11月「 原田 美佳子」さん
原田 美佳子(はらだ・みかこ)さん
帯津三敬病院医師。1993年熊本大学医学部卒業。熊本大学病院で外科医として勤務。2006年 アリゾナ大学統合医療センターのアソシエイトフェロー修了。メディポリス医学研究財団がん粒子線治療センター・
センター長代理、鹿児島大学医学部心身医学科臨床教授を経て、2017年に帯津三敬病院に着任。
『「早く家に帰りたい」。 大病をして患者さんの 気持ちがわかった』
手術をしても再発転移で 病院に戻ってくる患者さんたち
- 中川:
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原田先生とは、今年の4月でしたか、帯津良一先生の卒寿をお祝いする会で初めてお会いしました。帯津三敬病院に勤務されて
いるお医者さんで、外科医からホリスティックな医療へと進まれました。6年前には大病をされたとお聞きしています。
今日は先生のライフストーリーをお聞きできればと思います。 - 原田:
- ありがとうございます。私こそ、中川会長からいろいろ氣のお話がお聞きできるのを楽しみにしています。
- 中川:
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九州のお生まれだそうですね。熊本大学病院にお勤めだったとのことですが、潰瘍性大腸炎という難病を克服した体験から、真氣光のことを何度も学会で発表してくださった西本真司先生も熊本大学病院にお勤めでした。 - 原田:
- 西本先生のことはよく存じ上げています。あるサプリメントの業者の方が「面白い先生がいるよ」と紹介してくださいました。和歌山のクリニックまでうかがってお話をお聞きしたあと、先生の大好きなカラオケにもお付き合いしました。私はあまりカラオケは好きじゃなんですが(笑)。実は、西本先生が帯津先生との縁をつないでくださったのです。
- 中川:
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熊本には私どものセンターがあります。熱心な会員さんがたくさんおられて、私も月に一度は熊本に行っています。熊本ではこの間、大きな地震がありましたが、阿蘇山もあってとてもエネルギーの高い場所だと私は思っています。大事な役割をもった地域ではないでしょうか。
先生は熊本のお生まれですか。 - 原田:
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熊本はいいところで、私も大好きです。地震はショックだったですね。今でも避難生活をされている方もいますし、一刻も早い復興をお祈りしています。
母が熊本出身で、里帰り出産でしたので、生まれは熊本でいいのかな。家族が住んでいるのは大分です。
両親のことをお話させていただくと、父は奄美大島の生まれです。熊本大学医学部に進んで医者になり大学病院に勤めているときに看護師だった母と知り合って結婚しました。
別府に派遣されて、そこがとても気に入ったので、大分にクリニックを開業しました。そのクリニックは弟が継いでいます。 - 中川:
- 先生は外科医ということですが、当時は女性が外科医になるのは珍しかったのではないですか。
- 原田:
- 父が外科医で、外科医であることにとてもプライドをもっていました。その影響だったのでしょうかね。
- 中川:
- 外科医をずっとやっておられて、あるときからホリスティック医学の方に向かっていかれます。そのいきさつをお聞かせいただけますか。
- 原田:
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当時、外科の手術というと9割以上ががんでした。術後のケアも外科医の役割でしたので、患者さんの病状は定期観察していま
した。
私がすごく気になったのは、手術をしてもそれで終わるという人が少ないことでした。再発転移によって病院へ戻ってくる方がけっこうな割合でいるのです。再発転移があると治癒はかなり難しくなります。
ブラックジャックではないけれども、私は一度手術をしたら完璧に治って、患者さんが「先生のおかげで治りました」と大喜びで退院していくイメージで医者になりました。でも、現実は厳しかったですね。
手術をすることで患者さんたちは幸せになっているんだろうか?
