8月「龍村 ゆかり」さん
龍村 ゆかり(たつむら・ゆかり)さん
ドキュメンタリー映画「地球交響曲」プロデューサー イメージメディエーター NVC認定トレーナー候補生。86年よりテレビ番組のディレクターとして数々のドキュメンタリーや情報番組を手がける。91年、のちの夫となる龍村仁と出会い、以降テレビ番組、映画を共に製作。03年映画プロデュース修士修得。チベット砂曼荼羅展などのイベントやCD、ワークショップ等のプロデュースも手がける。この30年は地球交響曲を世に出すことに専念。いのちへの好奇心から脳と心の不思議な仕組みを学び、修復的対話トーキングサークルや共感的コミュニケーションなども伝え始めている。一男一女の母 共著:「地球の祈り」(角川学芸出版)
『何かに導かれるようにして地球交響曲最終章が完成』
小林研一郎指揮の「第九」。地球交響曲の最終章を飾る
- 中川:
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ついに完成しましたね、『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第九番』。先日、拝見しました。とてもいい作品で感動しました。1992年に一番が上映されて約30年になるんですね。
龍村仁監督には、この対談に何度か登場願っています。今回も第九番が完成したということで、監督にお越しいただこうと思ったら、体調が芳しくないということでお断りの返事があってがっかりしていました。
龍村ゆかりさんは、監督の奥様であり、この映画には一番からかかわってこられ、九番については、監督の体調不良もあって、上映までこぎつけるのにとても重要な役割を果たしてこられました。大変だったと思います。
今日は、ゆかりさんに第九番についてお話をお聞きしたいと思います。
まず、監督の体調ですが、かなり難しい病気だそうですね。 - 龍村:
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前頭葉と側頭葉の機能が低下していく病気です。体は元気なのですが、言語を司る部分の機能がダメになっていくということで、うまくコミュニケーションができません。
2019年2月に骨折で動けなくなったときに検査を受けてわかりました。今思えば、その前から兆候はありましたけどね。 - 中川:
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第九番のメインの出演者は指揮者の小林研一郎さん。コバケンさんと呼ばれていますが、ベートーヴェンの第九の指揮では世界でも右に出る人はいないと言われています。
2019年12月25日にサントリーホールで行なわれた第九のコンサート。もちろん、指揮はコバケンさんですが、映画ではコバケンさんはじめ、関係者が大変な準備の末に、コンサートを成功させた様子が描かれています。
私は12月25日のコンサートにもうかがいましたが、映画を見てこれほどの練習をしたのかとびっくりしたし、それだけ準備をしたからこそ、すばらしい演奏会になったのだと思いました。
オーケストラと合唱団。総勢何人くらいのコンサートだったのですか? - 龍村:
- 合唱団だけで200名、オーケストラが80名くらいです。
- 中川:
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300名近い人が当日に最高の演奏ができるように準備をするわけですからね。すごいなと思いました。 - 龍村:
- 会長はオンラインで映画を見てくださったのですか?
- 中川:
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そうです。オンラインでやってもらって良かったですよ。仙台から新幹線に乗ったらちょうど始まりました。東京に着くまでじっくりと見させていただきました。
コバケンさんもベートーヴェンにはすごく思い入れがあると感じましたね。 - 龍村:
- コバケンさんは今の福島県いわき市のお生まれですが、10歳のときにラジオから流れてきた第九を聴いて、心が震えて涙が止まらなかったとおっしゃっていました。以来、ベートーヴェンに心酔し、第九の世界を追求してきたようです。
- 中川:
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監督とは同い年で、生まれた月も一緒だそうですね。
もともとお知り合いだったのですか? - 龍村:
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最初のご縁は1974年でした。コバケンさんはブダペスト国際指揮者コンクールで優勝し、一躍ハンガリー中で注目される指揮者になりました。
そのころ、監督は『地球は音楽だ!』というテレビ番組を作っていました。取材でハンガリーへ行ったときに、監督が言うには、畳二畳ほどの大きさのコバケンさんのポスターが飾ってあって、びっくりしたそうです。そのときに「小林研一郎」という名前がインプットされたみたいですね。 - 中川:
- 50年近く前の話ですね。そのあとも何か接点がありましたか。
- 龍村:
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第五番でアーヴィン・ラズロ博士を取材しました。ラズロ博士は世界賢人会議「ブダペストクラブ」の創設者です。
ブダペストクラブを訪ねたとき、壁に飾ってある写真を見ていたら、そこにコバケンさんがいたのです。「また小林研一郎」だと、ただならぬ縁を感じたのではないでしょうか。
実は第五番にその写真が出ています。
