11月「のぶみ」さん
のぶみ(のぶみ)さん
1978年東京生まれ。保育の専門学校に進み、そこで知り合った女性が絵本好きだったことから絵本作家になる。NHK eテレみいつけた!『おててえほん』担当。eテレアニメ『うちのウッチョパス』『ぼく、仮面ライダーになる』「しんかんくん』『うまれるまえにきーめた!』『ママがおばけになっちゃった!』など約200冊の絵本作品を発表している。
『ママも子どももいろいろなことを学べる絵本を作りたい』
悪いことが起こったときこそ、今運を貯めてると思う
- 中川:
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のぶみさんの『ママがおばけになっちゃった!』(講談社)という絵本を読ませていただきました。ママが交通事故で亡くなっておばけになるというお話ですが、死をテーマにした絵本ってあまりないですよね。
私は、親と子が死について話し合うことはとても大切だと思ってきました。でも、あまり深刻になっても良くないし、絵本というのはいい手段だなと感心しながら読ませていただきました。死んだらすべてが無になると考えている人もいますが、私は魂と呼ばれるものが存在していて、亡くなったママが子どものことを思って会いにくるというのは十分にあり得ることだと考えています。あの絵本を読む限り、のぶみさんも魂はあると考えておられるようですね。 - のぶみ:
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読んでいただいてありがとうございます。私はいろいろな体験から、魂はあると思っています。両親は牧師で、小さいころは礼拝所の上に住んでいました。礼拝所ではお葬式があって、私はよく見学をしていました。
お葬式のとき、棺桶の横に人が立っているのがぼやーっと見えました。何度もありました。そのことが記憶にあったので、大人になってから、きっと人は死んだら自分のお葬式に出るのではないかなと思うようになったんです。もし自分が死んだら、きっと自分の葬式に出て、こいつも来てくれたんだ、あいつはどうしたって、きょろきょろするんじゃないかと思うんですね(笑)。
絵本を描くようになって、長男がけっこうやんちゃで、妻が『私が死んじゃったらこの子、どうなっちゃうんだろう』とつぶやくのを聞いたとき、はっとひらめくものがありました。
母親だったら、子どもが小さければ、絶対に子どものところへ行くんじゃないか。行くはずだ。そう思ってできたのが『ママがおばけになっちゃった』なんです。 - 中川:
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このお話では、おばけになったママは子どものことが心配でなかなかあの世へ行けないですよね。子どももたとえおばけでもママと一緒にいたいと思って、おばけになったママに甘える。
亡くなった魂さんは、残された人のことが心配なんだと思います。残された人たちがいつまでも悲しんでいると、魂さんは後ろ髪を引かれるようでなかなか光の世界へ旅立っていけないんだと、私は思っています。 - のぶみ:
- 中川会長はおばけが見えるんですか?
- 中川:
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いえいえ、見えません(笑)。私はみなさんに氣をお送りするのですが、氣を受けた方の中には、思ってもみなことをしゃべり出す人がいるんですね。苦しみを訴えたり、恨み言を言ったりするわけですが、現在のことではなさそうで、どうも氣を受けている本人ではなくて、その人に影響を与えている魂さんが言っているようなのです。
もう25年もそういうことをやっていますから、たくさんの人から出てくる不思議な話を総合すると、おばけは見えなくても、魂さんたちはどんなところにいて、どんなことを思い、何をしようとしているのか想像がつくわけです。
残した子どものことが心配でたまらなくて苦しんでいる魂さんが出てくることもあります。亡くなったママがいつまでも子どものそばにいたい気持ちはわかりますが、それでは自分も子どもも幸せになれません。光の世界へ行くことで、もっと強い力で子どもを守り、応援できるんですね。そういう意味で、この物語はすばらしい結末だと思います。 - のぶみ:
- 中川会長の本を読ませていただきましたが、光の世界へ行けない魂さんがマイナスの氣であり、先代の会長がおっしゃっていたおばけなんですね。
- 中川:
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ご先祖様がマイナスの氣として子孫に影響を与えることがよくあります。だれにもたくさんのご先祖様がいて、中には悲しみとか恨みとか、ネガティブな感情をもって亡くなった魂さんもいるはずですから、だれもがマイナスの氣の影響を受けている、と私は考えています。
マイナスの氣の影響を受ければ次々とマイナスの出来事が起こりますが、そんな中でどう生きるのかということが大切です。落ち込んでしまえば、まわりからさらにたくさんのマイナスの氣を集めてしまいますし、つらいことをバネにしてがんばれば、自分も成長するし、ご先祖様にも光が届いて、苦しんでいるご先祖様も楽になれます。 - のぶみ:
- なるほど。コロナ騒ぎでも大変だ大変だと思っている人が多いと、マイナスの氣が増えてくるんですね。
- 中川:
- 一時的には増えると思います。しかし、コロナは自分が変わるチャンスだとか、地球の環境が良くなったとか、プラスに考えられる人も増えているじゃないですか。そういう人が増えれば、形勢が逆転して、良くない波動は少なくなっていくと思いますよ。
- のぶみ:
