4月「和合 治久」さん
和合 治久(わごう・はるひさ)さん
1950年生まれ。東京農工大学大学院修士課程修了後、京都大学にて理学博士号取得。埼玉医科大学教授を経て、現在、埼玉医科大学短期大学名誉教授、松本大学客員教授。免疫音楽医療学、腫瘍免疫学、アレルギー学、動物生体防御学などが専門。著書『免疫力を高めるアマデウスの魔法の音』(アチーブメント出版)『モーツァルトを聴けば免疫力が高まる』(ベストセラーズ)など多数。
『昆虫少年が免疫を研究し、音楽療法の草分けとなる』
未病の段階でブレーキをかけられないかと音楽に着目
- 中川:
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和合先生のことは、内観の石井光あきら先生と中野節子先生からご紹介いただきました。ぜひお話をうかがいたいと、松本の先生のご自宅までお邪魔した次第です。石井先生は、長年私どもの真氣光研修講座の講師をやっていただいています。中野先生には本誌の昨年12月号の対談に出ていただきました。先生方とのお付き合いは長いのですか。
- 和合:
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いえいえ、まだ2年くらいじゃないでしょうか。私の本を読んでくださったかで、石井先生から連絡がありました。安曇野の内観研修所で初めてお会いして、私が音楽療法のことや「うちにはチョウチョがたくさん来るんですよ」といった話をしたら、ずいぶんと興味をもたれたようで、内観の研修があるたびに、お二人でここへ遊びに来てくださいます。
- 中川:
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チョウチョの話もぜひ聞いてくださいと言われました。チョウチョのことは後程お聞きするとして、まずは音楽療法のお話をお聞かせください。 子どものころから音楽はお好きだったんでしょうね。
- 和合:
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好きでしたね。中学校のときはブラスバンド部でクラリネットを吹いていました。初代の部長を務めました。 今でも講演のたびに、ハーモニカを持って行って、ぼくの演奏で歌ってくださいと言っています。
- 中川:
- 音楽好きが高じて音楽療法の研究を始められたのですか。
- 和合:
- 音楽は好きだったけれども、すぐに音楽療法にいったわけではありません。私の専門は免疫学です。25歳のときからずっと研究してきました。40歳近くになって、21世紀は未病との戦いの時代になると思いました。未病というのは、まだ発病していないけれども、何となく体に不調があるという状態です。検査では異常が見つからなくても、放っておいたらどんどん進んで、病院通い、あるいは入院することになってしまいます。そうなる前の未病の段階でブレーキをかけることはできないかと考えて、そのツールとして何かないかと探していたときに、音楽を聴くことで免疫力が上がればいいということで研究を始めたわけです。
- 中川:
- 最初から音楽ではなく、免疫の研究をしている中で、音楽の効果に気づかれたわけですね。今では音楽療法はよく知られていますが、30年以上前のことですから、なかなか理解してもらえなかったのではないでしょうか。
- 和合:
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私が音楽療法を研究し始めたのが、1980年代後半です。その当時、日本では音楽を聴くと免疫力が上がると言っても、変人扱いですよ(笑)。「音楽で病気が治るはずがないよ」というのがほとんどの人の反応でしたね。 けれど、学会ではデータに基づくエビデンスを示して発表しているわけです。協力してくれた看護師や学生が証人としていますから、文句を言われることはありません。それでやっと着目されるようになりました。
- 中川:
- ご自分でも音楽を聴くとリラックスしたりして免疫が上がるのではと感じるところがあったんでしょうね。
- 和合:
- 特にクラシック音楽だとリラックスできるという感覚はありました。医学的にも、アメリカでは1950年に北米音楽療法協会が立ち上がって患者さんに音楽を提供して疾病の回復に役立てるという活動が行われていました。でも、患者さんにどんな変化があるかという現象が残っているだけで、データはとられていませんでした。 このときにモーツァルトが使われていたという記録もあって、私はモーツァルトをモデルシステムにしてデータをとってみようと思いつきました。
- 中川:
- 未病というのも、当時としては新しい視点だったと思います。
- 和合:
