体験者の声 - 氣のリラクゼーション SHINKIKO |真氣光 - Page 4

「氣」の無料体験

最寄りのセンターやご自宅から
オンラインでもご参加可能です

ご予約はこちら
電話 「氣」無料体験のご予約はこちら

84歳で「嫌われる怖さ」を克服。母への寂しさを癒やし見つけた生きがい

「嫌われるのが怖い」80年以上抱え続けた性格の悩み

私は現在84歳。現役のヘルパーとして働いています。

周囲からは元気にみられることもありますが、実は若い頃からずっと、ある「性格の悩み」を抱えていました。

それは、「暗い性格」「周囲に嫌われることへの過度な恐怖」です。

常に人の顔色を伺い、消極的になってしまう自分。「もっと明るく振る舞いたいのに、できない」というジレンマが、常に心のどこかにありました。

友人から「真氣光(しんきこう)」を紹介され、グッズや音氣(音楽)に触れてはいましたが、最初のうちは「自分を変えたい」という強い動機には結びついていませんでした。

研修で溢れ出した涙。封印していた「母への寂しさ」

転機が訪れたのは、友人と参加したレッスン、そしてその後の研修講座でした。

「氣」を集中的に受けていると、私の体に異変が起きました。自然と体が前かがみになり、自分でも止められないほどの嗚咽(おえつ)と涙が溢れ出してきたのです。

その時、私の脳裏に浮かんだのは、幼少期の母の記憶でした。

母に構ってもらえず、寂しい思いをしていた子ども時代の私。嫌われたくなくて、自分の気持ちを閉じ込めていた「インナーチャイルド」の存在に、84歳になって初めて気づいたのです。

「調子が悪い場所は、マイナスの氣の影響を受けている」

講師の方の言葉通り、私の長年の不調や消極的な性格は、この閉じ込められた感情が原因だったのかもしれません。思い切り涙を流したことで、心が深く浄化されていくのを感じました。

現役ヘルパーとして。「汚部屋」の掃除と心の変化

心のつかえが取れていくと同時に、仕事の現場でも不思議な変化が起こり始めました。

先日、95歳のご利用者様のお宅に伺った時のことです。その家は10年間も掃除がされておらず、いわゆる「ゴミ屋敷」のような状態でした。

しかし、私が「氣」を意識しながら1ヶ月かけて掃除を終えると、なんとそのご利用者様が、翌週からゴルフの練習を始めたのです。

部屋の汚れ(マイナスの氣)が取れたことで、そこに住む人の気力まで蘇ったのでしょう。

私自身も「よくやってくれる」と感謝の言葉をいただくことが増え、仕事が単なる生活の糧ではなく、本当の意味での「生きがい」へと変わっていきました。

娘の喪失感も癒やされ、依存しない生き方へ

変化は私だけではありません。

私の娘は2年前に夫を亡くし、深い喪失感の中にいました。しかし、私が自分自身を癒やし始めると連動するように、娘も「夫の散骨」を決断し、前を向き始めました。

母である私の「氣」が変わったことで、娘の背中を押すことができたのかもしれません。

かつての私は、誰かに依存したり、嫌われないように縮こまって生きていました。

しかし今は違います。生きづらさの原因だった「心の蓋」を外すことができ、84歳の今が一番自分らしく生きていると心から感じています。

60歳で坐骨神経痛を克服、訪問マッサージに氣を活用

治らない「坐骨神経痛」と、左半身に続く不調

私はもともと合気道を嗜んでいましたが、ある時、受け身に失敗し、骨盤のズレからくる激しい坐骨神経痛に見舞われました。

一般的な治療を受けてもなかなか良くならず、痛みと付き合う日々。さらに私の場合、昔から「身体の左側」にばかり不調が集中する悩みがありました。
幼少期からの左足捻挫、左肩鎖靭帯の怪我、そして今回の坐骨神経痛も左側。さらに左耳の難聴もありました。

病院では「年齢のせいでしょう」と片付けられてしまいましたが、自分の中では「何か目に見えない原因(先祖など)があるのではないか?」という、言葉にできない違和感を抱えていました。