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実は、よくサウナへ行くのですが、この間、財布を忘れましてね。よく財布を忘れますが、これまでは必ず出てきました。でも、今度は見つからないんですね。免許証やクレジットカード、それに現金も8万円入っていました。
それにインスタグラムが一時停止の制限がかけられ、一週間止まりますと言われ、踏んだり蹴ったりでした。
一瞬落ち込みましたが、気持ちを切り替えることにしました。間もなく新しい絵本が2冊出ます。このマイナスに思える出来事は、2冊の絵本がヒットする予兆じゃないかと思うようにしました。
何か良くないことがあっても「何だよ」って言わないようにしています。悪いことが起こったときこそ、今運を貯めてるなと思うようにしています。会長の考え方だと、これは大正解ですよね。
<後略>
2020年9月8日 東京都練馬区ののぶみさんのアトリエにて 構成/小原田泰久

著書の紹介
左上:「ママがおばけになっちゃった!」 のぶみ(著) 講談社
右上:「さよなら ママがおばけになっちゃった!」 のぶみ(著) 講談社
下: 「暴走族、絵本作家になる」 のぶみ(著) ワニブックス
カーンカーンカーンですか。
祈りですか。
そうでしょ。会長の声と同じ周波数の弦が共振現象を起こしているんですね。面白いでしょ。さっき会長が宇宙のエネルギーと共振するっておっしゃったじゃないですか。今は会長の声とピアノの弦との共振でしたが、雨が降ってほしいという想いが会長の声で、宇宙のエネルギーというのがピアノの弦じゃないでしょうか。
農薬も肥料も使わない自然栽培を始めて16年になりますが、始めたころはなかなか理解してもらえませんでした。みなさん、肥料なしで野菜ができるはずがないという先入観があって、有機栽培ならわかるけれども、自然栽培は無理だろうと言われました。
肥料をたくさん入れれば野菜は大きくなりますが、言ってみれば、メタボの野菜です。ダイコンをおろすと水ばっかりじゃないですか。水膨れなんですよ。自然栽培のダイコンは、おろしても綿みたいにフワッとしています。キュウリもそうですが、肥料で大きくなっても、水を食べているようなものです。
うちもそうですけど、どこの医療機関も今は暇ですよ(笑)。みなさん外へ出るのを怖がっているんでしょうね。医者へ行くのは不要不急だってことですよね(笑)。最初は、今までにないルスだったのでどうしていいかわからず右往左往していた感がありましたが、時間がたってかなりのことがわかってきました。
そういう報道があれば、みなさん安心しますよね。
万が一コロナに一人でも感染すると問題になるからでしょうか。責任逃れの極みです。もう一度言いますが、日本では死ぬということに限って言えばコロナを怖がる必要はありません。
共存することが大切だと思います。
先生の書かれた『よきことはカタツムリのように』(春秋社)という本を読ませていただきました。先生は20年以上も前から、スローな生活にシフトチェンジしたほうがいいと唱えておられます。
先生のご専門は文化人類学ですよね。
これまでの人類の歴史を振り返っても、こんな時代はなかったのではないでしょうか。現代は科学技術が発達して、生活がとても便利になっていますが、科学技術だけでは環境問題は解決できそうにありませんね。 
みなさん、明治維新のことは学校の歴史で習ったと思います。日本が大きく動いた出来事でした。維新を成し遂げた人たちは、後世、ヒーローとしてもてはやされています。日本にとっては近代化の重要な節目ではありましたし、多くの人の輝かしい活躍もありました。しかし、実際には国内を二分する戦争だったわけで、勝者の栄光のドラマだけでなく、その陰ではたくさんの方たちがつらくて悲しい思いをしたはずです。そこになかなか意識が向かないのも現実です。
斗南へもたびたび足を運びましたが、あまりにもひどい歴史なので触れないようにしてきたということもあって、最初はなかなか話してくれませんでした。会津藩は賊軍だから、ときの政権を批判するようなことを言うのは好ましくないという風潮もあったでしょう。でも、私は新聞記者ですから、たくさんの会津人の末裔の方に会って話を聞き、資料を調べたりするうち、いろいろなことがわかってきました。中には、最初は口が重くてなかなか話してくれなくても、少しずつ話すうちに「かわいそうだ、かわいそうだ」といって突然、泣き伏す人もいました。地べたに手をついてオンオン泣くのです。いかに無念であったかという事でしょう。胸が締め付けられました。
薩長にとって和解という選択はありませんでした。徹底的に叩こうとしました。そうしないと革命は成立しません。その標的に会津がなったわけです。
ありがとうございます。私は16歳のときに名字に興味をもちましてね。以来、半世紀近く名字を研究しています。珍しい名字は限りなくあって、珍名を探すのは昆虫や植物の新種を追いかけるのと同じですよ。この名字のルーツは何だろうとか、興味は広がっていくし、終わりのない研究ですね(笑)。
それで珍名さんに出あうんですね。
世界でも日本の名字の数は特に多いそうですね。 
そうなんですよ。太極氣功18式のビデオのカバーに使いたいので書くように言われて、何枚か書いたうちの1枚を先代が選んで、いつの間にか、看板に使われるようになったのでびっくりでした(笑)。
貴恵は私とは10歳違います。赤ん坊のときには、私がおしめを取り換えたこともあります(笑)。
2011年の大震災のあと、老人ホームへ行くことが多くなり、母が通っていたデイサービスの施設でも歌っていました。
見てきました。ホピの大地のエネルギーはすごかったですね。あるところでは、写真を撮ろうとしたらシャッターが切れませんでした。私のカメラだけじゃなかったので、何かエネルギーの影響があったのかなと思います。