余命3ヶ月の宣告から33年。難病完治、そして「夫の遺言」が聞こえた日 - 氣のリラクゼーション SHINKIKO |真氣光

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体験者の声からみた「氣」の力

余命3ヶ月の宣告から33年。難病完治、そして「夫の遺言」が聞こえた日

体験者 三重県 S. M.さん

「余命3ヶ月。治療法はありません」 愛する我が子が、ある日突然そんな宣告を受けたら、あなたはどうしますか?

今回ご紹介するのは、次男の難病、夫の死、そして土地の因縁という、幾多の試練を「真氣光(しんきこう)」と共に乗り越えてきた女性の33年間の記録です。 絶望の淵から始まったその旅路には、現代科学では説明のつかない奇跡と、見えない世界からの温かいメッセージが溢れていました。

「骨が溶ける病気」医師も見放した次男の回復

33年前、中学2年生だった次男の頭に赤い発疹が出始めました。検査の結果、告げられたのは「組織球が増殖し、骨が溶けていく難病」という残酷な診断でした。「薬もない。余命はあと3ヶ月です」複数の医師から同じ宣告を受け、目の前が真っ暗になりました。

そんな絶望の中で出会ったのが「真氣光」でした。藁にもすがる思いで、毎日次男に「ハイゲンキ」を当て続けました。すると、不思議なことに発疹が碁盤の目のように規則正しく全身に広がり、その後、まるで毒素が抜け切るかのように消えていったのです。3年後、胃の下にあった最後の発疹が消えたとき、次男は薬を一切使わず、完全に健康を取り戻していました。

意識不明の夫から届いた「声」

主人は電子工学の研究者でした。当初は半信半疑でしたが、次男の回復を目の当たりにしてからは、自らも「氣」の研究に没頭し、論文まで書くほどでした。しかし、そんな主人も病には勝てず、ある日脳幹出血で倒れ、意識不明の重体となってしまいました。

「今夜が峠です」医師にそう言われた夜、不思議なことが起きました。病気を機に氣の感覚が鋭くなっていた次男が、昏睡状態の主人に手を当てていると、「お父さんが何か伝えたがっている」と言い出したのです。そして次男の口を通して、意識がないはずの主人からの「遺言」が語られました。私は震える手でそれをメモしました。肉体は動かなくても、魂(氣)は最期まで家族と繋がっていたのです。

「土地」が訴えていた苦しみ

振り返れば、私たちの苦難は「土地」とも関係していたのかもしれません。以前住んでいた愛知県豊川市の家は、かつての海軍工廠や病院の近くで、多くの空襲犠牲者が出た場所でした。近隣でも体調不良や精神的な病を抱える人が多く、私たち家族もその影響を受けていたようでした。

「この土地の魂たちが、救いを求めてあなたたちを真氣光に導いたのかもしれませんね」会長のその言葉に、すべてが腑に落ちました。私が研修会で訳もなく大泣きしてしまったのも、私を通じて、その土地に眠る多くの魂たちが癒やされたからなのだと感じています。

見えない糸に導かれて

次男の難病がなければ、私たちは真氣光に出会うことはなく、土地の因縁も解消されず、もっと苦しい人生を送っていたかもしれません。「上の世界の方々が、なんとかしようと導いてくれた」今はそう心から信じられます。33年間の試練はすべて、私たちが本来の幸せに気づくための、必要なプロセスだったのです。

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