体験者の声 - 氣のリラクゼーション SHINKIKO |真氣光

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亡き母が最期に見せた「笑顔」。22年の真氣光ライフが教えてくれた、人に「施す」幸せ

強烈な「デトックス」から始まった22年

私が真氣光と出会ったのは2003年、経営していた自然食品店のお客様からの紹介がきっかけでした 。 最初は特別な体感はありませんでしたが、センターに行くと気分が良くなるため「ハイゲンキ(氣中継装置)」を購入。その後、2006年に生駒での真氣光研修講座に参加した際、強烈な体験をしました。

研修3日目、他の参加者に話しかけられた途端に嘔吐し、半日ほど吐き続けて起き上がれなくなってしまったのです 。 それは決して悪いことではなく、たくさんの氣を受けたことで、体の中に溜まっていた大きなマイナスが一気に外へ出た「好転反応(毒出し)」でした。それ以来、私は20年以上この氣と共に歩んでいます。

管を抜いた瞬間の奇跡。母は笑って旅立った

8年前、88歳の母を看取った時のことは忘れられません。 母は寝たきりで入院していましたが、亡くなる日の朝、私が起きるのを待っていたかのような表情を見せ、「私はもう行くね」と伝えてきたように感じました 。

息を引き取った後、私は母に装着されていたたくさんの医療器具を全部外し、「お母さん、もう楽になっていいよ」と声をかけました。 するとその瞬間、亡くなった母の顔が「にっこり」と笑ったように見えたのです。 苦しまずに大往生し、最後に笑顔を見せてくれた母。その姿を見て、私は悲しみよりも深い「安堵」と満足感に包まれました。

商品と一緒に「元気」も届ける。70代現役の仕事術

現在は、自然食品の配達や、老人ホームでの掃除・洗濯の仕事をしています 。 長年のお客様も高齢化しており、配達に行くと「病院へ連れて行って」「お花を買いに行きたい」と頼まれることも増えました。私は商品だけでなく、手作りの漬物やパンを届けたり、話し相手になったりと、生活のサポートも行っています。

真氣光で「マイナスなことは考えない」「腹を立てない」という心の持ち方を学んだおかげで、私はいつも元気です 。 お客様に氣のシールを貼ってあげたり、楽しい話をしたりすると、「あなたのおかげで笑っていられる」と喜ばれます。商品と一緒に「いい氣」も届けられているのが私の誇りです。

「諦めていた息子」の結婚。施し、施される巡り合わせ

最近一番嬉しかったのは、諦めていた41歳の長男が結婚したことです。 きっと良い氣が届いてご縁がつながったのでしょう。お嫁さんには「息子より大事にするからね」と伝え、良い関係を築いています。

「厄介事が向こうからやってくる。それを一つずつ片付けながら生きていくのが運命」 友人にそう言われたことがありますが、確かにその通りかもしれません。 健康な体に産んでくれた両親に感謝し、これからも自分にできることを惜しみなく人に「施し」ながら、軽やかに人生を歩んでいきたいと思います。

大腸がん、コロナ後遺症…。不調の中で夫婦が出会った「氣」。陸上選手の娘たちにも伝わったメンタルの魔法

きっかけは「がん」と「コロナ後遺症」。整体院で知った宇宙エネルギー

妻である私が真氣光を知ったのは、2021年に大腸がんの手術を受け、その後の検査で肺にもがんが見つかり、ひどく落ち込んでいた時期でした。 知人の紹介で通い始めた整体治療院の先生が真氣光の会員さんで、「宇宙からエネルギーをもらって整体をしています」と話しており、実際に施術を受けると体がとても楽になったのです。

一方、夫も2022年にコロナに感染して以来、後遺症がひどく、ずっとスッキリしない状態が続いていました 。 そんな夫に私がその整体院を勧め、夫婦で先生の施術を受けるようになったことが、真氣光の体験会に参加するきっかけとなりました 。

「メンタルで結果が変わる」娘たちに熱弁した父、意外な反応

体験会に参加した後、家で印象的な出来事がありました。 私たち夫婦はバスケットボールを、娘2人は陸上競技をしていますが、夫が娘たちに向かって突然「氣」について熱く語り始めたのです。

