10月「濁川孝志」さん
濁川孝志(にごりかわ たかし)さん
1954年新潟県生まれ。立教大学で30年以上にわたって教鞭をとり、学生たちに霊性(スピリチュアリティ)について真摯に語りかけている。「霊性の喪失が現代社会のさまざまな問題を生み出している」という確信から、数々のシンポジウムやイベント、講演会を通して霊性の重要性を訴えている。著書に『星野道夫 永遠の祈り』『ガイアの伝言 龍村仁の軌跡』『大学教授が語る霊性の真実』などがある。
『若者たちに“霊性”の大切さをわかりやすく伝えたい』
日本人には、見えないものを敬い畏れるという気持ちがある
- 中川:
-
先生の書かれた『大学教授が語る 霊性の真実』(でくのぼう出版)を読ませていただきました。 霊性とかスピリチュアリティといった話は、どうしても非科学的だということで、なかなか学問の対象にはならないと思います。にもかかわらず、20年以上も霊性をテーマに研究をされてきた大学教授というのはどういう方なのか、お会いできるのをとても楽しみにしていました(笑)。
- 濁川:
- ありがとうございます。私も、氣功にはとても興味があって、論文を書いたこともあります。氣を受ける前と後とでは体や心の状態が変わるという内容です。たとえばせっかちな人が氣を受けることでゆったりと生きるようになったりするのです。 私の方こそ、会長からどんなお話が聞けるのか楽しみにして来ました。
- 中川:
- さっそくですが、先生はなぜ霊性に興味をもたれたのかお聞かせいただけますか。
- 濁川:
- 私はもともとの専門は運動生理学でした。運動や山登りが大好きでしたから、人間の体の研究というのはとても面白かったですね。 健康科学という講座をもつことになって、健康は体だけでないだろうと思い始めました。心の健康も大切だし、霊性というのもあるじゃないかと少しずつ膨らんでいきました。気づいたら霊性が中心になっていました。それが40歳くらいでしょうか。 振り返ってみると、子どものころ「自分は何のために生きるのか」とよく考えた記憶があります。自宅の部屋で一人ぼんやりと過ごしていて、なぜかものすごい孤独感に襲われるわけです。そんなとき、人は死んだらどうなるのだろう、なぜ生きないといけないのだろう、宇宙の果てには何があるのだろう、と思ったりしていました。 かなり変わった子どもだったかもしれません(笑)。 20年ほど前、あることで大きなストレスに襲われました。悩みに悩みました。自分は何のために生まれてきたのだろうと毎日、自分に問いかけていました。 そんなときに、同僚が当時福島大学の教授だった飯田史彦先生の『生きがいの創造』(PHP出版)という本を紹介してくれました。「死後の生」や「生まれ変わり」「ソウルメイト」といったスピリチュアルな世界から生きがいについて論じたとても奥深い本でした。この本を読んで私は「これでいいんだ」と思えて、悩みから脱することができました。それがきっかけで、本気で霊性について研究をするようになりました。
- 中川:
-
なるほど。WHOの健康の定義でも霊性を入れようという提案があったということで話題になりました。もう20年以上も前になりますかね。残念ながら、提案だけで終わっているようですが。 私の父である先代の会長が「氣によって霊性を高め、地球の環境を浄化する」とよく言っていたので、私には霊性という言葉に抵抗はないのですが、一般の人にはまだまだすんなりとは受け容れられませんね。 先生は霊性についての講義をしているそうですが、学生さんの受け止め方はどうでしょう。 - 濁川:
-
いきなり生まれ変わりの事例とか臨死体験、幽体離脱といった話をすると、学生は目を白黒させています。そんな話、大学の講義で聴くとは思ってもないでしょうから。 いきなりスピリチュアルな話をするのではなく、講義をする前に、あなたは神社やお寺へ行ったことがありますか?と聞きます。だいたい「ハイ」と答えます。次に「神社やお寺では手を合わせますか?」と聞くと、「ハイ」という返事が返ってきます。「お墓参りをしますか?」「何のためにお墓参りをしますか?」と質問を続けていきます。そんなこと深く考えてない学生がほとんどなので、何のための質問なのかときょとんとしています。
- 中川:
- 習慣だからとか何となくという人がほとんどでしょうね。
- 濁川:
- 日本人の根底には、見えないものを敬い畏れるという気持ちがあるから、神社やお寺で手を合わせたり、お墓参りをするのだと思います。
- 中川:
-
