(5)ワルツ・フォー・デビイ

「秋の夜長を楽しむ」そんな季節になってきました。週末に各地を回って、帰りの電車などでホッと一息付く時に、ジャズが無性に聞きたくなって、携帯型ミュージックプレーヤから選ぶ曲があります。ビル・エバンスの「ワルツ・フォー・デビイ」と言うライブ録音のCDです。ジャズばかりではなくクラシックやロックなどでも、コンサート会場での音の響きが入っていて、演奏している音楽と溶け合わさって、聞く者を一瞬にしてその場の空間に連れ出してくれるようなライブ録音の名盤があります。そのようなものは、その場の雰囲気という氣も一緒に録音されているのではないかと私は思っています。ビル・エヴァンスは生涯に約130枚のアルバムをリリースしていますが、「ワルツ・フォー・デビイ」はいつでもベスト5に入るほどの名作ではないでしょうか。私が生まれた年と同じ1961年の6月に、ニューヨークのヴィレッジヴァンガードで録音されたライブアルバムです。彼の曲はどれも美しく心を奪われますが、このライブアルバムの凄いところは、客の拍手ばかりではなく、演奏中の客同士のお喋りや笑い声、グラスや皿のガチャガチャ音などが入っていて、聞いていると、まるでジャズクラブに居るような錯覚に陥るところです。まさしくジャズクラブの「氣」が録音されているのです。もう久しくそのような所には行っていませんが、疲れた身体を電車の中の仮想ジャズクラブで解放させたいという欲求が、私にはあるのかもしれません。高校から大学時代、私はポップス、ロック、クラシック、ジャズなど、いろいろな音楽を聞きました。それぞれのジャンルに一人は詳しい友人がいて、彼らから影響を受けて聞いていたという感じですから、それぞれに詳しいわけではなく、どちらかというと幅広くというところでしょうか。昔は借りたレコード盤を小脇に抱えて、よくあちらこちらの友人の家に通ったものです。特にジャズは、高校時代一緒だったT君の影響を受けています。彼は高校に入ってからジャズピアノに魅了され、それから初めてピアノに触れ、独学でジャズピアノをマスターして、今はプロとして活躍しています。高校の同窓会の情報を漏れ聞くところによると、最近札幌の眼鏡屋さんのCMにも出演していたとか・・・。ススキノのライブハウスでも活躍の様子です。昔の懐かしい思い出とともに、部屋でゆっくり音楽に浸る、そんな時間もいいなぁと思う、この頃です。

(4)ハナミズキ

今日から、つくばみらい市での真氣光研修講座が始まりまし★★★★★た。ゴールデンウィークということもあり、朝早く荷物を積み込んで車で家を出たのですが、高速道路に入るところで断続渋滞35kmの表示にびっくり。遅刻しないで行けるのか不安になりましたが、途中混んではいたものの無事到着。ホッと胸をなで下ろすとともに、6日の帰路が少々恐い感じです。ところで渋滞が延々と続くと疲労に加えイライラも出てきて、自分からマイナスの氣を出すと同調作用により、マイナスの氣を周りから集め、余計に疲れてしまうものです。ですから車の中では、できるだけ楽しむ方がよいのですが、実際にはなかなか適当な方法がありません。家内と二人で車に乗りますと、時々助手席で気持ちよく居眠りをしてくれますが、こっちまで眠気が襲ってきます。どうしようもない、そのようなときには、歌詞のある曲を大きめな音量でかけて大きな声で歌うようにしています。私はカラオケにも滅多に行かないので、歌をあまり知りません。選曲は、もっぱら家内の担当で、彼女の歌を聴きながら私も後に従うというスタイルです。先日は、一青窈(ひととよう)さんのハナミズキという歌を歌っておりました。この歌は一青窈の5枚目のシングルであり、2004年2月にリリースされたものです。当初私は、これは片思いの歌かと思っておりましたが、ある時テレビで楽曲誕生のエピソードを本人が解説しており、アメリカ同時多発テロ事件発生時に、ニューヨークにいた友人からのメールをきっかけに書いた詞であったことを知りました。さらに、「ハナミズキ」は明治45年に当時の東京市長だった尾崎行雄が日米友好の印として、ワシントンに桜を贈った返礼として贈られたものだということ、ワシントンは桜で彩られ、日本の公園には花水木が花をつけている…何年もかかってお互いの思いが、花として実を結んでいるというのが美しいなぁと思ったとのこと。ちなみに「ハナミズキ」の花言葉は「返礼」だそうです。♪僕の我慢が/いつか実を結び/果てない波が/ちゃんと止まりますように/君とすきな人が/百年続きますように♪昔々から繰り返し続いている殺し合いの波。巻き込まれてしまった人々には、たくさんの苦しみや悲しみが今もなお残っていることでしょう。今日は憲法記念日です。憲法改正の議論が叫ばれる中、テロや戦争の無い平和な世の中になりますようにという、見えない魂達の思いが聞こえて来そうです。

