体験者の声からみた「氣」の力
30万円のマッサージ機の代わりに買った「氣」。母への愛に飢えた私が、30年かけて見つけた「素直な自分」
「自分の本当の気持ちが言えない」「つい相手にきつく当たってしまう」 それは、幼い頃からの我慢や寂しさが、心の癖として残っているからかもしれません。
今回ご紹介するのは、30年前に「肩こり解消」のために真氣光と出会い、そこから長い年月をかけて自分自身の心の傷を癒やしていった女性の体験談です。 マッサージ機の代わりに手にした「ハイゲンキ」は、凝り固まった体だけでなく、寂しさで凍りついていた心をも解きほぐしてくれました。
30万円のマッサージ機を買うつもりで…真氣光との出会い
私が真氣光を知ったのは1994年、姉の紹介がきっかけでした。当時、ひどい肩こりに悩んでいた私は、30万円もする高価なマッサージ機を買おうと真剣に考えていました。しかし、体験会でスタッフの方に「これがいいよ」と勧められ、マッサージ機の代わりに購入したのが「ハイゲンキ(氣の中継機)」でした。
体験会では、先代会長が歩けない人に氣を当てている姿などを見て驚きましたが、実家が宗教心のある家系だったこともあり、心の勉強もできる真氣光に自然と興味を持ちました。それから30年以上、私はこの「氣」と共に歩むことになります。
「こっちを向いて」母への愛を求めた子ども時代
私が心の奥底に抱えていたのは、幼少期からの深い寂しさでした。父は私が生後2ヶ月の時に結核で他界。戦後の混乱期、母は生きるために必死で、3人の子供を育てる余裕などありませんでした。母は頼りになる姉ばかりを見ていて、私には振り向いてくれない……。「お母さんに愛されたい」そんな思いを押し殺し、私はずっと自分の気持ちを我慢して生きてきました。「人間は何のために生きているの?」と母に問いかけ、驚かれたこともあります。
塾経営で気づいた「心を受け入れる」大切さ
母の「社会に還元しなさい」という教えを守り、私は自宅で20年間、学習塾を経営しました。最初は勉強を教えることに必死でしたが、子供たちが喜ばないのを見て方針転換。「まずは子供の心を丸ごと受け入れよう」と決めました。
教室には氣のシールを貼り、グッズを置いて環境を整えました。すると、子供たちは「先生、めっちゃ腹立つ」「今日は寝るわ」と素直な自分を出してくれるようになり、不思議と優秀な子が育っていきました。彼らが勉強しながら無意識に「氣」を受けていたこと、そして私自身が彼らを受け入れることで、私の中のインナーチャイルドも癒やされていたのかもしれません。
「こうして!」から「寂しい」へ。夫との関係が激変
かつての私は、自分の素直な気持ちが言えず、その反動で主人に対して「こうしてよ!」「なんでしてくれないの!」と要求ばかりを突きつけ、相手を責めていました。
しかし、長年氣を受け続け、自分を見つめ直したことで、ようやく変化が訪れました。今は要求や指図ではなく、「私は寂しいの」「悲しいの」と、自分の本当の感情(一次感情)を素直に伝えられるようになったのです。
そうすると、主人は責められていると感じないので、とても優しくなりました。夫婦関係が穏やかになり、最近では主人の良いところばかりが見えるようになっています。30年かかりましたが、私はやっと、我慢していた子供の頃の自分を解放し、本当の意味で「大人」になれた気がします。