「調子が良いはずなのに試合直前におかしくなるのは、氣の持ちようだ」 「メンタルを変えていけば、結果も変わっていく」。 夫自身はそのことを覚えていませんでしたが、普段は見えないものを信じないのに、娘たちが嫌がらずに真剣に耳を傾けている姿はとても意外で、印象に残りました。

祖母の教えを再確認。「お母さん、言葉が違う」と驚かれる

2023年、私は初めて研修講座に参加しました。 そこで学んだ「感謝」や「規則正しい生活」の大切さは、幼い頃に祖母から教わっていたことと同じだと気づき、改めてその重要性を心に刻みました。 以前の私は不平不満ばかり口にしていましたが、研修後は話す言葉が変わったようで、母から「今までと違う。そのまま続けなさい」と驚きと共に励まされました。

長女も体験会に参加して以来、「良いことしかない」とポジティブに変化しました。 今では私が「痛い」と言うと、「顔色がいいのだから気持ちの問題だ、上向きに持って!」と逆に励ましてくれるほどです。妹への八つ当たりもなくなり、温かい目で見守ってくれるようになった長女の成長を嬉しく思っています。

「いい流れ」を作るのは自分。スポーツ指導や日常での活用法

スポーツや仕事には、科学では説明できない「いい流れ」「悪い流れ」というものが確実に存在します。 真氣光を学んで、それは「氣の流れ」であり、自分のマインド次第でコントロールできると確信しました。 私は50歳を機に、龍村先生の本で学んだ思考法を取り入れ、毎日のルーティンとして「ハイゲンキ6型」と一緒に寝たり、3連ペンダントを身につけたりして調子を整えています。

バスケットボールの指導でも、負けそうになって泣いてしまう子供たちに、「考え方次第でなんとでもなる」ということを伝えていきたいと思っています。 自分を客観的に見て、いい思考ができているか確認する。これからも真氣光を活用して、家族や教え子たちと共に「いい方向」へと進んでいきたいです。

「ネズミの巣」があった汚部屋を大掃除。人間関係の悩みも「観察」に変わり、即行動できる自分へ

ネズミの巣があった部屋を大掃除。氣が起こした最初の変化

2009年、友人の紹介で真氣光を知りました。「ハイゲンキ」を当ててもらうと、電気も通していないのにビリビリと感じ、「これは不思議だ」と興味を持ちました。 当時、仕事の目標が見えず迷っていた私は、祖母の腰痛を癒やしたいという思いもあり、2010年に初めて研修講座に参加しました。

すると講座中、突然「部屋を片付けたい!」という強烈な衝動に駆られたのです。 実は当時の私の部屋は、足の踏み場もないほど散らかり、タンスの下にはネズミの巣があるほどでした。しかし帰宅後に猛烈に掃除を始めると、それを見た家族も動き出し、家全体が見違えるほど綺麗になりました。 氣を受けることで、まずは自分の居場所が整っていったのです。

職場のストレスが激減。「苦手な人」は観察して楽しむ

かつては職を転々とし、人間関係のストレスを溜め込んでいました。しかし、ホースを作る今の会社に転職して13年、私の心持ちは大きく変わりました。 以前ならストレスだった苦手な人がいても、「仕事だけの付き合い」と割り切り、逆に「人間観察」として楽しむ余裕ができたのです。

「意外と個性が違って面白いな」 そう思えるようになると、納得いかないことは相手に聞ける強さも身につきました。言いたいことを飲み込んでいた昔の自分はいなくなりました。

「即、行動」できる自分へ。思考のクセが変わった

2025年4月、久しぶりに参加した福島での研修講座で、自分自身の決定的な変化に気づきました。 会場で重い荷物を持つ高齢の方を見た瞬間、迷わず「私が持ちますよ」と声をかけられたのです。 昔の私なら「どうしよう」と考えすぎて動けず、後悔していた場面です。しかし今は、余計な思考を挟まず、思いをすぐにプラスの行動に移せるようになりました。

「情報の摂取」も食事と同じ。不要なノイズは入れない

この研修講座で、「栄養摂取の誓い(自分に適した物を取り入れ、不要な物は出し切る)」という言葉に触れ、ある大きな気づきを得ました。 「これは『情報の摂取』でも同じではないか」 気が滅入る悪いニュースや、時間を奪うだけのスマホ。そういった不要な情報を遮断し、自分に必要な良い情報だけを取り入れるよう意識し始めました。 部屋の掃除から始まった私の変化は、今、心と情報の断捨離へと進化しています。これからも氣を受け続け、軽やかに生きていきたいと思います。

