07月「 鈴木 哲司」さん - 氣のリラクゼーション SHINKIKO |真氣光

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07月「 鈴木 哲司」さん

鈴木 哲司(すずき・てつじ)さん

1973年新潟県生まれ。千葉県長南町にある八幡神社の宮司を務める。1991年國學院大學文学部神道学科卒業。2004年帝京大学医学部附属病院救命救急センターに勤務。2008年帝京平成大学大学院健
康情報科学研究科博士後期課程修了。神職としてだけでなく救急救命士としても命を見つめ続けてきた。著書『命が消えたらどこへゆくのか』(二見書房)

『神職と救急救命士という 2つの視点で命と向き合う』

子どものころに海で 伝説のライフセーバーと出会う

中川:
鈴木さんの『命が消えたらどこへゆくのか』(二見書房)という本を読ませていただきました。神職であり救急救命士という死者の霊を弔う仕事と人の命を救う仕事をやってこられて、命とか死後の世界とか神様といった目に見えない世界をどうとらえておられるのかを、今日はじっくりとお聞きしたいと思っています。
まずはどんな経歴なのか、お話いただけますか。
鈴木:
ありがとうございます。私は1973年(昭和48年)に新潟県村上市で生まれました。岩船という山形県に近い港町です。子どものころの夏の遊びというと海でした。
海に遊びに行っているときに、小柄なおじさんと知り合いました。見つけた魚や貝をもっていくと、そのおじさんは「これは〇〇っていうんだよ」とやさしい笑顔で教えてくれました。それがうれしくて、私はおじさんのそばに一日中いました。
そのおじさんは有名なライフセーバーの本間錦一さんでした。88歳まで「世界最高齢の現役ライフセーバー」として活躍されていました。ニュースでもよく取り上げられ、「越後のかっぱ」と「海の守り神」「怪人」とも呼ばれていました。私にとっては生涯の師でした。
本間さんに出会ってしばらくしたころ、10歳くらいのときだったでしょうか、海で遊んでいたら、人がおぼれたと大騒ぎになりました。ちょうど海から引き上げられるところを目撃しましたが、真っ白なろうそくのような体が上がってきました。心肺停止状態だったと思います。大人が囲んで心肺蘇生をしていました。「戻ったぞ!」という声がしました。見ると、真っ白だった体に赤みが差してきました。命が蘇る瞬間に立ち会ったわけです。10歳の子どもには大変な衝撃でした。死人を生き返らせるこんな魔法のようなものがあるんだと感動しました。
本間さんの影響もあったと思いますが、このときに水難救助という仕事がしたいと心の底から思いましたね。
中川:
確か、本間さんが監視員を務めた海水浴場では何十年も水死者が出なかったそうですね。子どものときにそんな伝説的なライフセーバーに出会って、さらには実際におぼれた人が息を吹き返す現場も目撃したわけですね。
鈴木さんを救急救命士という道に進ませる力が働いていた気がしますね。
鈴木:
今振り返ると、そんな気がします。実は本間さんというのは霊感の強い人でした。何人もの水死体を上げていると、上げた人が必ずお礼に来るって言うんですね。気味が悪いですから本間さんは漁師だったおじいちゃんから教えられたおまじないを唱えることにしました。「人麻呂や まことの明石の浦ならば 我にも告げよ 人麻呂の塚」これを西に向かって三度唱えると水死者の霊は出てこないと言うのです。実際にその通りにすると、ぴたりと霊は出なくなりました。しかし、本間さんはこれでいいのだろうかと思うようになりました。
霊がきたとき、自分が勝手に怖がっていただけで、出てきた霊たちは「ありがとう」とお礼を言い、笑顔で手を振っていました。怖がる必要などないと思い直し、おまじないを唱えるのをやめて、霊との会話を楽しむようになったと笑っていました。
その話を聞いて、私も霊的なことに興味をもちました。
中川:
神職の道へ進んだのも本間さんの影響があったわけですね。
鈴木:
そういう意味では大きな出会いでしたね。
ミッション系の高校に入り、マザーテレサの生き方、活動に感銘を受けました。本間さんやマザーテレサの影響で、私は災害、紛争、事故などで亡くなって苦しむ「みたま」を救う宗教者になろうと決めました。
宗教者と言っても僧侶、神主、牧師などあって、どの道に進むかと迷いましたが、最初に合格通知が届いた國學院大學の神道学科に入学しました。
中川:
救急救命士にはいつごろなろうと思ったのですか。
鈴木:
ちょうど高校2年次時の平成3年に救急救命士という制度ができました。救急車の中では医療がなかったので、それでは助かる命も助からないということで、救急車の中で医療行為が行えるという制度ができました。
それを知って、目に見えない命ばかりを追っていても命の実態はつかめない、実際に生と死のはざまである救急医療の現場にいって、命を体感しようと考えました。
神道というのは教祖も教典も教義もありません。だから、感性の宗教と言われています。理屈ではなく、体感することが大切だとされています。
命を体感するためには救急医療の現場を知るのが一番だと思ったのです。