- 中国に長春中医薬大学というのがあって、当時、私はその大学の客員教授をやっていました。中国は一人っ子政策でしたから、一人っ子同士が結婚して4人の親の面倒を見ないといけないわけです。親が病気になったら大きな負担になります。だから、未病の段階で対処するということがとても注目されていました。2100年くらい前の後漢の時代では、未病を治療できるドクターが聖人でした。「黄帝内経」という医学書に記されています。中国では、昔から未病への関心が高かったんですね。 私は日本でも同じだと思いました。発病してからでは患者さんも家族も大変です。発病する前に対処することの大切さを感じて、未病対策を考え始めました。今は、未病克服が言われるようになりましたが、あのころは未病という言葉も知られてなかったですね。
- 中川:
- 国民医療費は40兆円を超えているそうですし、未病対策はもっともっと広がらないといけないと思います。
- 和合:
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健康保険制度が破綻し、年金も当てにできない。病気になってなんかいられませんよ。音楽は身近で安価で副作用がないじゃないですか。感動もあって継続が可能。それで免疫力が上がるわけです。最高のツールです。<後略>
長野県松本市の和合先生のご自宅にて 構成/小原田泰久

最初の出あいは小学校5年生のときです。夏休みの宿題で近くの動物園でお手伝いをすることになり、私がシロクマの担当になりました。シロクマのエサを作ったりしてお世話をしたのですが、このとき大人になったら野生のシロクマを見に行くぞと思いました。
英語もできないし、外国は怖いところだと思っていましたので、海外へ旅行に行こうと思ったことはありませんでした。でも、ペンギンにあえるのですから、そんなこと言っていられません。 
私もいろいろなお客さんを乗せました。タクシーの運転手は、人間観察もできたし、合気道のいいトレーニングにもなりました。呼吸によって相手の意識と自分の意識を結びます。そうすると、お客さんがどんな人かがよくわかるし、私と一体化しますから、イライラしていた人もご機嫌になります。行先を聞く前にどこへ行くかがわかるようなこともあります。私の車に乗ると気分が良くなると、銀座のママさんがファンになってくれて、たくさんのお客さんを紹介してくれたこともあります。
あちらの世界から開祖が教えてくれているんでしょうね。やっとわかったかとおっしゃっているのではないでしょうか。
先日、『原発をとめた裁判長そして原発をとめる農家たち』という映画を見ました。映画の中に、原発事故で一度は農業をあきらめた福島の農家の人たちが、ソーラーシェアリングという太陽光発電で電力を自分たちで作るという場面があって、こういうシステムがあるんだと驚きました。長島先生はソーラーシェアリングの開発者で、映画でもコメントされていました。今日は、ソーラーシェアリングについてお聞きしたいと思っています
ソーラーシェアリングというのは、田んぼや畑に3メートルほどの支柱を立て、その上に適度な間隔でソーラーパネルを並べて発電をするという方法です。発電をするという方法です。 従来の太陽光発電だと、山を削ったり、田畑を使えなくしてしまうので、自然エネルギーと言っても、どこか自然破壊をしているようなイメージがありました。だけど、ソーラーシェアリングだと、下は農地として使えますから、耕作放棄地を発電と農地の両方に活用できるということですよね。
そもそも大きな発電所を作ってみんなに配るという考え方を変える必要があります。もともと発電所は大きく作る方が発電の効率が上がりコストが下がります。だから、ずっと電力会社の仕事として評価されてきました。 今は太陽光発電を使えば、だれでも電力会社と同じように効率よく電気が作れます。まさにエネルギーの民主化と言えるでしょう。電力料金の中に原子力維持や超高圧の送電網の負担金も均一に分担される仕組みになっていますが、これは、お酒が飲めないのに宴会の飲み放題の参加費を払っているようなものだったのです。これからは、必要なときに必要な分だけ自分で作ることができる時代が到来するでしょう。北海道で地震による大規模停電がありました。大きな発電所に依存していたから、発電所に異常が起こったことで、あんな大事に至ったのです。各家庭で電気を作っていれば、あれほどの大騒ぎにはならなかったのではないでしょうか。<後略>
25年くらい前ですね。その当時、私は子育てをしながら、東洋医学の資格を取得して、体の治療とカウンセリングをしていました。7年間、毎週通ってくれている女性がいました。その方は、40歳になっていましたが独身で、自宅で編集の仕事をしていました。人との付き合いもほとんどなく、自分はこの先どうなるのだろうと心配していました。私は意識教育研究所でやっていた内観のセミナーに彼女を送り込みました。そしたら、一週間でがらっと変わって帰ってきました。今までずっと会ってなかった親に20年ぶりに会いに行けたり、兄弟とも行き来するようになりました。結婚もして子どももできました。あのままだったら、天涯孤独だったのに、想像もできないような明るい人生が開けてきたのです。その後もクライアントを研修に送り、みなさんとても元気になられました。私は、もちろん内観のことは知っていましたが、自分は特に問題を抱えているわけでもないし、年を取ってから受ければいいやと思っていました。
