用できることで、さらにそのチャンスは広がるのです。
(中川 雅仁)
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ルーティンと氣の話

 先日、「会長は気功の時間、何かある時には、どうしているんですか」という質問がありました。
気功の時間とは、朝7時、夜10時から20分間の先代が始めた真氣光タイムのことです。
先代は、あの世に逝っても責任を持ってやっているでしょうから、私も最初は氣を受け、そしてその後、皆さんに氣を送っています。
しかし、ゆっくり出来ない時、特に10時の真氣光の時間では移動時間だったり、時にはレストランで遅めの夕食などという時があります。
そのような時には意識を「氣を送る」ということに向けられるよう、片手だけでも掌を広げて氣を送るイメージをします。
習慣化されているので、それが私の中ではスイッチが入るということになるのです。
 イチロー選手がバッターボックスに入るときにバットを持ってとるポーズに似ているかもしれません。
一時期ラグビーの五郎丸選手のポーズで有名になりましたが、ルーティンということになるのでしょう。
このルーティン、頭というよりは体が覚えてしまうということでしょう。
楽器の練習をする時、弾けない部分を何回も練習した記憶はないでしょうか?何回もやっているうちに、難無く弾けるようになるものです。
人によっては、毎日仕事をする時にも、あれをやってからこれをやる、するとリズムに乗ってスムーズになり、それが習慣化しているということがあるかもしれません。
アスリートなどでは、ここ一番という時には相当なプレッシャーがかかることでしょうが、練習と同じことをすれば、心が落ち着き平常心を保ったままプレーすることができるということになり、マイナスの氣の影響を受けにくくする工夫と言えるでしょう。
しかし、あれをしなければこれが出来ないなど、あまりにルーティンにしばられ過ぎるのも問題です。
さらには、明らかにマイナスの氣によるルーティンというのもありますので、もう少し説明しましょう。
 ある人の話ですが、ご主人のちょっとした言葉にムッとして、返した言葉で、さらにご主人が怒り出してよく喧嘩になるということでした。
このような場合、その人を不幸の方向に引っ張りたいマイナスの氣が、ご主人を使って、幸せに向かう邪魔をするのです。
そのような手にのらないよう練習する必要があります。
本番に備えて練習が大事というアスリートですが、私たちの場合は毎日が本番であり練習です。
喧嘩ばかりではなく、飲み過ぎる、食べ過ぎる、掃除が面倒…等々、マイナスの氣によるルーティンは、いろいろな所に隠れています。
氣を受けながら、マイナスの氣による「いつもの手」つまりルーティンに気がついて、マイナスの氣による誘導に負けないようにしたいものです。
(中川 雅仁)
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真氣光で更なる飛躍を!

 前号に書きましたが、私は、アメリカ・ボストンから、ブラジル・リオデジャネイロに寄って、ニューヨーク経由で先週金曜日、無事帰国しました。
今回、どちらも20数人の方に、のべ二日にわたって真氣光を受けていただきました。
ボストンでは真氣光初心者の人に加え、10年以上前に研修講座に来てくれた人もいましたので、より深い真氣光の話ができました。
リオでは、全く初めて真氣光を受けるという人が大半でしたが、皆さんが、とても良い印象を持って受け入れてくれたように思います。
ブラジルはキリスト教の国ですから、宗教による固定観念が邪魔をして、人によっては魂のことなど受け入れ難いのでは?と思いましたが、かえって宗教では理解出来なかったことが真氣光の考え方で納得できたという人もいました。
 ボストンからリオには直行便がなく、まずボストンからマイアミに行って、そこで飛行機を乗り換え、リオに飛ぶ予定でした。
しかし私を乗せた飛行機は、ボストンから飛び立つのに時間を要しマイアミで乗り換えるべき飛行機に乗り遅れたため、結局マイアミのホテルで一晩を過ごし、早朝にサンパウロ経由でリオに飛ぶことになりました。
一日弱、遅れてしまうことになりましたが、現地でセミナーとセッションの手配をしてくれていた、桑原先生の弟子でもあるブラジルはり協会のアカシオ先生と、すでに月刊ハイゲンキでも紹介しましたフェルナンド先生が、難無く対処してくれましたので、無事に全ての予定を終了することができました。
