(25)急がば回れ

私たちは、日頃多かれ少なかれマイナスの氣に曝されて暮らしていますが、昔から人はマイナスの氣の影響を受けないための工夫を生活の中に取り入れていたようです。その一つでもある諺は、その多くが言葉を思い出すことによって注意できたり、気持ちを切り替えられるなど、マイナスの氣から身を守る知恵であり、いわば先祖が遺してくれた宝でもあると思うのです。 と ころで私は、毎週末に地方で会長セッションがあり出張なのですが、たいていは一日ごとに場所が変わりますのでセッション後に移動して宿泊となり、時には夜11 時にホテルに入るという日も珍しくはありません。ある時、いつものホテルに予約が取れずに、初めてのホテルに泊まることになりました。たまたま駅に着いたのが11 時を過ぎる頃で、慌ててホテルの場所を確認したのです。分かったつもりで夜の街を歩き始めましたが、道を間違えたのか、5 分で付けるはずが15 分経っても見つけられません。早く宿に着きたいと焦る気持ちに疲れもあったのでしょうか、判断力が鈍ってしまい、ぐるぐる30 分ほど歩き回ってしまったのです。歩きながらふと「これはマイナスの氣に歩かされているかな」と感じたのです。結局、駅にもどり交番でよく聞いて、ホテルに無事着いたのが、そろそろ12 時になろうかという時でした。「急がば回れ」とはこのことで、このような話は、よく登山でも耳にします。7 年程前、本紙でも書きましたが、丹沢を登山して山荘で対談という時にも、道を間違え大方を引き返したことがありました。 こ とわざ辞典を見てみると、「(1)急いでいる時は、危険性のある近道より遠回りでも安全な道を行けという意(2)急ぐ時はゆっくり落ち着いて、着実にやるのがよいというたとえ」 と 、あります。安土桃山時代には「急げば回る」と、「急いでみたけれど、かえって時間がかかってしまった」と後悔のニュアンスで使われたこともあったようです。急ぐと、本来の平常心を失い、イライラ・セカセカや焦りの心になりがちです。焦れば焦るほど自分のマイナスの意識に同調して集まるマイナスの氣によって、ますます迷いやすく、良い方向への決心が鈍ることに繋がるのだと思います。霊的なマイナスの氣は、付け入る隙を狙っています。原点に戻り、ゆっくり冷静に整理して考えてみるなど、本来の自分の意識、つまりマイナスの氣に影響されない自分自身の魂に聞いてみることが大事です。私も一日の疲れがマイナスの氣を集めたのでしょう。真氣光のエネルギーは魂に浸透し光を強めます。「回りすぎる」「回らされている」と感じた時は、より集中して真氣光を受けると良いでしょう。