2月 「帯津 良一」さん
帯津 良一(おびつ りょういち)さん
1936年埼玉県生まれ。東京大学医学部卒業。医学博士。東京大学第三外科、静岡県共立蒲原総合病院外科医長、都立駒込病院外科医長を経て、1982年、帯津三敬病院を設立。日本ホリスティック医学協会会長、調和道協会会長、北京中医薬大学客員教授などを歴任。主な著書に『ガンを治す大辞典』(二見書房)、『現代養生訓』『<いのち>の場と医療』(以上、春秋社)、『ガンになったとき真っ先に読む本』(草思社)など多数。
『明日はもう少し良くなっているという期待をもって眠る。そんなささやかな希望をサポートする医療を実現する。』
先代とのホピの村への旅は本当に楽しかった
- 中川:
- すっかりごぶさたしてしまいまして。先生とお会いするのは、7年ぶりくらいですかね。
- 帯津:
- それくらいになりますか。ロンドンのスピリチュアルヒーリングの研修ツアーに一緒に行って、天河神社のドクター・ヒーラーネットワークでお会いして、それ以来かなと思います。だから、そんなものですか。
- 中川:
-
先生には、先代の時代からいろいろとお世話になってきました。つい先日(12月11日)が、先代の命日でした。まる7年になります。早いものです。 - 帯津:
-
そうですか。もうそんなになりますか。懐かしいですね。
先代とは、あちこちの氣功の集まりでお会いして、面白いお話をたくさん聞かせていただきました。
ホピの村へは一緒に行きましたし。あれは、楽しい旅でしたよ。 - 中川:
- この間、アメリカへ行ってきまして、ホピの村の近くまで足を伸ばしました。先代が帯津先生と一緒に来た場所だと、何となく感慨深く景色を見てきました。
- 帯津:
-
モーテルでカレーを作って食べたり、ああいう旅をするチャンスはなかなかありませんね。そうそう、帰りの飛行機では、ビジネスクラスだったのが、ファーストクラスへ移ってくれと言われて。儲かっちゃったなとうれしくなりました(笑い)。
中川先生のそばにいると、こちらまでウキウキしてくるようなところがありました。機内食でも、『こりゃうまい、うまい』って、本当においしそうに食べていましたから。 - 中川:
- 食べることが好きな父でしたから。
- 帯津:
- 会長は、先代が亡くなってその跡を継がれたわけですが、まったくの別世界から入ってこられて、すんなりとなじめましたか。
- 中川:
- いやー、なかなか大変でしたよ(笑い)。もともとはエンジニアですから。一応、父の会社で働いて、亡くなる前は、あちこちついて歩いて、勉強のようなことをしましたが、それでもそばで見ているのと、実際に自分でやるのとは大違いですね。毎日が発見でしたし、いろいろな人に教えていただいて、何とかやってこれたかなと思います。
- 帯津:
- 7年と言えば、かなり経験も積まれて、たくましくなられたと思います。この雑誌(ハイゲンキ・マガジン)をいつも送っていただくので、楽しく拝見しています。雑誌を見ていても、勢いが出てきたなと感じます。
- 中川:
- ありがとうございます。先生もずいぶんとお忙しいでしょう。
- 帯津:
-
忙しいことは忙しいですね。病院の仕事のほかに、講演があったり、水曜日は休みになっているのですが、埼玉県立大学に頼まれて、毎週一時間目に講義をもっているものですから、休んでもいられません。
横浜に神奈川看護大学というのがあるのですが、そこも毎年呼ばれています。とにかくその場所に体をもっていかなければならないことが多いので、時間のやりくりは大変ですね。 - 中川:
- 看護大学というと看護婦さんの卵ですね。これから医療に携わる人ですから、先生の話を楽しみにしている方が多いんでしょうね。
- 帯津:
-
すごく熱心ですよ。看護大学にはガン看護課程というのがあって、半年間でガン患者を介護するプロフェッショナルを養成しようという講義や実習があります。私は、ガンの東洋医学的な疼痛対策というテーマに呼ばれるのですが、東洋医学の話もするけど、ほとんどホリスティックな話に終始しますね。死の問題とか患者さんとの付き合い方を話すのですが、みなさん、喜んでくださいます。講義が終わると、控え室まで来てくれて、感想を述べてくれたりします。すごくうれしいですね。
埼玉県立大学でも、理学療法士科や社会福祉学科という医療関係に進む人たちに講義をしますが、彼らも熱心ですね。試験をやっても、力のこもったレポートを書いてきてくれます。やりがいはありますね。 - 中川:
-
ホリスティックな話ということですけど、どんなお話をされるのですか。 - 帯津:
-
死のことはもちろんですね。患者さんとは一方通行の関係ではいけないといった話もしますね。パワーをもって接する必要がある。だけど、パワーだけではいけない。ときには、一瞬にして弱々しくなれて、患者さんと痛みを分かち合えるようにもならなければならないといった話ですが、みんな一生懸命に聞いてくれます。
彼らには、自分たちが医療者として、日本の医療に貢献していきたいという志があるように思います。
<後略>
(2002年12 月13日 帯津三敬病院にて 構成 小原田泰久)
そこまで明快に「霊」を語られる方も珍しいですね(笑)。「霊」の写真集ですか、そう考えるとすっきりして分かりやすいですね。(つづきはハイゲンキマガジン2000年9月号で・・・)
生きるということのすごさが遺伝子という目に見えない世界から見えてくるということに、またすごさを感じました。先生には、いずれご講演をお願いしたいと思います。少しでも多くの人に、遺伝子の声、サムシング・グレートからのメッセージを聞いていただきたいと思います。また、私どものやっています氣についても見ていただける機会があるといいなと思っています。これからもいろいろと楽しいご研究をされ、いろいろとご指導いただければと思います。今日は、本当にありがとうございました。
今生は思い通り生きられないだろうと、私は覚悟しています。ももっと高かった方が良かったし、髪の毛も残ってほしかったし(笑)。でも、思い通りにはいかなかった。んでいるだけでなくて。その意味を考えた方がいいですよといったアドバイスをしているんですけどね。父は、病気は神様からのメッセージだからありがたいことなんだよと言っていましたが、その通りだと思いますね。(つづきはハイゲンキマガジン1997年1月号で・・・)
そうだと思います 。宇宙人解剖の番組は私も見ました 。滅多にテレビは見ないのですが、たまたまスイッチを入れたら、あの番組をやっていました 。見終わったら、電話がかかってきまして、誰だろうと思ったら、藤原由浩さんだったんですね 。昭和四十九年にUFOにさらわれて、以来三〇〇回以上UFOに乗って宇宙へ行っている人ですが、彼が「あれは本物だ」って言うんですね 。徐々に、私たちの目の前に姿を現して来るでしょうね 。最近のニュースでは、「TIME」という雑誌に出ていたのですが、地球から何十光年かのところに、生命のいる可能性のある惑星が発見されたという話が載っていました 。私たちのいる太陽系は銀河系の端っこにあるのですが、その近くに三つの惑星が見つかったようです 。これは、望遠鏡で直接見つけたわけではなくて、光を分析し、さらにコンピュータで解析して、その惑星がどんな環境にあるのか分かる技術を使ったようです 。アメリカが二つ、ヨーロッパが一つ見つけたそうです 。これからは、みんながE・Tを探すことに力を入れてくると思いますよ 。NASAも特殊な望遠鏡を開発しようと懸命になっていると聞いています 。