 私は、先代の時代にSASの事務所があったマイアミに足止めされたのも、そして予定にはなかったことですが、先代が30年前に訪れたサンパウロに降り立つことになったのも、すごく意味のあることのように思え、行く先々で真氣光の光が届くようにお祈りしてきました。
 ところで、アメリカもブラジルも、国ができて比較的新しい、移民による多民族国家です。
私は、先月のこのニュースで、大昔日本にやって来たと思われる「住んでいた地を追われ新天地を求めた魂の話」を記事にして、3月の志賀島、5月の安曇野、6月の石川での研修講座の繋がりの話をしましたが、今月は北海道の研修があります。
明治になって多くの人が今回の研修開催地・小樽の港に入ったのではないかと思います。
私は、世界中のあちらこちら、移民の国ばかりではなく、日本のどの地にも、新天地を求めての大きな決断と幾多の困難、たくさんの苦しみや悲しみを乗り越えて生きてくれた先祖の思いがあるのだと思います。
お蔭で、今私たちは、平和な時代に生まれて来ることができて、こうして生きています。
真氣光を利用して、更なる飛躍を遂げたいものです。
(中川 雅仁)
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ボストンとリオに行って来ます

 今日から私は、アメリカ・ボストンと、ブラジル・リオデジャネイロに行って来ます。
アメリカには、20年以上前から毎年、セミナーに行っていたのですが、今回はそれに付け足して、ブラジルまで足をのばすことになりました。
昨年「ぜひ、リオに来て貰えないか」という話が持ち上がり、私も興味がありましたので、お受けした次第です。
 先代は、1988年日系移民80周年という年に、在ブラジル北海道協会の依頼に応えて、ブラジルはサンパウロに行っています。
翌年も行っていますから、2年に渡って、ブラジル移民のために、ハイゲンキの治療指導会を開催しているのです。
そこで出会ったのが故セルソ・インファント・ビエイラというブラジル人医師でしたが、その方が沖ヨガを習得していたことから先代は沖ヨガ下田道場に行くことになり、現在まで続く龍村先生との真氣光研修講座開催ということに繋がるのです。
本当に縁とは不思議なものです。
 ブラジルは世界最大の日系人居住地であり、1908年以降の約100年間で13万人の日本人が移住し、現在は約160万人(ブラジルの総人口の約0.8%)の日系人が住むということです。
この移民政策の背景にあったのは、日露戦争だったようです。
日本は勝利したけれど賠償金を得られず経済は困窮し農村の貧しさが深刻化したところに、アメリカなどの国が日本人移民を制限したことから、政府は国策としてブラジルへの移民を推奨したと言います。
当時、日本人の多くは、永住ではなく「遠い国だけれどお金を得て日本に戻ろう」と考えていたようですが、その後第二次世界大戦に突入し、日本は敗戦国になってしまいました。
祖国の惨状を知るにつれ、日本に戻っても仕事があるとは思えず、「もうこれはブラジルで生きていくしかない」という覚悟が生まれたのだそうです。
移民の方々はたいへんな苦労をされたと聞いています。
 以前に、私が氣を送っていると、「日本に帰りたい」と言う魂が出てきたことがありました。
辛い、苦しい生活の中、遠い異国の地で故郷を思いながら亡くなった方です。
日本に居る親戚や友人を懐かしむばかりではなく、畑や田んぼ、山々などの風景さえもが愛おしいようでした。
私は、一生懸命に氣を送りながら、「もう自由です。光のほうに行ってください」と言うと、喜びの涙を流しながら消えていかれました。
いつの時代も戦争は、膨大な悲劇を生むものです。
私は、今ある自由と平和に感謝すると共に、今回も縁ある皆様に、たくさんの真氣光を届けたいと思っています。
この出張の様子は、月刊ハイゲンキ8月号でもご紹介しますので、お楽しみに…。
(中川 雅仁)
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(74)騙されて連れて来られた

 今週の私は、日曜日に石川県は羽咋郡志賀町での真氣光研修講座から東京に戻り、名古屋、大阪とセッションで回って来ました。
今では何処に行くのも飛行機や新幹線で、寝ていれば連れて行ってくれますから、ありがたいことです。
 ところで、今回の受講生の中には3月の志賀島、5月の安曇野、そしてこの6月の石川と、3つの研修講座を受講された方もいらっしゃいました。