そのあと、大学の教員をやって、今は神社の神職をしているという流れでしょうか。
中川:
知識も必要ですが、私も体験して体感するのはとても重要なことだと思います。私のやっている氣も、頭で考えているだけではよくわかりません。でも、体験するとわかる人にはわかります。
だから、まずは体験してからいろいろ考えてくださいとお話しています。
鈴木さんは感覚がとても鋭いようにお見受けしますが、霊的な体験もいろいろされているんでしょうね。
鈴木:
救急救命士として命を救う最前線に身を置くことで、凄惨な死を遂げた人たちをたくさん見てきました。もともと霊的な世界については興味があって神道学科に入ったわけですが、学校で習うことと生死を分けるような現場で見て感じることはまるで違っていました。
学問は文献主義です。本や資料を読んだり講義を聞いたりするばかりですから、狭いかごから出られません。命とか死後の世界とか神様とか、概念としてわかるだけです。私は、現場で人の生き死にを見せられて、「この世」と「あの世」のことをもっと知りたいと強烈に思いましたね。興味という範疇をはるかに超えた感覚ですね。
中川:
実は私はもともと技術者で、父が始めた真氣光についてもまったく関心ありませんでした。しかし、仕事のストレスで体調が悪くなりました。それで父がやっていた一週間の氣の講座に参加しました。そこで父や講師の先生方の話を聞き、氣を受けました。一緒に受講していた人たちの病気が改善していったり、気持ちが明るくなっていくのも目の当たりにしました。
そうこうしているうちに、自分自身の考え方も変化していって、体調が良くなっていきました。こんなことがあるんだと驚きました。自分も氣が出せるようになって父の会社へ入り、父が亡くなってから会長という立場で、たくさんの人に氣を送るようになりました。
そしたら、氣を受けている最中に、いろいろなことを話し始める人が出てきました。話の内容からすると、どうも本人の言葉ではなくて、その人に影響を与えている霊的な存在が苦しさ、つらさを訴えてきているようなのです。
30年もやっていますから、たくさんの人の話を聞きました。それで、霊的な世界はこんなふうになっているんだと徐々にわかってきました。
私は計算とか理論で生きてきましたから、ああいう経験をしないと、霊的な世界のことはわからなかったですね。
鈴木:
私も経験からたくさんのことを教えられました。
人型というのは神道のお清めに使われる大事な神具です。学校ではそういうものだと教えられますが、なかなか実感できません。
人型の力を実感したのは長女が生まれたときでした。娘は低出生体重児として生まれ、しばらくの間、保育器に入っていました。保育器は亡くなった子、丈夫でない子が入ります。その中は消毒もされて清潔なのですが、赤ん坊の生きたいという思いとか、近親者が生きてほしいと願う重い氣が充満しています。私の目には保育器の中はぼんやりと曇っているように見えました。
そこで私は、人型を使って保育器をぬぐいました。その場にいた看護師さんから奇異な目で見られましたが、大切な娘のためです。まわりの目など気にしていられません。何枚もの人型を使い、「これでよし」と思った瞬間、光が差したように保育器の中がぱっと明るくなりました。
出産後、家内も入院していました。病院のベッドというのは苦しみやつらさ、不安といったさまざまなネガティブな氣を吸っています。ここでも人型の出番です。私は、何度もベッドをぬぐいました。そうすると、重い氣がとれて氣がぱっと変わりました。
中川:
人の生死を扱う場所はいろいろなエネルギーが交錯しています。そういう意味では救急救命士というのは大変なエネルギーの中で仕事をしているわけですね。
鈴木:
敏感な人は大変ですよ。でも、仕事をしているうちに鈍感になってきて何も感じなくなっている人も多いですね。
実際にはいろいろ影響を受けているんでしょうけど感じないんです。
中川:
救急車の中は医学的に清潔にはしてあるでしょうが、氣を浄化するという発想はありませんからね。
鈴木:
救急車の中に置くというと笑われるでしょうが。バリバリの医療科学の世界ですから。戦前は、信仰の中心として学校や大臣の執務室にも神棚が置いてありました。
神社でも、さまざまな儀式を形式的にやっているだけのところが多くなってきました。神道は祓いにはじまり祓いに終わります。穢れというのは氣が枯れることです。本当に祓える人でないと、ちゃんとした氣に戻すことができません。
私たちの日常でも、氣が乱れたり不足しているところはいっぱいあるじゃないですか。例えばホテルはいろいろな人が泊まるので、氣は混とんとして濁っていますよ。もちろん、きれいに掃除はしてありますが、部屋の
中にはすごい邪気がたまっている危険性だってあります。私は拍手祓いというのをおすすめしています。手をたたくだけでエネルギーが変わります。(続きはハイゲンキマガジンで・・)

K Ì PLACE にて 構成/小原田泰久

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