(3)シューマンのトロイメライ

今の世の中は便利になりました。私のパソコンは、いろいろな場面で活躍してくれます。この原稿を書いて送るのも、いろいろな資料や写真を作成したり、保存するのにもこれがないと不便でなりません。資料の他に音楽もたくさん入っていて、ちょっとした息抜きや、頭の切り換え、ホテルに泊まった時のくつろぎの時間に聞いています。私が面白いと思っているのは、パソコンが無作為に曲を選んでスピーカーから鳴らしてくれる“シャッフル”という機能です。CDを一枚一枚プレーヤーに入れて聞いていた頃にはいつのまにか聞かなくなって、どこにあるのか分からなくなってしまっていた曲が、偶然のようにある日突然に出てきて、「こんな曲があったかな」と新鮮な気持ちで聞くことが出来るからです。その“シャッフル”ですが、原稿に取りかかる前に何か聞いてみようとしたところ、パソコンが無作為に選んだ曲は、フジコ・ヘミングのピアノ名曲集の中からシューマンの「トロイメライ」でした。これは彼女のベストアルバムで、3ヶ月くらい前に買ったのですが、いろいろ忙しくしているうちにゆっくり聞く時間も無く、すっかり忘れていたものです。美しい曲をじっくりと聞いた後、インターネットで何の気無しにシューマンについて検索してみると名言を残していました。「人間の心の奥底へ光を送ること?これが芸術家の使命である」という言葉です。私は、頭で理解するしないに関わらず、芸術によって人の心が癒されたり豊かになったりすることから、作った人や演奏する人を介して、見えない氣のエネルギーの一種が伝わるのだと考えています。そういう意味では芸術家も氣光師も似ています。話は代わりますが今月の研修講座で、ある受講生が、音感行法の素晴らしさを“いいとこ探し”で発表してくださいました。たしか「いつも音楽をシャッフルしてBGM的に聞いていたけれど、音感行法で音楽をじっくり聴くと良かった」という話でした。私も、その時「そのとおりだなぁ」と実感したのです。氣のエネルギーは、受信する側が、それをキャッチしようとすればするほど効率よく受け取れます。じっくり聞くことで、その曲に関わっているいろいろな人達の氣が伝わるのでしょう。私も時には、あれこれしながら…ではなくて、コンサートに行ったり音楽鑑賞ができる時間を作ろうと思ったのでした。同じように真氣光の氣も、時には家やセンターで、じっくりと受けてみるのがお奨めです。

