(2)氣の種類と真氣光

「見る事も触る事も出来ないけど、何らかの作用のあるものが氣である」という話を前回しましたので、今回はもう少し詳しくお話しましょう。 氣にはプラスとマイナス、言い換えれば陰と陽とがあります。(これは善いもの、悪いものということではありません。マイナスも実は素晴らしいということは、後程説明します)。どんなモノにも空間にも氣がありますから、いろいろな場所や建物にも氣が存在しています。また、生きていれば、どんな人からも氣が出ています。ただし、人の場合は、心の変化によって出てくる氣がプラスになったりマイナスになったりします。そして、その発している氣に同調して、似たような氣が周りから集まってきます。心配ごとがある人は、一つ心配すると、次から次ぎに心配の種がやってきます。何かでちょっと腹が立ったのに、大喧嘩になってしまうこともあります。試験で「これは勉強してなかったかな」と思った瞬間に、「どうしよう」と不安がよぎり、頭の中が真っ白になって、出来るはずの問題も出来なかったという経験があるかもしれません。短い時間ならよいのですが、長い時間知らないうちに受けたストレスがマイナスの氣となり、自然に身体の中に溜まってしまうことがよくあります。そのマイナスの氣がまたマイナスを呼び、雪だるまのように増えていき、それがいろいろな病気や事故等の原因になることもあります。こういう場合、誰か(又は何か)から心が「ほっ」とするような強力なプラスの氣をもらえば、そのピンチから逃れられるのですが、自分一人で立ち向かうと、時間をかけない限りなかなか逃れられないものです。先代が夢で教えられた真氣光ですが、強力なプラスの氣です。自然に人の心の中にあるマイナスの氣を洗い流し、だんだん気にならなくしてくれるのです。

(1)氣のはなし

氣(気)という言葉は、例えば雰囲気、空気、湿気、殺気、運気などに使われています。昔から日本人は「何か解らない、見る事も触れることもできないけれど、確かに存在するもの」を氣と呼んでいたようです。空気や湿気等、その一部は今の科学では計測できるようになり、良く解るようになりましたが、雰囲気や殺気、運気などのように、まだまだ良く解らないものがたくさん有ります。実は、人の感知能力は素晴らしく、機械では計測できないものをたくさん感じているのです。今の科学信仰の世の中では、計測できないものは除いてしまい、無視しがちです。ところが、そのなんだか解らない、科学では議論できない部分の氣がとても重要なのです。例えば、偶然誰かにあったとか、知らない人が何人か集まると、同じ誕生月の人がいるとか。どんな科学信奉者でも不思議な事、確率的には考えられない(つまり偶然おきた)良い事や悪い事を体験しているはずです。人・動物・植物・モノ、さらには会社や学校等の団体からも、全てのものから氣という目に見えない波動が出ています。それらがミックスされ、我々の心に感じられたり、知らないうちに影響されたりしているのです。知らないうちに引き寄せられたり、引き寄せたり、それが「氣のせい」なのです。実は、氣は身体の健康のことばかりではなく、生活の全てに結びついているのです。そして、最も重要なことは、この氣は、良くも、悪くも、人がある程度、自由に変えられるということです。占いに凝っている人は、「運気はどうにもならないではないか」と言われるかもしれません。私は、この運というものでさえ、変えられると思っています。