直感が告げた「中川雅仁」という名前。職場の人間関係、同居人の変化…全てが好転した40歳の決断

人気医師の「町中華動画」から始まった、不思議な導き

全ての始まりは10年前のことでした。 当時、食や健康について学んでいた私は、ある人気医師が町中華でチャーハンを食べている動画を偶然見かけ、「なぜこんな先生がこの店に?」と興味を持ち、実際にお店を訪ねました。 そこで店主から聞いたのが、彼が師事している「エネルギー療法(真氣光)」の話でした。当時は「そんな療法もあるんだ」と軽く聞き流していましたが、どこか心に引っかかるものがありました。

それから数年後、私の直感に突然「中川雅仁」という名前が何度も降りてくるようになりました。 「誰だろう?」と調べてみると、それはかつて店主が語っていた真氣光の創始者(前会長)の名前でした。偶然が一本の線に繋がった感覚を覚え、私は「このタイミングで行動しよう」と、2025年1月真氣光研修講座への参加を決意しました。

「ご先祖様が連れてきた」涙が止まらなかった初体験

初めて参加した研修講座は、驚きの連続でした。会場には倒れている人や苦しそうな参加者の姿があり、最初は戸惑いました。 しかし、実際に「氣」の流れを目の当たりにし、自分の体にも不思議な反応が起きたことで、「本当に何かある」と確信せざるを得ませんでした。

特に印象的だったのは、会長へ頭を下げる時、「ご先祖様が私をここに連れてきたんだ」と強く感じた瞬間です。胸に染みるような温かさに包まれ、自然と涙が止まりませんでした。 直感に従い「ハイゲンキ(氣中継装置)」を購入すると、億劫だった家事が楽しくなるなど、日々の暮らしが軽やかに変わっていきました。

憎しみが消え、同居人が掃除を始めた。「8型」の威力

その後、「もっと強力な8型が必要だ」というひらめきに従い、思い切って上位機種を手に入れました。すると、周囲に劇的な変化が現れ始めました。

まず、同居している彼女が変わりました。突然、部屋の掃除や整理を始め、今まで見られなかった「新しいことへの挑戦」に一歩を踏み出したのです。 そして私自身も、職場の「問題児」に対して抱いていた憎しみや怒りが、氣を送ることで溶けていくのを体験しました。 「涙が出て、スーッと気持ちが軽くなり、同僚の態度にも徐々に良い変化が表れました」 自分だけでなく、周りの人や環境までもが、良い方向へと整い始めたのです。

「ビジネス」より「魂の成長」。40歳で見つけた新しい海原

氣を学ぶ中で、「波動を活用した商品開発」に誘われる機会もありました。しかし私はその話を断りました。 「安易に商品化するよりも、宇宙の仕組みを学び、自分自身が進化していくことの方が大切だ」と気づいたからです。 自我や欲を出しすぎると不調和が生まれる。その法則を理解し、誠実な道を選びました。

40歳を迎え、私は今、広大な未知の世界のスタートラインに立ったと感じています。 「病気やトラブルは、変わるためのメッセージ」 そう捉えられるようになった今、直感と氣を信じて、これからの新しい人生を歩んでいきたいと思います。

「大腸ポリープ」の出血が止まった! 3世代で通う真氣光、心配だった息子も2児の父に

切除しても止まらない出血。「胃上げ」で止まった不思議

私が真氣光と出会ったのは1992年のことでした。 当時、検査で大腸ポリープが見つかり、内視鏡手術(ポリペクトミー)で3つのうち2つを切除しました。医師からは「もう1つはなかったようだ」と言われましたが、手術翌日からも出血が続いており、「まだ残っている」という不安が消えませんでした。

そんな時、あるサロンで紹介されたのが真氣光の氣中継装置でした。 通院して「胃上げ」の施術を数回受けると、なんとあれほど続いていた出血がピタリと止まったのです。 「これは、なにかあるな」 その効果を実感した私は、自宅用に機器を購入し、本格的に真氣光を始めることにしました。

心配だった喘息気味の息子。家族4人で研修へ

当時、息子が喘息になりかけていたことも気がかりでした。 「家族みんなで行くのがいい」という勧めもあり、1999年に開催された生駒での真氣光研修講座に家族4人で参加しました。