心と体は連動しているんでしょうね。真氣光でも氣を受けていろいろな気づきがあると、体調も良くなっていくという人がいます。真氣光研修講座では、石井先生に内観の講義をしていただいていますが、親をはじめまわりの人にどれだけお世話になり、迷惑をかけたか気づけたという受講生の方はたくさんいますね。新型コロナウイルスの影響もあるかと思いますが、人間関係が非常に希薄になって、自分さえ良ければいいと思ったり、自分のことを顧みずに人を責めたりする人が多くなっているような気がします。私は、マイナスの氣の影響を受けてそうなっているように感じています。氣を受けてマイナスの氣がとれていくと、まわりへの感謝の気持ちが出てきます。感謝の気持ちが大きくなれば、光が増えますから、マイナスの氣は減っていって、プラスの氣が増え、ますます感謝の気持ちが出てくるんですね。そういう人は幸せになれます。いくら物質的に恵まれていても、感謝の気持ちがないと幸せは遠ざかっていきます。真氣光は氣を通して、たくさんの人が幸せになるためのお手伝いをするのが役割だと思っています。
先生は下田の真氣光研修講座に参加されたのですが、その前の話ですか。 
ここ3年は、新型コロナウイルスの影響で桑原先生とはオンラインでしかお会いできません。先代の時代から先生はボストンでセミナーを開いてくださっていて、私も毎年ボストンへうかがっていました。
3年前に会長がボストンに来られたとき、すばらしいものを作っていただきました。私は真氣光ぺろぺろキャンディと呼んでいるのですが、氣グッズであるディスクヘッドに鍼灸で使うてい鍼という鍼をくっつけてもらったんですね。てい鍼というのは先端が丸くなっていて、刺さない鍼灸治療に使います。これがいいんですよ。
てい鍼の頭の部分にネジを切っただけです。ディスクヘッドの枠にあるネジ穴とサイズがぴったりでした。これには驚きました。使っていただいているんですね。 
商品に合わせて声が決まるんですね。
いやいや、私はあまり得意じゃなかったですから(笑)。 
原発問題には興味をもっている方たちが読んでくださっています。原発の危険性は多くの人がわかっていると思います。でも、原発を止めてしまって電力は大丈夫なのだろうかという心配もあるわけです。この映画は、みなさんが原発のことを知り、これからどうしたらいいかを考える上で、とても参考になると思います。樋口さんのお話でびっくりしたのは、原発の耐震性が普通の住宅より低いということです。確かに、原発の建屋は頑丈に作られているかもしれませんが、揺れで配管が壊れたら大事故につながる危険があるわけです。なのに、原発の建っているところには大きな地震はこないという、エッと驚くような前提で原発が作られてきたわけですよね。そういうことを知ることから始めないといけないと、映画を見ながら感じました。
脱原発しないといけないと思っている人の数が、ぼくの感覚でいうと2017年くらいから伸びていないような気がするんですね。福島第一原発での事故の記憶が薄れている人もいるし、まあ大丈夫なんじゃないかという気持ちになった人もあると思うんですね。だから、原発の問題点ばかりをテーマにしても、これまでそういう映画を見たことのある人しか見てくれないのではと思いました。だから、すぐに「やりましょう」と言えなかったんです。
あまり聞かないですね。一般的には機械と氣というのはなかなか結びつかないみたいですね。理屈ではなかなか理解していただけなくて、今の時点では、体験して判断してもらうしかないかなと思っています。
ひどい暴力を受けていました。部屋に閉じ込められたりして、私は引っ込み思案なのですが、あのころの体験が原因ではないかと思っています。まわりからもいじめられましたし、学校でも、勉強が遅れました。
字を上手に見せるには規則性があるんですね。それに則って練習すればだれでも簡単にできます。「私は字がへたくそなので」と言っていた人が、90分後にはしっかりとした筆文字が書けるんです。みなさん、びっくりされますね。 ある程度書けるようになると、楽しくて仕方なくなります。「練習しなさい」と言わなくても、どんどん書くからますます上手になにくい。だったら、それは捨ててしまえばいいと気づきました。つまり、直線で書くことを意識するんです。それだけでも、字全体の統率がとれると同時に、図形のような字になって、バランスが整います。
20年間やっていましたね。その後、コミュニケーションのコーチングを知って、そちらに力を入れるようになりました。 ヨガはみんなが元気になればいいなと始めたのですが、体からのアプローチが中心でした。私は、元気になるには、人間関係や自分らしく生きるためのアプローチも必要なのではと思い、コミュニケーションの世界に足を踏み入れました。 コーチングも好きでしたが、もっと簡単に人が笑顔になって元気になれるものはないかと、コーチングをやりながらずっと模索していました。