これらの土地は、安曇族という大陸から渡って来た人達に関係が深い所だそうです。
私が真氣光を送ると、既に亡くなっている全く別人格の魂が、氣を受けている人の口を借りて、出てくることがあります。
今回の石川での研修講座でも、大陸をずっと歩いて来たので足が痛くてもう歩けないと言う魂、元もと居た人たちとの争いで傷ついた魂、中には騙されて連れて来られたという魂もいました。
「こいつに騙された、良い所だと言うから来る決心をしたのに、悔しい」と訴えるのですが、どうやら氣を受けている人の先祖に良いように言われたらしいのです。
昔ですから、別の所から違う場所に移動して来て住み着くということは、たいへんなことです。
電車や車、引越のためのトラックがあるわけでもありません。
今のような情報があるわけもなく、まったく見知らぬ土地に行かなければならないのですから、さぞかし「行くべきか止まるべきか」悩んだことでしょう。
悩んだ末に、渡って来ているということですから、それ相応の理由があったはずです。
確かに良いように言われたのかもしれませんが、きっと止まることもできなかったのでしょう。
私は、「そこに止まっていたら、もっとたいへんなことになっていたかもしれなかった。さらには今こうして光に出合い、楽になることができたのも、日本にやって来たからだ」と説明したのです。
最後には彼らも納得しれくれたようで「光が見えて来た」と言い消えて行きました。
 時代が変われば移らなければならない理由も変わります。
食べ物を探して、土地を求めて…、上の位の人からの命令によって一族が動かなければならなかった、地位を追われて、戦に敗れて隠れるように…ということや、行き場が無くなって…ということもあったでしょう。
さらには来てはみたけれど、誰も居ないようなところですから、住みやすいはずはありません。
たいへんな苦労が待ち受けていたのだと思います。
日本の各地には、移り住まなければならなかった人の悲しい歴史があるものです。
研修講座を日本の各地で開催していますが、毎月そのような悲しい氣にも真氣光が届き光に変わっているのです。
(中川 雅仁)
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ストレスに真氣光

 昨日から日曜日までの日程で、石川県は羽咋郡志賀町での真氣光研修講座が始まりました。
この場所での研修は、ちょうど300回目の開催になった2015年11月にやっていますから、これで2回目になります。
周りにはゴルフ場などもあり、緑豊かな良い所です。
早くも休み時間には大きな笑い声が聞こえるなど、受講生の皆さんのマイナスの氣が、どんどんプラスの氣に変わっているようです。
 さて先日、ある化粧品の会社が全国の20~69歳の男女それぞれ約7万人を対象に、厚労省のストレスチェック制度の健康状態項目を基に加工し点数化した調査結果を発表しました。
その調査の中で、私が興味を持ったのは、『ストレス度が低い女性は、「旅に行く」「笑う」「入浴する」「家族と過ごす」「読書をする」などの行動を取っていたのに対し、ストレス度が高い女性は「スマホ・パソコンを使う」「昼寝など仮眠」「音楽を聴いて過ごす」「お腹一杯食べる」「何も考えない(頭を休める)」という選択をしていた。同社はこれについて、低ストレス女性は副交感神経優位の時間を過ごしているのに対し、高ストレス女性は「一時的にストレスを解消するだけのリセット型」の行動を取っていると分析。ただ、低ストレス女性の行動は完遂に時間や手間を要するものが多く、逆に高ストレス女性には手軽に出来るものが多く見られ、ストレスオフに繋がる行動を取るからストレス度が低くなるのか、元々ストレスが少ない故に手間暇かかる行動を取れるのか、よくわからない。』とありました。
 私は、マイナスの氣の影響がストレスに大きく関係していると考えています。
自分の心がマイナスに傾くことで集まってくるマイナスの氣と、先祖や家族など周りの環境によるマイナスの氣の影響です。
自分の心が、ストレス源となることを忘れ、楽しいことなどプラスの方に向くことでプラスの氣が集まり、マイナスの氣を昇華できることでストレス度が下がるのだと思うのです。
これまで私は、たくさんのストレスを抱えて調子が悪くなっている人が、取り巻く状況は何も変わらないのに、真氣光というプラスの氣を受けることで改善した例を数多く見てきました。
ですから私は、ストレスの解消には、真氣光を一番にお薦めしています。