研修中、息子が急な腹痛で顔面蒼白になるハプニングがありましたが、先代会長に手を当ててもらうとすぐに回復。その後、息子は喘息を発症することなく健康に育ってくれました。 私のポリープが良くなったことで、主人も氣を信じてくれており、主人は氣光師の資格まで取得。近所の方の不調にも手を当ててあげるほど熱心に取り組んでくれました。

競売の仕事、息子の大学中退…。「氣」が守ってくれたもの

その後、サロンの移転などで13年ほど真氣光から遠ざかっていましたが、義父の体調不良などを機に再開し、再び家族で真氣光のセンターに通うようになりました。

振り返れば、主人の仕事を手伝って20年近く不動産の「競売」を扱ってきました。土地にまつわるマイナスの氣を受けやすいハードな仕事でしたが、無事にここまでこられたのは、間違いなく真氣光のおかげだと思っています。

また、息子については心配な時期もありました。 大学へ行けなくなり、結局中退してしまったのです。本人は「原因がわからない」と言っていましたが、今思えば目に見えない影響があったのかもしれません。 しかし、そんな息子も自分で自分に合った仕事を見つけ、今では結婚して2児の父親になり、家族仲良く幸せに暮らしています。研修講座にも2回参加してくれており、親としての心配の種はなくなりました。

喉の不調は「深いマイナス」? これからも光と共に

現在は保健センターに勤務し、高齢者の方への対応などで喉を酷使しています。 若い頃、妊娠中に薬を飲めず喉を悪くした経験があるのですが、会長からは「長く氣を受けていると、奥深くに潜んでいるマイナスが出てくることがある」とアドバイスを頂きました。 昨年亡くなった母も、真氣光をとても楽しみにしてくれていました。これからは、喉のケアも含め、天国の母やご先祖様にも光が届くよう、セッションやセンターを活用して氣の充電を続けていきたいと思います。

「あなたの手は、氣功師の手だ」トラック運転手から治療家へ。20年の軌跡と、亡き父との和解

手の激痛、震え…。「氣」だけが痛みを消してくれた

私はかつて大型トラックの運転手をしていました。荷物の積み下ろしなどで手を酷使するため、手の痛みや震えという持病を抱えていました。 痛みが出ると、一晩中妻に手を揉んでもらわないと仕事に行けないほど。あらゆる治療法や機械を試しましたが、効果は一時的なものでした。

そんな時、同級生の家で「氣」を使った治療を受ける機会がありました。すると、他の治療では3日しか持たなかった効果が、なんと1ヶ月も続いたのです。 「これは今までのものとは違う」 そう直感した私は、休みのたびに通い詰め、いつしか手の痛みは全く気にならなくなっていました。

「タクシーは無理」妻の言葉と、知人の予言

38歳の頃、定年後の身の振り方を考え始めました。 最初はタクシー運転手を考えましたが、妻から「あんたは短気すぎるから務まらない」と一刀両断され断念。焦りを感じた私は、私の手を治してくれた知人の会員さんに「俺に氣はできないか」と尋ねました。

すると彼は、私の手を見てこう言ったのです。 「Mさんの手は、氣功師の手でしょ」 その言葉に背中を押され、私は仕事終わりに泊まり込みで修行を始めました。患者さんからは「触ってもらうと体が全然違う」と喜ばれ、運転手を続けながらトラックで往診する二足のわらじ生活を経て、退職後は正式に治療院を開業。それから20年、多くの方を施術させていただいています。

3分で劇的改善。あふれ出した新しいパワー

長年、古い型の「ハイゲンキ(氣中継装置)」を使っていましたが、知人の勧めで2024年に最新型を購入し、改めて真氣光の会員になりました。 そして2025年5月、安曇野での研修講座に参加した後、驚くべき体験をしました。

暑い日の休憩所でのことです。腰が痛そうな座り方をしている人を見かけ、声をかけて3分ほどお腹に手を当てさせてもらいました。 するとその人は「痛くない!3分で治るなんて初めてだ」と驚愕。翌日には私の治療院を訪ねてくれ、それ以来、次々と新しい患者さんを紹介してくれる「福の神」のような存在になりました。研修でエネルギーを受けたことで、私自身のパワーも格段に上がっていたようです。