神社のような「静寂」と、確かな感覚

そんな時に出会ったのが、以前から関英男先生の著書『高次元科学』で存在を知っていた「真氣光(しんきこう)」でした。

藁にもすがる思いで会員さんが営む整体治療院を訪れると、そこには不思議な感覚がありました。治療室に入った瞬間、まるで格式高い神社に足を踏み入れたような、シーンと静まり返り、空気が浄化されている感覚に包まれたのです。

施術後に「氣」を受けた際、身体にビリビリとした感覚が走り、「これは本物だ」と直感しました。

その後、自宅用に「ハイゲンキ」を購入し、研修講座にも参加。気づけば、あれほど頑固だった坐骨神経痛は、いつの間にか消えていました。

60歳からの挑戦。「癒やされる側」から「癒やす側」へ

定年を迎え、これからの人生をどう生きるか。

多くの人が「老後の不安」「社会とのつながりの喪失」を感じる時期ですが、私は「氣」のおかげで痛みから解放された経験を糧に、新たな挑戦を決意しました。

思い切って専門学校へ入学し、3年間の勉強を経て、60歳を過ぎてから「あん摩マッサージ指圧師」の国家資格を取得したのです。現在は訪問マッサージの会社に勤務し、以前の私のように身体の不調に悩む方々の元へ伺っています。

患者さんが次々と眠りに落ちる「温かい手」

訪問マッサージは医療保険適用のため、使えるのは手技のみです。しかし、私は常に「真氣光」のアイテム(ペンダントなど)を身につけ、手から氣を送るイメージで施術を行っています。

すると、患者さんから嬉しい反応をいただくことが増えました。

「あなたの手はとても温かいね」と言われる

施術を始めると、すぐにリラックスして眠ってしまう

ガチガチに固まっていた筋肉が、優しく触れるだけで解れていく

中には、施術中に咳やゲップが出る方もいらっしゃいますが、これは体内に溜まっていた「マイナスの氣(ストレスや邪気)」が外に出ている反応だと感じています。

「眠れない」「疲れが取れない」と悩んでいた患者さんが、施術中に安らかな寝息を立てる姿を見ると、手技以上の何かが伝わっていることを実感せずにはいられません。

人生の後半戦を、健やかに生きるために

自分自身にも、日々の生活やストレスで「マイナスの氣」は溜まります。

だからこそ、私は休日にはセミナーやレッスンに参加し、自分自身を「充電」することを欠かしません。

患者さんに接するこの仕事を長く続けていくためにも、常に自分自身の「氣」を高めておくことが何より大事だと感じています。

職場パワハラと夫婦の不和。「被害者意識」を捨てて手に入れた私の居場所

夫との関係、愛犬の病気…重なる苦悩と出会い

私は現在、カウンセリング業務に携わっていますが、以前は専門学校の教員をしていました。「真氣光(しんきこう)」に出会ったのは2021年。当時は夫との関係に深く悩んでおり、義理の姉の急死なども重なって、生きる意味を見失いかけていました。

さらに、コロナ感染や愛犬の癌発覚など、辛い出来事は次々と起こりました。しかし、氣を受けるようになり、スタッフの方のサポートを受ける中で、私の心境に変化が生まれました。「辛い出来事にも意味がある」「命は尊いものだ」と、前向きに捉えられるようになったのです。

長年の悩みだった夫との関係も、お互いに関心を持ちすぎず、干渉もしすぎない「適度な距離感」を見つけることができました。今では互いの価値観を尊重し合える、爽やかな関係を築けています。

職場のパワハラ。「被害者意識」からの脱却

家庭が落ち着いた一方で、今度は職場で厳しい「パワハラ」に遭いました。攻撃は激しさを増し、一時は上司に相談して公的な手続きを取ろうとさえ考えました。

しかし、研修講座を受けて自分と向き合う中で、ハッと気づかされたのです。「この辛い経験は、『私は被害者だ』と嘆いてばかりいる自分に気づかせてくれるために起きているのではないか?」

そう思えた瞬間、不思議と気持ちが楽になりました。状況自体は変わっていませんが、私の心はもう傷ついていません。むしろ、パワハラをしてくる相手に対して「未熟な私に気づきをくれて、ありがとう」と思えるほど、精神的な余裕が生まれたのです。これは、私が自分で自分を守るために手に入れた、大きな成長でした。

