(12)思い立ったが吉日

先 日のこと、家内に電話をしようと思って携帯電話を手に取ったら突然、当の本人から電話がかかってきました。このようなことは良くあることですが、これを数学的に算出したらどのぐらいの確率になるのでしょう。私は、ついそんなことを考えてしまいます。思いついて行動に移すということは、何らかの氣を感じて思い出し、さらには行動するときにその人を意識し氣を発しているのでしょう。私の場合で言うならば電話をしようと思いついた時、家内から連絡したいという氣が電波のように私に届いたのでしょう。そういう意味では、よく「思い立ったが吉日」と言いますが、この諺は氣の性質をうまく表現しているのかもしれません。この諺をいつものようにことわざ辞典で調べてみると『物事は思い立ったらすぐにとりかかるのがよいというたとえ。現代でも結婚式は大安の日を選び葬式は友引を避けるように、暦で事を選ぶ慣習は根付いているが、それにこだわりすぎると機会を逃しかねない。物事を行うには用心深く慎重にやれということわざが多い中で「善は急げ」とともに積極的な色合いのものだ。江戸時代にもよく使われ現代も定着していることわざである』とあります。
私 は、15 年ほど前には物事を思い立ってもなかなか行動に移せない性分でした。辞典にあるように、いろいろ慎重になりすぎて機会を逃していたのかもしれません。それについて少し分析してみると、良くない出来事が身の周りに多かったので自分の考えに自信が持てず、また失敗するのではないかという恐怖から、慎重に考えすぎたり誰かの同意を必要としたのだと思うのです。
人 は頭で理解して行動しますが、失敗するのも大きな学びですから、行動してみないと本当に自分のものにならないことが多いものです。そのように考えると、最適な事を思い立ち、すぐに行動できることで学びの早さが増すということになり、かつての私のように慎重に考えすぎる事が学べるチャンスを遅らせていたということになります。
親 子ではありますが、先代は全く逆の性格で、思いついたと思ったら行動に移すタイプでした。当時私は、「もっとよく考えればよいのに」と思っていましたが、今の自分を振り返ると、思いついたらやらないと気が済まない性格になっているようです。年をとって先代に似てきたのか?真氣光を続けているとそのようになるのか?私には、どうも真氣光のエネルギーが、無駄な思いつきを除いてくれているように思うのです。皆さんはどうでしょう?