亡き父を認めた瞬間、杖がいらなくなった

研修講座では、もう一つ大きな「気づき」がありました。 私は長年、下半身の不調や左足の痛みに悩み、杖をついて歩いていました。講義を聞く中で、その原因が「亡き父との確執」にあると気づかされたのです。

父を一切認めてこなかった私ですが、「死んだ人は変わらない。俺が変わらなくては」と、意固地な心を捨てて父を受け入れました。 すると不思議なことに、あれほど辛かった左足の痛みが90%も消え、今では杖なしで普通に歩けるようになったのです。 「素直になることが、光を受け入れること」 氣を通して心と体がつながっていることを、身を持って実感しています。

「潰瘍性大腸炎」が寛解。仕事も続かなかった私が、思考のクセを手放して見つけた「前向きな自分」

人間関係で悩み、転職を繰り返す。「負のループ」にいた日々

以前の私は、心身ともに疲れ果てていました。 体調が優れないのはもちろんのこと、精神的にも脆く、人間関係で悩みすぎてしまう性格でした。そのストレスに耐えきれず、仕事をすぐに辞めては転職を繰り返す……。そんな「負のループ」からどうしても抜け出せずにいたのです。

「なぜ自分だけがこんな目に」 「またダメだった」 そんな自責の念が頭を巡り、将来に希望など持てない状況でした。 藁をもすがる思いで「氣」の世界に足を踏み入れましたが、正直なところ最初は半信半疑。それでも、「少しでも良くなりたい」という一心で、日々の生活に取り入れてみることにしました。

「なんで悩んでいるんだろう?」執着が消え、心が軽くなった

氣を受け続けていくうちに、まず驚いたのは「心境の変化」でした。 以前の私なら、嫌なことがあると同じ思考がグルグルと頭を回り、ネガティブな感情に支配されていました。しかし、ある時からふと、自分を客観的に見られるようになったのです。 「あれ、自分は今なんで悩んでいるんだろう?」 「この悩みは、今の私に本当に必要かな?」

そう自分に問いかけ、不要な考えをスッと手放せるようになっていきました。ネガティブな執着が消え、心が軽くなるにつれ、あれほど重かった体も徐々に軽やかさを取り戻していきました。

医師も驚いた「潰瘍性大腸炎」の回復。内視鏡検査で見えた光

心の変化は、確実に体にも現れました。 私は指定難病である「潰瘍性大腸炎」を患っており、長らく出血などの症状に苦しんできました。ところが、氣を受け続け、思考が前向きになる中で出血が止まり、体調が目に見えて安定してきたのです。

ある時、病院で内視鏡検査を受けたところ、先生から驚きの言葉を告げられました。 「今はもう、症状は出ていませんよ」 難病という大きな壁でしたが、私は「ずっと氣を受けてきたおかげだ」と確信しています。目に見えないエネルギーが、私の治癒力を後押ししてくれたのだと感じています。

「とりあえず、やってみよう」思考が変われば、未来は変わる

かつての私は、何かを始める前にも考え込みすぎてしまい、一歩が踏み出せない性格でした。 しかし今の私は、「まずはやってみよう」と軽やかに挑戦できる自分に変わっています。考えすぎるという「心のひっかかり」が取れたことで、視界がパッと開けたような感覚です。

もし、あなたが病気や人間関係で立ち止まっているのなら、それは「考え方(思考のクセ)」を変えるタイミングなのかもしれません。 心が整えば、体も、そして未来も必ず変わっていきます。今の私は、そんな確信を持って毎日を過ごしています。

「ピラミッドハウス」が繋いだ不思議なご縁。がん、てんかんを乗り越え、夫婦で見つけた「光の道」

「ピラミッドハウス」を建てたのは誰? 意外なルーツ

私たちが真氣光と出会ったきっかけは、兵庫県宍粟市にある、さとうみつろうさんの「レイビレッジ」にあるピラミッドハウスで、私がイベントを主催することになったことでした。 詳しく調べるうちに、この施設を建てた人物が、真氣光の先代会長・中川雅仁氏だと判明したのです。

