(4)渡りに船

以前、弱り目に祟り目という諺について書きましたが、そういう時には「真氣光をしっかり充電していただくことが重要です」と、お話ししました。それとは反対の意味になるでしょうか、“渡りに船”ということわざがあります。必要としているときなどに好都合なことが起こることのたとえです。辞典には「川を渡ろうとして、身支度などの準備をしていたら、ちょうどうまい具合に渡し船が来たという情景であろう。…鎌倉時代の仏教説話に、この表現がある。」とあります。昔の人も、ちょうど良くいろいろな事が起こるということを、ずいぶん経験していたのでしょう。
 私も時間も調べずに駅に行ったら、運良く待つことなしに列車に乗れたなど、渡りに電車(笑)という経験が良くあります。昔は渡し船が出る間隔も長かったでしょうから、昔の人にとっては、本当に好都合と感じられたことでしょう。確率的に考えると、そんな好条件に恵まれることはあり得ないはずなのに、本当に運良く事が進むということがあるものです。生駒での研修講座に来られた方々のお話を聞くと、そのような方がたくさんいらっしゃることに気がつきます。
 このようなことが起こるのは、そのときの自分の力ではどうにもなりませんから、どこからかの見えないエネルギー、つまり氣の影響と考えられます。私達の周りにはプラスの氣もマイナスの氣も存在します。自分の心に同調してそれらが集まって来るのですが、何らかのプラスの氣の影響で、一見マイナスの現象を引き起こすマイナスの氣の影響が少なくなると、自分が思うことに対して後押ししてくれるプラスの現象が起こりやすくなるものです。真氣光というプラスの氣を受けることでも、そのような現象が多くなるようです。
 私達の周りには、陰で支えてくれているプラスの氣、つまり見えない力があるものです。それはご先祖かもしれませんし、神様や守護霊さんかもしれません。“渡りに船”の状態になった時には、それらのお陰とその有り難さに氣づきやすいものですが、そうでないときにも何らかの応援があるものです。いつも見えない大きな力に支えていただいているということを忘れることなく、それらに感謝したいものです。さらにまた注意すべき事は、いつも“渡りに船”を期待していては駄目です。そのようなプラスの氣の環境に自分自身を置けるよう、日頃から真氣光をしっかり受け、洗心を頭に置いた生活が必要ということになるでしょう。