健康になっているんだろうか? そうじゃない人もけっこう多いよな、と医療の限界を感じて頭を悩ませていました。
そんなことを考えていたときに本屋さんで出あったのが帯津先生やアンドルー・ワイル先生の本でした。
それを読むと、私が今まで見たことのないことをやっている医者がいるわけです。自然治癒力という言葉も先生方の本で初めて知りました。ただ、漢方薬を使うとか太極拳や気功をすると書いてあるのですが、そんなものでがんが治るなら苦労はないんだよと、最初はまゆつばと思ったのが正直なところでした。それでも、ホリスティック医学や統合医療のことは、ずっと頭の片隅にありました。 - 中川:
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真氣光は私の父が創設者ですが、私は技術者だったこともあって、氣のような目に見えない世界は信じていませんでした。変なことをやっているな、大丈夫だろうかと、遠巻きに見ていました。
でも、自分が仕事のストレスで体調を崩して、父のやっている一週間の研修講座に出たら体調は良くなるし、考え方も大きく変わって、氣の世界にかかわるようになりました。だから、原田先生の戸惑いもよくわかります(笑)。 - 原田:
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そうですよね。すぐに「その通りだ」と飛びつくことはできないですよね。
その後、私は肝臓移植のチームに入り、手術と言えば肝臓移植という時期を4年間過ごしました。移植というのはとてもデリケートな問題をはらんでいます。
日本では肝臓移植というと生体移植です。提供する人も大手術を受けます。リスクがありますから身内と言ってもなかなか決心できない場合もあります。中には事情があって提供を受けられない患者さんもいます。
同じ病室で、ある患者さんは移植が受けられて命を長らえることができるし、別の患者さんは提供する人がいないために1年くらいしか生きられないということも起こってきます。患者さんたちも私たち医療者もとても複雑な心境にならざるを得ないんです。
私も悩んでしまって、いろいろ打開策を考えた結果、心の持ち方についてもっと知らないといけないと心理学を学ぶことにしました。 - 中川:
- 自分は移植が受けられるようになったとしても、隣のベッドの人は提供者が見つからなくて受けられないと知れば、本当に喜んでいいのだろうかと考えてしまいますよね。先生方も、どちらの患者さんに対しても、どんな言葉をかけたらいいか、悩むのもよくわかります。
- 原田:
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心の勉強を始めてびっくりしたのは、心理療法によって大きく自分を変えて幸せになっていく人がいるという事実でした。だいたい、外科医は心のことにはあまり関心がありませんから(笑)。
心理療法にのめりこみ、東京や大阪まで通いました。
そんな中で知り合ったのがティム・マクリーンさんと高岡よし子さんというご夫妻でした。お二人はワイル先生が来日されたときには通訳をされる方で、アメリカには統合医療というのがあるということを教えてくださいました。
私もワイル先生に興味をもって、本を読んだりネットで検索していると、先生はアリゾナ大学でアソシエートフェローという2年間の通信講座をしていることがわかり、日本でも卒業生が5~6名いると知って、受けてみたいという衝動にかられました。やりたいと思ったらやらずにいられない性格なので、病院に勤めながらプログラムを受けました。 - 中川:
- そこから帯津先生につながっていくわけですね。
- 原田:
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日本でも統合医療をやっている病院がないかネットで探したり、知り合いに聞いたりしたところ、必ず出てくるのが帯津三敬病院だったんですね。
そんなときに出あったのが、先ほどもお話しましたが、西本先生でした。先生に「帯津三敬病院で働きたいので帯津先生を紹介してください」とお願いしました。2006年のことです。
帯津三敬病院では8ヶ月ほど働いて、鹿児島の指宿で統合医療を取り入れた医療施設が開設されるというので、大好きな九州にも統合医療を広めたくて、そこでしばらく働き、2017年に再び帯津三敬病院に舞い戻ってきました。
帯津先生は「やっと帰ってきたか」と温かく迎えてくださいました。 - 中川:
- 帯津三敬病院に戻る前に、ご主人と2歳の娘さんと、世界のあちこちを回ったそうですが。
- 原田:
- 2014年1月から1年間、通過しただけの国も含めると33ヶ国を回りました。代替療法を取り入れている医療機関も訪ねました。たとえばメキシコのティファナというアメリカとの国境沿いの町では、ステージ4の患者さんが集まってくる病院を見学しました。食事療法、免疫療法、高濃度ビタミンC点滴療法などのさまざまな代替療法があって、抗がん剤も少量なら使っていましたし、神父さんが訪ねてきて一緒に歌を歌う時間があったりしました。がん治療についてもすごくいい成績を出していました。こんな病院があったらいいなというイメージをもって戻ってきました。
- 中川:
- クモ膜下出血で倒れたのは帯津三敬病院に戻ってからのことですね。
- 原田:
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2020年ですね。帯津三敬病院に戻って3年目です。
御承知のようにコロナ禍でどこの医療機関も大変で、私たち医療者もてんてこ舞いだったときです。
コロナウイルスに対する恐怖や不安が世界中を覆っていました。日本でも志村けんさんが亡くなったりして、コロナに感染すると死んでしまうのではないかとだれもが戦々恐々だったじゃないですか。コロナになると村八分になるような異常な事態でした。
医療者も、できたらコロナの疑いがある患者さんとは接したくないですよ。でも、帯津三敬病院はかかりつけの患者さんは診るという方針でした。
次々と発熱のある患者さんがやってこられました。みなさん半ばパニック状態です。私たち医療者も経験したことのない出来事だったので、大変なストレスを感じながら診察をしていました。不安だしイライラするし、血圧がこれまでにないくらい高くなりました。
そんな状態の中で4月を迎えました。朝から頭が痛くてたまりませんでした。頭痛はときどきありましたが、鎮痛剤を飲めばすぐに楽になりました。しかし、その日は朝飲んでもダメ、昼食後にも飲みましたが効かない。頭痛を抱えたまま夕方からの会議に出ました。おかしいんです。話している人の声は聞こえるのですが、内容がまるで理解できない。何か脳の中で異変が起こっていると思って会議を中座し、CTの検査を受けました。
CTでは異常は見つかりませんでしたが、この痛みを抱えて電車を乗り継いで帰宅する自信はありませんでした。「今晩は入院させてください」とお願いして、病室で一泊することにしたのです。(続きはハイゲンキマガジンで・・)
K Ì PLACE にて 構成/小原田泰久
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