「わかってほしい」を手放し、自立した自分へ

以前の私は、「他人にわかってほしい」という欲求が強く、常に誰かに依存したり、被害者ぶったりする癖がありました。
しかし今は違います。

「自分はどう生きたいのか」常にそこに意識を向け、壁にぶつかっても現状を受け入れ、相手を認めることができるようになりました。

真氣光は、何かにすがるためのものではなく、「自立するためのツール」だと私は捉えています。「誰かのせい」にするのをやめ、自分はどう生きたいのかを問い続けること。そうして自分自身の心を整えることこそが、どんな環境でも自分を守る術なのだと実感しています。

「いつ死んでもおかしくない」余命宣告からの生還。「広島へ行け」謎の声と観音様に導かれた運命

死の宣告と、脳裏に響いた「広島へ行け」の声

2018年の夏頃から、私は原因不明の呼吸困難で倒れることが続き、同年10月、ついに搬送先の病院で「いつ死んでもおかしくない」と死の宣告を受けました。

その数時間後です。意識が朦朧とする中で、突然「広島へ行け」という言葉が聞こえ、同時に広島に住む知人の顔がハッキリと浮かびました。不思議なことに、一晩眠るとあれほど重かった体が嘘のように動き、私は導かれるまま飛行機のチケットを取り、日本へと向かいました。

日本に到着し、父のマンションへ向かうと、玄関には3人の「死神」のような存在が立っており、死臭さえ漂っていました。子供の頃から霊媒体質だった私は、気力を振り絞って彼らを立ち退かせましたが、その後は何日も泥のように眠り続けました。

背後に立つ「金色の観音様」からのメッセージ

2019年1月、私は声の主と思われる広島の知人に会うことができました。会話をしていると、彼女の背後に金色の観音様が浮かび上がり、師匠のような口調で私にこう告げたのです。「お前を待っていたぞ。お前をここに呼んだのは、私だ」

その導きに従い、私は大阪センターで開催されていた「真氣光」の無料体験会へ向かいました。中川会長から氣を受けた瞬間、体が激しく震え出し、自分の意志とは関係なく大量の涙が溢れ出ました。それは私ではなく、私の中にいた「誰か」が泣いているような感覚でした。その後、名古屋や大阪のセンターで亡き祖母や母の姿を見たことで、私は「二人の力添えがあって、真氣光に繋がれたのだ」と確信しました。

カナダでの霊的攻撃。曲がったペンダント

氣グッズの「ハイゲンキ」を持ってカナダに戻ると、今度は見えない存在からの激しい嫌がらせが始まりました。椅子を引かれて尻餅をつかされたり、身に覚えのない引っかき傷や青あざができたり……。極めつけは、身につけていた「SAS3連ペンダント」が、くの字に曲がってしまうという現象まで起きました。

それでも私は「私には真氣光が必要だ」と強く感じ、ハイゲンキをベッドに入れたり、グッズを握りしめたりして氣を保ち続けました。そうして耐えているうちに、いつしか心の中にあった悔しさや悲しみが、スーッと和らいでいくのを感じました。

特異体質は「才能」。私を生かした使命とは

死の淵から蘇り、こうして命が続いていることには意味があるはずです。氣を受けている時、私には宇宙から筒状の強い光が降り注ぐのが見えます。

かつては、この特殊な霊媒体質をネガティブに捉え、苦しんできました。しかし今は違います。「この体質を生かして、皆さんを元気にしていきたい」そう思えるようになりました。真氣光を通して、見えない世界と現実を繋ぎ、人々を癒やすこと。これこそが、私が生かされた理由であり、これからの私の使命だと信じています。

お問い合わせ

各種お問い合わせはこちらより承っております。
よくいただくご質問と、
その答えをよくあるご質問で紹介しています。
お問い合わせの前にご一読ください。

真氣光研修講座に関する
ご予約/お問い合わせ

まずは無料で氣を体験 最寄りのセンターやご自宅からオンラインでもご参加可能です 体験会のご予約はこちらから