今月の対談「いい人いい話いい氣づき」

2011年11月 「アーサー ビナード」さん

アーサー ビナード(あーさー ぴなーど)さん

1967年米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英文学部卒業。1990年に来日。日本語での詩作を始める。詩集「釣り上げては」(思潮社)で中原中也賞、「日本語ぽこりぽこり」(小学館)で講談社エッセイ賞、「ここが家だ―ベン・シャーンの第五福竜丸」(集英社)で日本絵本賞、「左右の安全」(集英社)で山本健吉文学賞を受賞。青森放送「サタデー夢ラジオ」、文化放送「吉田照美ソコダイジナトコ」でパーソナリティをつとめる。

『レンズを変えて観察すれば世の中の嘘が見えてくる』

英語眼鏡と日本語眼鏡を使って大きな嘘を見抜く

中川:
ビナードさんが書かれた『ここが家だ』という絵本を1年ほど前に拝見しました。第五福竜丸の事件について書かれていましたが、第五福竜丸の乗組員だった大石又七さんとも対談をしたことがありましたので、非常に興味深く読ませていただきました。その後、『亜米利加ニモ負ケズ』というエッセイ集も読ませていただきました。
ビナード:
ありがとうございます。大石さんとは、この間、震災の直前でしたが、丸木美術館で対談をしました。そのとき、大石さんが、原発事故を予言するようなお話をされましてね。あの話を聞いていた人は、現実に事故が起こって、驚いたと思いますね。
中川:
原発は、半年以上たってもまだ終息しないわけで、放射能の汚染がじわじわと広がっていて、多くの人が不安を抱えています。私どもは、父の代から、原子力の危険性についてずっと取り上げてきました。前の号では、『二重被爆』という映画を作られた稲塚監督にお話をうかがいました。66年前の原爆も、まだまだ深い傷跡を残したままになっていますよね。
ビナード:
これはちょっとした奇遇ですね。実はその映画の主人公、山口彊つとむさんが『二重被爆』という本を残しているのですが、その英訳を頼まれているんですよ。
中川:
そうですか。何かご縁を感じますね。イギリスのBBCは、山口さんの体験を茶化すような番組を放送したみたいですが、そんな興味本位の見方ではなく、世界の人たちに、核兵器の本当の意味での悲惨さを知っていただきたいですね。あの本をビナードさんが英訳されるというのはうれしい話ですね。
それにしても、ビナードさんは日本語がお上手で、話すばかりでなく、すばらしい文章を書かれていて、本当にすごいなと感心させられます。日本語は、どういったことで習おうと思ったのですか?
ビナード:
大学では英米文学を学んでいたのですが、5ヶ月ほどインドのマドラスへ行って、タミール語を集中的に勉強したことがありました。そのとき、初めてアルファベット以外の文字に触れて、すごく興味をもちました。アメリカへ帰ってから卒業論文に取り掛かったのですが、そのとき偶然に、漢字のことについて書かれている論文に出あいました。一字一字意味を孕はらんでいる文字ですから、使えるようになれば自分の思考も大きく変わるかもしれないと思い、中国へ行こうか、日本へ行こうか、と迷い始めたんです。
中川:
そうですか。それで、中国ではなく日本を選ばれたのはどうしてですか?
ビナード:
日本語は、異質なものがいろいろと交じり合ってひとつの言語になって、そこがおもしろそうだなと思い、大学卒業と同時に日本へ来ました。早く日本へ行ってみたくて、卒業式は出ませんでした。卒業証書は、あとから送ってもらいましたよ(笑)。来日して21 年になります。あと1年で、人生の半分は日本ということになります。
中川:
ビナードさんのエッセイに、嘘発見器というのがありましたね。「英語眼鏡」で見たり、「日本語眼鏡」で見たりしていると、嘘が見えてくるという話でした。米軍がイラクに侵攻したときも、アメリカの英語ではイラク人をinsurgency(反乱の暴徒)と呼び、日本では「武装勢力」と呼んでいて、英語の方が、イラクを強く否定しようという意図が感じられると書かれていました。日本でも、「侵略」を「進出」、「戦争」を「事変」と言うなど、自分たちを正当化するために、意図的な言い換えが行われていました。違う言語で見ると、それがおかしいということがよくわかるわけですね。
ビナード:
英語眼鏡と日本語眼鏡をもっていると、そのちょっとした違いから出発して、深く掘り下げていくと、大きな嘘の発見につながることがあります。
多言語だけでなく、絵を描く人は絵画的な思考があるし、音楽をやる人には音楽的思考回路があります。それを、一般の言語と対比して考えてもいいかもしれません。違うものを通して世界を見つめるというのは、嘘を見抜く有効な方法のひとつですね。

(後略)

(2011年9 22日 東京 日比谷松本楼にて 構成 小原田泰久)

著書の紹介

『ここが家だ ー ベン・シャーンの第五福竜丸』(集英社)

この対談の続きは会員専用の月刊誌『月刊ハイゲンキ』でご覧いただけます。
月刊誌会員登録はこちら
この対談の続きは会員専用の月刊誌『月刊ハイゲンキ』でご覧いただけます。
月刊誌会員登録はこちら