最初に日本人の心というものにアクセスしてから講義に入っていくのですね。
- 濁川:
-
そうですね。3〜4週間講義をしてから、神社やお寺に行って手を合わせたり、お墓参りをする意味を問い直してみます。 半数くらいは、習慣でやっていたことにもこういう意味があったのだと、私が言っているスピリチュアルな内容を受け容れてくれます。残りの半数は理屈としてはわかるけれども理解しがたいとか、にわかには信じられないという反応です。
<後略>

大学教授が語る霊性の真実 ─魂の次元上昇を求めて
濁川孝志 (著)
でくのぼう出版
いつも言われたのは『人に負けないようにやれ』ということでした。しかし、技術を身につけようとしても先輩は教えてくれませんから、技術は見て盗まないといけません。
私には氣の話はよくわかりませんが、目に見えない何かが伝わるという感覚はわかります。
300名近い人が当日に最高の演奏ができるように準備をするわけですからね。すごいなと思いました。
どんどん接近していきますね。監督はコンサートに行ったときに、楽屋で出演を申し込んだそうですね。そのときが初めての直接の出会いだったのですね。
病弱な子ども時代から始まって、20代後半にはうつになり、ITの仕事でしたから、一日中パソコンの前に座っていたせいで、電磁波の影響を受けて、体がどんどん悪くなっていきました。
確かに、苦しい体験は今に生きていますね。あのころは苦しいだけの毎日でしたが。
自転車に乗っていても、だんだんと視力が落ちてくると、木や車にぶつかってしまいます。自分は目が見えなくなるんだと思うと、恐怖と不安でおしつぶされそうになりました。
きっと伯父さんが岩本さんのことを心配して、あちらの世界からメッセージを送ってくれたのではないでしょうか。その意味が、時間がたつにつれて、少しずつわかってきて、その後、とても行動的な生き方ができるようになったのだと思います。
大河ドラマでは14作品で時代風俗考証を担当しました。毎週の定例会議での台本検討のほか、國學院大學は渋谷にあってNHKには近いので儀式などのリハーサルにもよく呼び出されましたよ(笑)。
戦国時代は現代社会に通じるものがあって、お手本となることが多いと思います。まずは実力社会だったということです。戦国時代より前は、身分が定められていました。下級武士の子は、どんなにがんばっても有能であっても、下級武士のままです。
若いころから宗教書は読み漁っていましたから、興味があったと言えばあったと思います。でも、知識レベルの興味でしかありませんでした。
先生は植物に対してとても親近感をもっておられるようですが。 
この対談には新井さんも親しくしている自然栽培パーティの佐伯康人さんや銀座ミツバチプロジェクトの高安和夫さんにも出ていただきました。障がい者が農業に携わって収入を増やしたり生きがいを見出すという農福連携の活動には、私もとても関心をもっています。これからの時代、ますます大切になってくるのではないでしょうか。
農業というのは人が生きていく上で必要不可欠な食料を作るわけですから仕事がなくなるはずがないと考えました。また、農業にはいろいろな作業があって、どんな障がいがあっても、何らかの作業ができるはずです。先ほど見ていただいたように、ひたすら種を蒔くということでもいいし、草むしりならできるという人もいるし、作物を袋詰めするのが好きだという人もいます。
大学卒業後は通産省外郭財団法人である余暇開発センターというところへ就職しました。そこでは暇と遊びの研究をしていました(笑)。
矢内社長は、いくら売れる商品でも商品寿命は30年だと考えていて、「ぴあ」はちょうど10年目でしたから、10年後20年後に売れる新しい商品を開発してほしいと言われました。私は13ほどのアイデアを出しました。その中で矢内社長が「これだ!」と言ったのがオンラインでチケットを販売する仕組みでした。
中学生のときはチューバをやっていて、音楽の先生がとてもすてきな女性だったので、彼女の後輩になりたくて大阪音楽大学を目指すことを決めました。下心ありありです(笑)。高校生になって先生からピアノを習うことになり、先生が弾くピアノにものすごく感動して、チューバはやめてピアノ科に行くと決めました。そのことを先生に言うと、「今、ピアノを始めたばかりで、受験まで3年もないのに絶対に無理」と一刀両断でした。ドの音がどこにあるかを知ったばかりの超初心者が3年で音大のピアノ科に合格できるとはだれも思わないでしょうからね。
そうなんですよ。そのときはびびっていましたけどね(笑)。