ところで、真氣光を受ける方法には、音氣を聞いたり、ハイゲンキのヘッドを当てたり、毎日家で手軽にできるものと、全国のセンターで受けられるセッションや毎月開催している真氣光研修講座など、少々時間のかかるものまでいろいろあります。
ポイントは、手軽にできるものを毎日欠かさず、研修講座など時間を要するものも予定に組み込むなど、両者をうまく組み合わせることなのです。
(中川 雅仁)
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プラスの氣を集める口癖を多くしよう

 昨日は、ボストンの桑原先生が定期的に開催している「真氣光クラス」に参加しておりました。
インターネットの普及で世の中は本当に便利になりました。
東京に居ても、ボストンで行われているセミナーで、お話しさせて貰えるのですから、ありがたいことです。
私は、今月末には実際に、ボストンとリオデジャネイロに行って、セミナーとセッションを開催する予定ですので、もし現地にお知り合いの方がいらっしゃったら、ぜひお薦めください。
ところで、ボストンにも、熱心に真氣光を学んでくれている人たちが居て、昨日は今シーズン最後のセミナーということでしたから、私は「身近なところで影響を与えているマイナスの氣に気がついて、真氣光を受けながら、それに負けない強い心を持ちましょう」と、お話ししたのです。
 どんな人も、何かしらのマイナスの氣の影響を受けているものです。
ほんの少しのネガティブな行動も、「塵も積もれば山となる」と言うように、知らないうちに大きな影響力を持つものに変わってしまいます。
マイナスの氣は、その人に知られないように近寄ってきて、仲間を増やし、次第に自分の思うようにコントロールしようとします。
私たちの考えや行動に、マイナスの氣が影響を与えているものには、いろいろあるのですが、その中でも今日は「口癖」について考えてみたいと思います。
 私は、サラリーマン時代に「何で俺ばかり、こんな目にあうんだ」「あーダメだ」「疲れた」…こんなネガティブの言葉をよく口にしていました。
このような類には、その他にもテレビなどで耳にしますが「きもい」「うざい」「マジ無理」などがあります。
言葉にも言霊と言うように、見えないエネルギーがあります。
ネガティブな言葉は、それを口にすればする程、マイナスの氣を引き寄せてしまうということになり、気持ちがマイナスのほうに引っ張られ、より一層そのような言葉が多くなるばかりか、上手く行かないことが多くなったり、体にもマイナスの反応が出てきたり、さらには周りの人もマイナスのほうに向かわせようとします。
 ですから、できるだけ良い言葉を口にするよう心掛けるということ、できれば良い言葉を口癖にしてしまうことなのです。
「素晴らしい」「大丈夫、何とかなる」「ありがたい」…プラスの氣を集める言葉には、まだまだいろいろあります。
私も、仕事が終わった後に、自分自身に「ああ、よく頑張ったぞ」と、言ったりしています。
日頃から真氣光のエネルギーを受けるとともに、プラスの氣を集める口癖を多くできることで、マイナスの氣のコントロールを受けにくくなります。
ぜひ、始めてみて下さい。
(中川 雅仁)
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(49) 喉元過ぎれば熱さ忘れる

 先週、たこ焼きを一つ、味見にもらって口に入れたら、これが熱々の代物で、口から出すわけにもいかず、ハフハフ言いながら飲み込んでしまいました。
「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とは、江戸時代のことわざだそうですが、氣の観点から考えても良く言ったものです。
私の場合は、食道に入ってしまえば何とかなり、結局、味はよくわかりませんでした。
 ところで私は、毎月土曜日か日曜日の午後半日を使って、どこかのセンターから全国に向け、講義をネット配信し遠隔で氣を送る、真氣光レッスンと称する催しをしています。
 先日も日曜日に大阪センターでありましたが、その時に、ある女性が私の「喉元過ぎると…」を思い出させてくれるような質問をしてくれました。
氣のことを知るには、良い教材になりましたので、そんな話をしたいと思います。
彼女の話を要約すると『足の踏み場もないぐらい散らかっている部屋に、エアコンの修理に来てもらわなければならなくなり、恥ずかしい思いをしたのだが、その後に、また会社の人に入ってもらわなければならなくなって二度までも恥ずかしい思いをした。