(2)「微笑みのひと」

早 いものでもう11 月ですね。今年も残りが少なくなって来ました。私は、いつも週末は地方に出張のことが多いのですが、先日珍しく日曜日朝の山手線に乗りました。私がいつも乗るのは夜の電車で、ほろ酔い気分もしくは疲れたサラリーマン、携帯やゲームに夢中の若者が多いのですが、その日はいくぶん空いた車内に清々しい朝の雰囲気を感じておりました。二人の子供とお母さんらしき人が乗ってきたからです。小学校高学年の男の子はリュックを背負い、小学校1 ・2 年生の女の子はお母さんに寄り添うように立っています。真ん中に立っているお母さんの笑顔の表情が、私にはとても印象的だったのです。山手線を半周一緒に回りましたが、家族は特に何かを話しているわけではないのですがお母さんの絶え間ない微笑みが、私にはとても幸せな感じを与えてくれたのでした。と ころで、明日から真氣光研修講座が始まりますが、私はいつも講座の中で作っている物があるのです。すでに受講した方はおわかりでしょうが、受講生の写真の中から良いものを予め選んでおいて、最終日前日の夜に音楽をバックに写真を一枚一枚(スライドショーという)お披露目するのです。毎回のことですが、研修が終わりに近づくと皆さんの表情がどれも素晴らしくて、写真を選ぶのがたいへんです。そ のスライドショーに数年前から使っている曲が、今井美樹が歌う「微笑みのひと」です。この曲は‘02 年に放映されたNHK の連続ドラマの主題歌でした。当時番組に寄せるメッセージの中で彼女は「…微笑は誰もができる、素敵な気持ちの表現です。日々の中で、それぞれの人の微笑が心に花を咲かせ、柔らかな幸せの波動が、隣の人にも伝わって、そしてまたその隣の人にも伝わって…そんな風に広がっていけるといいな…と思います。…」と言っています。私はアップテンポの明るい曲調と歌詞が気に入って使っています。歌詞は「♪微笑みを絶やさぬ人は ときめきを絶やさぬ人 どんな苦しみも乗り越えて 幸せを掴むでしょう♪争いに満ちた世界も 微笑みを交わすだけで きっと優しさを取り戻すSMILE CAN CHANGE THIS WORLD 微笑みの力どんな時も 信じている 喜びも そして悲しみも 笑顔で包んで 抱きしめるの♪」受講生一人ひとりの笑顔の中には、乗り越えたいろいろな辛さ悲しさがあります。このスライドショーの時間には、私はその笑顔にいつも感動してしまいます。生駒での開催も後2 回と思うと、季節とともに少し寂しい気がしますが、この5 日間また心残りのないように気合いを入れていこうと思います。

(1)「Tears in Heaven」

音 楽は人を楽しませたり、リラックスさせたり、時には落ち込んだ気持ちを元気にさせてくれたり、音・リズムそして詩を通して、素晴らしい氣を運んでくれます。今 週の月曜日、ニューヨークを離れる最後の日の朝食を、私たちはブロードウェイにあるリンカーンセンター近くのカフェで取りました。ベーグルにスクランブルエッグ、少しのフルーツとコーヒーというセットメニューを注文して席に座って待っていると、それまでの陽気な曲に代わり曲調の違うこの曲「Tears in Heaven 」(ティアズ イン ヘブン)が流れ出したのです。私は思わず聞き入りました。こ の曲はエリック・クラプトンが、‘91 年にニューヨークの高層アパートから4 歳の息子が誤って落ちて亡くなってしまった悲しみを歌ったものです。‘93 年に年間最優秀曲に選ばれ、この曲を収録した「アンプラグドUnplugged 」も最優秀アルバム賞を獲得しました。十年以上昔の話になりますが、私もCD を買ったり武道館での来日コンサートに行ったことを思い出します。Would you know my name If I saw you in heaven?(もし天国でお前に会ったら、お前は私の名を覚えてるだろうか)という歌詞で始まるのですが、息子と過ごす時間が少なく何もできなかったのではないかという後悔と、悲しみを乗り越えて前向きに生きようとする姿が伝わって来る曲です。タイトルの「Tears in Heaven 」はサビの部分に出てきます。Beyond the door,there’s peace I’m sure,and I knowthere’ll be no more tears in heaven.ドアの向こう、つまり、天国には、安らぎの世 界があり、そこでは、涙などあり得ない、と言っています。少 しスローダウンしたやさしい曲調に、私はこの曲が作られた背景と昨日までのセミ ナーのこと、そしていろいろな人達の笑顔を思い出していました。不思議な縁で会った人 達、日本に居たら到底会うことが無かった人達、宗教もルーツも違う人達。そこに繋がる たくさんの国々に及ぶ先祖。そんな事を考えていると曲はいつしか終わり、再びアップテンポの曲調に代わっていました。店内は何事もなかったかのように活気づいていて、気がつくと満席です。私以外の5 人は、クラプトンの曲が流れたことに気がついたのか、気がつかなかったのか、みんな特に気にも留めない様子で、「今日はjewish holiday (ユダヤ教の休日)だ」という話から、そのうちにホロコーストで犠牲になった人達の話に発展していったのでした。私が偶然のように聞いたクラプトンの曲は、真氣光の光とともに天国から見守ってくれているたくさんの人達からのプレゼントのように感じたのでした。