さらにご縁は深まって、コバケンさんの奥様の櫻子(ようこ)さんが「地球交響曲」をずっと見ていてくださっていたのです。コバケンさんの写真が映画に出ているのにも気がついて、それがきっかけでコンサートにご招待してくださるようになりました。 - 中川:
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どんどん接近していきますね。監督はコンサートに行ったときに、楽屋で出演を申し込んだそうですね。そのときが初めての直接の出会いだったのですね。 - 龍村:
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監督としては、出会うべき人に出会ったという感じだったのではなかったでしょうか。櫻子さんのお口添えもあったと思いますが(笑)、コバケンさんは監督の作品をとてもリスペクトしてくださっていて、龍村さんの作る映画であればと承諾してくれました。
でも、せっかく話が決まったのに監督が骨折してしまって、2年くらいストップしてしまいました。
<後略>
2021年6月3日 東京・エスエーエス東京センターにて 構成/小原田泰久
病弱な子ども時代から始まって、20代後半にはうつになり、ITの仕事でしたから、一日中パソコンの前に座っていたせいで、電磁波の影響を受けて、体がどんどん悪くなっていきました。
確かに、苦しい体験は今に生きていますね。あのころは苦しいだけの毎日でしたが。
自転車に乗っていても、だんだんと視力が落ちてくると、木や車にぶつかってしまいます。自分は目が見えなくなるんだと思うと、恐怖と不安でおしつぶされそうになりました。
きっと伯父さんが岩本さんのことを心配して、あちらの世界からメッセージを送ってくれたのではないでしょうか。その意味が、時間がたつにつれて、少しずつわかってきて、その後、とても行動的な生き方ができるようになったのだと思います。
大河ドラマでは14作品で時代風俗考証を担当しました。毎週の定例会議での台本検討のほか、國學院大學は渋谷にあってNHKには近いので儀式などのリハーサルにもよく呼び出されましたよ(笑)。
戦国時代は現代社会に通じるものがあって、お手本となることが多いと思います。まずは実力社会だったということです。戦国時代より前は、身分が定められていました。下級武士の子は、どんなにがんばっても有能であっても、下級武士のままです。
若いころから宗教書は読み漁っていましたから、興味があったと言えばあったと思います。でも、知識レベルの興味でしかありませんでした。
先生は植物に対してとても親近感をもっておられるようですが。 
この対談には新井さんも親しくしている自然栽培パーティの佐伯康人さんや銀座ミツバチプロジェクトの高安和夫さんにも出ていただきました。障がい者が農業に携わって収入を増やしたり生きがいを見出すという農福連携の活動には、私もとても関心をもっています。これからの時代、ますます大切になってくるのではないでしょうか。
農業というのは人が生きていく上で必要不可欠な食料を作るわけですから仕事がなくなるはずがないと考えました。また、農業にはいろいろな作業があって、どんな障がいがあっても、何らかの作業ができるはずです。先ほど見ていただいたように、ひたすら種を蒔くということでもいいし、草むしりならできるという人もいるし、作物を袋詰めするのが好きだという人もいます。
大学卒業後は通産省外郭財団法人である余暇開発センターというところへ就職しました。そこでは暇と遊びの研究をしていました(笑)。
矢内社長は、いくら売れる商品でも商品寿命は30年だと考えていて、「ぴあ」はちょうど10年目でしたから、10年後20年後に売れる新しい商品を開発してほしいと言われました。私は13ほどのアイデアを出しました。その中で矢内社長が「これだ!」と言ったのがオンラインでチケットを販売する仕組みでした。
中学生のときはチューバをやっていて、音楽の先生がとてもすてきな女性だったので、彼女の後輩になりたくて大阪音楽大学を目指すことを決めました。下心ありありです(笑)。高校生になって先生からピアノを習うことになり、先生が弾くピアノにものすごく感動して、チューバはやめてピアノ科に行くと決めました。そのことを先生に言うと、「今、ピアノを始めたばかりで、受験まで3年もないのに絶対に無理」と一刀両断でした。ドの音がどこにあるかを知ったばかりの超初心者が3年で音大のピアノ科に合格できるとはだれも思わないでしょうからね。
そうなんですよ。そのときはびびっていましたけどね(笑)。
ありがとうございます。もともとはそういう意図で書き始めたわけではなかったのですが、書いているうちにコロナの騒ぎが広がって、こういう内容になってしまったんですね。
痛みだけに心が奪われますが、まずは自分が置かれている状況を受け入れて、そこから先を考えるということでしょうか。 
のぶみさんの『ママがおばけになっちゃった!』(講談社)という絵本を読ませていただきました。ママが交通事故で亡くなっておばけになるというお話ですが、死をテーマにした絵本ってあまりないですよね。
このお話では、おばけになったママは子どものことが心配でなかなかあの世へ行けないですよね。子どももたとえおばけでもママと一緒にいたいと思って、おばけになったママに甘える。
ご先祖様がマイナスの氣として子孫に影響を与えることがよくあります。だれにもたくさんのご先祖様がいて、中には悲しみとか恨みとか、ネガティブな感情をもって亡くなった魂さんもいるはずですから、だれもがマイナスの氣の影響を受けている、と私は考えています。
実は、よくサウナへ行くのですが、この間、財布を忘れましてね。よく財布を忘れますが、これまでは必ず出てきました。でも、今度は見つからないんですね。免許証やクレジットカード、それに現金も8万円入っていました。