しかし、「喉元過ぎれば…」で、なかなか掃除ができない』と、こんなことでした。
私は、「熱さ忘れる」のも、「その人に忘れさせようと働くマイナスの氣の影響があるかもしれません」と、回答したのです。
 私たちは、肝に銘じなければならないことでさえも、喉元過ぎれば忘れてしまうことがあります。
その人が良い方向に変わってしまうと、波長が合わなくなり出ていかなければならないので、そのことを分かっているマイナスの氣が、一生懸命邪魔をするように働いて、忘れさせようとするのです。
「二度までも恥ずかしい思いをしているのにも関わらず…」とのことでしたが、それはプラスの氣が「掃除をしないとマイナスの氣の影響をもっと受けてしまうよ」と、言っているのかもしれません。
マイナスの氣の影響を強く受けると、何回も痛い目にあうのに、なかなか変われないようになってしまいます。
また逆に、恨みを持ったマイナスの氣の影響を受けると、人に言われた悪いことが耳につく等、嫌な事、大変だったこと、してもらえなかったこと等が、なかなか忘れられなくなってしまいます。
 ですから、忘れてしまうのも、忘れられないのも、マイナスの氣の影響が考えられますので、それを意識して、まず真氣光を受けてみることです。
そして、一見悪いことから体験して学んだことは頭の中にしっかり残し、自分を変えようと努力するとともに、マイナスの氣を引き寄せるような感情は、なるべく頭に残さないようにすることがポイントなのです。
(中川 雅仁)
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1000号ありがとうございます

 1997年の1月から始めた真氣光ニュースですが、ちょうど1000号になりました。
皆様、いつも読んでいただきありがとうございます。
この原稿を書くにあたり、これまでの私の記事で、節目となる号を読み返してみました。
 1999年7月1日の127号「うまく出来ているとしか、いいようがない」では、このニュースがちょっとしたきっかけで始まることになり、文章を書くという事について、私の記憶を遡って小学校4年生の時の体験を書いておりました。
当時、1時間の必修クラブを選択するということになるのですが、たまたま全員が女子の読書クラブに入ってしまい、女性に免疫のなかった私が緊張状態の中で、ひたすら本を読み感想文を書いていたというものです。
その一見マイナスの体験が、私の「書くことへの抵抗感」をなくし、このニュースの根本にもなっているようです。
 1999年4月22日発行の117号「蕎麦屋の役割」では、私が、たまたま入った北海道東部の蕎麦屋で、そこの経営方針にふれ、真氣光を扱うエスエーエスの役割について感じた事を書いています。
真氣光だけに絞り、それを極限まで追求していくことが大事で、進化し続ける宇宙からの波動をしっかりと受信するということの礎となった話です。
 ところで、原稿を書くことで、一番の問題は、何を書くかということです。
「伝えたいことが定まらないと、書けない」ということになるのですが、既に発行日が決まっています。
遅れるわけにはいきません。
結局いつも時間がないので毎回が真剣勝負になるのですが、我ながら、よくぞ書いてきたものだと思います。
2006年10月12日発行の494号「強い意志が大事」では、原稿が書けない時にハイゲンキのヘッドを使って、何とか乗り越えられた自分の体験を書いています。
どんな人にも当てはまることですが、マイナスの氣が出来ないように引っ張ろうとする時に、それに負けまいと歯を食いしばって努力しようとすること、これはマイナスの氣の支配から卒業する極意です。
 創刊号が36歳の時ですから、当時と比べると少しは成長できたのでしょうか。
書くことで筋道を立てて考えることができるようになり、それにより話すことも出来るようになりました。
書くことは意識するということなので、真氣光のエネルギーが届きやすくなって、そこに作用するマイナスの氣の影響も少なくなります。
まさしく私のためにあった真氣光ニュースです。
2013年3月15日発行の800号「目標も進化していく」では、この5月に1000号になるという予想をしていました。
次の大きな節目2000号は20年後です。
そこまで続くかどうかはわかりませんが、この号は一つの通過点として、これからもお付き合いの程、よろしくお願いします。
(中川 雅仁)
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