マイナスの「氣のせい」(1)氣が向かない

 私は昨日から神戸・須磨で真氣光研修講座を開催しています。
眼下には青い海と綺麗な砂浜が広がっており夏は海水浴で賑わうという須磨の海岸を見下ろしながら、私は原稿を書いています。
今回の受講生は大阪・兵庫を中心に千葉や熊本からも集まって下さいました。
昨日の自己紹介では「何となく来たくなかったのですが、こういう時こそ必要と思って来ました」という人が多かったのが印象的でした。
その内訳を分類してみますと、(1)研修講座に来ようと思って決めていたけれど、事前になって何となく来たくない気持ちが出てきた、その逆に、(2)最初から神戸には来るつもりはなく、違うところで開催される研修に行こうと思っていた、(3)研修には行かなくていいと決めていたけれど、スタッフに強く勧められて重い腰を上げた…などです。
 皆さん、有難いことに共通しているのは、「真氣光研修講座に行くと、自分や周りが変われるので良いことには違いない」と思ってくれているところです。
普通なら、行きたくない気分ならキャンセルするのが当然でしょう。
しかし、氣のことを良く理解してくれていて、何かマイナスの「氣のせい」かもしれないということが頭でしっかりと理解されているから、今回来られたのだと思うのです。
 私たちは、頭でよく考えて分かっていることと、心に浮かんでくることには、違いがあります。
心に表れる気分や感情には、マイナスの氣の影響を受けていることが多々あって、私はこれを思い過ごしなどではなく氣の影響で、特に良くない方向に引っ張るものは(マイナスの)「氣のせい」だと考えています。
生きている人に比べエネルギーを失って体を無くした魂を私はマイナスの氣としていますが、その中には生きている人を「その人の魂が輝かない」方向に引っ張る存在があります。
意識して邪魔をするようなものもありますし、無意識のうちにエネルギーが下がる方向に影響を与えるものなどいろいろです。
 マイナスの氣の影響を強く受けると、頭では「こうしたら良い」「本当はこうしなければ」と思っていることが、邪魔されて行動できなくなります。
私たちは行動し体を使うことで魂が輝くようになっていますから、そのような邪魔が入ると魂の成長が損なわれるのです。
守護霊さんのようなプラスの氣が、私たちを悪い方向に行かないように「氣が向かない」と思わせる場合もありますから、氣が向かない気分は一概にマイナスばかりではないのですが、洗心を心掛け真氣光をしっかり受けることで、マイナスの氣によって「氣が向かない」現象に影響されずに、正しい選択ができるようになるのです。
(中川 雅仁)
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