「この人が建てたのか」 何か運命を感じてすぐに先代会長の著書『治らない病気は胃下垂を疑え』を取り寄せました。以前から病院では原因のわからない不調に悩んでいた私にとって、そこには求めていた答えがあるように思えました。 私たちは、レイビレッジの改修工事で床下から出てきたという水晶を購入しており、そこからレイビレッジを知るようになったのですから、知らず知らずのうちに、真氣光への導きを受けていたようです。

てんかん、がん、慢性疲労。「食」だけでは届かない限界

振り返れば、私の人生は病気との戦いでした。 12歳から28歳まで続いたてんかん発作、20代での子宮がん、40歳手前での乳がん。 「なぜ、こんなに体がだるいのだろう」 会社を辞めた後にアロマテラピーを勉強する機会があって、それをきっかけに、西洋医学ではない自然療法に惹かれるようになりました。夢だったカフェを開業したときも、アレルギー対応の米粉スイーツや玄米菜食を提供し、食から自分の体を見直すようになりました。でも、やがて「食だけのアプローチでは限界がある」ことを理解しました。このカフェを開業しているとき、いろんな人と知り合いになりましたが、音で体を調整するということを知り、それが、先に話したイベントへとつながっていきます。

「人を助けたい」動画で覚醒した夫。寝室を行列が通る?

夫が真氣光の研修講座への参加を急いだのには、理由がありました。 ある日、夫は「先代会長が、4000体の霊がついた14歳の少女を助けた」という、山本伊佐夫先生と池川明先生が対談しているYoutubeを見て衝撃を受け、「自分も人を助ける役目がある」と直感したのです。

研修講座に申し込んだ2日後、不思議な現象が起きました。 夫が「音氣(氣の入った音楽)」を流して寝ていると、目の前を老若男女、外国人を含めた大勢の人たちがゾロゾロと歩いていく姿が見えたのです。私たちは、その方たちを連れていくんだなと役割を確信して研修へ行きました。

切腹した武士が光へ。お腹の違和感の正体

研修講座では、驚きの体験が待っていました。 夫が氣を受けていると、「切腹した武士」のような存在が現れ、光の世界へと旅立っていったのです。 夫は幼い頃から、お腹の上に何かを乗せないと安心して眠れない癖がありましたが、その原因がこの武士の霊だったのだと、ようやく腑に落ちたそうです。

私もまた、会場で皆さんに氣を当ててもらう機会がありました。そのとき、縁ある亡くなられた方、ご先祖様、そして自分、良いものだけが良いところへ行けるのではなく、つらい思いをしている人、嫌な思いをしている人も、みんな一緒に光に向かって行ける。それはすごいことです。真氣光の光を受けると、マイナスが出て行かざるをえなくなる。そしてそれも光の方向へ行ける。それを体験し理解できたことは、大きな収穫でした。

「気づき」が人生を面白くする。160世帯のマンションに光を

現在、私は社会人寮の厨房で働いています。以前は食材や環境に不満を感じてイライラしていましたが、厨房で「音氣」を流すようになってからは、一期一会の感謝を持って料理ができるようになりました。 お風呂でも音氣を流してリラックスするのが日課です。氣を受けるようになってから胃の位置が上がり、体の違和感も消えました。

購入している氣中継装置ハイゲンキで、160世帯のマンション全体が光に包まれることを想像すると、ワクワクが止まりません。 真氣光の魅力は、自分では気づけないことに「気づかせてもらえる」ことです。これからも夫婦で光を受け取りながら、自分の可能性がどう開いていくのかを楽しんでいきたいと思います。

「異常なし」の絶望から1ヶ月。全身の激痛が消え、みなぎる力が戻った日

「治療法はない」行き場を失った全身の痛み

ある日突然、全身の関節に激痛が走りました。リウマチを疑い、すぐに病院へ駆け込みましたが、検査の結果はまさかの「異常なし」。 医師からは「治療法はありません」「神経の問題か、気のせいでしょう」と告げられるだけで、痛み止めの薬さえ処方されませんでした。

「こんなに痛いのに、気のせいなんて……」 無情な言葉に絶望し、どこに頼ればいいのか分からず途方に暮れていた時、目に飛び込んできたのが「真氣光(しんきこう)」の体験会チラシでした。私は藁にもすがる思いで、会場へと足を運びました。

ビデオを見ただけで涙が…。見えない力を確信

体験会では「ビデオから氣が出る」と説明されました。半信半疑のまま目を閉じると、不思議なことに勝手に涙が溢れ出し、足が自分の意志とは関係なく動き始めたのです。 「こんな世界があるのか」 その驚きと共に、見えない力に強く惹かれた私は、本物を求めて東京で開催されていた会長の無料体験会へ向かいました。そこで、あのビデオと同じ温かなエネルギーが確かに存在することを確信し、氣の中継装置「ハイゲンキ」を購入して、自宅での実践を始めました。

「騙された?」と泣き崩れた翌日、奇跡が起きた

しかし、始めてから1ヶ月が経った頃です。 必死に氣を当てても劇的な変化が感じられず、「高いお金を出したのに、効果がないなんて……」と絶望し、私は泣き崩れてしまいました。 ところが、奇跡が起きたのはその翌日でした。

朝起きると、突然体中からエネルギーがみなぎるのを感じ、あれほど苦しんでいた関節の痛みが嘘のように消え去っていたのです。 泣いて諦めかけた直後の、劇的な回復。それは、私の心と体に氣が満ちた瞬間でした。

「これ以上治らない」と言われた捻挫も完治

数年後、ひどい捻挫に見舞われた時も、真氣光が助けてくれました。 病院では「これ以上は治らない」と匙を投げられましたが、真氣光研修講座に参加して集中的に氣を浴びた結果、段階的に、そして確実に元の状態へと回復し、元気に歩けるようになったのです。

かつての私のように、検査で異常がないと言われたり、不治の病と宣告されて行き詰まっている方はたくさんいると思います。 「もうどこに行ってもダメだ」と諦める前に、ぜひこの新しい選択肢を頼ってみてください。今の私が元気に歩けていること。それが、氣の効果を証明する何よりの証です。

「薬だけでは救えない」薬剤師が直面した夫のうつと死。その直後に起きた次男の「奇跡的回復」

薬の限界。あらゆる治療を模索し続けた日々

薬剤師として医療現場に立つ私にとって、2009年は無力感との戦いでした。 それまで明るく私を支えてくれていた夫が、突然うつ状態に陥ってしまったのです。心療内科で薬を処方されましたが、良くなるどころか副作用に苦しみ、症状は悪化する一方でした。

「薬だけでは救えない苦しみがある」 そう痛感した私は、催眠療法を試したり、千葉の有名な病院へ転院させたりと、あらゆる治療法を模索しました。しかし、夫の心に光が届くことはありませんでした。 そんなどん底の時に、いとこの勧めで出会ったのが「真氣光(しんきこう)」でした。

半信半疑から確信へ。藁にもすがる思いで「光」を

正直なところ、当初の私は「氣」を体感できず、半信半疑でした。 しかし、一緒に受けていた いとこ に強い反応が出ているのを見て、「目に見えない力が確実に働いている」ということだけは確信できました。 「これしかない」 その思いで「ハイゲンキ(氣中継装置)」を購入し、必死に夫へ光を送り続ける日々が始まりました。

夫の急死と、呼応するように起きた次男の回復

しかし、状況はさらに過酷さを増しました。夫の闘病中、今度は次男が「若年性リウマチ」を発症し、入院することになったのです。 そして12月、会長のセッションを受けたその日、夫が急逝するという、受け入れがたい悲劇に見舞われました。

しかし、その直後に不思議なことが起こりました。 夫の死と呼応するかのように、入院中だった次男の病状が劇的に回復し始めたのです。医師も驚くほどのスピードで数値が改善し、退院が決まりました。 「夫が、息子の病気を背負って逝ってくれたのではないか」 深い悲しみの中でしたが、私はそこに、人間の生死を超えた大きな力の導きと、夫の愛を感じざるを得ませんでした。

「医療」と「氣」の両輪で。15年続けて見えた景色

あれから15年、私は一度も真氣光を辞めることはありませんでした。 薬剤師として薬の重要性を理解しているからこそ、それだけでは解決できない「心の根源」や「運命」のような領域には、良いエネルギー(氣)が必要だと確信しているからです。

「すぐに結果が見えなくても、続けていれば必ず幸せに結びつく」 今、成長した息子たちが「今が一番幸せだよ」と笑ってくれる姿が、何よりの証明です。かつての私のように、暗闇の中で解決策を探し続けている方へ。どうか諦めずに光を浴び続けてください。その継続の先に、穏やかで輝かしい未来が必ず待っています。

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